14-5. 失われた秘術
移動型ショッピングセンター メルモンの引っ越しが完了しました。
アノン大陸のニャア村から、ダモン大陸の近衛騎士予備校の敷地内へ。移動型施設なので自走して丸ごと引っ越し。
アノン大陸とダモン大陸の間にある海峡、アンモン海峡に地下トンネルを通しておきたいところですが、かつて保有していた古代ロボ軍団の様な労働力がありません。メルモンがナノマシンで作る群体は大量には作れませんからね。
「その辺は、アノン帝国とダモン帝国の国交が成立してから、公共事業でやろか」
その前に、片付けておくべき課題がありました。
クローン培養していたバックアップ素体です。
また悪魔に乗っ取られたら危険ですからね。全部破棄しました。
私達は、右脳が一撃で全損しない限りは死にませんからね。バックアップは冗長過ぎる設備です。リスクが過大でバランスがとれません。
人体のパーツはメルモンとミクルンの古代文明科学で、代替機能を作れます。義手や義足、スーパーターボ肝臓などが。
代替機能を使わなくても、温泉に浸かれば右脳以外は治ります。
脳も6年あれば培養できますし、クラウド化する事も不可能ではありません。十分、インチキです。
「こんなところかしらね?」
「何か抜けている気はするけど、気付いたら随時対応していこう」
システムエンジニアならチェックリストくらい作成すべきなのでしょうけど。
不老不死にかかるリスクの全てなんて、100万年生きていてもリストアップ出来ませんからね。
「ほいじゃあ、今日も登校日なので、教室に行こうか」
「でござるな」
最近の剣聖は「でござるな」しか言いませんね?
もしかして知能も転生でロストしたのでしょうか?
魂の移植手術の副作用かも知れませんね。
「でござるな」
「だったら、まじめに勉強しないとね」
「近衛騎士学校の教育は1万2千前に履修済みでござるよ」
「忘れちゃってるんでしょ?」
「でござるな」
ニンゲンの脳は100年も生きていると記憶容量が限界みたいですからね。是非もなし。
「登校日だりい」
「担任の先生が率先して言うこと?」
「先生も生徒なんだぞー」
1年ドラゴン組の担任は、8年生のバニーとマフです。教育実習が彼女達の授業なので。
「あ、そうだ。大事なお知らせだよ。今後は、校内での死闘は禁止だからね。少子幼齢化が深刻になってんだ。他の生徒殺すなよ。」
「言われなくても、そんな戦闘能力は私達には無いわよ」
「よく言うわ。腰のビーム砲と背中のマシンガンは何なの?」
タオルくんはサイボーグ戦士の能力は失いましたけど、こうやって武装していればほぼ変わりませんよね。目からビームと、縦ロールドリルもありますし。
縦ロールドリルは昨日千切れたのに、一晩寝たら生えてきました。
ほんと、どういう生態なの? もしかしてフェニックスの飼い主だけに付与される能力かな。
だったら私には、ドラゴンの親にだけ付与される能力が?
なんかあったっけ? あ、あれか。
(聞こえますか … 今、私はあなたのおしりのあなに直接語りかけています … )
ドラゴンのアマテラスとは心で会話出来るのです。
ダモン結界の中に居た時も、アマテラスが通信を中継していたのだと思います。半一重通信だったので返信は受信出来ませんでしたが。
(どこに語りかけてんの?)
(ニャア姉ちゃんはアホなの?)
(でござるな)
「お前ら何してんだ?」
なるほど、アマテラス通信は姉妹にブロードキャスト出来るようです。返信も受け取れますね。
(個別返信も出来るのかしら?)
(ニャア姉ちゃん宛か、全員宛しか選べないみたい)
(でござるな)
「お前ら何してんだ?」
なるほど。私をルーターにしたブロードキャストとユニキャストが可能ですね。
システムエンジニアは、無駄に専門用語とか使いがち。コミットにアグリーしてコンセンサスをペンディングします。なお、今のは、言うだけで何もしませんって意味ですね。
分かりやすく例えると。
私をハブれないグループチャットと、私とだけの個別チャットが可能。
それがドラゴンの親に付与された通信能力です。
(もしかして異世界間でも通信出来るのかしら?)
