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悪意

 赤ん坊は桃太郎と名付けられた。決定したのは市長ということになっているが、実際には養母になる柴川恵子からの要望を聞き入れていてのことだ。桃太郎というのは珍しい名前だが、その由来は恵子が桃太郎の無事を祈ってお参りした神社が意富加牟豆美命を祀っていたからだ。

 発見されたときの状況が状況だけに、夫婦は子の健康を心配したがそれを余所に桃太郎はすくすくと成長した。ときどき物にぶつかって怪我をしたり熱を発したりしたがすぐに快復した。父の亨も母の恵子も60歳近くなっており、桃太郎の元気さに付き合うために心身を奮い立たせた。

 桃太郎を近所の遊び場に連れて行って同じくらいの年齢の子と戯れているところを見ると、我が子の運動神経の良さが誇らしかった。ただしそれが鬼ごっこやお菓子の取り合いの時などにイジメにならぬよう、恵子は桃太郎に人に優しくするように教え諭した。

 桃太郎が成長するごとに一緒に遊ぶ近所の子供たちの年齢も上がっていくが、やがてそこに「悪意」が生じる。幼い時の軋轢は単に自身の欲望のぶつかり合いであるが、知恵がつくにつれ、相手に悪意をぶつけて楽しむことを覚える。ある時、桃太郎が泣きながら家に帰ってきたとき、両親が事情を聞くと、自分は本当の子供ではないのかと尋ねた。どこかからか噂を聞きつけたのだろう子供が、桃太郎に対して捨てられた子であることを嬉々とした表情と共に浴びせかけた。その意味は実はまだ彼らはよくわかっていない。ただ、相手が嫌な顔をすることが面白い、そういう価値観を少し年上の人間から知り、傷つけることを身に着けていくのだった。この町は伝統的に気性の荒い人物が多く、処世術として人を傷つける側に行きたがる傾向があったのは不幸なことだった。両親は桃太郎が発見された時の事実を伝えたのち、捨てた奴は鬼だ、本当の両親は自分たちだと告げ、交互に抱きしめた。だが、辛くとも人を傷つける側になってはいけないよ、とも諭した。

 桃太郎はTVのアニメや特撮のヒーロー番組を好んだが、付き合って一緒に見ている父の亨からくどいくらいにヒーローのあり方を教えられた。ただ強いだけじゃだめだ。人の悪さを止めたい、誰かを守りたいという気持ちが無くちゃだめだ、と。桃太郎はそれを少しうっとうしいと思いつつ、ヒーローに共感しこういう人物になりたいと願った。

 小学校では桃太郎は優等生だった。養父が元教諭だったこともあったが、学校の授業で学んだことを養父とのやりとりで復習し、よく身に着けた。また、疲れ知らずの体力の持ち主で体育の授業ではクラスメートのみならず担任教師も驚嘆させた。桃太郎は時々悪意ある児童からの揶揄に傷ついていたが、それでも自分に好意を向けてくれる友達もまた多かったので精神のバランスを崩すことはなかった。


 しかし桃太郎が小学6年生のときだった。夏休みに2人の友達と近くの山へ遊びに行ったとき、敵対していた児童と鉢合わせしてしまった。その児童の側には、高校生の兄がいた。彼はかつて空手を習っていたが気性の荒いこの町の子供の中でも特に狂暴性が激しく空手道場を辞めさせられていた。児童はかつて、クラスメートの大切にしている本を奪おうとして桃太郎に止められ追い払われたことを逆恨みし、兄に復讐を頼んだ。実はこの児童は兄から幾度も暴力を振るわれていたが、それでも兄の強さには信頼を置いており、桃太郎が痛い目に合うなら頼ることは厭わなかった。児童の兄は土下座の謝罪を要求するが桃太郎はそれを拒否する。それを待っていたかのように彼は桃太郎の脇腹に先制の蹴りを入れた。いくら桃太郎が運動神経がよいとは言え、高校生には敵わない。蹴りや拳、そして山の木の枝や石ころで傷だらけになったが、体力お化けの桃太郎は立ち上がり続けた。ヒーローへの憧れが悪い方向に作用し、桃太郎は強がる。その様子に、敵対していた児童も顔が青ざめ復讐心など消えてしまっていたが、児童の兄は物事が思い通りにいかないことに逆上し、より激しい力で桃太郎を嬲った。とうとう体力の尽きた桃太郎は倒れこむ。そして、頭に固い石をぶつけられる衝撃を感じた。自分は死ぬんだ。そう悟って桃太郎は気を失った。児童の兄は山の道の無い方向の斜面に桃太郎を転がり落とす。そして桃太郎の友達に対して、このことは誰にも言うなと恫喝した。2人は頷いて逃げ出した。


 その日、暗くなっても桃太郎は家に帰らなかった。亨はその日一緒に遊びに行った友達に電話をして桃太郎のことを尋ねたが知らないと言うばかりだった。恵子は心配のあまり心臓に負担がかかり、寝込んでしまった。亨は警察に連絡を取った。

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