16-12. ぼく悪いスライムだよ
「ぼく悪いスライムだよ」
ナノマシンの群体で作った、おはぎの様な漆黒のスライム。久しぶりの登場だ。
操作しているのは私。
「ぼくも悪いスライムだよ」
ピンク色の桜餅の様なスライム。操作しているのはミーナ。
2体のスライムはユーラシア大陸の東側に派遣されている。
かつて東側陣営とか共産圏と言われていた辺り。
合衆国情報局の調査だと、この辺りに魔族が潜伏しているそうだ。
範囲を絞れていないにも程がある。
なので、私達は大胆で荒唐無稽な作戦を展開する事にした。
私は、回りくどい事が嫌いなのよ。
「作戦開始するわよ?」
「ああ、頼むぞ。あ、いえ、よろしくお願いします」
まだ空気の読めない合衆国大統領が生意気な口をきこうとしたので、軽く睨んでやると慌てて言い直した。頭のゆるそうな金髪14歳女児なので、いじめてる感が出てしまう。
影武者のおっさん大統領は本国で執務中だ。
「秘書官のあんたがこんなとこで遊んでていいわけ?」
金髪14歳女児の中身が本当の大統領である事は、当人と私達しか知らない。
表向きには、大統領秘書官として彼女はこの作戦に立ち会っている。
秘書官にそこまでの権限があったかしら? あの国は、大統領のごり押しで何でも出来ちゃうみたいだけど。
「この作戦は重要だから。それに、あの影武者、スタンドアローンでも優秀だしね」
「そんな事言ってると、影武者に乗っ取られるわよ?」
大統領の影武者として送り込んだのはボスなのだから、乗っ取るのは私達って事だけどね。
「ちょっとブタの人、掃除するからそこどいて」
さあ作戦を開始するわよ、というタイミングで掃除機を抱えた多恵子がやって来た。
「へ? ブタっておいどんブヒ?」
ブヒブヒ言ってるから、ミーナはブタの人って事かしら?
だとしたら、私は何の人なんだろうか。
「こいつは悪魔なんじゃけどもー」
「悪魔? ああ、いつものチュウニ? 隣の部屋なら掃除終わってるから移動してもらえるかしら」
ニャアが訂正するけど、多恵子にとってはチュウニ病の妄言にしか聞こえないらしい。
私達がチュウニ病患者なのは事実だし、是非もない。私自身にも、チュウニ病の妄言と区別付かないし。
「今、世界の情勢を左右する作戦中なんブヒよ?」
「なにそれ? それは部屋の掃除よりも大事な事なの?」
「王女様には逆らえんのう。隣に移動せようか」
部屋の掃除が最重要な王女様というのもどうかと思うのだけど。
多恵子は、神聖カワサキ帝国の王女なのだ。
魔族を討伐する報酬の前払いとして、神聖カワサキ帝国を私達のものにして貰った。
多恵子率いる我々こそが、テロリストを倒したヒーロー達なのだ、というプロパガンダを流して貰った。大手の広告代理店が潤沢な予算を使って、見事に世界中を洗脳してくれた。
ミーナは王女宣言で面が割れているので、多恵子を王女として立てたってワケ。
多恵子も、そこそこに美少女なんだけど、クラスに2~3人は居るレベルで、決して高嶺の花という感じではない。そんな、手が届きそうな感じが、今時は受けがいいらしい。
プリンセス多恵子は一躍世界中のアイドルとなり、お陰で神聖カワサキ帝国には平和が訪れた。
今日も沢山の参拝者が、ラゾーナ宮殿の中庭に集まっている。
自動小銃を抱えた軍隊に警備されてね。
私達は、地下のネオアゼリアからラゾーナ宮殿に住まいを移した。正式な手順でインターネットと接続する回線が敷設され、念願のネット配信も好きなだけ観る事が出来る。
あとは、この作成を成功させるだけだ。
多恵子に逆らうと「宿題は終わったのか」とか「登校日は無いってほんとなの?」とかまた小言が始まるので、大人しく隣の部屋へ移った。リモート操作の端末はノートPCだし、ネットワークは魔法ゆんゆん電波なので、移動するのは簡単だ。システムエンジニアのリモートワーク並みに身軽なのだ。
「気を取り直して、作戦を開始しましょうか。私達の位置は捕捉出来てるの?」