(実験したいから、誰か死んでみてよ)
(それはイジメでござるよ)
(令和のSNSでそんな事言うと、干されるのじゃ)
「お前ら何してんだ?」
「ほんまやで? わいにも傍受できへん何かを使っとるな?」
「あっしにも分からぬでやんす」
(僕には聞こえるよー)
ふむ? 姉妹以外の何かが混信しましたけど。スコン兄さんの思念はドラゴンとは無関係で私と直通みたいです。いつの間に、こんな機能が。いつか役に立つ時まで無効化しておきましょう。
(僕の妹がこんなに … ぷつっ)
「おーい、話を戻すぞー。タオルが武装してるから模擬戦でもやろうか?」
「さっき生徒殺すなって言ってなかった?」
「このクラスだけは、不死身でしょ」
他の生徒は死んだら死にます。そりゃそうだ。
以前は、輪廻転生で復活したんですけどね。たとえ死んでも、記憶と剣技を引き継いで復活し、剣の修行を続ける。それがこの国の女騎士達の宿命だったのです。その宿命からは、私が解放したので、今は死んだらそれまで。人生は一度きり。
「今の貴様らは雑魚なんでしょ? 私ひとりを4人で倒してみなさい」
「死んでも文句言わないでよ?」
「はっ、ワロス。敢えて飛び道具の間合いでやってあげるよ」
むしろソレが罠でした。
バニー先生は、タオルくんが撃ったコボルレーザーを剣でスコンっと薙ぎ払うと、一瞬で間合いを詰めて、タオルくんの縦ロール、剣聖のポニーテール、ミーナのアホ毛を、まとめて掴むとブラーンとぶら下げました。私だけ無視です。ハブにするなんてイジメなのでは?
数メートル離れた程度で、光速で飛来するレーザーを見切るとは。輪廻転生の能力は失っても、十分ニンゲンの規格外です。そして、倫理感が中世です。幼女を吊り下げるなんて!
「体罰はだめナリ。もはやコレは公開イジメでござるよ」
「それもそうだな」
ダモン王国では少子幼齢化も深刻ですが、その根本にあるのは、この倫理感の欠如です。
彼女達は男との付き合い方すら知りません。戦闘に無関係ですからね。
輪廻転生が断ち切られたので、子作りしないと国が滅んでしまうというのに。このままでは、子作りする前に小学生の段階で死んでしまいかねません。故に、少子幼齢化という謎事象が発生しているのです。
「というわけで。社会科の授業でもしようか。深刻な社会問題について学んでもらおう」
まともな授業は初めてじゃないですか?
「ダモン王国は、王室が滅んでしまいました。このクラスに居る王女と女王は終身名誉化したので、実権は無いからね。そこで、民主王女主義となりました」
「王女を選挙で選ぶのかしら?」
「そういうこと。実質、連邦の大統領と同じなんだけどね。ここ王国だからね」
「私達が立候補すれば王女になれるのかしら?」
タオルくんは前世が大国の王妃とか王女ですからね。
ことごとく革命で粛清されてますけど。権力志向が強いのかも。ぐいぐい質問しています。
「この学校を首席で卒業すればチャンスあるかもね」
「へえ。それも一興ね」
「他の国はどうなのでござろうか? ダモン大陸はダモン王国が統一したと聞いたナリ」
「ミヤコは開拓中で開拓団が統治してる自治区だね。旧ヨコヤマ連邦も、自治区になったよ。大統領が統治してる」
「文化も文明も違い過ぎるものね。ひとまとめにするのは無理よね。日本の銀行じゃあるまいし」
日本の銀行だってシステムをまとめるのに、どれだけのシステムエンジニアが犠牲になったことか。
「そういう事。なので私達は、ダモン自治区だけを気にしていればいいよ。従来通り、ダモン王国って呼んでるけどね。ヨコヤマも連邦って呼んじゃってる」
「最大の問題は繁殖なのかしら?」
「うん。子作りの秘術は9千年前に失われたきりだからね」
「子作りは秘術ばい。おいどんも苦労したばい」
「あんたのは魔法的なクローンでしょ?」
「そうだったばい。魔力ゲロを吐いたら子供になったばい」
ミーナは、日本の神話に出てくる神みたいな事してますね?
近衛騎士達同士、近衛騎士と巫女、そういったカップルが子供を成した事はあるのですが、多分全部ミーナの仕業です。魔法で自分のクローンを作っただけですね。クローンには魂がありませんが、輪廻転生の騎士の魂や、ミーナ自身の魂が宿ったのでしょう。
「子作りは、小学校で解決出来る問題ではないでしょ」
「え? そうなの? 殿下と陛下で子供作ったんじゃないの?」
「アレは魔法で作ったのよ、産まれてきた子供自身が」
「魔法って不思議なんだね」
「まったくね」
騎士は剣に生涯の全てを捧げてますからね。魔法の修行はしていません。
「タヌキの商人が居たでしょ? あれはアノン大陸の元ニンゲンだから子作りの仕方を知ってるはず」
「あー、でもタヌキ魔獣との合いの子になるでしょ?」
「別にタヌキとツガイになる必要はないでしょ。講師にすればいいじゃない」
「なるほど。でも、この国のオスは戦争で全滅しちゃった」
「なんて事してんの!?」
「載せ替えるカラダさえあればタヌキをニンゲンに戻せるんちゃう?」
それこそ秘術なんですけどね。
「アノンから移民を募れば? 向こうは戦後のベビーブームでむしろ余っているわよ」
「なるほど。王女に相談してみようか。これは夏休みの長期研究課題になるから、登校日がキャンセル出来るよ!」
「あなた、ずっとソレを考えてたの?」
お? 新キャラですね?




