9-10. お金とお姉さん
「いつもの」
「ほら」
いつものって何じゃーい!っていうやり取りではなく、ウインナーコーヒーを出されました。私はウイナーだという事でしょう。座布団は結構です。
「今日は、じいちゃんにお願いがあるんよ」
「なんだ?最近村に入り込んだ詐欺師なら始末しといたぞ」
お、おう。行動が早い。さすが元魔王。あの転生詐欺師は最近オレオレオ詐欺までやらかしてたそうだ。どんな詐欺?そのダジャレセンスの勇敢さだけは称えたい。
「魔王を返上したいんよ」
「俺に戻すのか?俺はただのニンゲンだぞ?不老不死にしてくれるなら受けてもいいが」
「フェニックスの生卵があるよ」
「そいつをひとパックくれ。1000年も修行すれば魔王らしくなれる」
1000年の修行で、1億人殺せる修羅になれるのかー。私だったら、まず修行しようとは思わないので、絶対無理。
「お前も、少しは運動しろよ」
「11年間、日本に居たから、少しは運動したんよ」
「続けなきゃダメだ」
公共交通機関の発達した都市部では、結構歩きます。お姉さんが仕事漬けで車を出せない時は、よく幼女達だけで電車やバスに乗ってました。秋葉原や池袋に遊びに行ってたので。駅まで歩くし、駅の中でも結構歩くからね。よく出口を間違えるので更に歩く。コロナカの間に、一気に衰えたけど。
フェニックスのボンジリにお願いして、ニワトリ形態になってもらい、毎日タマゴを産んでもらって、12個のタマゴをじいちゃんに届けました。それを食べればニンゲンは不老不死になれるそうです。ボンジリが身近過ぎて忘れがちですが、フェニックスは神話級の動物なのです。
こうして私は、女神だけでなく魔王の座も手放す事が出来ました。もう、私は普通の魔女です。これも、身辺整理の一環です。
「魔女という時点で普通じゃないでしょ?」
「まあね」
「私も身辺整理をひとつ忘れてたんだよ」
オモッチお姉さんは、まだ何か忘れていたようです。
日本を旅立つ前に、やることのチェックリストを作って、ダブルチェックで進めたのに。システムエンジニアが引っ越しなどのイベントの際に、チェックリストを作るのは職業病でしょうかね?
「株買ってたの忘れてた」
チェックリストには、証券口座の住所変更もありましたけど。引っ越すわけではないね、ってリストから削除した記憶が。口座の残高を確認する、が抜けてましたね。
「ほいじゃあ、日本へ行こうかー」
「あ、ちょっと待って姉ちゃん。私も行く」
ミーナちゃんが異世界転移魔法を習得した、と言うので一緒に行きます。最初は、私と一緒の方がいいでしょう。ミーナちゃんも使えるようになれば、出張感覚で日本と行き来出来るかも。
すっとんとーん、と日本に3人転移出来ました。ただし、時間指定が出来ないのでー。
「今、何時?」
「前回来た時から、ひと月くらい経ってるね。2023年の1月だ」
こっちの世界のスマホはまだ持っているし、回線の契約もそのままなので、GPSかNTPサーバに同期することで、現在時刻が確認出来ます。この仕組み、向こうの世界にもあったわ。マヌケなので、重要な事をよく見落とします。
証券口座の件もマヌケな話ですよ。2019年の時点で「隠居出来るくらいに十分な蓄え」があったはずなのに、2022年に日本を旅立つ時には「貯金はそんなにない」に変化していたのは、何故だって話ですよ。借金を抱えた状態が長く続いたので、うっかりしてましたね。
今回は、武蔵小杉に帰ったりする必要もありません。ネットで手続きすれば良いので。
「株なら、2024年の春頃にピークが来るんじゃけども」
「ずるっこは良くないし。行方不明者の口座は消されるかもだし、今全部手仕舞いにするよ」
「いくらになってるの?」
「4千万円が1千万円に減ってる」
一体、どういう銘柄に突っ込んだんだか。タイミング的に10倍になってても不思議じゃないのになあ。4億円とかになってたら、賃貸マンションまるごひと棟買おうかとか妄想が駆け巡ったのに。いやまあ、信用取引でマイナスとかじゃないだけいいよね。
「もう手仕舞いした」
「躊躇ないなー」
1千万円だって、それなりに高額ですよ。理想は金の現物に変えておく事でしょうか?でも、住所不定の無職に買えるものではありません。
「ポルシェでも買っちゃうー?」
「動産も住所不定では買えないよ」
一度住所と職業を手放してしまうと、いろいろ不便ですね。
「どこかの孤児院に寄付してにゃんこマスクになるかー」
「まあ、それもいいかもね」
うたかたの夢でしたね。いろいろ妄想出来て楽しめましたわー。
「この時間の日本にはいつでも戻って来れるんでしょ?保留にしておけば?」
「ほじゃーねー」
「他のみんなの知恵も借りれば、何か出てくるかも知らんし」
保留なんて都合良い事が出来るのかというと、落とし穴がありそうですけどね。
村に帰ってみんなで相談しますよ。
すっとんころりと村に帰ります。異世界転移魔法の習熟度が上がってきています。
「大金なようで、そうでもないわよねー。不動産は買えないわ」
「ヴィンテージギターを買えば一瞬で無くなるでござるよ」
「いっせんまんえんの価値は分からへん」
異世界間貿易の資金にでもするー?それは禁じ手な気がするんだよなあ。
「そうだ。誰か駐在員を日本に送り込むのは?お姉さんの戸籍を維持できるし、向こうに誰か居れば役に立つかも知れない。スタンドアローンで稼働出来るアンドロイドが余ってるでしょ」
「余り物扱いは、不服であるが。わらわなら行っても良いのである。むしろ行きたい」
キナコはスタンドアローンでも稼働可能なアンドロイドです。有機素体に入れておけばニンゲンにしか見えませんし、外見はどうとでもいじれるので、お姉さんの影武者にする事も可能ですね。
「人一人暮らすとなれば、1千万円は3年程度しか持たぬでござろう?」
「地方なら10年くらいいけそうな気もするけど」
「やっぱり川崎市がいいよ」
「日本で派遣社員をやればよいであろう?わらわにITスキルをインストールすれば良い」
恐ろしい事になる予感しかしないのですのジャガー。