最終話 変わらない日々
「ん? なんだ? 生ぬるいな……って、ヘリオス!? スーハーするな! さっきまでカサブランカに抱っこされてたのに、どうしてヘリオスに抱っこされてるんだ!?」
ベリアルがプリプリ怒り始めた。
やっとヘリオスに吸われている事に気づいたんだね。
「スハースハー……」
「だからスーハーするなって! ……いや、違う……これはスハースハーだ!」
「ぐふふ……かわいい。ぐふふ……かわいい」
「ぺるみと同じ変態に成長したから、変態が二人になったよぉぉっ!!」
ベリアルが叫ぶと、賑やかだった会場が静まり返った……?
「「「うわあぁぁぁぁぁ!」」」
人間も魔族もベリアルの大声に熱狂している!?
……今年も第三地区のおじいちゃんが風の力を使ってベリアルの声を大きくしたんだね。
どこかに来ているのかな?
「ぷはっ! 今年もベリアルが優勝か?」
あれ?
第三地区のおじいちゃんとおばあちゃんが手を繋いで嬉しそうにしている。
いつの間にか二人で来ていたんだね。
おじいちゃんは、ふんどしを着けていてよかった……
もう服を着て欲しいなんて思わないよ。
ふんどしさえ着けていればそれでいい……
あ、おじいちゃんがいつものヘンテコな踊りを始めた……
やっぱり服を着て欲しいかも。
「ぐふふ。今年もベリアル優勝の瞬間をしっかりと脳裏に焼き付けさせてもらったよ」
ママもいる……
あり得ないくらいニヤニヤグフグフしているよ。
「お前達……カサブランカから離れろ……命が惜しければな」
パパは王子達とドラゴン王に怒っているね。
あ……
よく見たら第三地区の皆も来ている。
人化したタルタロスのおじいちゃんと側付きの二人もいるね。
魔族と人間は仲良くなったけど……
天族は人間が簡単に会える存在じゃないから翼を隠さないといけないんだ。
タルタロスのおじいちゃんはスーたんを大切そうに抱っこしている。
スーたんは甘やかしてくれるおじいちゃんが大好きだからずっとニコニコしているよ。
あ、ゴンザレスが噴水の前にあるベンチでクッキーを食べている。
隣にいるのはパートナーのチュイーちゃんだ。
『チュイチュイ』しか話せない魔族らしいんだけど……
かなり前の悪い魔王に捨てゴマにされた種族で、チュイーちゃんの家族はもういないっておじいちゃんが言っていたっけ。
こんなに小さくてかわいいチュイーちゃんの家族を酷い目に遭わせるなんて酷い魔王だよ。
今の魔王なら絶対にそんな事をしないのに……
四百年前に世界中を見て回っていたゴンザレスがひとりぼっちで隠れていたチュイーちゃんに一目惚れして、今では第三地区で一緒に暮らしているんだよね。
チュイーちゃんは手のひらより少し小さくて水色のプルプルで、ゼリーみたいだ。
つぶらな瞳も、嬉しいとピンク色に変わるところもかわいい。
ゴンザレスは寝言で名前を叫ぶくらいチュイーちゃんの事が大好きなんだ。
ベンチで仲良くしているハリセンボンの姿のゴンザレスと、小さくてまん丸でプルプルのゼリーみたいなチュイーちゃん……
ベンチの近くにいる人間達がメロメロになっている。
ゴンザレスは神様のペットっていう設定だから人間達に大切にされているんだよね。
人間と魔族が仲良く暮らす世界……か。
殿下が生きていた頃には考えられなかったよ……
もちろん小さな揉め事はあるけどそれは人間同士、魔族同士にもあるからね。
はぁ……
千年後には人間がいなくなっているかもしれないのか。
ママがよく言っているよね。
ずっと同じように見えても少しずつ変わっているって……
この幸せも長くは続かないのかな。
賑やかで楽しくてキラキラ輝く幸せは永遠には続かない。
考えるだけで心が寂しくなる……
殿下とお別れした時みたいな虚しさ……
でも……
「カサブランカ! ほら! 今年もベリアルが優勝だよ! さすがオレのベリアルだ!」
「ふふ。ベリアルは超絶かわいいっ! 巨大プリンにつぶらな瞳をキラキラ輝かせているよっ!」
ヘリオスとママは四百年前から何も変わらないね。
「ははは! ぺるぺるとヘリオスはそっくりだなぁ」
「そうだなぁ。ぺるみの変態はヘリオスにしっかり受け継がれたなぁ」
第三地区のおじいちゃんとおばあちゃんの仲良しも四百年間変わらないよね。
きっと続くよ……
わたし達家族の幸せは永遠に続いていく。
少しずつ形は変わっていくかもしれないけど……
これからもずっとずっと仲良しで、ずっとずっと笑っているよね。
「カサブランカをお前達には渡さない……わたしを倒せないような奴には絶対にな……」
……パパは最近毎日怒っているね。
何をそんなに怒る事があるんだろう?
