16-5. 巨大不明生物の絶対防衛ラインかしら?
「あ、あのー、ここは何処なんでしょうか? あなたは、誰なんですか?」
召喚魔法を試してみたら、とんでもないモノが出て来てしまった。
近衛騎士予備校で出会ったボスだ。
記憶を失い、無個性な少女になってしまっているけど。
先の最終戦争で滅んでしまった事で、魂が漂白されてしまったのだろうか?
おどおどと、辺りを見回している。
まあ、誰でもいいや。召喚獣なのだから、私が自由にしてもいいんでしょ?
もしかしたら中身はミーナかも知れないけど。
「私は、神よ。ちょっと、その辺のおっさんに売って来なさい」
「え? え? でも何を売れば?」
「あんたが売れるものを売るのよ」
神を自称するチュウニ少女なんてコントにしか見えないと思うけど。
これは犯罪教唆になるのだろうか?
ボスは、ふらふらとおっさんの元へ向かった。
スーツを着てこんな深夜に徘徊しているのだから、くたびれた社畜なんでしょうね。
おにぎり一個分でもいいから、お金を持っているといいのだけど。
ああ、おにぎり一個のために何て事をしているのかしら、私。
「あ、あのー、マッチ買ってくれませんか?」
「え? マッチ? それって何かの比喩? だったら、おじさんロリコンだから君を買うけど」
あ、モンスターをモンスターにぶつけてしまった。
深夜とはいえ、堂々と「おじさんロリコンだから」と言い切るなんて。
やはり、この川崎は私の知っている世界とは異なるのだろうか?
川崎にそっくりな異世界には、これまでにも何度か行っている。
ここもそうである可能性は十分にある。
警官が自動小銃を乱射しているなんて、いくら川崎でもあり得ないものね。
それも、歩きスマホを罰するというだけの理由で。
そうか!
ここはそういう世界なのだ。
歩きスマホ程度で即射殺されるのだ。
警官に限らず、一般市民の運転する車両も、信号無視をする歩行者を轢いていた。
犯罪に対する罰則が極端に厳しい上に、一般市民にも執行権が与えられている?
「はい、児童買春法違反に、未成年保護育成条例違反違反で即射殺よ」
そくしゃさつ、噛まずに言えたわ。
この世界がロリーヌ条約に批准しているかは知らないけど、14歳の少女を買おうとする輩は即射殺していいでしょ。
「は? まだ何もしてな」
「うるさい」
「うげっ、射殺じゃないのか」
私は、ダークネス・アークワンドで、犯罪者の肩をごっすりと殴ってやった。
骨が砕けたかも知れない。このワンドの先端にはアダマンタイト製の立体的な星が付いているのだ。クリスマスツリーの先端にある平面的な星ではなく、どの角度から見ても星に見える、トゲトゲの塊り。
「私も鬼じゃないわ。破壊神だからね。反則金で勘弁してあげてもいいわ」
などと言ってみたものの。
交渉するのが面倒になったので、頭をぶん殴って倒してから、財布を抜き取った。
「え? 殺しちゃった?」
「ほんとにあんたを売ってもいいんだけど?」
ボスはただガクブルと震えている。
これは、もう使い物にはなりそうもない。
確か、こいつは魔力の源であるカナの塊りだったはずだ。
魔法の乾電池として使い捨てようか?
私は、ボスの頭をむんずと掴む。
「え? え? 一体何を?」
私には魔力袋なんて器官は無いから、使い捨てるしか無い。
さて、何をしようか?
「ひぃぇええええー!」
ボスの悲鳴と共に、体がシュルシュルと萎んでいく。
こわっ!
やってんの私だけどね。
ボスの体が、しゅぽんっと消えたと同時に、私の視界も切り替わった。
多摩川の丸子橋の辺りだ。
どうも私の魔法エンジンでは、カナを効率良くは燃焼させられないらしい。
せいぜい15キロメートル程度先までしか転移出来ていない。
板チョコ半分以下じゃないの。
「でも、川崎で起きている事態を把握するには、ちょうど良かったかもね」
「にゃあ」
まるで怪獣映画の光景だ。
多摩川の河川敷に、大量の戦車がたむろしている。
まるで、道路交通法を遵守しない集団みたいに。
空対空ミサイルを載せた車両なんかも混ざっている。
戦争かしら?
でも、ここで一体何を迎撃しようというのか?
もう少し爆心地に近付いてみようか?
「ここから下流方向へは行けんぞ。封鎖中だ。そもそも戒厳令の発令中なんだが、君はここで何をしとんだ?」
自動小銃を持って立っている歩兵に警告された。
兵じゃなくて、自衛隊員と呼ぶのが適切なのかしらね?
そんな事気にしている状況でも無いみたいだけど。
戒厳令? そんな状況なのに、さっきの社畜はこんな時間まで働いていたというの?
そういうブラックな部分は、私の知っている日本そのものだ。
「あー、家が焼けちゃってー、ペットと逃げ出したんだけど、迷っちゃって」
「そういうことか。だったら、もう少し上流に行った所で炊き出しをやっとるから、そこに行きなさい。危険だから自分が同行しよう」
「あ、ありがとうございます」
炊き出しと言っても、民間人向けではなく、自衛隊員向けのものらしい。
ものものしい格好をした隊員達に紛れてカレーライスをいただいた。
ああ、これが自衛隊のカレーか! 海自じゃなくて陸自なんでしょうけど。
私は、非常事態の最中にありながら、妙な感動をしていた。
「食べ終わった? 避難所まで案内してあげる」
こんな小娘ひとりのために、なんて手厚い対応なのかしら?
さっきの人とは違う女性隊員が声を掛けてくれた。
「ありがとうございます。お願いします」
「子は国の宝だからね。遠慮する事ないわよ」
おお、由緒正しい軍人さんだわ。
戦記物で出て来る兵隊さんみたい。
私が、並の14歳女児なら、ここまでの対応で胸キュンしてるところね。
中学校の校舎が避難所になっていた。
災害時のニュース映像でよく見る感じの、ぎゅうぎゅう状態なのかと思いきや、のびのびと足を延ばせる。ここに避難しているのは女性だけらしく、身の危険を感じる事も無い。
日本の行政の対応とは思えないのだけども?
出来るならお風呂に入りたかったけど、それは贅沢というものだ。
ご飯は食べる事が出来たし、屋根のある所で寝る事も出来る。
寝る前に、オヤジ狩りで入手した財布の中身を確認する。
パンパンに膨らんでいるから、貧乏くさくポイントカードが詰まっているのかと思いきや、紙幣がぎっちりだ。うそん。
あれ? でも10万円札って何よ?
合計で20万円程入ってはいるけども、もしかしてハイパーインフレで価値が低下しているのかも。
14歳女児を買おうとしていのだから、おにぎりなら200個分くらいの価値はあると思いたい。
明るくなったら情報を集めましょう。
避難所の中に新聞でもあればいいのだけど。
とにかく、まずは眠りましょう。
ぼけっとした頭で活動してもろくな事がないのだから。
日本の社畜共の如く、生産性が低下するだけだからね。