9-5. 長く使った道具には魂が宿る
「では、すべての命に感謝して、おいしくいただきましょう」
「いただきまいんすいーぱー!」
何をやっているのかというと。給食ごっこです。
この世界はお芋さんが空を飛んで暴れるし、春菊はヨコハマ民の転生だと言われています。すべての命に感謝していただく感が否が応でも湧いてきますよね。私達に欠けている情緒の育成にとても有効です。そうか?
フードコートに鍋を抱えて行って、カレーとご飯を貰ってきました。それを、ミーナちゃんがみんなに配膳するわけですがー。
「私にだけ配膳されちょらん」
幼稚園でも同じいじめを受けましたが。あれをやったのは当時のボス園児だったミーナの野郎でしたね。いじりのつもりか知らんけど、食べ物を使うのは感心しません。
「こんな茶番に付き合ってられるかー!!」
ふんぎゃああ!っと机を掴むと、窓から放り投げました。
「私の席ねぇから!!」
少しスッキリしたので、ミーナの野郎をカレーライスにして食ってやりましょうか。
いや、私はハードボイルドでへぶーじゅーしーな探偵です。そんな事はしません。
ただこのままだと衝動的にやっちゃいそうなので、ちょっと忘れてた課題を片付けに行きましょうか。
「お姉さんも道連れじゃ!」
「え、なにー」
私はお姉さんを連れて、日本に転移しました。
お姉さんを選んだのには、ちゃんと理由があります。
それはアタイがお姉さんの事を大好きだから。
とぅんく!お姉さん生命のピンチ!
「あ、居た。デミヲー、待たせたねー」
「そうか、この子の回収をしなきゃね」
私達が旅立った翌日のタイミングです。
この世界の私達と遭遇しちゃうと過去改変が発生しちゃうので、多摩区に転移してから時をかけ、武蔵小杉まで南武線でやって来ました。面倒なので、転移魔法の改良が必要ですねー。
デミヲは駐車場で待ってました。デミヲは車種名ではなく名前です。鮮やかなグリーンのコンパクトカー、それが魔獣デミヲです。機械の体ですが、10年以上大事に使い続けたので、きっと魂が宿っています。
「駐車場は年末で解約なんよね?デミヲの廃車手続きをして、異世界に連れて帰ろう」
「そうね。早くしないと年末はお役所がしまっちゃうから、急ぎましょう」
こっちの世界のスマホでやり方を検索して、川崎陸運局に行きます。お姉さんの実印や身分証明書、現金は私が腹巻きの中に入れて持って来ました。その内やろうと思って、用意だけはしておいたのです。この手続きにお姉さんが必要だったのです。
「やってみると、簡単そうに見えて厄介だったわー。お役所仕事は令和になっても進化していない」
お姉さんは早くも飲んだくれそうになっています。
「飲むのは村に帰ってからだよ。ほいじゃー転移するよー」
デミヲの運転席にお姉さんを座らせ、私は助手席。2人で異世界転移魔法を行使します。元女神のお姉さんと一度一体化したことで、お姉さんにも異世界転移魔法が使えるはずです。お姉さんを連れて来た理由にはこれもあるわけです。
「お姉さんは、私について行くイメージだよ」
「はいよー」
ここで問題になるのが転移先です。私の転移魔法は時間までは指定出来ません。過去に行って私達に出会ってしまうと過去改変が発生します。私達は、デミヲに乗って現れた私達に出会った記憶はないので、それだけは避けねばなりません。
起こってはいけない事ほど、起こってしまうものなのです。開発環境で再現しなかったバグが、商用環境だと発生するのです。それも連休の真っ最中などの最悪のタイミングで。私は引っ越しの真っ最中だったのにー!なので、慎重な手順をとりますよ。
「ウヒー!うわああああ!死ぬー!」
「サファリパークだと思って。ダウンヒル最速を目指さなくてもいいから、慌てず騒がずでも確実に麓まで走って」
「く、くまー!くまったぞこれー!」
猛獣がうじゃうじゃ居る峠道を安全運転で下っていきます。普段ヘタレなお姉さんがハンドルを握った途端に最速ドライバーになるようなマンガ的展開はなく、いつも通りの安全運転です。
「い、いっそ轢いて熊肉に!」
「やめて、デミヲじゃあ熊に負けるから」
いざとなれば攻撃魔法を行使してもいいですけど。この世界には魔法は存在しない事になっているので、どんな反動があるのか分かりません。異世界転移魔法は何度かやった実績があるので、多分大丈夫ですけど。
「多分って何ー!?システムエンジニアの言うセリフじゃないよー!」
「ほじゃーね」
不確実な可能性にかけるのはシステムエンジニアのタブーです。でも「とりあえず再起動しちゃおっか」ってやりがちですよね?たまに事態は悪化しますけど、おおむね解決はします。たまに致命傷になりますけどね。やっぱ、ダメじゃん。
何をやっているのかというと、他の異世界を踏み台にする作戦なのです。障害ポイントが増えるリスクがありますけど、この世界でやりたい事もあるので。
「はあ、生きてるって素晴らしい」
「ほじゃーね」
麓の村まで辿り着いたので、お団子屋でお汁粉を食べています。