王子達とドラゴン王が震えているよ。
「ぷはっ! ほれ、カサブランカ。あっちの屋台に魚のトマトソース煮が売ってたぞ」
第三地区のおじいちゃんが嬉しそうに教えてくれた。
「え? 本当に? パパ! 早く食べに行こう!」
パパの手を握ると屋台に走る。
普段は絶対に走りたくないけど魚のトマトソース煮の為なら走れるよ!
「カサブランカは魚のトマトソース煮が好きだな。よし。屋台の物を全て買おう」
あれ?
パパの機嫌が簡単に直った?
あ、グフグフニヤニヤしているママとヘリオスがいる。
「ママ! ヘリオス! 魚のトマトソース煮の屋台があるんだって。一緒に食べよう?」
「魚のトマトソース煮? ふふ。カサブランカは楽しそうだね」
「あはは! ママ! カサブランカは毎日楽しいんだよ」
ママとヘリオスも嬉しそうにニコニコ笑っている。
「えへへっ! うん! わたしは毎日楽しいよ。だってわたしはパパとママの娘でヘリオスの妹なんだもん! 世界一幸せに決まっているでしょ?」
わたしの言葉に会場がさらにキラキラ輝き始めた。
ママの幸せな気持ちが溢れ出したんだね。
「これからもずっと一緒にいられるよ」
ママが嬉しそうに笑っている。
「そうだな。ずっと共にいよう」
パパが幸せそうに微笑んでいる。
「皆でずっとずっと幸せに暮らそうね! スハースハー……ぐふふ」
ヘリオスはベリアルをスハースハーしながらニヤニヤグフグフしているね……
「あれ? 今のって……」
「ああ。四百年前の流れ星の願い事……叶っていたのだな」
ママとパパが顔を見合わせて笑っている?
何の話かな?
「おい。ぺるみ、ハデス……」
あれ?
ヘリオスにスハースハーされているベリアルがママとパパに怒っている?
「どうしたのかな? 超絶かわいいベリアル。ぐふふ」
ママはベリアルに話しかけられるとグフグフが止まらないんだよね。
「『どうしたのかな』じゃなぁぁあいっ! ヘリオスの変態を親としてなんとかしろぉぉぉおっ!」
「くうぅ! プリプリ怒るヒヨコちゃんも激かわだよっ!」
「ぐふふ。ベリアル……ベリアルゥ……超絶かわいいよぉぉ。スハースハー」
「うわあぁ! やめろぉ! 誰か助けてぇぇ!」
うわ……
ベリアルがママとヘリオスに溺愛されている。
あれは溺愛……だよね?
