15-8. どこからでもやり直せる
私達を部屋に案内してくれたホテルのスタッフは、屈強なおばさんだった。
ベルボーイではなく、ベルマンレディと呼ぶべきだろうか?
きっと違うわね。
そんな事を考えているうちに、また迷った。
どうあがいても、危険なポリスマンレディー劇場版を観られぬ。それが私の運命なのかしら?
「ぷひっ、こんなピンチも生活魔法なら即座に解決するりん。元の位置に戻れる魔法、No Point of No Return で!」
「迷わずに目的地に辿り着ける魔法は無いの?のーたりんなの?」
「むぎゅぅ、シンプルに罵倒されたりん」
新しいキャラ付けに挑戦している点は、評価に値するわね。
オラクルマスタープラチナムとCCIE、どちらも持っているシステムエンジニアなど居ない。もし居たとしたら、そいつは資格詐称か暇人である。などと、ミーナが言い出した。
特定の分野に特化すると、他の分野は苦手になる、と言いたいらしい。つまり、私達の絶対迷子感は、魔法でも矯正出来ぬという事だ。
「宇宙の真理には逆らえんばい」
そんなに大層な事なのだろうか? 私達の転生能力は、絶対迷子感があるからこそなのだろうか。あるいは、そうかも知れない。
「ニャアが居れば、迷った挙句に、ラスボスの部屋に偶然辿り着くのだけどね」
「あれは、究極のインチキ魔法ばい。おいどんには無理りん」
ニャアの魔法は、宇宙の真理すら都合良く捻じ曲げる。
もしかしたら、ニャアは存在そのものが宇宙なのかも知れない。
さすがに、荒唐無稽が過ぎるわね。
「あんた、他にどんな生活魔法が使えるのよ? 歯磨き粉を最後まで使い切れる魔法でもあんの? パンツの紐が絶対に抜けない魔法とか? 自転車のタイヤから空気が抜けない魔法とかあるの? 鯛焼きが、ツブアンかコシアンか見分けられたり?」
「生活魔法は、ライフハックか!? もっとスゴイのがあるりんよ」
ミーナは、左眼が近視で、右眼は老眼らしい。左右不同視は、歳をとると珍しいものではない。左右どちらも近視かつ老眼なのもよくある。老眼が近視を相殺する事はない、どちらも進行するのだ。
でも、こいつ17歳くらいに見えるのよね。年齢詐称魔法使ってるのかしら? それって何眼? 邪老眼? 疼くのはどっちの眼なの。
「疼くのは右眼に決まってるばい。でも、生活魔法で矯正できるんばい」
「眼鏡で十分じゃない? いや、かなり便利かもそれ」
近視と老眼が併発した場合は、眼鏡での矯正は難しい。遠くが見えないだけでなく、近くも見えない。パソコンの画面が、もっとも見づらい。50歳を過ぎると、そういう世界で暮らす事になるのだ。システムエンジニアにとっては、もはや呪いだ。
眼鏡なしで矯正出来るなら、救済されるシステムエンジニアは多い事だろう。令和の日本では、システムエンジニアの高齢化が著しい。
「メガネっ娘かぁ。それも、いいかもん?」
何故、眼鏡の話題になっているかといえば、眼鏡屋に遭遇したからだ。
「タオリンも眼鏡作る?」
「私は、眼からビームが出るから。視力測定中に、店員が死んじゃうわよ」
実は私の体も、近視と老眼と乱視が混在した、眼だけ老人な状態。
他は20代に見えるんだけどね。どうなってんのかしら、この体。
どのみち、映画を観るのは無理だったわね。
「それに、見た目でキャラ付けしても、この小説にイラストは無いから無駄よ」
「なろうに流してる日記を基準に生きているわけじゃ無いばい?」
ニャアが居なくなってから、私も小説の体裁で日記を付けている。これが、なろうに流せるのかは不明だけども。私達4姉妹の存在と、なろうは癒着している様なので、自動的に流れているのかも知れない。どうであれ、イラストは付いて無いでしょうね。
「これ以上、この駅の中で迷ってると、異世界ゲートを発見しそうよ。部屋に戻りましょう」
映画は諦めて、部屋に帰った。No Point of No Returnとやらは、期待通りに動作した。
「この部屋、豪華ばってん。特に、する事ないばい」
「そうよね。ここはネットが未発達だから、動画配信なんて無いもんね」
動画配信があるなら、危険なポリスマンレディーを一気見したのにね。
「テレビはあるばってん、何か観るばい」
チャンネルの数は多く、画質も良い。デジタル技術は発達しているようで、どうやら4KでHDRらしい。これだけ技術が発展しているのに、何故ネットが無いのか? インターネットって、軍事利用が最初だっけ? この国では、軍の予算が少ないとか、そういう事かしら。
まあ、どうでもいいわ。
テレビに老婆になったニャアが出てるとか、そういうイベントも無く。何が起こるわけでもなく、夜は更けていく。しかし、邪老眼ではテレビの視聴が覚束ないから、楽しめない。
「お酒でも飲みましょうか? ルームサービスでベルマンレディが持って来てくれるわよ」
「ルームサービスの担当は、別じゃないかな?」
「呼べば分かるわよ。まあ、どうでもいいんだけど」
「食べ物も頼む? おいどん、鯛焼きがいいばい」
ルームサービスで、ウイスキーと氷、そして鯛焼きを頼んだ。
ルームサービスの担当も、屈強なおばさん。部屋に案内してくれたのと同じ人。
聞けば、私達専属のメイドさんという事だ。贅沢なサービスね。王妃や王子だった世界を思い出す。
「よく見ると、あの人の身のこなし、まるでくのいちばい」
確かにそうかも。まるで気配を感じさせない動きだった。
よく訓練されたホテルマンレディは、くのいちと区別がつかないのだ。
これまでずっと6歳幼児の体だったので、アルコールは久しぶりだ。
だからだろうか、私とミーナは泥酔してしまった。
魔女が泥酔するとどうなるのか、知らないはずはなかったのにね。