今どきの若い者は根性が無い
部長の山崎一郎(58歳)は、毎朝8時にオフィスに現れる。綺麗にアイロンのかけられたシャツ。背筋はピンと伸び、眼光は鋭い。彼の口癖は「今どきの若いもんは根性が無い」。この言葉は、部下たちにとって朝礼の定番であり、恐怖の合図だった。
山崎は入社35年、企業に全てを捧げてきた男だ。バブル期の過酷な営業時代、徹夜の企画会議、家族との時間を犠牲にした海外出張。会社は彼の人生そのものだった。「俺の時代はな、根性で乗り切ったんだ」と、彼は若手社員に語るが、その目はどこか虚ろだった。
新入社員の佐藤彩花(22歳)は、そんな山崎の直属の部下だ。入社3ヶ月目、彼女は毎晩のように残業を強いられ、山崎の説教を浴びていた。「根性が足りん! 俺なんか新人の頃、3日徹夜しても平気だったぞ!」と、山崎は彩花のデスクに書類を叩きつける。彼女のレポートに赤ペンで「やり直し」と書き殴り、時には深夜まで付き合わせた。
彩花は最初、必死に耐えた。だが、山崎の要求はエスカレートする。「休日出勤は当たり前」「プライベートなんて甘え」と、まるで自分の人生を彩花に押し付けるかのようだった。ある日、彩花が体調不良で早退を願い出ると、山崎は声を荒げた。「根性があれば病気なんて吹っ飛ぶ! 俺を見習え!」 その言葉に、彩花の目は涙で潤んだ。
他の部下たちも同様だった。山崎の「根性論」は、若手を次々と潰していった。同期の高橋は過労で倒れ、田中は精神を病んで休職。山崎は彼らを「弱い」と切り捨て、新たな標的を探した。部内は恐怖政治の様相を呈し、誰も逆らえなかった。
しかし、事態は変わり始めた。彩花が人事部に相談したのだ。彼女は山崎の言動を詳細に記録し、複数の同僚の証言を集めた。人事部は動かざるを得なかった。山崎のパワハラは、会社にとってリスクだった。働き方改革を掲げる新社長の方針とも真っ向から対立していた。
ある日、山崎は突然、役員室に呼び出された。社長直々の通告だった。「山崎部長、君のこれまでの貢献は認める。だが、時代は変わった。明日から社史編纂室に異動してもらう。そこなら、君の『根性』も活かせるだろう」
社史編纂室。それは、会社の一角にある埃っぽい部屋。社員は誰もおらず、古い資料と山崎だけが残される閑職だった。彼は呆然と立ち尽くした。「俺の根性は…会社の礎だったはずだ…」と呟くが、その声は誰もいない部屋に虚しく響くだけだった。