17-6. 熊退治
「あの雑魚クズ教師を、ボロボロのグシャグシャにした上に、買ったばかりの新車まで同じ目に合わせて、心身共に痛めつけるとは! さすがは、お姉様ですわ!」
ああ、学校の駐車場で破壊しちゃったあの車、体育教師のだったんだ。
しかも、買ったばかりの。残クレ丸々残ってるんだろうなあ。あーあ。
でも、あいつを ボロボロのグシャグシャにしたのは、私じゃないわよ?
「この王女、何言っとんじゃ?」
「倫理観というか善悪の基準が、よく分からないね」
元極悪女神のニャアと、現役悪魔のミーナにすら、こんな事を言われるコバト。
倫理観が歪んでいるのは、前世での私の影響だと思う。
教師破壊を評価する一方で、学校には行けと拘るのは、最初の人生で学校に行けず病室のベッドの上で生涯を終えたからかな。
…やっぱり学校行こうかな。
ご機嫌なコバトと対照的に、アオイはしょぼくれている。
せっかく来たのに、ブルーレイが無いのだから。
「桃色ガンダムなら、もうすぐ劇場版が公開されるからさ」
「へ? それっていつデスか!?」
「んーっと、今日からじゃ!」
スマホで調べたニャアが驚いている。
あれ? そうだっけ? ブルーレイボックスをロッカーに入れた事で、歴史がちょっと変わったとか? あり得る、のかな?
都合のいいことに、学校帰りに家に寄ったコバトが、ラゾーナに王女専用車両で帰るところだ。
「この車は、タクシーではありませんのよ」
そう言いながらも、コバトは同乗を承諾してくれたのだけど。
残念ながら、定員オーバーだった。
「雑魚教師の残クレカーの方が、無駄にでかかったよ?」
「王室は貧乏なんじゃろかー?」
王女専用車両は、5人乗りのコンパクトカーだった。
「堅実なのですわ! 国家のトップが無駄遣いなど出来ませんわ! トヨタの会長だって同じ車種に乗ってますわ!」
宮殿を、ショッピングモールにするくらいだから、コバトの国家予算運用は、堅実なのだ。
宮殿の維持費に税金を使うどころか、むしろ大幅に黒字なのは、この国くらいじゃないの?
ちなみに生田の別荘は、数子が買い取った。
中がボロボロじゃないの! って多恵子が嘆きながら片付けてたけど、破壊したのはあんたの母ちゃんだよ。
しかし、この車は並ではない。ドングリウム合金製なのだ。
ドングリウム合金の在庫がちょっとしか無かったので、コンパクトカーになった、という事情もある。
なお、ミーやハーの魔力が揮発した様に、数子の中のドングリウム合金やタイムマシン回路の設計も脳から揮発したので、もう作れない。この車とミルクカーは、完全にオーパーツとなってしまった。
核融合発電の設計だけは、元より数子が研究した成果だし、完成品が稼働しているので、揮発した部分も補完する事が出来たけどね。補完出来るまでは、国家存亡の危機だったよ。
いんちきで入手したものは、定着しないし、それなりに代償があるという事だろう。
「じゃんけんで負けた奴は、トランクに乗ればいいデース!」
それも十分に道路交通法違反だけどね?
じゃんけんで負けたのは提案したアオイ本人だったので、私達は電車で行く事にした。
さすがに、あんまりにもアオイが哀れでしょ。
南武線の最寄り駅ではなく、小田急線の生田駅に向かって、てってこ歩いて行く。
「なんじゃこの坂道。ジェットコースターか」
地図上だと、割と近かったんだけどね。高低差を考慮してなかった。相変わらずマヌケな私達。
そして、当然道に迷った。
「元大統領のくせに、自信満々に先導して間違うかなー、バカかこいつ」
自分を差し置いて、ひどいことを言うニャア。あんたも同じタイプでしょ。
「ははっ! いつも専用車両で移動してましたからネー」
アオイも絶対迷子感の持ち主だったのだ。
「なんか熊が出そうなんじゃけどー」
まさか、ここは川崎なのだし、この山は小さいし、熊は居ないでしょ。
ニャアは熊に喰われたトラウマがあるから、過敏なのだ。
「うぎゃーっ!」
そのまさかだった。ここが異世界だって事を忘れていたよ。
「ヘルメットが無ければ即死だったー!」
いきなり熊と遭遇し、ミーナが襲われた。
まだ、ジンギスカン鍋を被ってて良かったよ!
