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転生したらまずしたいこと

 

「おいおい、どうしたんだい? 乙女ゲーム世界への転生なんて、イマドキ珍しい設定じゃないだろうに」


 私が目覚めた「私の部屋」は、厳密には私の部屋じゃない。そもそも、私は自分の家なんてここ数年帰っていないし、まだ部屋があるのかも不明だ。

 

「ちょっと〜、聞いてるかい? パニックになるならわかるけど、ダンマリは怖いなぁ」


 ここは「私の部屋」と言うよりかは、『スウィートスクールライフ』の主人公の部屋だ。ステージ名として表示される文言が「私の部屋」なのだ。


 さっきまで何度も見てたから間違えるはずがない。

 ここはあのクソ乙女ゲーの世界なのだ。


「お〜い。サキノちゃん?」


 そうだ。サキノ。私の名前。恥ずかしながら乙女ゲームの名前選択は自分の名前で設定してしまうタイプだ。でも、それがこの世界でも反映されてるってことなんだろう。


 とは言っても、『スウィスク』でボイスで聞くときには名前の部分だけが削られているから、この齧歯類に名前を呼ばれたのは初めてだ。


「受け入れた」


「へ?」


「受け入れたって言ったのよ」


 私は覚悟を決め、浮遊する齧歯類を真正面から捉える。


「私は死んで、この『スウィートスクールライフ』の世界に転生されたのね」


「お、おお〜。切り替え早いね」


「ちょっと鏡見てくる」


 私はベッドから立ち上がり、

 立ち上がり、

 

 立ち上がり、、、、、、、、、


 私は立った。立ち上がった。


 ベッドから起き上がって、床に降り立った。


 この私が。


 二本の足で、立つことができた。


 フラつかない。倦怠感も吐き気もない。まるで全身に力が漲っているように、好調だ。


「っっ……」


 私は声にもならない声を出す。


 私は部屋の扉前にある姿見へ駆け寄っていく。鏡面に映し出されるのは「この世界」での私の姿だ。


 そこには、痩せ細って肌が乾いた死人のような自分はいない。顔も背丈もまるで違うけれど、艶のある肌に瑞々しい髪を伸ばした、きっと美人であろう女の子が映し出されている。


 なんだ。スチルでは顔は見えなかったけど、顔可愛いじゃん。


 私が笑うと、可愛い顔をした私が笑う。


 ああ。そうだ。

 ずっとシミュレーションしてきた。


 もし乙女ゲームの世界に転生したら、自分の姿を鏡で見よう。そこには大嫌いな自分の姿はないんだから。あの弱って痩せ細った憐れなれるだけの可哀想な私はいないんだから。


「ぅぅぅぅぅ、やっったぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 私は浮遊する齧歯類を無視して歓喜に咽び湧いた。


 ジャンプする。飛び、跳ねる!

