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短編

原作通りにと言うけれど

作者: 猫宮蒼

 気持ち程度の注意書き

 作品内にとても偏見に満ち満ちた発言が出ます。



 平民の少女がある出来事を切っ掛けに貴族たちの通う学園に入学する事になって、そこで出会った人と甘く切ない恋をして、色々な事件を経て最後には幸せになる。


 そんな、もう古来より使い古されたような内容のさながら乙女ゲームのようなライトノベルの世界に転生した。


 悪役令嬢として。


 さて、こういう場合最後には自分が断罪されるのを何としてでも回避したい! と悪役令嬢としての立場をどうにかして下りようと藻掻いたりする展開があったりするものだけれども、私、アナスタシア・リヴリーフェロンはそうではなかった。

 侯爵の娘として生まれ育ち、割とつい先程前世の記憶を思い出したけれども、よろしいならば悪役令嬢として振舞ってやろうじゃない! と決意を新たにしたのである。


 まぁ断罪されるっていっても断頭台の露と消えるわけでもないし、そこまで酷い末路が待ってるわけでもない。むしろ王子との結婚とかめんどくさーい、って思った時点で悪役令嬢回避しちゃうと、ね?

 断罪って言っても精々王子との婚約を破棄されてその後は修道院で暮らすことになる、程度なら全然許容範囲内。

 ならばこそ、私は精一杯悪役令嬢としてヒロインを虐め、そんな彼女の恋の壁となりスパイスとなってみせましょうや! とアナスタシアはむん! と己を鼓舞するように気合たっぷりであったのだが。



 どうやらヒロインも転生者らしいぞ、と気づいたのは割と早い段階だった。

 原作のストーリーが始まって割とすぐ、と言えばもうほぼ最初から気付いたも同然である。


 彼女もヒロインとして着々と出会いをこなし、今はアナスタシアの婚約者でもある王子、レオンハルトとじわじわと仲を深めていっている途中であった。

 現状ではまだ恋人と呼べる程の関係ではないけれど、友人以上恋人未満といったところか。

 であれば、ここからアナスタシアが悪役令嬢として二人の仲を後押ししてやれば二人の恋はあっという間に燃え上がっていくだろう。


 ――と、思ってはいたのだが。



 実際、アナスタシアが何かをすることはなかったのである。


 別に、原作の展開を変えてやろうなんて思ってはいなかった。

 相変わらず王子と結婚したら将来は王妃になるし、そうなると色々と面倒だなと思うのもそうだし、そもそも婚約者がいるのに他の女にちょっとぐらついてるのもどうかなと思っているし、いやそれが遊びと完全に割り切ってるならまだしもどう見たって本気になる一歩手前くらいだし……と、さながらでもでもだってと煮え切らない態度で一向に現実に向き合おうとしないかのような態度でいたが、アナスタシアが行動に移るのはどう考えても難しかったのである。


 ヒロインでもあるアイラがそもそも原作の展開に沿ってくれていないので。


 いや、大まかにはそうなのだけれど、微妙にずらしている、が正しいだろうか。


 ともあれ、八……いや、七割くらいは原作に沿ってくれているけれど、三割くらい微妙に違うせいもあって、アナスタシアが悪役令嬢として行動しても果たして原作と同じようにいくか? という疑問が生じたのだ。



 アイラが前世でこの話をどこまで覚えているかは定かではないけれど、まぁ使い古されたような王道すぎるストーリー展開だ。忘れていても多少はアドリブでどうとでもなると思っているのかもしれない。

