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第三話 霧島くんへの神話

 彼氏が女の子にそこそこモテるという状態を、プラスに捉えるかマイナスに捉えるかはその人次第だと思う。


 真也くんは大学に入り、前よりも少しだけ髪型や服装に気を使うようになった。そこに彼女持ちだという心理的な余裕が加わると、彼に惚れる女の子が現れるのもまぁ仕方がないと思う。真也くん自身は気にしていないらしいけど。

 私だって真也くんの隣が似合う女になるために美容室で縮毛矯正をかけてもらったり、原宿を練り歩いて垢抜けた都会女子の服装を研究したりしてみたのだが……どうも彼の反応は微妙なのだ。


――どうして可愛くなったのに褒めてくれないの?


「それはね。僕の脳内で、愛情の神様と嫉妬の神様がバチバチに喧嘩をしている最中だからだよ。それ以上可愛くなられたら、僕が頑張っても追いつけなくなるじゃないか。他の男に言い寄られるんじゃないかって、気が気じゃないんだ」


 なるほど。つまり私と全く同じ状態というわけだな。


 私は少なくとも「どうして風が吹くの?」に「神様のオナラ」と答えられないような男には微塵も興味が湧かないのだということを、しっかりと真也くんに伝えてみた。

 彼の方は「趣味は何ですか?」などと全く想像力を刺激しない質問ばかりする女が、みんなハニワのような顔にしか見えないのだと言っている。


 お互いにずいぶんと拗らせてしまったなぁと思うが、誰に迷惑をかけているわけでもないし、それで良いだろう。


 わざわざ美大に来てまで運動サークルに入っている人たちを見ながら、彼らはどんなモチベーションでテニスラケットと絵筆を同時に握っているんだろうと少し疑問に思っていたのだけれど、周囲を見渡すとどうやら私のほうが少数派らしい。

 好きな人と二人で部屋に引き籠もって、それぞれ趣味に邁進している……というのは、人生で最も贅沢な時間の使い方だと私は思うのだが、みんなはどうやらもっと刺激的な生活がしたいようなのだ。そんなもんか。


 何か大学生らしいことでもしようかと考えたが、その(くだり)は高校生の時にもうやったなぁとすぐに思い至った。真也くんと部屋にいること以上に魅力的な何かが、この世界のどこかに転がっている……という気が全くしない。

 ただ、自由になる時間が増えたのは確実だから、真也くんと一緒にどこかに出かけるのも悪くはないかなとは思う。きっと社会人になったらここまで自由は効かないし。


――どうして火を見るとなんだか落ち着く気分になるの?


「それはね。寒さに凍える人間を見かねた太陽の神様が、人間を思いやって零した涙が火だからだよ。人間はゆらゆらと燃える火を見るたびに、太陽の神様が昔くれた優しさを思い出すんだ」


 なるほど。それで蝋燭の火はあんなに素敵な雰囲気なのか。


 ひとしきり納得した私は、真也くんを誘って花火大会を見に行くことにした。テレビ中継もされるような大きな花火大会だからどこも人でいっぱいで、いつもの私たちなら絶対に家に籠もっていただろう。

 大学生らしいことをしよう、なんて考えて行動すると空回ってしまうのは分かり切っていることなんだけれど、私はその空回りすら真也くんと一緒に楽しみたいと思ったのだ。


 ドン、と花火が弾けた時、私たちは人混みの中にいた。

 やっぱりもっと計画的に場所取りとかをするべきだったかなぁなんて反省点を列挙しながら、たまにはこういうのも悪くないかと苦笑する。


――どうして屋台の食べ物っていつもより美味しそうなの?


「それはね。お祭りの神様はみんなの笑顔を見るのが好きで、特に美味しいものを美味しそうな顔をして食べている姿が大好きだなんだ。だから、屋台の食べ物は美味しくなるようにできているんだよ……何食べたい?」


 なるほど。それなら、遠慮なくお祭りに浮かれて美味しいものをいろいろと食べようじゃないか。

 私は真也くんと一緒にいろいろな食べ物をシェアしつつ、お祭りの神様を喜ばすためにはどんな楽しみ方をするのが一番良いだろうかと議論を交わしていったのだった。


 避妊具が破れていたことに気付いたのは、大学二年生の冬頃のことだった。


 まぁ大丈夫だろう、子どもが出来たら出来たでどうにでもなるくらいの軽い気持ちで特に対処をしないでいたら、とある寒い朝、なんだか猛烈に吐き気がしていて「あ、これがつわりか」とピンと来た。

 ドラマでよく見る妊娠なんちゃらキットを買ってきて、おしっこを引っかけて少し待っていると、どうも私のお腹には真也くんの子どもが宿ったらしいことが判明した。


――どうして人は子どもを作るの?


