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第一話 霧島くんの神話

本作は全ジャンル踏破「その他_その他」の作品です。

詳しくはエッセイ「なろう全ジャンルを“傑作”で踏破してみる」をご覧ください。

https://ncode.syosetu.com/n0639in/

 この世に存在する全ての神話は、霧島くんみたいな人が捏造したに違いない。


 私、北桜(ほくおう)深羽(みう)はマンションの隣の部屋に住む霧島(きりしま)真也(しんや)くんが昔から大好きであった。というのも、私が何か質問を投げかけると、彼は妙ちきりんな神様の出てくる可笑しな話を、たくさんたくさん捏造してくれたのだ。


 私が最初に彼に投げかけた質問は今でも覚えている。

 保育園時代、幼い私はいわゆる“なぜなぜ期”に入っていて、親になんでもかんでも質問するようになっていた。でも両親の回答はどうも煮え切らない。ふつふつと不満が込み上げていた時、私はふと目の前にいた真也くんに同じ質問をぶつけてみたのだ。


――どうしてかぜがふくの?


「それはね、かみさまがオナラをしたんだ」


 なるほど。そうだったのか。

 私はその回答がストンと腹に落ちた。


 小難しい話をするお父さんや、忙しそうにして回答してくれないお母さんと違って、真也くんの回答はシンプルで分かりやすく、何よりすごく楽しい。


 真也くんは保育園でもいつも隅の方で絵本を読んでいるような子だったので、それまでは少しとっつきにくい子だなぁと思っていたのだけれど。

 でも彼と一緒に“オナラの神様”の背景事情(オナラの神様は誰の目にも見えないので、自分の存在に気がついてほしいから臭くなったらしい)を話し合うようになってからは、すっかり真也くんのことを大好きになっていた。


 小学生に上がっても、私は彼の横をずっと我が物顔で陣取っていた。正直“なぜなぜ期”はとっくに卒業していたのだけれど、彼の作り話をもっと聞きたくて、いろんな質問を毎日のように投げかけた。


――ニワトリと卵ってどっちが先に生まれたの?


「それは卵だね。神様は最初ニワトリを作ろうと粘土をこねていたんだけど、まだ粘土を丸くしただけの段階で給食の時間になっちゃったんだ。だから忘れられてしまったニワトリ側としては、自分の体を自分で完成させなきゃいけないだろう? まん丸い卵の中で、どうにかこうにかヒヨコの姿になって、そうやって生まれてくるんだよ」


 なるほど。ニワトリも苦労してんだねぇ。

 生き物を作る神様はけっこうテキトーな性格をしているので、ゾウの鼻を長くしたのは「余った粘土をとりあえず細長くしてくっつけた」というどうしようもない理由だったり、キリンの首を長くしたのは「ちょっと悔しいことがあったから、頭と胴体と持ってギューっと引っ張ったら伸びちゃった」という憐れな理由だったりする。


――どうして空は青かったり、赤かったり、黒かったりするの?


「それはね。空に絵を描きたい神様が三人もいるからだ。朝の神様は早起きして、空を青く塗って白い雲を描いている。夕方の神様はのんびり起きてきて、頑張って赤い絵の具を塗る。でも、すぐに夜の神様が邪魔しに来て、空を真っ黒にして星を描いちゃうんだよ」


 なるほど。だから夕方は短いんだねぇ。

 私は真也くんと並んで眺める夕焼け空がけっこう気に入っているので、夕方の神様にはもう少し早起きして空を赤くしておいてほしいなと思った。


 たぶんこの話の影響だと思うのだけれど、この頃の私は夕方が近づくと「起きろー!」と空に向かって連日絶叫していたらしい。私の記憶には全然ないが、母は急に叫びだす我が子に頭を抱えていたそうだ。


 本を読むのが好きな真也くんとは違って、私はどちらかというと絵を描くのが好きだった。

 だから、この三人の絵描きの神様たちが空のキャンバスを取り合う様子を、どうしても絵に描いてみたくて……学校で使った水彩絵の具を引っ張り出し、それはもう大御所の画家にでもなったような気持ちで、画用紙に絵を描いていった。我ながら結構な傑作ができたと自画自賛したものだ。


 描き上がったカオスな絵を見て、内容を理解してくれたのは真也くんだけだったけれども。


――どうして月に手を伸ばしても触れないの?


「それはね。月の女神様はすごくキレイ好きだから、誰の手にも触られたくないんだよ。正直ちょっと度が過ぎてるかな。月の満ち欠けがあるのだって、あれは掃除が足りていない場所をわざと暗くして見せないようにしてるんだよ」


 なるほど。でも私の手はそんなに汚くないよ?

