死なないことには自信があります、アンデッドなので
「死なないことには自信があります! アンデッドなので!」
と、面接に来た青年は言った。
「は?」
と、ギルドの長である威厳も忘れ、私は間抜けな声を上げてしまった。
この国には、ギルドと呼ばれる組合がいくつも存在する。
商売を手堅く手広くやる商売人のための商業ギルド。力自慢を依頼に応じて派遣してくれる傭兵ギルド。失せ物探しから暇な時の話し相手まで何でもござれな人助けギルドなど、本当にさまざまだ。
そんな中で我々“聖花の銀盾”は、人々の生活を脅かす魔物退治を生業とする魔物退治ギルドとして華々しい活躍をしている、自他ともに認める最高ランクのギルドと言えよう。
先日、ギルドメンバーのうち一人が出産のため田舎に帰り、一人がかねてよりの夢であった音楽家の道を歩むため、そして一人が遠方の国で行われる世界最強の戦士を決める大会に出場するためにギルドを抜けていった。
それぞれの人生、それぞれの夢のための脱退であり、引き留めることはできなかったが、長くこのギルドで戦ってくれた彼らの抜けた穴は大きい。
そこで新たにギルドメンバーを募集することになりこうして面接を行っているのだが、我々のような大きなギルドともなると応募人数が多く、冷やかしだったり落ちることを前提として記念にとか言い出したりする奴もいて勿論真面目なまともな人間も来てくれてはいるが我々聖花の銀盾は魔物退治ギルドの中で一番いやこの国で一番いいや世界で一番と言っていいほどのギルドであり当然相手にする魔物もそこらの人間じゃ相手にできないような強い魔物を退治しなきゃいけないのでちょっと戦えますくらいじゃ困るのである。
我々が欲しいのは共に命を懸けられるほどの仲間になる人材だ。人間性は勿論、戦闘中に安心して背中を任せられるような強さがなければ……。
などと思ってたら変な男が来た。
「あ、アンデッド?」
「はい! 私はイスフ地方の小さな村に生まれ、十八までは人間として生きていたのですが、ある日湖に封じられていた呪いが解き放たれたことがきっかけでアンデッドとして第二の生を送ることになりました」
「は、はあ」
「最初は今まで自分との違いに苦労することもありましたが、今ではアンデットである自分に誇りを持ち、長所を生かして働きたいと思っています!」
自称アンデッドの青年はきらきらと目を輝かせながらそう言った。
ここまで“設定”を練ってくるなんて呆れを通り越していっそ面白いな、昨日面接に来た“竜人”は四百年前に生まれた二十四歳でドラゴンと狐とエルフの混じった純血だったしな。これで本当に戦闘能力もあるなら仮合格としてもいいかななどと面接疲れの私が気の迷いを頭に浮かべていると、隣に座っていた私の右腕とも言える副ギルド長が冷たい目を青年に向けながら口を開いた。
「帰るがいい。こちらは人々の日々の安寧のため、共に戦う仲間を探しているのだ。お前のようなふざけた男が人のため戦えるものか」
「えっ、そんなあ。私のどこがいけないんでしょうか……。やっぱり今どき死なないだけじゃなくて他に何か攻撃系の特技があった方が採用されやすいんですかね……?」
心底困った表情を浮かべる青年を前に、副ギルド長は心底苛ついた表情を浮かべた。
副ギルド長は普段は温厚な男なので、この二人はきっと相性が悪いのだなあと、私は副ギルド長が感情を露わにしてくれる分冷静に青年を見ることができた。
「どこがいけない、などと……。自分がアンデッドなどというふざけた冗談を口にするような者が採用されるわけがなかろう」
「? 冗談ではないですよ? 私は正真正銘アンデッドです、安心してください!」
安心できる要素はない。
こちらの空気を全く感じ取らずに、青年は副ギルド長の傍らに立てかけてある大剣を一瞥し、そうだ、と明るい声を上げ名案を思い付いたかのように両手を身体の前で叩く。
「ちょっと私の首を落としていただけます?」