 転ばない。崩れ落ちない。私の足はしっかりと軸を持って立ってくれている。


 息を吸っても頭が痛くならない。咳も出ない。

 最高だ。

 今すぐにでも外へ飛び出して街中を歩きたい。

 今までの私が出来なかったことを全部したい。


「ふっふん。喜んでくれたかい?」


 プカプカと浮かぶ齧歯類、おしゃべりクソ鼠ことマウシィが得意げな表情で言った。


「君の転生したいという想いと、ボクが君をこの世界へ呼びたいという気持ちが合致したことで、第四の壁を超えて異世界転生を果たしたのさ!」


 ハ○太郎に似た甲高い小動物ボイスが奏でられる。正直、浮かんで喋る小動物が目に前にいたら恐怖を感じると思うのだが、不思議と違和感はない。

 というか可愛さもあまり感じない。っていうのは多分ゲーム本編での印象が強いからだろう。


「さあ、君はこうして『スウィートスクールライフ』の世界に転生したわけだが……」


 何か説明を始めようとする齧歯類。しかし私はそれを手で制した上で告げる。


「ストップ。まず最初に言っておきたいことがあるわ」


「ん。なんだい? お礼はいいよ。ボクとしても君にどうしても転生してきて貰いたかっ」


「よくも私を殺してくれたわね」


「へにゃ?」


「あなたのせいで私は死んだのよ」


「へにゃにゃ。何を言っているんだい。ボクは死んだ君を転生させた命の恩人……」


「そもそも私が死んだのは、『スウィスク』がエンディングが最悪すぎたからよ。プチってキレたの。脳の血管が」


「そ、そんなこと言われても…」


「私くらいでしょうね。乙女ゲーで憤死した女なんて」


「ま、まあ、ダーウィン賞に載りかねない死因ではあるけれど」


 マウシィは冷や汗を垂らしながら目を泳がせている。責められて混乱しているのだろうが、同情はしない。私だって命を奪われているのだ。


「だけどね、この世界には正直文句が色々とあるけれど、こうして健康な身体を手に入れられたわけだし、水に流してあげようと思っているの」


「! や、優しい! 流石はボクが見込んだヒロインなだけ」


「でもね…」


「?」


「私はこの世界を攻略する気はないわ」


「へにゃ?」


「あなたはどうせ、今からこの世界を攻略しろだのと言うのだろうけれど、それは却下よ」


「な、なんで」


「当たり前でしょ! クソゲーなんだから」


「く…くそげ」


「私はこの手に入れた健康な体で自由に生きるの。この世界のロクでもない男達に関わってる暇はないわ! もちろんあなたともね」


 この『スウィスク』の世界で琴線に触れるような男は一人として出てこなかった。どいつもこいつも人格どころか設定破綻者の残念男どもだ。そんな奴らと関わるくらいなら、そこら辺のモブでいいのを捕まえてやるし、そもそも恋愛だけじゃなくてもっといろんなことを楽しんでやる。


「というわけで、じゃあね!」


「あ、ちょっとまって…!」


 私は部屋を飛び出し、階段を駆け下り、玄関の扉を開けて外に出る。


「君まだパジャマだよ!」


 スニーカーを裸足で履く。靴下なんて履いてる暇があるものか! ずっとこの日を待っていたんだから。


 爽やかな風と、春の日差しが頬を撫でる。最高に晴れやかな気分だ。外に出て深呼吸ができる。こんなにも幸福なことが他にあるだろうか。


「走ってみるか」


 私はそう呟いたことを即座に実行する。見たことしかないクラウチングスタートを真似っこする。よーいどん、は心の合図。私は走りたいと思い、脚はそれに応えてくれた。


 コンクリートの大地を踏みしめて、私は走り出す。風を突っ切るほどのスピードで、、、


 息も上がらない。体勢も崩れない。なによりも頭を圧迫するあの痛みがないのが最高だ。純粋な爽快感だけが私の全身を通り過ぎていく。


「ひゃっふううううううううう!!」


 私は住宅街にも関わらず、大はしゃぎすながら駆け抜ける。羞恥心は全くなかった。そんなことを考える暇なんてない。だってずっとこうしたかった。空の下を、全力で走ってみたかった。私の願いは、今こうして一つ叶ったのだ!


 私は今、外で疾走しているんだ。


 とにかく走る。


 走る。


 走る!!!


 そうだ。このままどこか遠くへ行ったっていい。乙女ゲームだかなんだか知らないが、ここが異世界だっていうならどこへだっていけるはずなのだ。


 少なくとも私はそう信じてる。


 乙女ゲームの世界に転生できた。ここまでは最高だ。

 でもどうやらここはクソゲー『スウィートスクールライフ』の世界らしい。

 だったら単純、攻略対象と出会わずに生きればいい。


 よし決めた。

 私はこの『スウィスク』の世界のストーリーに、一切関わらずに生きてやろう。


 我ながら判断が早くて惚れ惚れする。


 そうと決まれば。

 住宅街の曲がり角。私は脇目も振らず走り抜こうとし踏み込んだ。その瞬間、、、、、


 どさっっ。


「きゃっ」


 我ながら可愛らしい悲鳴を出してしまう。この世界の私、何気に萌え声をしている。


 というか私、転んでるし。

 思い切り尻餅をついてる。

 ちょっと痛い。


 て、うわ誰かにぶつかったんだ私!


「ご、ごめんなさい」


 私は即座に謝る。

 十年ぶりの全力疾走で調子に乗ったか、と顔を上げる。

 そこには、、、


「おい、どうしたんだよサキノ。そんな慌てて」


「うげぇ!」


 そこには、いた。


 あいつが、いた。


 この世界の私の幼馴染にして、超一流モデルでスポーツ万能という超王道設定を貫く、、、


 私の『スウィスク』で唯一ルート攻略をした風間爽太が、曲がり角で尻餅をついていたのだ。


「なんだよサキノ…幽霊でもみるような顔して」


 こうして肉眼で見てみると、言葉を失ってしまう美少年っぷりだった。染めた茶髪も鋭い目つきも妙に色っぽくて、私の思考は釘付けにされてしまう。二次元のイケメンが、こうして目の前に実際現れると、ここまでに破壊力を持つのか。


