16-10. 2度あることは何度でもある
「わらわこそ真の王女でゲスー。神聖カワサキ帝国は、わらわのものブヒー」
ミーナの王女宣言により、神聖カワサキ帝国は私達のものに。
なるわけがなかった。
テロリストの犯行声明としか受け取られなかったのだ。
生田の王室別荘は近隣の遊園地まで巻き込んで消滅。川崎と新宿の隕石も私達の仕業って事になった。事実だからね。確かに、テロリストね。
ミーナは真の王女で、謀反を起こした超ブサイクな影武者王女に囚われていた、というのは事実なのだけど。
事実を知る者達は、一人残らず私が消し去ってしまったから、証明する事が出来ないのよね。
ミーナは、川崎に転移した時にニャアと体が入れ替わった衝撃で死んでしまっていたのだ。ドラゴンの体と、悪魔の魂は相性が悪いのかしらね?
そして、同世界内の転生で、神聖カワサキ帝国の王女になっていた。
せっかくオイシイ立場に転生出来たのに、それを活かす事が出来ないなんてね。
誰がやらかしたのかと言えば、私なんでしょうけどね。あはは。
敵となったのは、神聖カワサキ帝国の軍隊だけではなかった。
何しろ、一夜にして宮殿を建築して見せたのだ。魔法の様な不思議でアヤシイ能力を持つ集団として、各国から狙われる立場になってしまった。
「あんたが、ゲスーとかブヒーとか言うからよ」
「だなあ、そんな王女居ねえよなあ」
「この口調は、お前が命令した結果だろ! ブヒー!」
「まあまあ、姉妹喧嘩をしいさんな。破壊神と悪魔と剣聖が戦ったら世界が滅びるかねんのじゃけ」
菊花達との接触も捕捉されている危険性があるので、彼女達も保護した。
ラゾーナ宮殿が空爆されたので、地下深度1キロに地下街ネオアゼリアを建築して籠城する事にした。
安全ではあるのだけど、地下深い空間は、水や食料、酸素や太陽光の調達が困難だ。窓の無い部屋はデータセンターを思い出してニャアが鬱になってしまうし。長くは引き籠れないかな。
地下空間を確保する際に偶然引き当てた温泉が、私達の唯一の癒しだ。
お風呂に行くと、常に誰かしら浸かっている。
特に数子は、ここ数年会社に軟禁状態で風呂に飢えていた反動から、頻繁に風呂に入っている。
「アタシは、早期リタイアの引き籠りニートだから、しばらくここでいいかなー」
数子は、魔法の存在を受け入れた。謎論理のすげー科学、といった認識みたいだけど。
私のやっている事は、イリュージョンでは説明が付かないからね。科学者だから、判断が合理的なのだ。私の親族だし、名前も引き継いでいるしね。
「ちょっと母さん。一日中お風呂に居るのはどうなの? お風呂掃除が出来ないんだけど」
多恵子は、家事をこなすことしか考えていないようだ。
物心ついた頃から、母親の研究室で超電導の実験なんか見ていたせいで、科学と魔法の区別がついていないのだとか。学校の成績は優秀だけど、授業で教わる知識は、テストで点をとるためのものと割り切っていて、四則演算以外は実生活とは無縁だと考えている。
どんなに荒唐無稽な魔法を見せても、「部屋を散らかさないでちょうだい」とかそういう感想しか出て来ない。
母親が、科学に全振りで生活能力皆無であったため、「私がしっかりしなくちゃ」と強く思いながら育った事で、そういう情緒になったらしい。
リアルチュウニ少女のクセに、アニメやラノベには一切興味がなく、テレビゲームもしない。スマホは持っているけど、SNSもソシャゲもやっていない。チュウニ病もまったく患っていない。愛読書は「赤毛のアン」という、古式ゆかしい正統派少女なのだ。
「タオリンものんびりしてるけど、宿題はやってるの? 夏休みなんてすぐに終わっちゃうわよ」
「あー、うちの学校宿題とかないからねー」
「そうなの? だからって遊んでばかりなのはどうかと思うわ」
多恵子は、すっかり私達の母親役になってしまった。以前なら、ミーナがそのポジションだったのだけどね。動画配信を視聴する方法を模索して、ニャアとサーバー室に籠っている。魔法ではなくエンジニアリングで、自前のIXを構築するそうだ。ASやグローバルIPアドレスを詐称するのだ、などとおそろしい事を相談していた。また、敵が増えちゃうわね。
「ははっ、不正なルーティングをBGPで広告したら、インターネットが世界的にダウンしてしもうた」
「やっぱり正式な手段でインターネットに接続しないとだめブヒー」
「風呂に浸かれば、何か良いアイデアが浮かぶじゃろ」
不穏な事を言いながら、ニャアとミーナがやって来た。
ここは携帯も圏外だし、発電は自前だから、インターネットがどうなろうと影響は無いけどね?