「いただけるわけあるか!!」
副ギルド長はついに声を荒げた。重ねて言うが、普段は温厚な男なのである。
しかし、流石に私もそれを冗談で済ませることはできない。私たちは人のために戦っているのだから、命を軽視したような発言はいただけない。
面接はここで切り上げよう。立ち上がり、青年に退室を促そうとすると、彼は慌てて私に駆け寄り、腕にすがってきた。
「えっ……」
「お願いしますっ!! 俺……私はギルドで人のために戦うのが夢だったんです! 戦うのが怖くて十八まで何もできなかったけど! アンデッドになってその辺の恐怖心はなくなったし十分戦えます! この不死の身体は人々の盾になるために授かったものだと! そう思って! 俺も貴方たちのように人の役に立ちたいんです!!」
青年の指先はまるで氷のように冷たかった。
私も疲れているのだろう。その冷たさに、まさか――という考えが頭を過ぎった。
固まってしまった私を見て青年は、ああ、と何でもないように口にした。
「すみません、冷たかったですよね。死なないけど、死んでるので体温がないんですよ。あ、そうだ! 血も流れてないので、首を斬るのが駄目なら指先ちょこっと傷つけるだけでも私がアンデッドだという証拠を見せられますよね!? 冗談じゃないことを証明出来たら認めていただけますよね!?」
青年は私から離れると、ズボンのポケットをまさぐって採集用の小さなナイフを取り出し、指先をざっくりと傷つけて見せた。
その傷口からは――青年が言った通り、血が流れ出ることはなかった。
副ギルド長が顎が外れるのではないかと言うほどに口をあんぐりと開けている。彼ほどではないが多分私も似たようなものだろう。まさか、とは思ったが、本当にそのまさかだとは。
「これで信じていただけますか!? 俺、ふざけているわけじゃなくて! タネも仕掛けもなくて! 本当にアンデッドなんです! アンデッドだから血も流れなくて、あ、この傷はすぐくっつくのでご心配なく! 痛みもないです! 却下されましたけど首切られても死にませんし! 取れてもくっつきますから! どうなってるんだと思うかもしれませんがどうやらそういうものらしく!」
いや。
副ギルド長が傍らの大剣を手に取る。彼が聖騎士の称号を得るに至ったブラックドラゴン討伐で、あの硬い鱗ごとドラゴンの首を落として見せた彼の相棒、聖剣エークルである。
「おのれ汚らわしい魔物めが街中に入り込みおって!! よりによって我ら聖花の銀盾本部に殴り込みをかけるとは!! 望み通りにその首落としてくれよう!!!」
「えーーーーー!!!!! なんでですかなんでですか!!!!!」
本当に呑気な考えだとは思うが、この青年アンデッドは悪い魔物ではない……と思う。
思うが、この街は魔物避けの結界で覆われているので、それを搔い潜って来たとなれば問題だ。結界に綻びがあるか、このアンデッドが結界を破るだけの力があるということなのだから。
「君はどうやって街に入った?」
「え、え? 普通に……門番さんにこんにちはって挨拶して……通行料払って……」
「貴様、結界を素通りしたとでも言うのか!?」
「結界? ああ、もしかしてあのなんかちょっと嫌な感じのする空気の膜みたいなやつのことですかね? 入口付近では感じたけどそういえば今はあの嫌な感じはないな……」
どうやら後者らしい。こう見えてかなり強いアンデッドのようだ。
副ギルド長が剣を構える。
「なんで急にそんな怒ってるんですか……? アンデッドが冗談じゃなくて真実なら採用してくれるんじゃないんですか……!?」
そんなことは一言も言っていない。
「何が目的だ、言え!」
「だから俺は人の役に立ちたくて……」
「そんなわけあるか! 使役された小型魔獣ならともかく、アンデッドが人の役に立ちたいだなどと有り得る筈もない!」
「アンデッド差別だ! もとは人間なんだからそう思ってもおかしくないでしょう!」
確かにそうだ。
確かにそうか?
