1-1. ここはIT奴隷を収監する監獄ですか?
私は異世界に転生した。
19年も前にね。
えー、やったじゃん。念願の異世界だよ!
なーんて思ったのは最初の3分くらいですわー。
異世界なんてゴミカスですわ。魔界かと思えた川崎市が天国だと感じるくらい。
19年の間に、12回くらい転生した。
派遣でいろんな職場を渡り歩いたシステムエンジニア時代と同じ。
異世界転生経歴書を書いたところで、転生したら持ち越せないのよ? 把握しきれないよね?
13回かも知れないし、100回かも知れない。19年じゃなくて100年以上経ってるかも知れない。
最初の異世界では、まるで監獄みたいな所で奴隷の様に働いた。
あそこは本当の監獄だったのかも知れない。
罪を犯した覚えは無いけど、異世界の法は分からないからね。
初めての異世界で文字も言葉も分からず、冒険者ギルドだと思って入ったのは奴隷商の館でした。
初めてのクエストだー、と思ってパーティについて行ったら、途中で他のパーティに引き渡されて。さらに別のパーティに引き渡されて。
山の奥深くの建物の中まで来た時に、
オカシイな? 私、転売されてない?
と気付いた時には遅かった。
最後に鬼のようなお兄さんに預けられた。というか、そいつは鬼だった。
多重派遣そのものじゃん。めっちゃこわかったわー。何言ってるかさっぱり分かんないし。
左にあるものを右に書き写すような、そんな作業を延々やった。書いても書いても、似たような新しいやつが回ってきて、何度もやり直した。
おかげで、異世界の言語は読み書きは出来るようになった。でも、会話は出来ないまま。そこは、3ヶ月ほどで逃げ出した。
そこを逃げ出したら、森の中で転んで崖下に転落したみたい。
そして、2回目の転生ですよ。
どこで手に入れたのか、死んだら異世界へ転生する異能が私にはあったのです。何度死んでも転生す る。無限の異世界転生地獄の始まりでした。
この世界で私が獲得したITパスポートは、異世界転生パスポートでした。
そこから先は、いろんな異世界をたらい回し。
どこに行って奴隷。上流工程に成り上がるチャンスもなし。たまに剣と魔法の世界へ行っても、奴隷には剣や魔法を学ぶ権利すら無い。
そして。
気が付いたら、また転生していました。昨夜出した高熱で死んだのでしょうね。
今の私は、もしかしたら俺かも知れないけど。それはどっちでもいい。この世界の一人称は、バリエーション少ないから、私か俺かなんて脳内翻訳の都合でしかない。この日記も、この世界の言語で書くことになるだろうしね。どうせまた次には持ち越せないけどさ。現時点では紙もペンも無いしさ。お金も小銭数枚しか持ってないしさ。ジャージみたいなの着て、真っ昼間の公園でベンチに座って、幼児の集団をぼーっと眺めているよ。今回は、ここからスタートなんだね。
この世界は平和なんだね。
幼稚園児らしき幼児達が、公園をワーキャー言いながら走り回ってます。子供をさらう山賊なんて居ないし、攻め込んでくる武士の集団も居ない。爆弾だって降ってこない。怒鳴り込んでくるじじいすら居ない。実に平和です。
ニンゲンは暴力大好きな種族なのでしょう。ドンドンパチパチやってる異世界だらけなのです。
ここは、遊ぶ幼児をぼんやり眺めていられる平和な世界。
そして、魔法の無い世界みたいだね。
火を吹く幼女も、電撃で折檻する保育士も見当たらない。
いつか私も、魔法ぶっぱなしてみてーなあ。
隣に座ってる安スーツ着た営業風の奴を、骨まで燃やし尽くしたい。
いや、営業というだけで悪人だと見做すのすはシステムエンジニアの良くない習性だね。でも、こいつ最初の世界の奴隷商に似てるんだよね。
システムエンジニアとして、ブラック企業の作業員から始めて、上流と呼ばれる設計工程へと這い上がり、プロジェクトマネージャーまで登り詰めた私だ。異世界でも、大魔法使いに成り上がってやる。
「おねえちゃん、何してるの?」
さあ、何してんだろうねえ。私が知りたいよ。
この世界では、昼間っから公園で幼女と会話していても、通報はされないみたいだけど。
公園にずっと居るわけにはいかない。
まずは、仕事を探さなきゃ。その前にお風呂入りたいなあ。
今回の自分が女なのか男なのかも、まだ分からない。ここでパンツ下ろして見るワケにもいかないでしょ? お風呂でじっくりいじりたい。何よりも、自分で自分がクッサイ。
「この近くに銭湯あるかな?」
「せんとう?」
「えーっと、公衆浴場で伝わるかな?」
「おふろー?」
「おふろならそこ。見て分かんないの? おねえちゃんバカなの?」
なるほど。口の悪い幼女の指差す方を見れば、煙突があるね。
よし、風呂へ行こう。マジで我が身がクッサ。なにこれ。今回の私は浮浪者かな? だったら、ましな方だよ。全裸で奴隷だったこともあるし。この世界の言葉は既に私が知ってるやつだから会話も出来
てるしね。
「ありがとう」
子供達に礼を言い、保育士さんらしきお姉さんに会釈をして公園を去る。子供たちがずっと手を振っているので、振り返すよ。どこの世界でも幼児は手を振ると喜ぶけど、なんでだろうね?