「ばあちゃん達は何処行ったの? さっきまでここで泳いでたけど」
「ミカンが拉致してたわよ。ガールズバンドを組むんだー、とか言って」
「ばあちゃんに、楽器なんて出来たかしら?」
ミカンのループ能力で、10年単位で練習させられてそう。
14歳なのは見た目だけだから、死んじゃうんじゃないかしら?
スタジオから生還したら、本当の14歳の肉体と入れ替えてやろう。
ニャアから女神の権能をコピーした私は、破壊神であると同時に創造神でもあるのだ。女神も破壊神だけど、同時に創造神でもあるからね。
今の私は、宇宙の真理に反しない限りは、どんな魔法でも行使出来る。
つくづくインチキよねー。
「お風呂掃除は諦めて、夕食の支度をするかー。ここってヘンテコな野菜と冷凍チキンしか無いから困るんだけどなー」
インチキ魔法でも不可能はある。
食材を生み出す事だけは出来ないのだ。これは「無から命を創り出す事は出来ない」という絶対真理による。生活魔法でも創造魔法でもこれだけは出来ない。もちろん破壊魔法には無理よね。
ボンジリを巨大にして作った冷凍チキンのストックと、召喚魔法で呼び出した空飛ぶ芋や、しゃべる葉物野菜くらいしか、ここには無いのだ。
ボンジリの巨大化には同質量の代償が必要なので、ボスを生贄にした。
食材を生み出すのと同じ位に難しいのが錬金術だ。
ゴールドを生成するのであれば、これは案外と簡単に出来る。ニャアも、金塊を作った事があるものね。
でも、この世界で通用するリアルマネーを生成する事は出来ない。偽貨幣づくりは魔法の倫理に反する行為なのだ。駅の自動改札機を偽スイカで騙すくらいなら出来るけどね。
この世界の経済は厳しく管理されているから、魔法で作った金塊を換金する手段も無い。私達は、戸籍も無い上に、テロリストなのだから、取引に応じてくれる商人なんて居ない。
インターネット接続や、外部からの食糧調達に困っているのはそのせい。そもそも、買い物しようにも、外に出られないんだけどね。
菊花とシーノの事が心配になったので、スタジオに行ってみると、難解で超絶技巧なプログレを延々と演奏していた。一体、何年間の練習を乗り越えたのかしら? 異世界帰りだけあって、気合と根性だけはあるらしい。私には、そんなものひとかけらも無いけどね。
「なんか力がみなぎっちょるんよ!腰も痛くないし、視界もはっきりしちょる!」
「脳内にアレでナニな妄想が渦巻いてとまらんのんよ!」
「その情熱をロックに昇華するんだ!」
ああ、そうか。フェニックスの肉と卵で作った親子丼ばかり食べていたから、若返ってしまったのだ。彼女達はリアルチュウニになったのだ。脳内で妄想が渦巻いているのが何よりの証だ。
晩御飯は、フェニックスの肉と卵、しゃべる春菊や爆裂する白菜を使ったすき焼きだった。
「そういえば、数子の旦那はどこで何してんの? もう死んだの?」
「親分、そういうことをストレートに聞くもんじゃないよ?」
「別にいいわよ。ターコがまだ幼い頃に刺された死んだのよ」
「ウチの息子じゃから、異世界に転生してるんじゃないかと思うんじゃけど。親分どこかで会わんかった?」
「どんなヤツなのよ?」
「ありもしない金貨や肉牛を売るような、そんなヤツじゃよ。騙された老人の親族に刺されてしもうた」
「なんでまたそんなモンスターに育てたのよ。数子も、麻生家の一員ならそんなのと結婚してんじゃないわよ」
「いやー、ツラと声だけは良かったからねー。若気の至りってヤツだわー」
「母さんは、アインシュタインをイケメンだと思うセンスだからねー」
「詐欺師なあ、日本からの転生者にそんなのがおったようなー」
「なんか居たわね。異世界転生の旅行代理店をやるとか言ってたのが」
あれが数子の旦那かどうかは確認する事が出来ないけど、案外世間は狭いからね。あいつがそうだったのかも知れない。今どうなっているのかは、さっぱり分からないけど。
いつまで地下で引き籠っているのか、見通しの立たないままに数日が過ぎていき。
面倒な来訪者がやって来た。
「魔法少女の皆さんにお話があります」
いつかどこかで聞いたようなセリフを、そいつは言った。