「……そういえば、君は生前の記憶があるのか」
「生前って言い方はアレですけど。そうですね。人間だった頃のことは覚えてますよ。俺は俺だという自覚は変わらないので。街にだって人間のときの身分証を使って入りましたし……」
アンデッドは通常、生前の記憶を失う。生前の習慣で動くこともあるが、生者の魂を求める本能に従って動くだけの死体がアンデッドという魔物の正体だ。
「多分俺、他のアンデッドとはちょっと違うんですよね。アンデッドって生者の魂に触れることでしか安らぎを得られないから人を襲って血肉を喰らうって村の図書館で読んだけど、俺普通に昼寝でもあったかいシチューでも安らげるし」
だから人の役に立ちたいのも本当なんですって、と青年はいっそ泣きそうな声で情けなく声を張った。
「ギルド長……」
剣先を青年に向けたまま、副ギルド長の声もなんだか情けなくなっている。副ギルド長も人を守りたいという想いでこの地位まで上り詰め聖騎士の称号を得た男なのだ。目の前で魔物に家族を殺された恨みはあれど、人の言葉を巧みに操り、一向に殺意を向けて来ないこの妙なアンデッドを聖剣で一方的に斬り伏せる残忍さは持ち合わせていない。
はあ、と私は溜息を吐いた。
「人の役に立ちたいという君の想いはひとまず理解しよう」
「合格ですか!?」
「話は最後まで聞きなさい。理解した上で、やはり魔物を仲間にすることはできない」
「そんな……!」
コミックなら頭上に大きくガーンと書かれていそうなくらいにわかりやすく、青年は両手を床につき落ち込んで見せた。
「我々は魔物退治ギルドなんだ。魔物に対する憎しみを抱いている者も多い。そうでなくとも、君がこの街にいるだけで大きな混乱を招く」
「そん、そんなあ……」
「……今回は見逃すから、人通りの少ない北の門から街を出なさい。人を襲わず、ひっそりと生きていくのなら我々も手出しはしない」
通行料として支払っただろう銀貨を青年の手に握らせる。
街に入れない、金を使う機会が今後訪れないだろう彼に金を返すことが何になるかは、わからないが。
「ギルド長……! こいつをこのまま解放していいんですか! ……殺さないにしても、捕えて、監視しておくべきでは……」
「君は彼が人を襲うように見えるか?」
「それは……。いや、ですが。今は僕たちの前だから善良な振りができているだけかもしれません。戦う力のない人間や、人の血を見たら変わるかもしれない」
副ギルド長が言うことも一理ある。青年がなんと言おうと、魔物であることには変わりがないのだから。
しかし、
口を開きかけたところで、街の東から大きな音がした。
「何があった!」
副ギルド長が通信機を起動し、街の東側の警備にあたっていたメンバーに状況を聞く。通信状況は悪く、情報は途切れ途切れにしか伝わってこない。
「襲撃……魔物の大群、東門が破壊された!? ギルド長!」
「ああ、出る!」
愛弓を手に取り振り返ると、アンデッドの青年は立ち上がって部屋の扉を開き駆け出そうとしていた。
「貴様! 勝手に……!」
「非常事態なんですよね!」
「……ああ、クソッ!」
副ギルド長が悪態をつく。
とにかく、現場へ急がなくては。
現場に到着すると、そこには既に大量の怪我人と破壊された家屋があった。
土埃と血の臭いでむせ返るようだ。東側警備のギルドメンバーらが必死に戦っているが、あまりにも数が多い。逃げ遅れた人々の悲鳴と泣き声がある。
矢を番え、引き絞る。一度の動作で三体を仕留めてもまだ多い。副ギルド長は門を破壊したと思われる大型の魔物を相手取っている。待機メンバーや北と南の人員を召集したが、どこまで持たせられるか。
「……ギルド長!」
大きな牙の攻撃を弾き返し、よろけた体勢を整えた副ギルド長が声を上げた。視線の先にいるのはアンデッドの青年と、瓦礫と土埃で見えなかったがあれは――血を流し倒れた女性だ。
青年は手を震わせて、女性を見下ろしている。――抗って、いるのか? 本能に……。
雄叫びを上げて、魔獣ホークがまっすぐ女性に向かって飛び込んでくる。その鋭い爪で女性を攫い、引き裂き、餌にするつもりだ!