「ここかなー?ここだねー?よーし、ここだ」
何度転生しても独り身で、職場でも友達は出来ない。独り言増えるよね。是非もなしだよ。
はて、男湯と女湯のどっちが正解かな?
さっきの幼女は「おねえちゃん」と言ってたし、女かな? って気はしているのだけど。入湯料は持っている小銭で足りるかしら?
「ちわーっす」
暖簾をくぐって銭湯に入っていくよ。
「ちょっとアンタ、そっちじゃないでしょ」
「あ、はい。すみません」
今回も私は女性か。
あれ? 入湯料は? 後払いかな? 払わずに脱衣場まで来ちゃった。まあ、いいや。
「あのー、タオルありますー?」
「そこの籠にあるの使いな。あんたよそ者かい? 見ない顔だけど」
「あ、はい。そうですねー」
「どうやってここまで来たのさ。そんなに汚れちゃって。ほら早く風呂入りな」
「ういっす」
小さい町なのかしら? 客の顔全部覚えてそう。
くっさいジャージを脱ぐと、番台のおばちゃんに声をかけられた。
「脱いだものは、そっちの黒い籠に入れておきな。洗っとくから」
「ういっす。あざます」
なんてサービスがいいのかしら。ここは今までにない、あったかい世界だよ。ただ、手持ちの小銭で足りるのかしら? また監獄行きになるのは嫌だなあ。
「あらー、この服はもう駄目だねえ。薪に混ぜて燃やしちまうか」
「え、ちょっと、あの」
「ほら、うちの娘のお古だけど、これ着ときな、アンタすっとんつるりんだから、入るだろ」
「あざますっ」
あったかい反動に監視社会じゃないでしょうねえ?
もしくは、風呂上がりに奴隷商人が待ってるとか?
「あっふー」
あっつい。いい感じであっついお湯。この世界まじあたりっすわー。
おばちゃんが言った通り、私はすっとんつるりんだ。14歳くらいかな? チュウニだね。クックック、我は暁の堕天使…円環の理のループディスティニーの運命が定め…。ああ、いかれたチュウニアニメが見たいわー。自分で作ればいいかしらね?
くっさくさロリロリボディを丸洗いして、すっきりした私は、さっきもらった服を着る。うーん、これは体操服? まじでチュウニなのかな?
「はいよ、これ飲んだら、隣の定食屋に行きな。話は通してあるから」
「あざます!」
おお!?この世界、めっちゃあたりですわー。天使に道を案内してもろたと思ったら、女神がおふろに着替えに牛乳に、ごはんですよ!あとは、オフトンさえアレば、勝利。
あ、自分の名前決めておかないとなあ。
でも、この世界の名前の基準が分からない。「猫みたいな名前だね」ならまだいいけど「おまえの親は悪魔か!?」とか言われたらメンドイんだよ。
「あざます! またきまっす!」
「はいよ。うちは朝7時から、夜は11時までだからね。いつでも来な。あたしが居なくても勝手に入っていいから」
「ういっす」
番台が居なくても勝手に入っていいですって? この銭湯フリーなの? フリーだから銭の湯じゃない? だから、銭湯って通じなかったのかしら。
「こんちわーすっ」
定食屋では、どんなご飯いただけるのかしら? まさかここもフリーということはないわよね?
うっかりとこの物語を開いてしまったアナタ。今スグ、ブックマーク登録するのです。
さもなければ、異世界転生の呪いにかかります。
え? 異世界転生したいの? … やめといた方がイイと思うヨ … 。