 いろいろと作戦を練った私たちは、親には内緒で夜にこっそり真也くんの部屋に集まると、石鹸で手を洗ったりアルコール除菌シートで手を拭いたりして万全の準備を整えてから、おもむろに月に向かって手を伸ばしてみた。それでもやっぱり月には触れなくって、女神様はどれだけ潔癖症なんだろうって、二人でクスクスと笑ってしまった。


 そんな風にして、私と真也くんは毎日のように「ああでもない、こうでもない」と架空の神話を捏ねくり回し、妙ちきりんな神様の設定をどんどん掘り下げて、二人の頭の中にしかない不思議な世界を夢想して遊ぶようになった。


 小学校も高学年頃になってくると、私たちの体もだんだん男と女になっていって、男女で一緒にいるというだけで変な噂が立てられるようになった。


――どうして男の子と女の子は一緒に遊んじゃいけないの?


「それはね。遊びの神様には昔、綺麗な奥さんいたんだけど、彼女が酷い浮気者だったみたいなんだ。大変な修羅場になって、神様はすごく傷ついてしまったから、今でも仲良さそうに遊んでる男女を見ると思わず仲を引き裂きたくなるんだって」


 なるほど。遊びの神様は可哀想だったんだね。

 だけど、そうやって私情を持ち込むのは良くないんじゃないかな。私がそう問いかけると、真也くんは「神様自身もそう思ったから、遊ぶことを禁止まではしてないんだよ」と説明を続ける。なるほど。


 納得した私は、もう周囲に何を言われても気にならなくなって、それからもずっと真也くんの横を陣取って小面倒な質問を毎日繰り出していった。


――どうして鳥は空を飛ぶの?


「生き物を作る神様は相変わらずテキトーだからなぁ。ちゃんとした足を作る分の粘土が足りなくなっちゃったから、お詫びとして腕のところを翼にして飛べるようにしたんだよ」


 なるほど。鳥も鳥でけっこう大変なんだね。

 私はうんうんと頷きながら、ふと「それならニワトリとかペンギンとかの飛べない鳥って、めちゃくちゃ可哀想なんじゃ」と思って真也くんに問いかけると、彼は「そうなんだよ」と言って笑った。


――風邪、大丈夫?


「ゴホッ、お見舞いありがとう。今は僕の体内で、ちっちゃい神様たちが戦争をしているところなんだ……もう一晩寝れば、悪い方の神様たちは逃げていくと思う」


 なるほど。壮大な戦いの最中だったんだね。

 私は良い方の神様たちがちゃんと勝てるように、こっそり持ち帰ってきた給食のプリンを真也くんの枕元において、大人しくその場を立ち去ることにした。


――ねぇ、どうして海には波があるの?


「それはね。海の神様は兄弟なんだけど、毎日ずーっと水遊びをし続けてるんだよ」


 なるほど。きっと仲が良いんだろうなぁ。

 私は「ずーっと同じ遊びを繰り返してるなんて、よく飽きないものだなぁ」なんて思っていたけれど、今になって思い返してみれば、ずーっと同じ遊びを繰り返しているのは私と真也くんである。


 そんな風に小学生の時間は過ぎていき、気がつけば私たちは中学生になっていた。


 相変わらず登下校は一緒に過ごしていたけれど、学校生活ではそこまでずっと一緒というわけにはいかない。小学生の時よりも遥かにくっきりと、男女の壁というものを感じるようになった。私としては、かなり寂しいなという感覚だったのだけれど。


 私は美術部に入って、絵を描く楽しさに本格的にハマっていった。一方の真也くんは情報処理部というよく分からない部活に入って、毎日パソコンに向かいカタカタと何かを打ち込んでいるようだった。


――パソコン使って何してるの?


「あー。深羽(みう)ちゃんだから話すけど……実はちょっとした文章を書いてみようと思っててね。僕たちが毎日話しているいろんな神話を、忘れたくないなと思って」


 なるほど。あとで私も読ませてもらおう。

 どうやら真也くんは神話を書き溜めてはいるものの、それをどこかに公開するつもりは全くないらしかったので、クラウドのフォルダを私とだけ共有設定にして過去のあれこれを文章にして保存していった。

 やり方は違うけれど、私と真也くんの目的は同じだった。二人で作り上げた神話の世界を、何らかの方法で形に残したかったのだ。だから私は絵を描き続けたし、真也くんは文章を残し続けた。


 物理的に一緒にいる時間は少し減ってしまったけれど、私たちの関係が希薄になるということは一切なかった。


――恋をするとキスをしたくなるのはどうして?


「あぁ。言葉の神様ってすごく不器用だからね。好きな気持ちを上手く言葉で表現できないことも多くて……でも、みんな自分の気持ちを口に出したいだろう? そういう想いだけが先走って、口が前に出てしまうんだよ」


 なるほど。そういうことだったのかぁ。


 中学二年生の春。本当にいつも通りの、何気ない帰り道の途中で、私は真也くんにキスをした。

 言葉の神様というのはどうやらかなり不器用な神様だったみたいで、真也くんは口をパクパクさせながら、ひたすら無言で顔を真っ赤に染め上げていた。


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