16-6. もし今も生きていたら孫の居る年齢だったのね
「数子ちゃん?」
このばあさん誰?
確かに、私は数子だけども。
それは、前世での話だ。
造り酒屋の娘であった私の名は、数子だった。
今は、破壊神タオリン。
私を数子と呼ぶばあさんは、避難所で朝の炊き出しを食べている私に声を掛けて来た。
前世での私の知り合い? スマイル0円のバイトの同僚? 誰とも親しくした覚えが無いのだけど。
「おばあちゃん、お知り合いの方?」
ばあさんの孫なのだろう、14歳くらいの少女がやって来た。
器用にも、豚汁の入ったお椀ふたつと、おにぎりふたつをトレイにも載せず持っている。
どうやって持ってんの?
「うん。私の女学校時代の同級生だよ」
「は? どうみても私と同じくらいじゃん。あ、はやくおにぎりと豚汁とって。落としそう」
その少女を見て思い出した。
このばあさんは、多恵子? この少女は記憶の中の多恵子に似ている。
孫が多恵子にそっくりな老婆、それはつまり多恵子ということ?
いやしかし、私も多恵子も女学校になど通ってはいないし、川崎に居た頃の知り合いでも無い。
多恵子は、地元山口県の高校の同級生だ。
「ごめんね。うちのばあちゃんもう還暦だから、ぼけちゃってて」
「まだ還暦じゃないよ。59だからね。それに、ぼけてなんかないよ」
ホームドラマのテンプレみたいな会話をする孫娘と祖母。
多恵子が59歳だとすると、今は魔歴27年、西暦だと2025年って事になるけど。
多恵子の同級生である数子もまた59歳のはずだ。まだ生きていれば、だけどね。
何故、私を数子だと思った?
今の私は、14歳だし、見た目だって当時の面影など無いはずだ。
多恵子に知らされたかは不明だけど、私は24歳でこの世界を去っているし。
まさか、魂が見えてるとでも言うの?
「親分は59歳なんですか?」
「そんなワケないでしょ」
「おやぶん? やっぱり数子ちゃんじゃないの」
何故、親分と呼ばれている事で、やっぱり数子だとなるのか?
地元でも川崎でも、そんな呼ばれ方をした事は無いのだけど。
私を親分などと呼んでいるのは、ボスだ。
炊き出しを2人分貰えるな、などと考えて召喚したら、また出て来た。
ボスは、昨夜の記憶がリセットされていた。
もしくは、昨夜の事を体験する前の状態を召喚したのかも知れない。
まあどっちでもいい、新品の魔力乾電池って事だ。
魔法には倫理が重要なのだという話を思い出して、ボスの分の炊き出しを取り上げるのはやめた。
生きた魔女を魔力乾電池にしちゃう事こそ、倫理的に問題ありそうだけどね?
魔法の倫理、魔女の倫理観が私にはさっぱり理解出来ない。
ボンジリとドリルには、野菜クズを貰った。
インコ形態のボンジリはともかく、猫形態のドリルは肉食だと思うのだけど、おいしそうにモシャモシャと野菜を食べている。
「私は数子じゃないわよ。カヲルよ」
カヲルは、ニャア達と川崎に転生していた時の名前だ。
このばあさんが仮に多恵子だったとしても、私が今でも14歳である事を説明するのは不可能だろう。
「菊花ちゃん、女学校なんか通ってたのかい?」
「うん、札幌でね」
他のばあさんがやって来て、会話を始めた。
多恵子じゃないじゃん!
菊花なんて子は知らない。
なんだったんだ一体。
私の名前は、偶然の一致かしらね? 数子じゃなくて、和子と呼んでたのかも知れない。
「ねえ、あんた達どこ中?」
菊花の孫にそう聞かれた。
ヤンキーが絡んでいるワケではないわよね?
私もボスも、この辺の学校が採用していないセーラー服を着ているから、それが不思議なのだろう。
どう答えたものか?