 けれど、アナスタシアの目から見てそこは疎かにしてはいけない部分でしょう!? と思えなくもない事で。


 ここで私があのヒロインに対して嫌がらせを……えっ、するの? 今しちゃうと悪役令嬢の行動基準とてもふわふわにならんか!? と躊躇ったのである。


 結果として、ある日アナスタシアはアイラに人気のない場所で声を掛けられた。


「貴方も転生者なんでしょう!? 困るわきちんと原作の通りに動いてくれないと!」


 そしてお約束ともいえる言いがかり。

 だがしかし、アナスタシアからすればそれは本当に言いがかりでしかなかった。


「その言葉、そっくりそのままお返しするわ」


 そう吐き捨てるとアナスタシアはさっさとアイラを置いて立ち去ったのである。

 悪役令嬢として動いてほしいなら、悪役令嬢として動くだけの理由をきちんと作ってほしいものだ。そう思って。



 原作を知っているのなら、どうしてアナスタシアが悪役として動かないか、なんてとても簡単な理由だ。

 だが肝心のヒロインがそれを理解していないのである。

 こちらにただ悪役令嬢としての働きをやれ! と言うのであるのなら、どうして自分が悪役として動かないか、せめて少しでも考えてくれれば良かったのに。

 アナスタシアが説明したところで、まず初っ端からあんな言い方をするような女だ。聞く耳を持ってはくれないだろう。

 聞く耳を持っているのなら、まずいきなり人の事を転生者と決めつけて一方的に言いがかりをつけたりするはずもないので。


 転生者であるという決めつけそのものは事実だが、しかしマトモな相手ならもう少しマシなコンタクトをとっただろう。



 本来ならばヒロインを虐める悪役令嬢がしなければならないことを、アナスタシアは一切しなかった。

 いや、できなかった、が正しい。


 結果としてヒロインであるアイラはアナスタシアに虐められているという事実を捏造した。

 アナスタシアが呆れたように溜息を吐いたのは言うまでもない。


 そうして、アナスタシアに悪役を実行させてくれもしないヒロインはいよいよ王子との恋のクライマックスとして、断罪の場を作り上げた。

 作り上げた、といってもこの日が来るのは確定だったのでどうにかつじつまを合わせた、が正しいだろうか。



 ところが、そもそも最初から最後まで捏造である。

 アナスタシアがアイラを虐めたという事実は第三者の目撃情報含めどこにもない。

 ただ、被害者を名乗るアイラの口からだけだ。


 アイラと恋に落ちていたはずの王子とて、そこまで愚かになりきれなかったのか最終的に王族を騙そうとしたのみならず、王子とその婚約者との関係に皹をいれ政治的な面から見ても混乱を招こうとしただとか、随分と大きな問題となったために。


 アイラは牢屋にぶち込まれたのである。



「どうしてよ、なんで……それというのもあの悪役令嬢がきちんとやらないから……ッ!!」


 薄暗くじめじめとした牢屋の奥でアイラはそんな事をぶつぶつと呟いていた。

 見張りの兵士にちょっと二人きりで話をさせてちょうだい、と頼んだことで少し離れてもらって、アナスタシアはあえてカツンと靴を高らかに鳴らしアイラの注意を引き付ける。


 片方は牢屋の中だ。近づきすぎれば鉄格子の間から腕の一本は伸びてきてこちらに引っかき傷くらいは作れるかもしれないが、アナスタシアはそこまで近づいてやるつもりもなかったし、普通にしていれば話声は少し離れた兵士に聞こえずとも、何かあればちょっと大声を出して助けを求めればすっ飛んでくる位置にはいる。


 そういう意味でアナスタシアの安全は確保されていた。


「どうしても何も、まだ気づかないの?」

「あんた……ッ! 誰の! せいよ! あんたが!!」


 アナスタシアの想像した通り、アイラはこちらに気付くと鬼みたいな形相でこちらに飛び掛かろうとしてきた。とはいえ、鉄格子が阻んでいるので勢いよく鉄格子を掴んでガシャガシャと揺らすくらいしかアイラにできる事はなかったが。



「話の流れは覚えていますか? えぇ、覚えているのでしょうね。でも、肝心な部分は忘れていた」

「何よその肝心な部分って」

「あの作品の中で、ヒロインは一体どんな人物でしたか?

