10-2. 働かないお姉さん
オモッチお姉さんは、アプリケーション開発が得意よ、などと豪語してましたが。
オープンソースやSaaSを、ちょろっとカスタマイズするだけです。スクリプト程度なら書けますけど、プログラムを書けたりはしません。その程度です。私と大差ありません。
オモッチお姉さんは日本でシステムエンジニアをやってましたが、定年退職して戸籍上は死んだ事になったので、こっちの世界に連れ去って来ました。お姉さんと呼んではいますが、日本では私達姉妹のとーちゃんでした。しゅしゅっとしたすっとんとんです。
旅館業で使うシステムの実証検証を行っています。今検証しているのは、宿泊予約を管理するシステムです。私が環境をデプロイし、お姉さんが設定を入れました。検証しているのはタオルくんです。
「オートプライシングって、空き部屋の数や、季節やイベントなど需要と供給の変動に追随して、宿泊料金を自動で最適なものに調整してくれる機能なのよね?」
「そうだよ。最新のAIだよ」
AIといえば、うちにはミクルちゃんというシンギュラリティ一歩手前の古代文明由来のが居ますけど。今回は、古代文明は使わないルールなので、ミクルちゃんには人並みの業務しかお願い出来ません。なので、この世界の人類が開発したAIを使っています。
「オープン特価で1泊200万円、2週間後には50円って出るわよ。一番広いロイヤルスイートなんて初日からずっとタダになってるけど?」
「サンプルは足りてるはずなんだけどなぁ」
村には既に観光客向けの温泉旅館があります。そこの宿泊記録をサンプルで入れたのです。
「実に尖った戦略的な価格設定ね?」
「間違っていると断定する根拠も無いでしょ?利益はちゃんと出る計算にはなっているもの」
「オープン特価がコケたら初月で倒産よ。開業資金は融資なのよ?借りたお金なの。返済が滞ったら終わりよ。そもそもIT必要なの?部屋は9つしか無いでしょ。手書きの帳簿で十分じゃないの?」
従業員は全員身内だし、仕入れる食材は全部村の中で調達するし、そんなに複雑な計算も必要ないし、膨大な在庫を抱える商売でもないね。確かに手書きの帳簿で十分かも。私とオモッチお姉さんは元システムエンジニアなので、そのスキルを活かさなきゃ!って拘り過ぎなところはある。
「サーバとクライアントの購入金額だけでも、結構な出費になるのよ。IT導入は見送りね」
「そうなると、お姉さんはお酒飲んでる以外する事が無いんだけど」
おいしいスコッチをすこっしだけ飲む、と言ってたお姉さんですが。がぼがぼ飲んでました。定年間際の日本では毎晩ボトル1本空にしてました。ボトル1本5千円くらいなので、スコッチとしては安い部類でしょうけど、年収600万円で、やっていい贅沢ではありません。老後の資金が残らなかったのは当然です。
日本からは、ブラッククリアニッカの巨大なペットボトルを買い込んで持ち込みましたけど、もうありません。最近は、村で作られた芋焼酎を飲んでいます。アルコール燃料で走るデミヲよりも飲んでます。そろそろ飽きると思うので、好きにさせてます。
スコッチに飽きたらバーボンを飲んで、バーボンに飽きたらブラッククリアニッカを飲んで、とすぐ飽きるので。お姉さん曰く、ラフロイグとジャックダニエルとブラッククリアが世界三大ウイスキーだそうです。
「このポンコツSE女にやらせる仕事何かある?」
「定年退職したのじゃから、老後扱いでいいのでは?」
「ガワは27歳相当だし、不老不死だけどね?」
「支配人にしておけば?トップはお飾りでいいナリ」
「そうしておきましょうか」
旅館なのでトップとえば支配人というよりは女将?職業に性別が含まれているとうるさいのが出てきそうですね?ひよこババアとでも言い替えておきますか。ババアの方が問題あるわー。