グフグフニヤニヤしながら頬擦りしたり吸ったり……
あぁ……
諦めたベリアルがぬいぐるみみたいに動かなくなっちゃった。
ママとヘリオスは、ベリアルが嫌がるとさらに興奮するから嵐が過ぎ去るのを待つ事にしたんだね。
わたし……
ママの変態が受け継がれなくてよかった。
本当によかったよ……
「ぷはっ! 本当によかったなぁ」
第三地区のおじいちゃんが嬉しそうに話しかけてきた。
「おじいちゃん……ママとヘリオスは日に日に変態が酷くなっていくよね」
「ぷはっ! 仕方ねぇさ。ベリアルはかわいいからなぁ。……ん?」
「……え? どうかした?」
「魚族長とアマリリスとポセイドンが来てるなぁ」
「あ、本当だ。こうして見ると魚族長とポセイドンって似ているよね」
「そうだなぁ。親子だからなぁ。ポセイドンが魚族長の父親だって名乗ってから五十年か……」
「……うん。初めはギクシャクしていたけど……今はどうなんだろう?」
「魚族長も完全には赦せてねぇけど……時々一緒に出かけてるみてぇだなぁ」
「……そう。アマリリスも魚族長との赤ちゃんを妊娠中だし……またこれから少しずつ変わっていくんだろうね」
「そうだなぁ……ずっと変わらねぇものなんてねぇからなぁ」
「……うん」
「なぁ、カサブランカ?」
「ん?」
「カサブランカの夢はなんだ?」
「わたしの夢?」
「なんでもいいんだ。四百年前の流れ星の願い事は今のところ叶ってるみてぇだしなぁ」
「流れ星の願い事? なんだっけ?」
「それはそれ、これはこれで……今のカサブランカの夢はなんだ?」
「……願い事じゃなくて夢?」
「願い事だと自分の力じゃなくて、誰かに頼ってるみてぇに感じるだろ?」
「うーん……わたしの夢……か。うーん……」
「難しいか?」
「笑わない?」
「ん? じいちゃんがカサブランカの夢を笑うはずねぇさ」
「……これからも皆と仲良く楽しく暮らしたいの。それがわたしの望む未来だよ。平凡過ぎるかな?」
「……いや。一番大切な事だなぁ……そうかそうか」
「もちろんその皆の中におじいちゃんもいるからね」
「じいちゃんも? そりゃ嬉しいなぁ。ははは」
「おじいちゃんの夢は?」
「ん? じいちゃんか? うーん……そうだなぁ」
「難しい?」
「ははは。カサブランカはじいちゃんの夢を聞いて笑わねぇか?」
「もう! 笑うはずないよ!」
「さっきの逆になったなぁ。じいちゃんにも……夢がある……」
「どんな?」
「じいちゃんが不幸にしちまった皆が幸せに暮らす事だ」
「……おじいちゃん」
ずっとずっと苦しみ続けているんだね。
でも……
おじいちゃんが人間と魔族を幸せにする為に頑張っている事をわたしは知っているよ。
「……それなら……大丈夫……」
……え?
今の声は……
タルタロスのおじいちゃん?
「クロノス……今……じいちゃんに話しかけてくれたんか?」
「……うん……皆……幸せ……」
「……クロノス?」
「皆……幸せです。父上……」
タルタロスのおじいちゃんが普通に話している……
お面をつけているから表情までは分からないけど、勇気を出して話しかけたんだね。
「クロノス……」
「父上……皆……皆……幸せですよ」
第三地区のおじいちゃんとおばあちゃんがタルタロスのおじいちゃんに抱きついた。
間に挟まれているスーたんが苦しそうにバタバタしているね。
泣きながら抱きしめ合うおじいちゃん達に胸が熱くなる。
ずっと変わらないものはない……か。
少しずつ少しずつ変わっていくんだ。
素敵な方へ素敵な方へと……
きっと、明日は今日より素敵で……
明後日は明日より素敵な日になるんだ。
ふふ。
百年後は今よりもっと幸せで……
千年後は百年後よりもっともっと幸せになっているんだね。
その日の夜___
第三地区のおじいちゃんと空間移動して、リコリス王国にある殿下の墓前に来た……
墓石の高い場所にわたしへのメッセージがあるってドラゴン王が話していたけど、どこだろう?
「カサブランカ……じいちゃんが風の力で身体を浮かせてやるからなぁ。一人で見てこい」
「……うん」
ゆっくり身体が浮くと……
フワフワして少し怖い。
身体に力を入れたら傾いて落ちちゃいそうだ。
「あ……」
確かに何か彫ってある。
でも暗くてよく見えないや。
あれ?
