1-6. 異世界で科学力無双できますん
「くっはあ、まっずい」
一日の労働を終え晩酌に一杯のビール。いいですねー。まっずいけど。
この世界にも、よく冷えたビールがありました。ひゃっほう、やふー!
電気も無いのに、どうやって冷やしているのかしら? まさか魔法? マジカルまじか?
いや、魔法は禁忌なのだと教わりましたよ?
「あんま飲み過ぎるなよ。一杯だけだぞ」
じいちゃんは、そう言いながら氷を浮かべた琥珀色の液体をぐいっと行きます。アイリッシュモルト風味のウイスキーってやつです。ウソです、適当に言いました。この世界にスコットランドは多分無い。いくら大英帝国でも異世界にまでは進出していないでしょう。
私、蒸留酒は飲んだことありません。ものすごく高いので。どこの世界でも、ビールはまあまあ安い、ワインは飲料水よりも安いんですが。蒸留酒は別格ですね。職人の技もあるのでしょうけど、熟成年数のせいですかね。天使が盗んで飲んじゃうので減るので、100樽仕込んで1樽しか残らないとか。天使は飲んだくれですね。
「日本酒は無いのか…くくっ…我は、しゅわしゅわは好かん…」
日本から転生してきた造り酒屋の娘の口にビールは合わないようですね。好かんのならやめればいいのに。だって、ビールは有料課金なので。この定食屋は食事の永年フリーライセンスは村人全員に発行してくれますが、嗜好品は別なのです。お金を何に使うのかと思ったら、俗物シスターに貢ぐ以外にも使い道がありました。
「しかし、まずいー」
「だったら飲まなくていいわよ。だいたい、あんた、ほんとに14歳なの?」
私は自称14歳。本当の年齢は分からない。
人体にはリリース年月日の刻印とか無いし、ステータスウィンドウとかも見えませんし、cat /etc/os-release なんてコマンドを打ち込むターミナルも付いてませんので。
しっかし、マズイビールだ。お姉様が醸造したそうだけど、何か変なモノ入れてません?こわー。
しかし、よく冷えたビールといい、じじいが飲んでる蒸留酒に浮いてる氷といい、どうなってるんですかね?この世界には冷蔵庫なんて無いし。電気すら無いのに。
私は、冷蔵庫の熱交換器の原理は知ってますけど、不器用なので作れません。異世界転生モノの定番である科学力無双が出来ないのです。
もちろん高度集積回路なんて、仕組みを知っていても手作業で作れるものではありません。
システムエンジニアの出番は、どうあがいてもありませんねえ
魔法が禁忌なら、他の手段で成り上がらねば。
いっそ、ニートで良いのでは? だって、この世界は働かなくても食べていけるのですから。
むしろ、ニートこそこの世界の貴族なのでは?
「あんた達は、おしるこでも飲んでなさい」
「あざます」
「くくっ…古より伝わりしブラックマター…いただこう…くくっ」
造り酒屋の娘が、病を発症しました。彼女も14歳なので、むしろこれがノーマルではないかと。14歳のロリっ子ボディは、コップ一杯のビールでもういい気分です。安上がりでいいですね。ビールはじじにあげて、お姉様に供されたおしるこを食べます。
「我…お金ない…」
「いいわよ。これはお店のものじゃないから」
「ありがたい…、くくっ」
実は、おやつも有料コンテンツでした。13歳以下であればフリーなのですが。ビールが飲める14歳か? おやつフリーな13歳か? 悩ましい処ですが、私は定食屋の娘になったので、おやつはお姉様が沢山くれます。
14歳のロリっ子には、ビールよりもおしるこですね。中の精神だか魂だかは、確か54歳くらいのはずですが、味覚やなんかは体に依存しますね。さらさらのおしるこも良いですが、つぶあんぜんざいも良いです。今度、作って貰いましょう。
「くくっ、我は、つぶつぶの邪悪なカオスも好みじゃ…」
私もチュウニなので、どっちの女児が喋ってるか分かんないですね。
「我は、堕天使なので、漆黒のおしるこを推す…」
「魔法少女の我は、ダークネスなつぶあんを推す…」
いかれた遊びをしているチュウニにしか見えないので、あえて魔法少女を自称しています。ホンモノの魔法少女はカミングアウトするわけないので。偽装です。致命的なバグを隠して出荷する感じですかね。んー、違う?
