17-15. 保育園からやり直そう
深夜に、ふいに目が覚めて、眠れなくなる事がある。
私の体は、まだ14歳なのだ。
先の人生は、きっとずっと長く。見通す事は、ままならない。
そこに、どれだけの希望と絶望があるのか。
何千年も何万年も生きて来たはずの私なのに、未だに分からない。
14歳の私は、無邪気な楽観に支えられている。
だから、恐怖も不安もないけど、ただ眠れなくなる。
深い穴を覗き込んでいる様な、或いは満天の星空を見上げている様な。
そんな気持ちが、深夜に突然やって来る。
ゆっくり溜息をつくと、諦めて布団を出る。
窓の外を見ると、月がとってもきれいだ。
ちょっと、庭に出てみよう。
この家では、個室を与えられているけど、両隣では姉妹達が寝ている。
そっと、部屋の扉を開けて、そろそろと歩き、裏口から外に出る。
彼女達を起こしてしまうと申し訳ない、というよりも知られたくない。
夜の空気が、ぐっと冷たく感じられる季節になった。
外で月見パピコは無理だなあ、なんて思いながら、庭の片隅、ベンチがある方へ向かう。
ベンチには先客が居た。
ニャアだ。
「月が、とってもきれいね」
「なんじゃ、告白か? 死んでもいいわ、とは言わんぞ」
こうやって、百合ごっこをするのも、なんだか久しぶりだ。
「明日から、保育園ね。不安で眠れないの?」
「あー、それなあ、なんでワシまで…」
ミーとハーだけでなく、ニャアとミーナも、保育園児からやり直しになった。
「全員まとめて、肉体年齢と戸籍年齢を合わせやがれですわ!」
何度も、戸籍の改ざんを頼んでしまったので、コバトがキレたのだ。
ニャアとミーナは6歳児になったので、保育園からやり直し。
ニャアは、異世界の幼稚園で、やらかしているので、トラウマなのだ。
この世界の保育園と異世界の幼稚園では少しは違うのかも知れないけど。
嫌がるのは無理もない。
「でも、これで受験勉強しなくても済むわよ。うまくやれば、コバト学園に入って高校まで行けるから」
「あー、そう考えればー、あー、でもー」
ミーナの方は、異世界の幼稚園を中退したきりなので、割とすんなりと受け入れた。
スズメは中二からやり直し。こっちも闇の深いトラウマがあるからなあ。
コバト学園ではなく、最初からフリースクールだ。
私と同じく、保育士も兼任する。
ついでで、巻き込まれてしまったのが、アオイだ。
「14歳女児が校長なのはおかしいですわね」
と、コバトが今更気付いてしまった。
彼女も、中二からやり直しで、フリースクールにやって来る。
あやうく、数子まで中二になるところだった。
あれは、正真正銘の14歳女児に見えるお姉さんだ。
脳内は、チュウニだけど。
「やり直すからには、ワシは今度こそー、…うーん、今度こそ? 特にこれと言って夢もないのう?」
「そうかもね? これまでの前世で散々好き勝手やったもんね」
生きていれば、いずれ夢や野望も湧いて来るだろう。
そしてきっと、前世と同じ様に「あの時こうしていればー」なんて悔みながら生きていくのだ。
出来るなら、そうならない様にしたいものだけど。
夏休みのたびに、「今年こそは宿題を先に終わらせる!」と誓うのと同じだろうなあ。
何度繰り返しても、人の本質はそうそう変わらないのだ。
「何度繰り返しても、人の本質は変わらないと思うけど?」
翌朝、保育園のボスっぽい女児に絡まれるニャアとミーナ。
「なんか、前も同じこと言われた気がするー」
「あー、おいどんが言ったね? ニャア姉ちゃんが幼稚園に来た初日に」
「因果応報なのじゃ」
「まあ、事実だし。気にしないけど」
翌朝、ニャア先生とミーナ先生は、今日からみんなの仲間ですよー、と紹介したところ、意外にも園児達は、あっさりと受け入れた。
なんか、嫌みな事言ってる子が居るけどね? 受け入れたという事だ。
「お遊戯会の配役どうするー?」
「ん-、ミーナちゃんは無駄にツラがいいから、主役級じゃない?」
「あーでも、ニャアちゃんみたいなのが、案外老人には受けがいいかも」
「ニャアちゃんと、ミーちゃんハーちゃんで、三匹の子豚にする?」
「こいつら、そっくりだしなあ」
「ハーちゃんは、ちょっと違くない?」
「あんた達、なんか特技ある?」
早速、お遊戯会の調整に入る園児達。
「幼女にめっちゃ値踏みされとる…」
「住宅ローンの審査だって、こんなにつらくはなかった…」
なんとか、やっていけそうかなー?