 健気で努力家で、人情があって、誰からも好かれる愛らしい少女。それがヒロインであるアイラでした。

 ……貴方とは大違いですね」

「はあ!? 何言って」


「だって」


 手にしていた扇子で口元を隠しつつ、アナスタシアは言う。


「本来悪役令嬢がヒロインを虐めたのは、自分の婚約者と仲良くなったからだけではなくて。

 自分に無い物を持つキラキラとしたその輝きを羨んでの事ですよ」


 そう。

 それが重要だった。


 アナスタシアは貴族の令嬢であり、将来の王妃であることを望まれていた。

 天真爛漫、無邪気に振舞う事が許されていたのは幼少期のほんの僅かな間だけ。

 そこから先は貴族令嬢として、また未来の王妃として振舞わなければならなくなった。


 自分にとっての自由はもうとっくの昔になくなって、幼子のように高らかに声を上げて笑うなど許される事もなくて。

 周囲の目を常に気にして淑女の鑑であれと望まれ、そうした振る舞いをしなければならなくて。


 いくら婚約者であろうとも、あからさまに恋をしていると表に出してはならない状態で。


 アナスタシアには常に様々なしがらみが鎖のように絡みついていたのである。


 だからこそ、自由奔放に、無邪気で無垢に振舞ってなお、周囲から好意的にみられるヒロインを羨み憧れ嫉妬したのだ。


 勿論自分がそう振舞うつもりはなかったけれど、でももし自分があんな風に王子に面と向かって好きだと告げる事ができていたならば、だとか、ちょっとした夢想にふける事だってあった。


 人目があるので王子と一緒にいる時だって、淑女としての仮面は外せない。わかっている。

 でも、それでも。

 ほんの一時だけでも。


 そんな風に思う事だってあったはずなのだ。原作では。


 自分にはもう許されないそれらの行動が、ヒロインには許されている。

 何故ならヒロインは王子の婚約者でもなければ将来の王妃でもないので。

 だからこそ、許されている。


 立場を今更捨てるつもりはないけれど、それでも、遠い空の果てを望むような、届かないとわかっていても星や月に手を伸ばすような思いがアナスタシアにはあったのである。原作では。


 王子に対するものだけではなく、そんな自由を体現したかのようなヒロインにも嫉妬したが故の、悪役令嬢だった。ただ恋に狂ってヒロインを虐めていたわけではないのだ。



「大体何? 本来ならば老若男女問わず好かれるようなヒロインだったはずなのに。実際はどうなの? 男に媚売ってばっかりで女性からはほとんど嫌われてましたよね? この時点でヒロインが原作とは別物じゃない。なんできちんとヒロインしなかったんですか?

 原作でだって、本来なら悪役令嬢が虐めた時にまず最初に庇うのは、王子や周囲の令息たちではなく貴方とお友達になったご令嬢たちだったのに。同性の友達ゼロって何それ。

 あたしの可愛さに皆が嫉妬しちゃってぇ、とかそういうのに引っかかるのって、女性と全く接点もなければコミュ力もない女に今までの人生で一切相手にされてこなかった一部の男性だけですよ。


 いい? 人に悪役令嬢としてきちんとやれっていうのなら、まずヒロインとしてきちんとやってちょうだい。貴方がきちんとしなかったから、私だって悪役令嬢きちんとできなかったんですよ!?」


 ずびし! と音がしそうな勢いでアナスタシアはアイラへ指を突きつける。



 そう、本来悪役令嬢がヒロインを虐める原因になったはずのそれが、アイラにはなかったのだ。

 なのに嫌がらせなんてできるはずがない。

 だって理由がないのだから。


 人が何らかの行動に出るには、相応の理由がいる。


 人を助けるときに何かを考える余裕もなく咄嗟に、という事だって勿論あるけれど、嫌がらせをする場合であれば当然そこには何らかの原因があって然るべきなのだ。

 なんか知らんけど気に食わないから、という理由であったとしても、気に食わないと思うだけの何かがあるはずなのだ。


 ただ王子に言い寄っただとか近づいた、だけではそこまでする理由に至らなかった。


 だって王子は周囲から割と憧れの視線を向けられていたので、そんなのを一々排除していたら国内の令嬢の半分は今頃消えてしまう事になってしまう。流石にそれはちょっと。

 アナスタシアを押しのけてでも王子と結ばれたいわ、なんていう相手であればともかく、きゃー王子今日もかっこいい~、程度のものならアナスタシアだって今日も王子は人気者でいらっしゃるのね、で余裕で流せるのだ。


 大体原作でだって、ヒロインが最初王子に近づいた時、アナスタシアはすぐさま排除しようと動くわけでもなかった。

 今までの生活から一変して、それこそ雲の上の存在だっただろう王子が身近にいる、という状況にのぼせ上がっているのだろう、と思ってアナスタシアはそれこそ最初のうちはヒロインですら見守っていたのだ。