ニャアは、フリーズしている。漏らしてないだけマシかな。
緊急避難だから、猟友会でもない私だけど、射殺しても構わないだろう。
私は、スカートの下から、コボルレーザー銃を取り出して、熊を即射殺!
「そきゅしゃちゃちゅー!」
がちんっ。
あれ? 電池切れかな? そういえば、充電器は持って来てなかった。
そもそも、これ電気で動いているのかしら?
USBタイプCの穴とか無いしな。
魔力で動いてるんだったけ? じゃあ、この世界だとガラクタじゃん!
「姉ちゃんが噛むからー!」
「あんただって噛むでしょ。それに、そういう問題じゃないわよ」
私は、ガラクタと化した銃を投げつける。
熊が、そっちに気を引かれた隙に、逃げ、ようにもニャアがフリーズしたままだ。
アオイは!? 何か武装してたり、実は空手の達人だったりしないの!?
「死ねー! 即射殺ー!!」
こいつ、金髪女児のクセに噛まずに言えるなんて。
しかし、アオイは銃を持っていなかった。
「ははっ! 没収されてましター!」
もう打つ手は無いのか!? こんなところで終わるなんて!
この世界では、私達の不老不死も無効かも知れない。
試すわけにもいかないから不明だけども。
少なくとも、アオイは熊に齧られたら死んじゃうだろうなあ。
明日から学校に行くから! 誰か何とかして!
もうダメか!? と覚悟しかけたその時!
ずどーん!
熊が、自転車に刎ねられた!
「うちの裏庭で何騒いでんの?」
「多恵子!」
ああ、ここ生田の元別荘か。今の、多恵子と数子の家。
「私の女子力が低かったら、あんた達死んでたわよ?」
女子力って、自転車で熊を轢き殺せるの?
多恵子は、手早く熊を捌いている。
熊退治すら、多恵子にとっては家事の一部だと言うのか。
「熊肉っておいしいのかしら?」
「ぱさぱさしてそうでもないよ」
「じゃあ、お肉屋に売るか。桃色ガンダム観に行くし」
過去に来たワケでもないのに、時空の必然の様な展開。
これは、ただのご都合主義的展開ってやつかしらね?
みんなで分担して熊肉を肉屋まで運び。
小田急線の生田駅から電車に乗った。
女子力の高い多恵子が一緒なので、道に迷う事もなかった。
「あれ? なんで新百合ヶ丘方面の電車に?」
「ん? 分かっててこっち来たんじゃないの?」
新百合ヶ丘で電車を降りると、私達は電車を乗り換えた。
幻の川崎地下鉄に!
川崎地下鉄は、国営だったのでカワサキカードで改札を通れた。
「地下鉄なんてあったのかー」
電力制限下で、よくこんなの作れたもんだな、と思ったら、ちょうどいいルートに地下道が既にあったのだそうだ。
おそらくは、先の大戦時に軍が掘ったのだろう、という事になっているけど。
その地下道、私達が掘りに行く事になる気がするよ…。
地下鉄車両は、地上の南武線よりも遥かに運行速度が速く、あっという間にチネチッタ駅に着いた。
川崎駅とは、繋がっていない。国外の企業だから協業してくれなかったのだろうか?
京王線は乗り換えが出来るそうだから、稲田堤から京王に乗った方がいいかもね、と多恵子に教えて貰った。京王線の稲田堤駅までは、うちの近くからバスでも行けるし、歩いても行ける。
こうして、アオイも桃色ガンダムを観る事が出来た。
まあ、この先が更に怒涛の展開なんだけどね。
ミーナがネタばれしたくてウズウズしていたので、必死で止めたよ。
「亡命して良かったデース!」
とか言ってるけど、日本は既に合衆国なんでしょ?
よく分からないなあ。まだまだ、私達の知らない事が沢山あるのかも知れない。
単に、アオイがマヌケなだけかも知れないけど。