「それはね。生き物を作る神様が、人間を不完全な存在として作ったからなんだ。お互いに自分の良いところをどうにか持ち寄って、そうやって作る子どもって存在が、どうしても魅力的に感じてしまうものなんだよ」


 なるほど。だからこのお腹の子が愛おしいのか。


 私がそうやってお腹を擦っていると、真也くんは完全に思考を停止して硬直する。面白いくらいに何も考えられていませんというアホ面を晒しているけれど、君にも心当たりはあるはずだぜ。なぁ、パパよ。


 大学どうしようとか、そもそも彼は私との将来をどんな風に考えているのだろうかとか、実のところ、この時の私は不安でいっぱいだったのだけれど。


――ねぇ、どうして人は子どもを作るの?


「それはね。生き物を作る神様が……いや、神話を語る僕自身が。君以外の女の子のことなんか考えられなくて、結婚してほしいと思っていて、君に僕の子どもを産んでほしいと心の底から望んでいるからだよ」


 なるほど。つまり私と全く同じ状態というわけだな。


 自分でもわけが分からないうちに、気がついたら涙が零れてしまっていたのだが。そんなことはさておき、こんな風にして私は覚悟も展望も何もかもがあいまいな状態でママになることが決定したのだった。

 あとは私たちの両親に何を言われるかとちょっと恐ろしく思っていたのだけれど――


 もう、びっくりするほど無風。

 ふーんそうなのね、くらいの反応。


 結婚式というものに対して特に夢も希望も持っていなかった私たちは、本格的にお腹が大きくなる前にササッとウェディングフォトを撮影して、記念日うんぬんとかは特に何も考えずに入籍することになった。住んでいる場所もそのまま。何かが変化したという気は微塵もしない。そりゃそうか。


 今日から私は霧島深羽(みう)です。

 そう名乗ることによって大学の友人達の度肝を抜いたのは爽快感があったけれど、ひとしきり笑ってから休学の手続きをして、とりあえず出産に向けて専念することにした。なにせ心の準備も情報収集も何もない状態から、全部が手探りのスタートなのだ。時間はいくらあっても足りない。


――妊娠中にカフェインを摂取しちゃダメなの?


「そうだね。コーヒーの神様もお茶の神様も、どうやら子どもと接するのがちょっと苦手らしいからなぁ。嫌いというわけではないらしいんだけど、彼らは赤ちゃんなんてどう相手にすれば良いのか分からなくて困惑してしまうらしいんだ」


 なるほど。まぁ大人しくカフェインレスにしておこう。


 真也くんは就職活動をかなり頑張った結果、大学卒業後はとある出版社に就職することが決まった。

 小説家になるという夢は働きながら引き続き追い続けるみたいだから、大ファンである私としては「みんなに認められてほしい」と応援する気持ちと「世間に見つかっちゃうのは悔しい」という厄介ファンのような気持ちの狭間で緩やかにサポートしていければと思っている。


 最近はずいぶんお腹が大きくなってきて、エコー写真を見るだけで性別が分かるようになった。生き物を作る神様は、どうやら余った粘土を彼の股に引っ付けることにしたらしい。そう、つまり“霧島ちゃん”ではなく“霧島くん”が生まれてくることが確定したのである。


 今、私は絵本を作る計画を練っている。

 真也くんの作り出した神話に、私が描いた絵を添えて、作品として完成させようと思っているのだ。正直、商品として売り物になるかどうかは気にしていない。完成品が手元に一冊あればそれで十分だ。


 私のお腹の中には、今はまだ名前もない我が子が……真也くんとの可愛い息子である“霧島くん”が息づいている。そんな彼のために、私はどうしても一冊贈りたいのである。


 霧島くんに、優しく楽しい捏造神話を。


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