15-29. お風呂さえあればそこがヴァルハラ
「姉ちゃん、ここどこばい?」
ミーナにそう聞かれたところで、私はその答えを持ち合わせていない。
私は4姉妹の次女という事になっているけど、そんなものはニャアの元に集った順番でしかない。生きた時間の長さ、積み重ねた経験値の多さでは、ミーナやミカンの方が圧倒している。
「あんたに分からないなら、私にも分からないわよ」
「うーん? 星の並びなんかは惑星テラワロスのダモン辺りにそっくりばい?」
「季節としては春先でしょうね。近衛騎士予備校の入学式頃を思い出すわ」
ハルマゲドンかラグナロクか知らないけれど。最終戦争っぽいものは終わったのだと思う。ニャアが女神という触媒となって、4姉妹全員の寿命をごっそり代償に使い、世界を再構築したのだ。
これまでにも、いろんな加護を得たり失ったりしたので、感覚的にだけど分かる。私にもミーナにも、もう超常的な加護は宿っていない。ただの素幼女だ。
私は、またしても6歳くらいの幼女の体になってしまっている。アホ毛と超絶的な美しさだけは以前と変わらない。破壊神としての権能は失ってはいないようだけども、もうこの世界には破壊すべき対象が何も無い。
「ここがどこなのかと云えば、ニャアの創造した新しい世界なんでしょうね」
「やっぱり、そうくさ? でもなんで、おいどんとタオリン姉ちゃんだけではぐれてるんばい?」
ニャアと私とミカンは、就職氷河期世代というやつだ。
でも、特に影響を受けたわけではないのよね。
私は実家の家業があったから、就活なんてしていない。
ミカンは、はなっから働く気なんて無かった。
ニャアは、将来はロックスターか文豪になると決め込んで、何もしないまま社会に出た事で、それなり苦労はしたようだけど。単に自業自得だ。社会は関係ない。
私達は、政治や社会の犠牲者なんかじゃない。
ただの社会不適合者だっただけだ。
そんなカスでクズが異世界転生という裏技を得て、いくつもの異世界を渡り歩き、「ここも望んだ世界と違う」とわがままを繰り返した挙句に、「理想の世界が無いなら、作ればいいじゃないの」と、やっと気付いたという事なのよ。
その中心となったのがニャアなのは間違いない。
私達も、協力者、いや主犯の一味ではあるけれども。
何故、私とミーナははぐれているのか? ミカンは何処へ行った? ニャアは何処なの?
「あのバカ、私達を試しているのかしら? いや、自分を試しているのでしょうね」
「自分を探し出してくれるかどうかって事くさ?」
「旅に出ます、探さないで下さい、ってやつよ」
「実は、探し出して欲しいってやつばってん」
私は、回りくどい事が嫌いなのよ。
「どうするんばい? 姉ちゃん。転移魔法でショートカットするくさ?」
「そうしたいところだけど、あいつの居場所が分からないし、分かったところで、代償にするものが無いのよ」
身体を一部欠損させるとか、寿命を削るとか、そういう破壊行為が伴うから、転移魔法が破壊神である私に使えるのだ。幼女の貧弱な体と寿命しか無い今の私達では、その代償行為に耐える事が出来ない。
「こういう時にする事はひとつよ」
「お風呂ばい? おいどんのお風呂センサーが、すぐ近くに露天風呂があると告げているばい」
「湯煙が見えてるものね。センサーが無くても分かるわ」
地平線の辺りに、湯煙が見えている。ここからだと、2キロかその程度でしょう。
幼女の体でも、何とか歩いて行けるだろう。
「行くわよ」
「姉ちゃん、待ってー」
似た様な体格なのに、何故か出遅れるミーナの足に合わせてのんびりと進む。
前回は、決められたシナリオを実行するためにミーナと旅をした。今回は、ニャアを探すための旅をこれからするのだ。
鈍くさいだけの妹なんて邪魔なだけなのに、守ってやろうかという気もある。
私にも、ちゃんとお姉さん心という情緒があったのね。
改めてそんな事を思いながら、右足と左足を交互に動かす。こうしていれば、いつか目的地に着くのだとニャアが以前言っていた。その通りでしかないシンプルな事実なのだけど、歩くのがだるい時は、いつもその言葉を思い出す。
大地には緑が溢れ、花が咲き、カラフルな小さな昆虫が飛び回っている。
どれも、毒がありそうなんだけど。この世界をデザインしたのは一体誰のセンスなのかしら? 4姉妹の合作って事なのかしら?
だとしたら、必然的にお風呂はある。そこに辿り着かなければ話は始まらない。
見覚えのある建物が見える。
きっとあの中には脱衣所があり、露天風呂へと通じているのだ。
「異世界ゲートかしらね? 面倒な事になりそうで嫌なんだけど」
「ミカン姉の気配を感じるばい。一足先にお風呂に浸かってるくさ」
気配どころか、歌声が聞こえる。
おしりまるだしー、まるだしおしりー、おーいえー
「これ、ミカンじゃなくてニャアよ?」
「こんないかれたロックンローラーは、他に居ないばい」
扉をくぐると、そこには番台も受付もなく、脱衣所へと続くであろう暖簾だけがある。
あほ丸出しのシャウトの聴こえて来る暖簾の向こう側へと進む。
全裸でおしりふりふり踊っているニャアが居た。
「ほげー、遅かったのう?」
「遅かったのうじゃないわよ。ちゃんと4人全員同じ地点に置きなさいよ」
「宇宙規模の操作をしたけぇ、2キロ程度のズレは是非も無しじゃろー?」
宇宙規模の操作ねえ? どこまでが本当なんだかね。
「ミカンはもう来てるのね?」
「のぼせて寝ちょるんよ」
「おい、お前らが遅いからまた108回くらいループしながら待ったぞ」
また適当な事を言う。何も変わらないわね。
「やっぱり、悪魔の湯なのね?」
真っ黒な湯舟に浸かる。これさえあれば、私達は永遠に幼女のままだ。
それがいいのか悪いのか分からないけどね。
「ここを中心にして、ニャア帝国でも作るの?」
「ほじゃーのー。名前はともかくじゃがー? いずれここにみんな集まるはずなんよ」
みんなってどの範囲なのかしら?
ま、いずれ分かるわね。
今はただ、久しぶりに4人でお風呂にゆっくり浸かりましょう。