1-9. 物理マイグレーションは大変です
この世界で、他の村へ移動するのは大変です。
村と村の間が、ものすごく離れているのです。
14歳児である我々が徒歩で移動するには、なかなか厳しいものがあるのはもちろんですが、どうにか隣の村に辿り着いたとしても「ここじゃない」を延々繰り返す内に、おばあちゃんになりそう。
この世界では、産まれた村で生涯を過ごすのが標準的な人生なのかも。
「くくっ、貴様は天空を翔るヴァリキリーであろう…くくっ、うらやましい…まじうらやましいわー」
そうでした。
私は魔法少女。ホウキがあれば、航空機動が可能なのでしたよ。上空から下界を見渡せば、目的の村が見えるかも。
「ホウキの代わりになりませんかね?コレ」
メイド服の武士が腰のものを貸してくれました。
日本刀に跨るなんて、タマがヒュンヒュンします。私にタマはありませんけど。物理層には無いタマが、仮想レイヤーでヒュンヒュンです。
いくら鞘に納まっているとはいえ、刃物がおしりの下です。それも、髪の毛を縦に裂くような業物が。
そうも言っていられないので、日本刀に跨って飛んでみましょう。
「うーん、まあ飛べますけど。3人も乗れませんね?」
「もっと長い棒ですか?うーん」
「くくっ、ぼっこに拘ることもあるまい…天翔けると言えば、ペガサス…我らはファンタジー故…」
ペガサスも3人は乗れないでしょ。うーん?3人搭載といえばー?
東方の三賢者…マギ…窓際のマジカちゃん…円環の理…ノヴィータさんの魔法大戦…。
「ソレだ!」
畳って買うと高いんですね。偶然にも不審火で燃えた商家があったので、火事場から一枚貰って来ました。物騒ですね。ははっ。
魔法少女の乗り物といえば、ホウキ以外にもあるじゃないですか。
例えば絨毯ですよ。日本人なら畳です。この程よい固さは武器としても使えますよ、きっと。鼻っ面に縦にぶつけたら相当に痛いでしょう。
「おー、いいっすねー、これは! ははっ、はははははっ! 怖い…」
畳に乗った我々は、高度1万メールの上空を飛行中です。ちゃんとQTフィールドを張っているので、酸素も温度も問題ありません。QTフィールドは、キューティーな乙女の防御フィールドなのです。乙女のための換気機能もあります。
「この高度だと、地上のものは見えませんねー」
「ははっ、はははははっ、まるでゴミのようだ! 我らが。これ落ちたら死んじゃう?」
「うっはー、あるはずのないタマキンがヒュンヒュンします、うひぃ」
どこかに秘湯でもあれば寄りたいところでしたが、地上のものはよく見えませんねえ。
高度が高過ぎましたかね? でも魔法少女が目撃されちゃうと、またエライ目に会いますからね。
死んでも転生するだけですが、それでもこの高度は怖いですね。畳の縁を、ひょいっと越えたい衝動を抑えられません。適当な地点で地上に降下しましょうか。
「ちわっすー」
「あんた、またどこか行ってたの?真っ黒じゃないの」
「ういっす。ちょっと悪にお仕置きを」
煙突を目指して降下していったら、ヴァルハラのお風呂でした。火事場泥棒をした時に、煤で汚れたままでしたよ。ははっ。早速、お風呂に入りましょう。
「諸国漫遊の旅をする覚悟でしたけどねー」
「あっさり帰れましたね」
「くくっ、あのシスターを、事象の地平線の彼方へ葬り去るのだ…」
そうでした。潮風びゅうびゅうのジャズシンガー気取りのハマ野郎を粛清せねばなりません。教会を焼き討ちしますかねー?
「宗教施設を焼くのは、やめといた方がよくないっすか?」
「ですねー。あんなのが仕切っているとはいえ、村の重要施設でしたわー」
他の村でも教会は重要施設でした。職業案内や、迷子の保護、図書の開示、と村人にはかかせない社会インフラです。特に、本は重要ですね。うっかり下剋上を起こすレベルで重要です。
シスターには死より恐ろしい恐怖を与えてやりましょう。
そう、例えるなら…例えるならなんでしょうか。システムエンジニアの現場に例えようと思いましたが、そもそもが地獄でしたわー。