やはり、神話で読んだ通り、この世界のこの村のお汁粉はつぶあんです。これならば、予定通りに、デミヲを改造する事が出来るかも。
「この世界のお金持ってないけど大丈夫?」
「この世界はお汁粉もタダだから」
失敗しました。馬の無い馬車に乗ってるなら貴族だろ?という事で代金を請求されました。この世界のこの国では、庶民は食べ物が全てタダですけど、貴族は100倍ぼったくられます。
「どうするの?」
「この世界は金貨が使えるから。どこが発行したものであれ」
「いや。こんな金貨は知らない。呪われた王国の金貨以上に使えないよコレは」
「ありゃ」
そうか。さすがに「ぺろっ。これは純金!」とはいかんかー。召喚魔法でこの国の金貨にしたいところだけど、現物は見た事無いからなー。神話はほぼラノベだけど、小物のイラストまでは無いもんなあ。
神話というのは、村の神社というか教会の図書室で読んだ本です。あっちの世界では、こっちの世界が神話の世界なのです。なので、知ってるし何とかなるでしょ、と思ったのですのじゃがー。
「くくっ、君達、もしかして日本人かい?我の見通す左眼には分かる…くくっ」
「お、お前はもしかして、うっかりアハトちゃん?」
「へ?なにそれ?我は、暁の堕天使だよ。表のオートモービルでカワサキまで送ってくれるなら、ここの代金をもってあげよう」
おっとー?私、神話の世界に介入しちゃったかも?暁の堕天使は、ここからカワサキまでニャンブー線で移動するはずなんですけどー。いや、違うイベントの最中なのかも知れんし、まあいいでしょう。都合よく現れた堕天使を利用しましょう。
「女神様に出会えたのはいいんだけどさー、我の暁の轟天号を譲っちゃったからねー。帰れなくなっちゃってー」
やっぱり、神話の重要イベントに介入しちゃってます。ありゃー、下手な手順をとったばかりに、余計にまずい事にー?まあ、でも大丈夫でしょう。この堕天使がニャンブー線で家畜扱いされる下りは、特に何かの伏線にもなってないので。そもそもが、神話とか聖書は9割くらいウソなので。
「この世界は日本語が通じるのね?どうなってんの?」
「さあ?異世界はだいたいこんなもんよ。英語圏もあるらしいよ」
「へえー」
「それよりもアハトちゃん。痛車の工房知っちょるでしょ?」
「え?ああ、孤児院の事かな?いいよー」
孤児院には私とミーナちゃんの同位体が居るかも知れない?いや、まだ居ないはず。
「あのー、デミヲを痛車に改造するのはー」
「エンジンを載せ替えるだけだよ。この世界の自動車はアルコール燃料で走れるから」
「ああ、なるほど。村にはガソリンスタンドないもんね」
そういうこと。首都あたりなら化石燃料の取り扱いはあるかも知れない。ジェットエンジンの戦闘機とか、ディーゼルエンジンの戦艦が稼働してたからね。でも、村にはガソリンスタンドなんて無いし、ねこバス2号以外に自動車が存在しない。ねこバス2号はEVだしね。アルコール燃料なら、芋焼酎の酒屋で作れる気がする。
「うおー!なんじゃあコレー!古文書で見たDOHCに電子制御インジェクターと可変バルブタイミング機構がー!」
おっと?この世界に持ち込んじゃいけない技術でしたか?孤児院の痛車エンジニアが驚いています。おみやげに持って来たおまんじゅうだけで、見てくれてます。
「はあ、これはちょっとどうにもならないんだけど。結論だけいえば、このままでもアルコール燃料で走れるよ」
「あ、そうなんだ」
そういえば、一時期アルコール燃料を販売しているガソリンスタンドが平成の日本にもあったよ。どういうわけかスグに無くなっちゃったけど。
この孤児院のエンジニア達は、近い内に帝国の女神に拾われて、飢える事はなくなります。お腹を空かせた子供をそのままにしておくはつらいですが、介入出来ません。
「ほいじゃー、帰るわー。また来るかも知れんけど」
「じゃあねー」
さて、人気の無いところまでデミヲを走らせたら、また転移しますよ。今度は、村の外10キロくらいの場所にしましょう。そこで時間を調整してから村まで自走します。ガソリンの残量が心もとないけど、どんぐりがあるので、なんとかなるでしょう。
「どんぐりでガソリン作ってもいいんじゃないの?」
「ソレだ!」
なんか無駄な事しちゃったかな。とにかく転移しましょう。
村まで10キロ辺りの位置に転移して、カーラジオを聞きます。
「ニャア村を大量の春菊が襲った事件がありましたが、今では春菊は村の名産品だそうです。今日は、春菊を使った料理を食べにライブハウスに来ていますよー」
しゃっきりぽん、とか言ってますけど、ラジオのグルメレポート番組ってアリなんですねー。
「だいたい出て来た時くらいかな?」
「そうみたい」
給食ごっこをしていた教室に帰ると、私のサプライズ誕生パーティをしてくれました。
私にだけ配膳しなかったのはいじめでは無かったのです。ちなみに、私がこの村に最初に転生した日付を誕生日って事にしてあります。そういえば秋でしたかね。
こうして、日本から連れて来たデミヲは、いずれ本当に魔獣になるのですが、それはまだ先の話です。