ニャア達の役は、酒場で演奏しているバンドという事になった。
「ははっ! お前らを蠟人形にしてやろう!」
「おいどんがセンターばい!」
「おい、勝手に決めんな。ワシ、楽器出来んぞ」
「いや、乙女ゲーム世界でバンドやったでしょ?」
「ほうじゃったっけ?」
幼女と私達の対バンになってしまったよ!
「経費が無限にあるワケじゃないんだからね? 他に、調達するものがまだあるんだから」
楽器の調達をするために、ラゾーナに来たよ。
保育園の経費で落としていいよー、と数子は言ったのだけど、お財布はもちろん多恵子が握っている。
「送迎バスとか、まだ無いんだっけ?」
「猫ミニバンで、うっかり過去に園児を送るワケにはいかないからね。二種免許だって、母さんは持ってないし」
「金をケチると、発想まで貧しくなるからやめなー。自動運転バスを開発しようじゃないか! 今後、保育園は増えて行くし、販売かリースをしてまた財産を作るぞー」
ほんとに、母娘かな? っていくくらいに、多恵子と数子では考え方が違う。
堅実な多恵子と、豪気な数子。
「多恵子は、私が育てたからね」
そう言うハーは、前世での刹那的な生き方を、今世では変えたのだろうか。
学園に自爆特攻をかまそうとしてたのに。
「せっかく、核融合の特許で、ドン引くくらいの資産があるのに、母さんは思い付きで事業を始めるし、どんどん減っていく…」
「特許なんだから、今後も利用料が入って来るんじゃないの?」
「いやー。独占してると他の国家との戦争になりかねないから、無償で公開しちゃったんだよね。特許は、発電機の製造機械のしかないんだよ。それも、そろそろ技術革新で無効になりつつあるから」
なんか、ビクターのVHSか、トヨタのハイブリッド技術みたいな事してるね。
確かに、最悪国家間の戦争になりかねないし、神聖カワサキ帝国だけ発展してると、難民が押し寄せちゃうかも知れない。
などと国家の心配をするよりも、我が家の心配が先だな。保育園の経営に失敗すると私達もまずい。
もっとまじめに働かないと! もしくは、まじめに勉強して大学まで行くかなー。
来世からまじめにやる、ってワケにいかないもんなあ。
「うーん、キーボードは保育園でもう使ってるのがあるからー、後はベースとドラムなのかな?」
「ベースは、粗大ゴミに出そうとしてたのを、俺が修理したぞ」
さすがは元剣聖。スズメは手先が器用だった。
折れたネックを直して、腐った電装系も交換してベースを復活させた。
「じゃあ、後はドラムだけ? アンプも要るんだっけ?」
「え? 2セット分買わないのか?」
「は? 共有しなさいよ」
まあ、保育園の備品にロックバンドの機材があるのが、そもそもね?
「しかし、フェンダーが何でこんなに高いんだ…? 80年代は5万円代でもフェンダーのロゴあったぞ?」
「今その枠はスクワイアじゃのー」
「フェンダージャパンがもう無いかららしいよ」
「物価が違うしなあ」
「ロゴで音が変わるの?」
「気分の問題だ」
「ハイエースにレクサスのエンブレムつけるような?」
「うっ、それは…」
スズメは、3万円くらいのヤマハのギターを買った。
保育園の経費では落とせないので、自腹で。
「なんか同じ様なギターの中古が沢山あるんだが」
「ぼっちちゃんの影響でしょうね」
ぼっちちゃんもメタラーだったなら、こんな事にはならなかっただろうに。
メタルは、パワーコードを押さえるだけで、有名な曲が弾ける。
キーも、だいたいはEかGだしね!