「マジックガールよ…我とこのあと、風呂に…悠久の湯気のとこしえにいだかれぬか?」
悠久のとこしえって、なんですかー? かっこいいデス。ダブルミーニングは中二の基本ですね!
そういえば、この堕天使の名前を知りませんね?お姉様のお名前も知りませんし、じじいのも知りません。私の名は、そもそもありません。まあ、よくあることですよ。多重派遣のSE巣窟では、誰が誰なのかなんて気にしていても始まりません。
IT奴隷のタコ部屋では、昨日まで居た奴が、今日居ないなんてザラです。名前なんか覚えてられません。心の中で勝手に命名して「伊集院は電話の声うるせぇな」と毒づくだけです。全国の伊集院さん。勝手に巻き込んで恐縮です。自らの生まれの不幸を呪うがいい。あ、ラジオは面白いです。
「はーっ、風呂はいいねぇ…。シンジくん…」
「そうだね、タオルくん。湯船にタオルつけんなよ」
「あ、ごめん」
チュウニ少女達も常時いかれた発言をしているわけではありませんよ。あれは、なかなか疲れるので。こうやって湯に浸かっている時なんかは、素に戻ります。シンジくんとか言って何かごっこを始めちゃったので、素もさほど変わりませんけど。
「シンちゃんは、お仕事馴れたー?」
今日は、シンちゃんとタオルくん設定のようです。お互い名前が無いですからね。この村では、私達転生者は戦災孤児のフリをして村に紛れ込みます。タオルくんは、俗物シスターの圧迫面接を耐え抜いたので、教会で巫女として働いています。教会なのに巫女? まあ、異世界はおおむねそんなもんです。教会に見えるけど、神社なのかも。赤い鳥居があるし。だとすると、神社なのにシスター?
「私は、皿洗いだからねー。らくしょーだよ」
皿洗いから学べることがあるかどうか知ったこっちゃないですが。お皿を無心で洗うのも、案外楽しいものですよ。ハンバーガー作るバイトよりも遥かにいいです。サンキュー!って聞くと今でも胃が痛くなります。
向かい風の強かったある日に、バックれて辞めましたよ、あのブラックバーガー屋のバイト。私が、いたいけな高校生だった頃は、ハンバーガーショップがまだ珍しかったので、賄いに釣られて、うっかりバイト始めちゃいましたけど。賄いなんか無かったし、教師共にもバレバレでしたしね。ポテト揚げる工程は店内から丸見えなんですよ。高校でバイト禁止されてるって言ったのに。厨房に隠れてば大丈夫って、あの主任あほですよ。もうそろそろ死んでる頃ですかね?
異世界の時間の流れはUTCに同期してませんから、あの世界はまだ昭和かも知れませんが。私が死んだ時は平成でしたけどね。
「そろそろ、お給仕の仕事もしないとなー。だりいわー」
「私は、ハンバーガーショップでカウンターやってたから、お給仕の方がいいなー」
まじか。こいつリア充とかいう部族出身なの? スマイル0円なの? 私は、見積もり0円でしたよ。
「ほほうー。じゃあ、タオルくんもうちくればー?」
こいつが来れば、私がニート貴族になれるって寸法ですよ。
それに私、たまに魔法大戦の世界に行っちゃいますからねー。一晩寝てる間に行って帰って来るんですけど。疲れ果てているので、二度寝必須ですからね。身代わりの皿洗いが必要です。
夢なんじゃねーの? って思うんですけど。使える魔法が増えてますからねぇ、夢じゃないんですよ。一晩の間に転生して三ヶ月くらい最前線でドンパチやって、朝起きたらぐったりっすわー。お姉様もじいちゃんも私に激アマなので、二度寝を許してくれます。はー、まじ天国ここ。まさにヴァルハラですよー。
なんだ、このままでいいじゃん。皿洗いサイコー。
よし、タオルくんを、家にお持ち帰りしましょうか。俗物シスターは怒るかも知れませんが、この村で、じいちゃんに逆らう奴は餓死する宿命なので。
思い上がっていたのでしょうか。
それともコップ一杯のビールで酔っ払って居たのでしょうか。
異世界では、一瞬の油断が命取りになるというのに。
私のすっとんとんが乙女なピンチを迎える事になるなんて。
現代日本では、お酒は20歳になってからです。