 ただ、そこから自由奔放に振舞いながらも周囲から好かれるヒロインに徐々に羨ましさと憧れと王子からも好意的な視線を向けられた事で、色々な感情が混ざり合ってそこから嫌がらせに発展したのだが。


 最初はちょっとヒロインに対して礼儀作法のあれこれでいい印象を持っていなかった令嬢たちだって、気付けばすっかりヒロインの人間性を好意的にみるようになって、ヒロインの周囲には常に沢山の人がいたのだ。

 ところが実際はどうだ。


 アイラは王子に言い寄ってそのついでに令息たちともそこそこ仲良くしてはいたようだけれど、令嬢たちとは誰一人として交流なんてしていなかった。


 令嬢たちも、あんなふうに男に尻尾振ってばっかりで、いやぁね、ここには何をしに来たのかしら……なんて感じでとてもひそひそしていた。


 誰とでもすぐに打ち解けて仲良くなるヒロインを羨んで嫉妬した悪役令嬢は、自分の周囲の人間すべてが彼女に奪われてしまうのではないか? という思いを抱いたが故に、自分もヒロインの人間性に僅かでも惹かれる部分があったが故に、いずれは自分の周囲からすべての人が去ってしまって、かわりにアイラの周囲に皆が集まるのだろう、なんて思ったのだ。だからこその嫉妬であり憧れであり、善悪含んだ感情が結果としてアイラに対する嫌がらせへと至ったのである。


 けれども実際のアイラには同性のお友達は誰もいないし、王子とは確かに仲良くなりつつあったけれど、王子はアイラに恋まではしていなかった。あとちょっとの後押しがあれば違ったかもしれないが、アナスタシアという恋のスパイスが仕事をしなかったので。


 王子にとってアイラというのは婚約者の存在をどうにかしてでも手に入れたい女性ではなく、ちょっと変わった友人、くらいの認識で止まってしまった。

 ついでに言うならアイラがアナスタシアに冤罪を吹っ掛けようとした時点で、王子は裏で密かに色々と調べてくれていたので、アナスタシアの無罪は最初から確定していた。

 王子がもっと恋に溺れていたのなら、アイラの証言を全て鵜呑みにしていたかもしれないがそこまではいかなかったので王子の方でも裏を取ってしまった。結果として、アイラはアナスタシアと王子の仲を引き裂こうとした悪女みたいな立場になってしまったのである。



 もし本当にアイラが悪役令嬢に虐められていたのであれば、裏取りをした時点で王子だって同情だとかで心の天秤がアイラに傾いたかもしれない。

 けれども実際は自作自演。

 これでは百年の恋も呆気なく冷めようというもの。


 そうしてまで自分の事を……となってより恋が深まるなど、王子の人間性が色んな意味で拗れてなければ有り得ない。



「要はヒロインとしての資質があまりにも低すぎたのよ。そんな状態でどうして私が貴方に嫌がらせをしなければならないの? 正直この状態で嫌がらせをしたところで、婚約者に近づく目障りな害虫を駆除した、くらいにしか周囲からは思われなかったはずよ。

 いい? 悪役令嬢がヒロインを虐めて最終的に婚約破棄されて断罪されるのに必要だったのは、誰からも好かれるヒロインを妬んで虐めたという事実があったから。そんな素敵な人に対して醜い嫉妬を拗らせてやらかしたから。

 でも困ったことにそんな素敵なヒロインがこの場にいなかったの。

 可愛くて誰からも好かれるヒロインが! いなかったの!!

 貴方可愛くないんですもの!!


 人に悪役令嬢を求めるなら、どうして貴方は可愛いヒロインをしなかったんですか!? こんなんじゃ嫉妬のしようもないじゃない!!」


 悪役令嬢だと思っていた女にギャンッという効果音が聞こえてきそうな勢いで吼えられて、アイラは思わず言葉に詰まった。


 綺麗系女子から言われる貴方可愛くないんだもの、という言葉の凶器はより一層深く心の柔らかい部分に突き刺さったのである。


 ヒロインに転生した事で、自分は勝ち組だと信じて疑わなかった。

 ヒロインなのだから、どうにかなると信じて疑っていなかった。

 きちんと悪役をしない令嬢こそが悪いのだと信じて疑わなかった。


 だがしかし、悪役をするには悪としての理屈がいる。

 妬んで嫉妬して嫌がらせをするはずだった悪役令嬢は、しかしヒロインに嫉妬できなかった。だって嫉妬する要因がどこにもなかったから。

 なのに虐めるとして、その場合周囲の同情は買えないし、何だったら婚約者の王子に言い寄ってるからでしょう? もっと立場を弁えたら? などと周囲から言われて終わっただろう。