文字が書いてある部分だけ明るくなった?
おじいちゃんが神力で照らしてくれたのかな。
……殿下からわたしへのメッセージ。
何度も来ていたのに全然気づかなかった。
殿下……
三百年も経っちゃったけど……
今から読むね。
『笑顔の大切さを教えてくれた初めての友。あなたはわたしの心を優しく照らしてくれた。ありがとう。永遠の時を生きるあなたに幸せが降り注ぎますように。白百合のように美しいあなた。あなたはわたしの初恋だった』
……!
初恋……?
殿下が初めて好きになったのが……わたし?
「ドラゴン王……教えてくれたメッセージ……少し違っていたよ。……殿下……わたしを覚えていてくれてありがとう……」
もう三百年以上経っているからかな……
涙は出ない。
結婚して幸せに暮らしていたみたいだったから、わたしの事なんて忘れていると思っていたのに……
殿下の姿を思い出すと胸が熱くなってきた。
これからも人間の友達ができるたびに、こんな気持ちになるのかな?
お別れは嫌……
殿下が亡くなった時みたいに心が空っぽになるのはもっと嫌……
でも……
殿下とフロランタンを食べた時の事を思い出すと微笑んでしまうんだ。
この温かい気持ちは……恋?
……そんなはずないか。
百年後___
「カサブランカ! いつまで寝ているの!? ヘリオスは四時間も前に第三地区のおじいちゃんとおばあちゃんに会いに行ったんだよ!?」
冥界のわたしの寝室にママの声が響く。
カサブランカ五百歳……
相変わらずな日々を過ごしています。
『異世界で、人魚姫とか魔王の娘とか呼ばれていますが、わたしは魔族の家族が大好きなのでこれからも家族とプリンを食べて暮らします。~ルゥと幸せの島~』を初投稿したのは2022年8月でした。
それから三年。
今日、このシリーズが完結しました。
前作の『誰もが恐れる冥王ハデスの妻ですが今日もモフモフ愛が止まりません』でシリーズ完結にしようかと思っていましたが初めて書いた物語をきちんと終わりにしたいと、カサブランカが主役の物語が始まりました。
中途半端な最終話に感じるかもしれません。
ですがカサブランカと家族、第三地区の人々や魔族はこれからも生き続けます。
『永遠の時』という長い長い時間を生き続ける……
これは楽しい事ばかりではないはずです。
これから先、カサブランカはたくさんの出会いや別れを繰り返し傷つき苦しむ事でしょう。
それでも永遠に時は流れ続けます。
この物語は『明るく楽しい異世界の物語』というよりは、過去の過ちに苦しむ登場人物が大勢出てくる……というものでした。
自分の過ちのせいで大切な家族が苦しむ事になったウラノス(吉田のおじいちゃん)
ペルセポネの身体を作り出す為に集落の人々を巻き込んでしまったと苦しむルゥ(ペルセポネ)
他にもほぼ全ての登場人物が自分の過去に苦しみながら暮らしていました。
そして、それぞれが苦しみながらも大切な存在に支えられ前に進む事ができました。
生きる事は難しいです。
人間関係、病気、災害、死別……
生きているのが辛くなるような事があったりもします。
それでも『生きていたい』と思えるのは『大切な誰か』がいてくれるからなのかもしれません。
誰かの為に生きたい。
誰かと共に生きたい。
数年後も数十年後も一緒にいたい。
そんな存在が心を強くしてくれる……わたしはそう思います。
カサブランカは大切な存在と永遠の時を生き続けます。
千年後、本当に人間がいなくなっているかは分かりません。
未来は誰にも分からないものです。
もしかしたら千年後も二千年後も人間と魔族は仲良く暮らし続けているかもしれません。
でもそれは未来の話。
『今生きている者』次第で未来は変わっていくはずです。
それでは。
三年間ペルセポネとカサブランカの物語を書く事ができてとても楽しかったです。
心からありがとうございました。