「おい!」
こちらはこちらで手が離せない。余裕がない。人々が逃げる時間を稼がなくてはならない。怪我人が、子供が、怯えている、泣き叫んでいる、当たりが弱く即死させられなかった魔物の爪が女性の肌を切り裂いて無駄な血を流させてしまう、ああ。
三人。ずっと一緒に戦って来てくれた三人がいなくなった途端にこれとは、情けない。
「に……逃げろ!!」
そう言うことしかできない自分が情けない。
もう大丈夫だと、自信を持って言えるように。お伽噺の英雄のようになりたくて、私は戦う道を選んだのに。
ホークが急降下で襲い掛かる。
その先には――誰もいなかった。
「俺、手冷たいですよね!? 怪我人って身体冷やしていいのかな! あっためるほうが駄目!?」
女性を腕に抱いたアンデッドの青年が、屋根より高く飛び上がっている。
「というか女性の腰、足っ、身体に勝手にふ、触れるのもよくないですよね!? いや、いやでも緊急事態だし! すみません、安全なとこに行くまでこれで!」
オレンジ色の屋根にそっと着地して、青年はあたりを見回した。安全な場所、など、そんな場所はこの東側にはない。我々が作るしかない。副ギルド長は二人の姿を確認すると大型魔獣に集中したが、周りを多くの魔物に囲まれては大きな隙を作ることが出来ずに細かく剣撃を喰らわせて足止めするしかできない。
魔獣ホークが二人を追いかけて風を切るように旋回する。
青年は、女性に負担をかけないようゆっくりとした動作で繰り出した蹴りを、魔物の中でもトップの速さを誇るホークの攻撃に合わせた。
ぶっすりと、ホークの爪が青年の足に食い込んでいる。
「ふんっ」
ホークが突き刺さった足を青年は振り下ろし、ホークごと屋根を踏み抜いた。オレンジの瓦が砕けて散らばる。ホークの断末魔が響き渡る。
青年は女性を抱え、屋根から飛び降りた。かなりの衝撃があるはずだが、女性に怪我以外の苦痛を感じている様子は見られない。
「団長さん!」
「なんなんだ、君は」
「アンデッドです!」
矢を放ちながら返事をする。そういうことが聞きたいのではない。
青年は私の後ろにそっと女性を下ろして寝かせた。
「俺前に出て魔物押し留めるんで、この人のことお願いします」
「いや、それでは君が」
手練れのメンバーでも苦戦している、あの魔物の群れに飛び込んでいくなど。
「俺、死なないことには自信があるので! 大丈夫です!」
そう言うと青年は走り出した。
魔物を蹴り飛ばし、投げ飛ばし、人の盾になりながら前へ進んでいく。
へんなひと。横たわった女性は笑い声混じりに、か細い声でそう呟いた。
青年が文字通り身体を張ったおかげか、しばらくすると魔物の波がおさまった。
大量の魔物の死体の山の向こうから、青年と、副ギルド長が歩いてくる。
「全く、君は昔からそうだったのか? 無茶ばかりして」
「えー、どうだろ。いつも元気だねとはよく言われたけど」
「だが、君の無茶に助けられたよ。僕を庇って目の前で首が千切れたときは流石に肝が冷えたが……」
「へへ、俺、死なないからな」
仲良くなっている。
私の姿を認識すると、二人は駆け足になった。
「ギルド長」
「ああ」
「魔物の大群は人為的な召喚によるものでした。召喚者を抑えたので魔物の追加もなくなり、無事に戦闘終了。召喚者の身元はこれから明らかになるでしょう」
お手柄だったな、と副ギルド長は青年に笑いかけた。青年は照れ笑いを浮かべている。
仲良くなっている。
「二人とも、ご苦労だった。こちらも死者なく終えられた。回復術の使えるものが怪我人の治療にあたっている」
「回復術……すごいな、俺使えないんだよな、アンデッドだから」
「君には君の守り方があるだろう? ではギルド長、僕も治療のほうに合流します」
副ギルド長が走り去る。場にはアンデッドの青年と二人、残された。
「あの……俺、人の役に立ちたいです! 俺のやり方で、俺にしかできないやり方で、人を守りたいです!」
どうやら青年は、まだ面接の続きをやりたいらしい。
色々と――解決すべき問題は、ある。
「あの」
女性が一人、青年に歩み寄った。青年が助けた女性だ。治療を受けて、しっかり自分の足で立っている。
「助けてくれてありがとう。アンデッドのお兄さん。あ、ほんとに手、冷たい」
「おっ、あっ、エヘ。また何かあったら、俺、俺たちが守ります。大丈夫です!」
小さな両手でぎゅうっと青年の手を包み込んだ女性に、青年は表情筋をぐにゃぐにゃと動かしてだらしない顔をしている。どうやら女性にはあまり耐性がないようだった。
私にも頭を下げ、女性は手を振って日常の中に帰っていく。
「で、話、戻るんですけど、俺」
「いいよ」
「へっ?」
アンデッドのギルドメンバーか。各所への報告とか許可取りとか色々あるが、そんなのは、まあ、なんとかなるだろう。なんとかするし。
「守るべき人間が君を受け入れてるんだから、なんとかなるさ。これからよろしく頼む」
「!!!!!!!!!ハイ!!!!!!!!!!!!!」
やかましい。
……まあ、世界は広い。
背中を任せられるアンデッドがいても、おかしくないか。