和風だから旅館で、西洋風ならホテル、という分類も日本語的な風情であって、この世界の言語では特に区別はされてません。まあ、どうでもいいですね。今日からはオモッチお姉さんは、オモッチ支配人です。呼び方はボスでも親分でもツルペタでも何でもいいです。
「ツルペタとロリは全く別物じゃないカナ!」
「どうでもいいことを熱く語り出したぞ」
「この物語の根幹に関わる重要なテーマかも知れぬでござるよ?」
「そういう話だったっけ?」
「ロリと巨乳も関係ないし、アラサーのツルペタだっているでしょ!」
なんかうるさい事言い出したのは、サクラ姉ちゃんです。こいつは空想上の姉であって、現実には元国王で現在はニートです。お姉様の妹設定なので、姉ちゃんと呼んでますけど、そもそもがお姉様が概念としての姉であって、現実には私達のこの世界での里親、かーちゃんなので、こいつはおばさんですね。ひよこおばさんです。30過ぎのツルペタなのでニワトリおばさん?お姉様が永遠の27歳なので、年上の妹ですね。
「ツルペタでもすっとんとんでもいいけど。サクラおばさんは、サイコロカジノのディーラーの練習してんの?」
「おばさん!?せめてサクラちゃんと呼んで欲しいカナ?」
「サクラちゃんて呼ぶとカード集めてそうじゃなぁ。ほいで、練習はしてんの?」
旅館の娯楽施設としてサイコロカジノを予定しています。サイコロはアダマンタイトを村の職人さんに加工して貰った、完全に6面のバランスが均衡した逸品です。魔導素材なので、異能や魔法でイカサマ仕放題。サクラはサイコロの出目を自由に操作出来る異能力者なのです。そして、私とミーナちゃんは魔法幼女。この世界では、異能力者や魔法使いは1万人に1人居るかどうかな上に、以前私達が魔法使いは大量に粛清したので、観光客に紛れ込んでいる可能性はほぼゼロです。ただでさえカジノはディーラーの勝利が確定したゲームですけど、うちのディーラーは120パーセント勝利確定なのです。
「そんな悪どいインチキは出来ないカナ?」
「元国王のクセに何を?散々、他国に言いがかりつけて侵略戦争してたくせに」
「あれは、魔女教の教義に従っただけカナ?」
「あ、そ。この村はニャア教の神社が統治しているので、ニャア教の教義に従ってください」
「ニャア教にそんな教義あった?」
「そういえば知らんね?」
ニャア教というのは、以前はパンイチ教といって、1万2千年前に行った私が興した宗教です。戒律だの教義だのは、初代巫女が勝手に作っていたような?村の女騎士の大半が独身なのは教義によるものなのかしら?
「イカサマ博打が嫌なら、他のギャンブルか興行を考えてよ」
「分かったよー。女騎士プロレスとかやるカナ?」
「任せるから、開業までに準備してね」
私には、もう一人空想上の兄が居ます。これもお姉様の弟設定なので、正確にはおじさんかも。兄は妹の奴隷として自由にしていい権利が国連でも保障されているので、兄でいいですね。こいつも、アンドロイドなのですが、ねこバスという自動車の体を与えたところ、現在行方不明です。
何があってそうなったのか不明ですけど、省電力モードに入って、真っ先にGSPと通信機能を無効化しちゃったので、何処に居るのかも分かりません。現在地が分かれば救助に行けるのに。なんで真っ先にそこからオフにするかなあ?兄のAIはシンギュラリティを越えて人並み以上のマヌケになってますね。
むかーし、スマホが出たての頃に、バッテリーを長持ちさせるテクニックとして「不要な機能はオフにしましょう!」とかいって、ブルートゥースや無線LANをオフにするのはまだ分かるけど、GPSもオフにして、通信機能もオフにしましょう!っていう記事が実在しました。その板切れは一体何なの?スタンドアローンのウォークマン兼デジカメかー。あれ?意外に有益ではあるね?
そんな感じで旅館の準備は、進んでいるようないないような。