 虐め、といったところで最終的に悪役令嬢が修道院行きで済む事から、虐められるにしたって内容はそこまで過激だったわけではない。そこらにいる虫を強制的に食べさせられただとか、裸にひん剥かれて人前で転がされただとかのどう考えても陰湿極まりない事はなかった。

 だからこそ、アイラも自作自演をする際に原作にあった控えめな嫌がらせ程度の事しかしていなかったのだけれど。

 ただ、あまりにも悪役令嬢が何もしてくれないものだから、確かにちょっとだけ盛ったのは事実だ。内容を、というよりは数を。これというのも悪役が仕事しないから、と思っていた。


 結果として、そのせいで余計に王子からドン引きされたのもあるのだがアイラがその事実に気付いた様子はない。


「っはー、正直ヒロインやるには何もかもが足りていないんですよ。確かにヒロインは可愛い。でも、その可愛さは見た目だけではなく内面からにじみ出るものもあったからトータルで全体的に可愛かったの。

 誰にでも優しくて健気で努力することを惜しまなくて、真っすぐに前を向いて自分らしく進んでいく。そういった芯の強さ。相手によって態度をあからさまに変えたりしないで、皆に親切にできるとかもそう。

 でも貴方、高位貴族に尻尾は振るけど低位貴族はあからさまに相手にしなかったじゃない。そういうところよ。


 それに、学園に入ってそこそこ経過しても一向にマナーとか身についてなかったし。原作のヒロインだって最初は確かに慣れない生活で色々目につく部分はあったけど、それでも日々を過ごしていくうちに周囲の貴族令嬢とそう変わらないくらいには礼儀作法を身につけてたのに。王子だってそういう部分もあったから、悪役令嬢と婚約破棄してヒロインを選ぶ事を決めたのよ。それだけの努力ができてしかもきちんと糧とできる相手なら、いずれは王妃となるだろうと思ったから。愛もあったけど、そういった打算だって間違いなくあったわ。


 でも貴方は?

 そういうの全然できてないじゃない。

 男手玉にとって転がそうにも見た目だけでコロッといく程の馬鹿はこの学園にいなかったわ。それに気づかず貴方は一生懸命尻尾振ってたけど。

 正直貴方、童貞の吹き溜まりみたいなオタク系サークルの姫になるのがかろうじて、ってところじゃない。

 そんな知性も品性も気品も愛嬌も何もかもが足りてないくせして、ヒロインぶられてもこっちだって困るわ。

 だって貴方のどこにも嫉妬する要素がないんだもの。


 そのくせ人には悪役令嬢きちんとやれって……ホントそっくりそのままその言葉お返ししますとしか言えなかった私の気持ち、理解していただけて?

 こっちは貴方がきちんとヒロインしてたら悪役令嬢やる気満々でしたのに、ガッカリです」


 この原作クラッシャーめ、と低い声で呟いて、アナスタシアはその少しばかりキツイ目を更に細めてアイラを睨みつけた。

 ヒロインとして全然原作とかすりもしてない、と指摘されたアイラはすぐに反論もできなかった。



 言われてみれば確かに、原作のヒロインは誰からも好かれる、という人間であった。

 けれども実際はどうだっただろう。

 思い返してみれば、ご近所さんからは嫌われてはいなかったと思う。ただ、好かれてもいなかった。何故ってロクに関わっていないから。

 原作のヒロインだともっとこう、外を歩けばちびっ子たちからはアイラねーちゃんだ、と声をかけられ暇なら遊んでくれよと頼まれたり、お年寄りからは暗くなる前には帰っておいでと心配されたり、同年代の友人だっていたのだ。


 だがしかし、アイラはこれから出会う相手にばかり意識が向いて、そういったご近所で知り合う人たちを蔑ろにしていた。露骨に避けたりはしなかったけれど、友好的な関係を築いたりもしていなかった。


