今日は二百歩は歩きそうな予感がするよ……
「あはは……確かにわたしに好きな誰かが現れたらパパが大暴れしそうだね」
パパはわたしを溺愛しているから……
確実に相手は消されるね。
「……カサブランカは……これから時々人間の国に行くの?」
アマリリスが不安そうに話している。
人間の国は知らない事ばかりだから心配してくれているんだね。
「世界中にママとベリアルの像があるんだって。それを……ほんの少し……見たい気がする」
「ペルセポネ様とベリアルは人間達から慕われているから……」
「でもね……怖いんだ。本当はすごく怖いの。人間は未知の生き物だから」
「そうね。わたしも……赤ん坊の頃に幸せの島に来た人間を遠くから見ただけだし……正直怖いわ」
「うん……でも……ママは人間が大好きなの。ずっと見守るんだって」
「……『見守る者』の話を聞いたのね?」
「……うん」
「辛いわよね……百年も生きられない人間に関わるのは……」
「……皆すぐに死んじゃうから? わたしは……誰かが死ぬのを見た事がないの。わたしの周りには天族と魔族しかいないから」
「そうね。天族も魔族も永遠の時を生きるから……」
「もし人間と仲良くなってその人間が死んじゃったら……耐えられる自信がないよ」
「……わたしもよ。誰かの死を見た事がないから……死が怖いの」
「……わたしはママみたいにはなれないよ。とても耐えられない。ママは大好きな人間が死ぬたびに酷く傷ついて……でも涙をこらえて前に進むの。わたしには無理だよ……」
「そうだなぁ……」
……!?
第三地区のおじいちゃん!?
いつの間に背後に!?
「あ……ヨシダさん」
「ははは。アマリリスは今日も魚族長を覗き見してるんか?」
「はいっ!」
「ははは。そうか、そうか。ん? そりゃあ望遠鏡か? 綺麗な刺繍がしてあるなぁ」
「カサブランカがベリス王女から贈られたらしくて」
「そうか、そうか。アマリリスも欲しいんじゃねぇか?」
「確かに望遠鏡があれば魚族長をがっつり覗き見できるけど……」
がっつり覗き見?
アマリリスは普段おしとやかだけど、魚族長が絡むと別人みたいになるね……
「よし! じゃあアマリリス。今からじいちゃんと一緒にベリス王の店に行くか」
「え? わたし? あ……でも……翼が……」
「アマリリスの翼はじいちゃんが見えなくしてやるから問題ねぇぞ?」
「……でも」
「人間の国に行くのが怖いんだなぁ」
「……はい」
「じゃあ魚族長を人化して一緒に行くのはどうだ?」
「え? 魚族長も?」
「魚族長は時々人化して、じいちゃんと人間の国を見て回ってるんだ。観光ってやつだなぁ」
「魚族長が?」
「ああ。陸に上がれるようになったからなぁ。魚族長と一緒に望遠鏡を選んだら楽しいだろうなぁ」
「……! はいっ! 素敵……魚族長と一緒に……これは……デート? きゃあ!」
「ははは! アマリリスは恋する乙女だなぁ。さて、カサブランカとアマリリスだけ望遠鏡を持ってたらヘリオスも欲しがるだろうからなぁ。ヘリオスも呼んで皆で行くか。ほれ、カサブランカも一緒に行くぞ?」
「え? わたしはさっきベリス王のお店から帰ってきたばかりだよ?」
ベットちゃんでゴロゴロしたいよ。
「皆で出かけるなんて初めてだからなぁ。ほれ、じいちゃんと手を繋いで一緒に行こうなぁ」
「え? でも……今日はいっぱい歩いて疲れちゃったし……」
今からまた出かけたらもっと疲れちゃうよ。
「おーい! ヘリオス! じいちゃん達といい所に行くか?」
おじいちゃんが、海で魚族と遊んでいるヘリオスに叫んだ……
ヘリオスに『いい所』なんて言ったら行きたがるに決まっているよ。
「え? いい所!? 行く行くっ!」
普通に海の上を走ってきた……
どうしたらそんな事ができるの?
「ヨシダさん……ベリス王の店に皆で行くのですか?」
魚族長も陸に上がってきた。
かなり離れた所にいたのに聞こえていたんだね。
じゃあ、アマリリスが魚族長を覗き見していた話も聞かれていたんじゃ……
「お? さすが魚族長だなぁ。耳がいいなぁ。魚族長はアマリリスの面倒を見てやってくれ。カサブランカは安心だけどヘリオスはずっと見張ってねぇとすぐにいなくなるからなぁ」
「確かにヘリオス様はじっとしていられないですから。アマリリスはわたしにお任せください」
アマリリスの瞳がキラキラ輝いている……
これが恋する乙女の瞳……か。
おじいちゃんが神力でアマリリスの翼を隠して、魚族長を人化した……
アマリリスは魚族長としっかり手を繋いでいる。
魚族長も嬉しそうだし。
うーん……
誰が見ても相思相愛なのにどうしてパートナーにならないんだろう?
って……
どうしておじいちゃんは服を脱いでふんどし姿になっているの?
ん?
ちょっと待って。
右手はわたしと繋いでいて、左手はヘリオスと繋いでいる。
どうやって脱いだの!?
しかも今から人間の国に行くんだよね?
あの素敵なお店に行くんだよね?
このほぼ裸の姿で行くつもり!?
「よし! 出発だ! 皆じいちゃんにしっかり掴まってろ!」
……え?
本当にこのまま行くの!?
どうして誰もこの状況に疑問を持たないの?
これって大丈夫なの!?
嫌な予感しかしないんだけどっ!?