アニメに感化されて、ギターを買ったはいいけど早々に挫折する、なんて事もないだろう。
「黒いレスポールのぱちもんも中古がようけあるが」
「ESPのランダムスターまで破格ね。これ新品じゃないの」
「あー、余計な飾りが無ければのう。ミラーピックガード付きに改造せるか…うーん、無理」
「ファンに怒られるわよ?」
アンプは、10Wクラスの小型アンプが流行っているのか、充実している。
保育園で使う程度なら、この出力でも十分過ぎるだろう。
「このVOXのアンプ、異世界で使ってたのに似ておるな」
「これにしましょう」
「こっちのは、アンプシミュレーターも充実してて、スマホと連携出来て良さそうなんだが」
「ボリュームは10にしとけばいい、みたいな性格で使いこなせるとでも?」
「確かにー」
チュウニというか、ヲタクの習性で決めきれず、違うものを3台買った。
個人の練習用に、スズメはヘッドフォンアンプも買っていた。
「ドラムは電子にしとく?」
「うーん…、でかいし邪魔ねー。ドラムセットを保育園に置くのはやっぱり無しね」
「どれ買えばいいか分からんしなあ」
ドラムはどうせ誰も叩けないのだし、リズムマシンで良いんじゃないって事に。
他に、チューナーやシールド、交換する弦に、ピックなど細々としたものを買ってお買い物終了。
駅構内で、しうまいも買って帰った。
多摩区から出たら、しうまいを買わないとね!
「楽器は揃ったけど、誰がどれやる?」
中二組だけで相談だ。幼女組は、もう練習を開始している。
「俺は、ギターだな。タマヨンは、ベース弾いてたよな?」
「まあ、そうね。今でも、弾けるのかしら?」
「じゃあ、私はキーボードかな? ピアノ習ってたし」
「ボーカルは? 私、ベース弾きながら歌うの無理よ」
「ワタシもギターを弾きたいので、インストバンドにしまショウ! 淑女なので!」
最近は、バンドものマンガやアニメが増えた気がする。
アオイが言っているのも、そういったもののひとつだ。
主人公の妹がかわいい。実の妹もかわいいけどね!
「まずは、アオイの特訓かなー。弾いた事無いんだろ?」
「お、おう。なんかコワいんですけどー」
アオイは、スズメに拘束されて、何処かに行ってしまった。
うーん、実の妹は、こわかった。
まずい、私も真剣に練習しておこう。
「ダメだ。ベースが致命的にダメだ」
「お、おう」
幼女組が、「ワシらはもう極めた。本番では、ほえ面をおかき遊ばせ!」とかのたまって、楽器を解放したので、中二組の練習開始だ。
開始早々、私はスズメにダメ出しされた。
「あー、まあ、短期間でスラップをマスターしたのは認めるがー」
「が?」
「リズム感ゼロだな!? ベースはリズムの要なんだぞ!」
そうね。そればっかりは、一朝一夕ではどうにもならんのよ。
「いや、ギターもどうなの? あんた、どんだけソロ弾けば気が済むの?」
「お、おう。そういう多恵子だって、簡単な和音しか弾けないじゃないか。ピアノ習ったんじゃないのか?」
「習ったけど、3日で見限ったのよ。だって、ピアノじゃ腹は膨れないもん」
確かに、ピアノを職業に出来るのは、世界でも数人とかそんなだろうね。
多恵子が努力する基準はそこかあ。
アオイのリズムギターが、一番まともだった。
元大統領は、何でも器用にこなすなあ。
「お遊戯会って、いつデスか?」
「冬休みに入る直前だから、まだ期間はあるけど」
私達には、保育士の業務だってあるし、数子の研究を手伝うバイトだってある。
「受験生に時間なんてないわよ?」
そう、多恵子の言う通り、受験生でもあるのだ。
まだ中二の冬だけど、今から始めても遅いくらいだし。
「勢いで乗り切れるパンクにするかー。多分、ニャア達と被っちゃうけど」
「それしかないかー」
ツラだけはいい私がセンターでボーカル、アオイがベースに変更、となった。
アオイには再びスズメの手による特訓が施される。
「ワタシ、ニンゲンではなくなっちゃうカモー」
作詞作曲編曲は、スズメが担当。
3日後に、再度練習することにして、それまでは個別に自主練となった。
ハードだなあ。
ああ、でも。こんな事が出来るのは今だけかもね。




