人間の国に現れた勇者?
「では、なぜ勇者が現れたと人間達が騒いでいるのだ? 最近は魔族と人間も以前ほど悪い関係ではないし……」
毛玉の姿のパパがベリス王に真剣に話しかけている……
なんだか、かわいいね。
「はい。魔族は甘い食べ物を好むようになり人間を食べる者も減りましたからねぇ。時々いるではありませんか。目立ちたいだけの愚か者が……そういえば五十年前にも偽聖女がいましたねぇ」
「そんな事もあったな……そういえばあの時の……確かスウィート……だったか? アルストロメリア王妃になった……」
「はい。民を想い国を愛する立派な王妃だった……そう墓石に刻まれていますよ」
「あの頃の人間で生きているのはもう数人だけか……」
「……ぺるみ様もお辛いでしょうねぇ」
「そうだな。リコリス王も……その時が近そうだ」
「ぺるみ様を支えられるのはハデス様だけです。どうか……」
「ああ。そのつもりだ。……虚しいな。人間とは生きる長さが違い過ぎる……もう、何度見送った事か……」
「……この世界を見守る者にはなりましたが……やはり別れは辛いです」
この世界を見守る者?
何だろう?
「ハデスちゃん、天ちゃん……」
ん?
この声は……
第三地区のおじいちゃん?
「ヨシダさん? どうかしたか?」
パパが尋ねているけど……
「早く冥界と天界に戻れ! ぺるぺるが第三地区に戻ってきそうだ!」
「うわあぁ!」
「急いで戻らなければ!」
神様と冥王をここまで怯えさせるママって……
二人とも毛玉の姿の身体が震えているね。
そんなに怖いのかな?
あ……
慌てて空間移動した。
「おじい様……」
ベリス王がおじいちゃんに話しかけている?
そういえばベリス王はおじいちゃんの子孫なんだっけ。
「んん? ベリス王、昨日ぶりだなぁ」
「はい。父におじい様と会った話をしたら羨ましがられて……よろしければ魔王城にも……」
「ははは! そうか、そうか。じいちゃんはかわいい子孫達に想われて幸せだなぁ。ところで勇者の話を聞いたか?」
「はい。今ハデス様と話していましたが……」
「そうか、そうか……その勇者の事なんだけどなぁ……」
「はい……?」
「ありゃ、ヘリオスの事だ」
「……え? ヘリオス様……ですか?」
「ああ。ほれ、この前リヴァイアサン王の傘下の魚族に子守唄を聴かせただろ? あの時ヘリオスは波打ち際にいたんだ。ヘリオスは翼を隠してるから人間から見たら魔族を倒した勇者に見えたんだろうなぁ」
「なんと……ぷっ。ははは! 聖女様が勇者の母親になると五十年前に騒ぎになりましたが……現実になりましたね」
「そうだなぁ……ぺるぺるがこの話を聞いたら今度は魔王に謝りに行く事になるなぁ」
「ははは! では、一番高い手土産を用意しましょう。そうすればぺるみ様は今までになかった新しい商品を作り出す手伝いをする事になるでしょう。いやぁ、また巨大な金庫が増えそうです」
「そりゃ、魔王も喜ぶだろうなぁ。魔王になってもベリス王の商売が気になって仕方ねぇらしいからなぁ」
「父上が……ですか?」
「かわいい息子の商売が上手くいくように願ってるみてぇだぞ?」
「……! そうでしたか……」
「いくつになっても子供の事は心配なんだよなぁ」
「ありがたい事です……」
「そうだなぁ。母親になったぺるぺるもかなり大変そうだよなぁ」
「ははは。ヘリオス様もカサブランカ様もそれぞれ個性的ですからねぇ」
「個性的か……変わり者って言わねぇのは優しさか?」
変わり者……
おじいちゃんはそんな風に思っていたんだね。
「ははは。確かに変わってはいますが、優しく思いやりに満ちている事は確かです」
「そうだなぁ。ヘリオスが何かをやらかすのはいつも困ってる弱い奴の為だし。カサブランカはぐうたらしたくて仕方なくてもちゃんと離れて暮らす家族に会いに行くしなぁ。じいちゃんはカサブランカが第三地区に来てくれると嬉しいんだ」
おじいちゃんがわたしを見ながら嬉しそうに話している。
そんな風に言われると恥ずかしいよ。
「さすがはぺるみ様のお子様です。正義感が強く弱い者の味方……アカデミーに通っていた頃を思い出します。いつもわたしの想像を遥かに超えた行動ばかりで……ですが、ぺるみ様の周りはいつも笑顔で溢れていました」
「そうだなぁ……アカデミーじゃ色々あったよなぁ。爆弾を見つけたり毒殺犯にされそうになったり……」
ママはアカデミーでどんな目に遭わせられていたんだろう……
「そんな事もありましたね……懐かしいです」
「そういえば、あの時の変わり者の学術科の兄ちゃん達はリコリス王国の数学を発展させたって勲章をもらってたよなぁ」
「はい。わたしとぺるみ様の特別講義で爽やかに生まれ変わり、四人のうち三人はたくさんの孫に囲まれて幸せな最期を迎えました……一人は今も掛け算の謎を解こうと頑張っていますよ」
「そういや、学術科の姉ちゃんと普通科の姉ちゃんは結局掛け算の謎を解けなかったんだなぁ」
「……はい。惜しいところまでは、いったのですが……」
「そうか……その思いを引き継いで、生き残った一人が掛け算の研究を続けてるんだなぁ」
「きっと彼には無理でしょう……掛け算の謎は簡単には解き明かせないはずです。ですが、その思いは子や孫に受け継がれる事でしょう」
「……虚しくなるなぁ。人間の寿命はあまりに短過ぎる……」
「ダラダラと永遠の時を生きない分、一分一秒を真剣に生きる事ができるとも言えますね」
「そうだなぁ……」
一分一秒を真剣に生きる?
……わたしは?
わたしは今まで一度でも真剣に生きた事があったかな?