 貴族たちが通う学園にアイラも特例で通う事になった時だって、原作なら近所の皆がまるで自分の事みたいに喜んでくれたり誇らしそうにしていたけれど、そんな事は一切なかった。

 噂はあったようだけど、アイラ本人に凄いね! と言って頑張って! と応援してくれる友達なんてものはいなかった。

 原作との違いはもっと早い段階からあったのに、アイラはそんな事全く気にしていなかったのだ。


 そんなアイラが学園に通うようになったからといったって、いきなり学園の皆がアイラを好きになる要素などあるわけがない。原作のアイラは困っている人を見捨てられないお人好しな部分もあって、そういった人を見かけたら自然と声をかけたりしていた。学園でも同じように行動して、困っている人に手を差し伸べたりしたからこそ、友達ができたのだ。

 だがしかし、平民と貴族という身分の壁によって、このアイラは令嬢とすぐに打ち解ける事などなかった。結果として同性の友人ができないまま、王子やその周囲にいる友人の高位貴族の令息たちとしか関わらなかった。



 原作通りに進めるつもりだった。

 だがしかし、実際は自分自身が原作を早々にぶち壊していたとアナスタシアに突きつけられて。


「やり直したりは……」

「できると思ってるんですか? ここは現実でゲームみたいにリセットボタンなんてないのに?」


 なおこの世界に魔法というものは存在しないので、時を戻して、なんて事もできたりはしない。

 知ってる作品とほぼ同じだろう世界に転生した、という時点でとてもファンタジーではあるけれど、それ以上の奇跡などありはしなかった。



「処刑、まではいかないと思いますけれど。でもこの国でこの先マトモに生活できるとは思わない方がいいでしょう。他国でせめて身の丈に合った暮らしをするしかないでしょうね。

 折角穏便に婚約者の立場を下りて修道院で慎ましやかに生活できると思ったのに……」


 さめざめと嘆くアナスタシアに、その立場がいらないなら自分に譲ってよ、と言う事もできない。


 というか今更譲られたところで、王子はアイラに恋などしていないし、身分違いの恋を応援してくれるお友達がいるわけでもないし、周囲はきっと敵だらけだ。舅と姑だってアイラの事を認めたわけでもないので、その状況でアイラがお妃様を目指したところでアイラが見るのは地獄くらいだろう。

 後ろ盾も王子の愛も何もないのにそんな立場を望めば、まぁそりゃあ地獄しか待ち受けていないだろうなとはアイラだって今更ではあるがよく理解できた。



 そうでなくとも。


 牢屋にぶち込まれるような事をしたのだ。

 家に帰ったところで家族が優しく温かく出迎えてくれるとも思えない。


 自分一人だけが家を追い出され国を出ていく事になるのか、それとも家族と一緒に国を出ないといけないのか。それはまだわからないけれど。



 ヒロインにあったはずの明るい未来はもうやってこない事だけは。


 しっかりと理解するしかなかったのであった。

 最終的に婚約破棄できなかったので悪役令嬢は王妃とか面倒だなーと内心思いつつもなっちゃった以上は真面目に働きます。王子との仲も拗れなかったので普通に関係は良好のまま。


 悪役令嬢がヒロインに対して

「だって貴方可愛くないんですもの!」

 とブチ切れるタイプの話が書きたかった結果できたのがこれです。捻りも何もない普通のお話でしたね(*´ω`*)


 次回短編予告

 今回と同じように悪役令嬢とヒロインがわちゃわちゃする(まろやかな表現)話。

 なお気休め程度のメルヘン要素が含まれる。

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― 新着の感想 ―
[一言] 正直モテる人ってモテる理由があるんですよね。 例えば目があった瞬間ニコッと笑顔を見せてくれるだとか、マメだったりとか、そういう自然で細かいところが。 物語のヒロイン像ってまさにソレで、俗物の…
[良い点] 主人公のヒロインモドキに対する、正論マシンガン!たまに【悪役令嬢転生主人公と転生性悪ヒロインモドキ】の話を読みますが、この主人公の正論にスカッとして、凄く納得しました! [気になる点] こ…
[一言] 強制力が無い、努力すれば認められる常識的な世界な所が良かったです。
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