まさか、ダモン王立近衛騎士学校だ、などと言うわけにはいかない。
「都内の学校なのよ」
「あ、そうなんだ。珍しいね? スカーフもラインも全部黒なんて。ちょっとカッコイイ」
「でしょ?」
川崎民にとっては、多摩川の向こうは秘境なので、こう答えておけば誤魔化せるだろうと思い、そう答えた。学校名まで追求されたら、私立ダモン学園とでもしておこうか?
もちろん、このカッコイイ漆黒のセーラー服は私のオリジナルなので、都内でも採用している学校など存在しないはずだ。
しかし、ちょっと迂闊だったかも知れない。
川崎では隣近所に誰が住んでいるかなんて誰も気にしないから、避難所に紛れ込んでいても問題無いだろうと考えていたけれども。
14歳女児がセーラー服を着ていれば、「見た事無い制服だけど、どこの生徒だ?」ってなるわよね。
「戒厳令が解除されました。ご自宅に帰っていただいて結構です」
昨夜ここに案内してくれた自衛官が、戒厳令の解除を告げて回っている。
ここは避難所とは言っていたけど、外出先から帰れなくなった市民を収容していたようだ。
この辺りの家屋には、被害が見受けられないものね。
「南武線は矢向駅までの折り返し運転になっておりまーす」
昨夜の爆発のような衝撃は、川崎駅辺りが中心なのだろう。
矢向は無事で、尻手は巻き込まれた。東側は私が居た競馬場の辺りまで?
半径1キロくらいが被害を受けた範囲って感じかしら。
矢向まで南武線で移動してみようかしら。
私は、ボンジリを頭に載せ、ドリルを腹巻きの中に入れる。
この腹巻きは伸縮性と通気性に優れているので、仔猫くらいなら入るのだ。
どういう素材なのかは謎だけど、ミクルンが作ってくれた。
何かと便利で助かっている。
南武線に乗るべく、武蔵小杉駅にやって来ると、とんでもない行列が出来ていた。
ああ、そうだった。タワマンだらけのこの界隈は、駅のキャパシティに納まりきらない住民が居るのだった。本数が少ないと言っていたし、まともに捌けるはずもない。
しかし、ご苦労な事ね? 戒厳令が解除されたばかりだというのに、こいつらは出社しようと言うのね?
私は、移動を諦めてコンビニに入った。
レジ前に「カワサキ帝国新聞」なる見た事ない新聞があったので、昨夜接収した財布のお金で購入した。1万円もした。やはり、ハイパーインフレが発生しているのだ。
コンビニの店内は照明が灯っておらず、薄暗かった。レジも機械式。キャッシュレスなんて当然対応していない。この世界では、現金がなければ買い物が出来ないようだ。私の知っている川崎とは何もかもが違う。
新聞からは、多くの情報を得る事が出来た。
まず、今日は西暦2025年の7月2日。
そして、ここは川崎市ではなく、神聖カワサキ帝国という独立国家。
いつの間に、そんな事に?
それとも、ここは私の知っている川崎とは異なる世界なのだろうか?
さっきのばあさんが多恵子であったのなら、その判別も出来たのだろうけど。
新聞には、道路交通法の厳罰化と、市民に執行権を付与する実証実験についての記事も載っていた。昨日、始まったばかりの制度だそうだ。どおりで、罰を受ける側が無警戒過ぎたワケだ。新しい法律はまだ行き渡って居ないのだろう。庶民は9割以上がバカしか居ないからね。
そして。
昨夜の爆発の原因だけど。
JR川崎駅に隕石が落下したらしい。
敵性国家による攻撃の可能性もあったため、戒厳令が発令され、自衛隊が出動していたって事だ。
川崎に自衛隊の基地は無かったはずだけども。もしかしたら、立川や横須賀辺りまでは、神聖カワサキ帝国の領土なのかも知れない。都内の学校、という表現に特に反応が無かった事から推測すると、日本国と東京都は存在するのだろう。
もう少し詳しい情報が欲しいところだけど。
まずは、姉妹と再会する事を優先しましょう。
私は、ボスの頭をむんずと掴んで、どんな魔法を使えばいいのかを考える。