 それに、幽霊だなんて。

 まるで自分の未来が分かっているような言い草だ。


「て、お前パジャマじゃん!」


 私がパジャマ姿のままで飛び出てきことに驚きがあったようで、風間は目を丸くしてこっちを見つめてくる。やっぱり、実際に見るとビビるくらいにイケメンだ。


「はっは〜ん、わかったぜ。パジャマ姿のままで、しかも慌てて走っている。つまりはあれだな…?」


 『スウィスク』の風間爽太というキャラクターはかなり造詣がかっこいい。右耳にあるシンプルなピアスに明るく染めた髪の毛はビジュアルとしてはかなり魅力的な部類に入る。その快活で明朗なキャラクターは、いわゆる陽キャタイプの攻略キャラだろう。

 

 でも、、、


 そんな彼がビジュアルの良さをすっ飛ばして、私の人生最低の攻略キャラとして堂々の一位を飾ることになる。そして彼のエンディングで私は文字通りの憤死を遂げる。


 つまり外見の良さをぶっ壊すほどのウィークポイントがあると言うことだ。


 それは、、、、、、、





「オ○ニー、親にバレたんだろ?」





 ……………。




「だから慌てて出てきちゃったんだな!」




 一切の悪気なく、屈託のない笑みで女子に投げかけるべきではない単語を平気でぶち込んでくるこの男。


 しかも、ゲームだったらピー音が入るところを、この世界の性質かそのまま聞こえてきてしまうからより最悪だ!


「へへっ、安心しろよ。俺、ぜってえ秘密にすっからさ」


 最悪だ。こいつの顔なんて、今一番見たくなかったのに…!


 この幼馴染は、パラメーター調整の都合上かなんだか知らないが、普通にプレイしているとほぼ確実にこいつのルートに突入してしまう。

 私も本当はこんな奴を落としたくはなかったが、ゲームを進めるうちに取り返しがつかないほどにこの男のルートに引きずりこまれていた。


 風間爽太。

 通称・下ネタブラックホール。


 『スウィスク』をプレイした哀れな乙女達は、皆この下ネタ乱造機とのロミジュリエンディングを見ることになる。こんな最低な男と、一緒に死ななくてはならないという地獄を見せつけられる。


 一体どこに需要があると思ったのだろう。

 開発者に小一時間問い詰めたいところだ。


 しかもゲームだと例えば今の発言に対する回答が


 ①ちょっと、変なこと言わないでよっ

 ②実は…そうなんだよね

 ③君だって朝してるんじゃない?


 の三つとかになるのだ。

 

 いや、なんで全部まんざらでもなさそうなのよ!


 普通ドン引き一択でしょうが!


 だがしかし。


「最っっっっ底っっ!!!!!!」


 今の私は、選択肢に縛られた乙女ゲームの主人公じゃない。私には第四の選択肢がある。



 ④下ネタ野郎に天誅を



「おらぁぁ!!!」



 私は裸足で履いたスニーカーの靴底で、思い切り下ネタブラックホールの顔面を蹴り飛ばした。

 暴力反対? 知ったことか。

 私はこの男に怒り殺されているのだ!


「ぐはっっ!」


 頭に火花を散らした下ネタ野郎に背を向けて、私は走り出す。こんなやつに関わっている暇はない。


 今ので確信した。

 こんなクソ乙女ゲー世界に、関わっていたってしょうがないのだ。私はやっと手に入れたこの健康な身体で、今度こそ最高の幸せを手に入れるのだから。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「もう、せっかちなんだから…」


 浮遊する齧歯類。おしゃべりクソ鼠こと、ナビゲーターのマウシィは、気絶した風間爽太を見下ろしながら深い溜息をつく。


「ごめんねサキノ。ボクだって、君を苦しめたかったわけじゃないんだ」


 しゅん、とした表情で独り言を呟く。



「でも、君が必要なんだ。この世界の救世主は、サキノなんだよ……。この最低にクソゲーな世界を変えられるのは、死ぬまでプレイしてくれた、君だけなんだ」


 

 マウシィは、サキノが走っていった方角をじっと見つめると物憂げに目を細めた。


 そして言った。


 決定的な一言を、、、





「ボクたちの世界は、このままでは滅びちゃうんだから」


 

 


 




 


 




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