16-22. 多摩区の多摩川梨はタマ無しではありません
「ねえ? この辺に学園があったわよね? ツラがいいだけの男共を手玉にとって弄ぶゲームの」
「それって乙女ゲームの事じゃろか? 言い方ヒドイなこの女 … 。ここにあったのは、近衛騎士予備校じゃったろ? 世界が違うけど」
乙女ゲームの学園があったはずの場所には、梨畑しか無かった。
強制的に連れて来たニャアも、この学園を知っているはずなのだけど。
こいつは、あの世界では爆弾テロで死んじゃったんだっけ? 憶えてないのも無理ないかな。
近衛騎士予備校があったのも、こんな場所だったっけ? あの世界も、まるっきり川崎市だったなあ。
「王女マッキーに聞いてみたら? つーか、来る前にストリートビューくらい見ればええじゃろが」
「私は、回りくどい事が嫌いなのよ」
「こいつも、大概病んでおるのう … 」
マッキーに聞いてみるか。チャットだとまどろっこしいから、電話だ。
「学園? それもエリートの通う上級学校ですか? 多摩区にある大学は、医科大学くらいですけど」
「そうか。そうよね。邪魔したわね」
「いいえ。お困りの際は、いつでもお申し付けください」
そういえば、あの世界にあった学校に大学とか高校とかいう区分は無かった。小中学校も無かった。
でも、多恵子は中学校に通っているし、私も「お前どこ中?」とか言って、たまに絡まれる。
子分Aと子分Bは、この世界に転生してばばあになっていたし。
それに、あの国の王女は、マッキーのように出来た少女ではなかった。
なんだ、違ったな?
千年だか万年だか、いろんな世界を渡り歩くと、昔の事なんてさっぱりねー。
「タマ無しを買って帰りましょうか?」
「多摩梨な? 正確には多摩川梨。ちょうど時季じゃなー。ただなあ」
この辺りは、多摩川梨の直売所が沢山あるのだけど。
いつ営業しているか、謎なのだ。前回のステイでは、数年間住んでいたけど、買えたのは2~3度だけ。しかも、猛暑の昼下がりの屋外で煮えてた。
多摩川梨は、スーパーにも流通していないし、割と幻なのだ。どこで買えるのよ?
「稲城の山の上のスーパーで買った事あるじゃろ。隅っこの産地直送コーナーで」
「ああ、あの梨は、おいしかったわね」
あのスーパーに電車で行くのはだるい。
せめて、パピコ梨味でもないかと思ったのだけど、それも無かった。
「もう帰りましょうか?」
「どこへ?」
そうね。どこへ帰りましょうかね? 私達の帰るべき場所ってどこなんだろう?
「とりあえず、みんなの居るラゾーナ宮殿じゃない?」
「帰れると思う?」
「 … 何、不吉な事言ってんのよ?」
南武線に乗って東へ進めば、帰れるでしょ?
煮えるような暑さの中、ぼけーっと川崎行きの電車を待つ。
電車はさっき行ったばかりだ。15分待ちかしらね。
… と、思ってたら、すぐに来た。なんだか、真っ黒な車両が。
「機械仕掛けの魔女が乗ってそうな電車じゃな?」
「黒帽子被ったやつ? 乗ったらネジにされそうね?」
というかコレ、相鉄の車両じゃないの? なんでこんなところに。
武蔵小杉の横須賀線ホームじゃないんだけど。
「まあええわ。ワシは行く。タオルくんはどうする?」
タオルくんか。久々に、その名で呼ばれたわね。
私は、ニャアの差し出す右手を掴んだ。
「長女のあんたが行くと言うのならば、行くわよ」
などと、さも何処かへ旅立つ風情を醸し出していたのに。
元居た、川崎駅に帰り着いたとさ。なんじゃそれー?
「そうそう不思議な事が起きるもんか。そんなん、たまらんわ」
「そりゃ、そうね」
いつの間にか増えている改札のどれから出ればいいのか、少し迷ったけど。
私達は、西口のラゾーナへと向かう。
途中、コインロッカーが目に留まった。
「川崎ロッカーの地図だ」
「ああ、すれ違い通信の? あのゲーム、懐かしいのう」
ここに何かを仕舞ったきり忘れてないかしら?
何故か、そんな気がした。
ニャアの腹巻の中に手を入れてまさぐると、あった。
「人の腹巻にいきなり手を突っ込むな。しばきあげるぞ、こら」
「この鍵、コインロッカーの鍵よね?」
「はあ? なんでそげなもんが」
29番。にく?
666番とかかと思ったら、にくだった。
「29番 … 。こいつか」
29番のコインロッカーの扉に、鍵を差し込み回そうとしたら。
「鍵穴が無いじゃん!?」
「スイカで開け閉めするタイプなんじゃろ?」
「じゃあ、あんたのスイカかざしてよ」
「なんで、ワシのを … 」
ぶつくさ言いながらも、ニャアが腹巻からスマホを出してかざす。
「反応せんのじゃけど」
「まさか、もしかしたら?」
今度は、私の魔女っ子ステッキ、シャイニングアークワンドを翳してみる。
私の、スイカだ。
「利用料金、29万3千円!? 」
スイカにチャージ出来る金額じゃないんだけど。
私の魔改造スイカは、支払えてしまった。
がっしゃん!
ロックが解除された音がしたので、29番の扉を開いてみると。
そこにあったのは!?
「ここで引っ張らん方が、ええと思うんじゃけどなあ」
乙女ゲーム世界の話は、カクヨムで連載中デス
「お米がなければ、その辺の草でも食べればいいじゃない」
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