「うん、我が国の監視衛星が捉えているよ」
「そのスライム、鏡餅程度の大きさなんだろ? それが衛星から見えるのか。さすがロックンロールの国の技術だな」
「建前上、自由の国だからね」
「あんたそのうち失言で失脚するわよ? ああ、もう表向きの大統領には戻らないんだっけ?」
「そうだよ。この作戦が終わったら、大統領秘書官も辞めてここに住みたい。リアタイで深夜アニメを観たいんだ」
「あんたも、見た目通りチュウニだったのね」
「やはりワシらの同類じゃったんよ」
正確に言うと、光学的にスライムを捉えているワケではない。さすがに、それは無理だ。物理的な限界というものがある。スライムが発している特殊な電波を受信しているのよ。もっとも、もうすぐ光学的にも捕捉可能になるけどね。
「作戦開始! スライムでユーラシア大陸の東側を包み込むわよ」
「のじゃー!」
2体のスライムがもりもりと巨大化していく。ラグランジュポイントまで引き寄せた小惑星の質量を変換してね。もちろん魔法なので、この技術を盗用する事は、地球人類には不可能だ。
ISSからなら肉眼でも、はっきりと見える大きさまで巨大化する。もちろん、ISSの搭乗員には撮影も、見た事の口外も禁止している。もっとも、そんなもの誰も信じるワケないけどね。
「もういいかしらね?」
「こっちも完了ブヒ」
スライムは再び、元の鏡餅サイズに戻る。その脇には、大きなどんぐりが4つ程転がっている。約17億の人類を、どんぐりに変えたのだ。
「たったの4個にしかならないのね? これってどういう法則なのかしら?」
「さあ、この魔法を開発したワシにも分からんちん」
ポリスマンレディーをどんぐりにした時は、ひとり一個だったのにね。
原理は不明だけど、邪魔にならなくていいわ。
「うわー、ほんとにやったー。まじかー。お願いだから、合衆国の敵に回らないでね?」
「それはあんたの態度次第よ?」
「うっひー」
強大で荒唐無稽な力を目の当たりにして、大統領の態度が変わりつつある。14歳女児そのものみたい。見た目通り、中身も可愛くなれば、子分にしてやってもいいわよ。
「居ないわね? ミーナの方はどう?」
「こっちも、ニンゲン以外のヒト型生物を呑み込んだ感触は無いブヒー」
「監視衛星でも、対象範囲内で活動中のヒト型生物は捕捉出来てないねー」
ハズレかしら?
スライムで呑み込んだ範囲に居たニンゲンは全てどんぐりに変えた。
ニンゲンだけがどんぐりになって、それ以外の生物はそのままのはず。
魔族はヒト型の生物だそうだから、この方法であぶり出せるはずなのよ。
この状況下で活動しているヒト型の生物がもし居たら、魔族かそれに準ずるモノってワケよ。
「勢い余って、魔族もどんぐりにしちゃった事はないブヒ?」
「その可能性も否定出来ないけども」
「そろそろ戻した方がいいよ。この一帯には常時監視が必要な設備も多いし、資源も多い。無人のままではとても危険だから」
「そうね。もう3分経ったかしら」
ニンゲンをどんぐりにした事はあるけど、その逆は初めてだ。うまくいくか不安だったけど、ちゃんと元に戻せた。ま、多少の誤差はあるかもだけど?
女神は1日で世界を創ったなんて、どうやったのかと思っていたけど、きっとこんな感じなんでしょうね。ついに、私はこの世界の女神として実績を積んでしまった。
「何か起きたと自覚しているヒトも居るね。カップ麺が突然のびてるって騒いでるのとか」
SNSの投稿でチェックしているらしい。便利な世の中よね。
「詳細な調査は情報部でやるけど、大きな問題は無いみたい」
「でも、作戦は成果なしね。魔族は発見出来なかった」
魔族は、何処に居るのか?
答えはすぐに分かった。
魔族を率いたボスが、神聖カワサキ帝国に宣戦布告してきたのだ。
世間的には、合衆国と帝国の開戦だ。
あいつが裏切り者だったって事を、すっかり忘れていたわ。
間の抜けた話よねー。