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乙女ゲームの世界に転生したい。でもそれ、ほんと?


 乙女ゲームの世界に転生したい。


 まあ誰もがってわけじゃないけれど、そんな夢を抱いている人もいるだろう。

 でも考えてみて欲しい。乙女ゲームと言っても千差万別。素敵な男性達が溢れる名作ゲームもあれば、発売数週間でワゴンセール行きになるような駄作もある。そもそも、乙女ゲームっていうのは地雷キャラとか地雷設定とかあるわけだし、自分の好みに合わなければ、それこそ異性と同じで何の感動も興奮も味わえないのだ。


「ようこそ、スウィートスクールライフの世界へ! 君は現実世界からゲームの世界へ転生してきたのさ!」


 いざ、自分でその境遇に立ってみないとわからないこともある。


 享年十六歳。

 私は乙女ゲームの世界に転生した。


 発売一週間でワゴンセールに送られた史上最悪の乙女ゲームと名高いあの「スウィスク」の世界に。


 くだらないシナリオ。

 殺したくなるような攻略キャラたち。

 苦しみすら感じるゲーム性。


 3K揃った地雷群に、裸足で飛び込むことになったという恐るべき事実を前にして、やっと私は気づくことができた。


 私は言いたい。

 素晴らしき夢を抱く人たちに言いたい。


 乙女ゲームの世界に転生したい

 (神ゲーに限る)


 私たちの夢は、これだったのだ。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「はぁ、乙女ゲームの世界に転生したい…」


 私の口癖はこれだった。


 クソみたいな闘病生活の唯一の癒しであるのが、夜な夜な病室で進めていた乙女ゲームの数々だった。


 病院から出られない上に、頭もお腹も痛いし全身からチューブが繋がっているような私には、出会いもなければ、安っぽいお涙頂戴小説みたいな彼氏もいない。


 まあ別に健康になったからと言って彼氏ができるような魅力があるかと言われたら回答に困るけど、私はまず「普通」のスタートラインにも立つことはできなかった。


 でも、乙女ゲームなら剣と魔法の世界も、幕末の動乱も、煌びやかな学園生活だって楽しむことができる。


 私は病室から出られないから、人並みの生活を送った試しはないけれど、乙女ゲームの世界なら、人並み以上の喜びを味わうことができる。


 なんたってイケメンと愛を育むことができるのだ。


 てか、よく考えれば乙女ゲームの方が好き勝手できるし楽しいイベントに満ちてるんだから、現実を充実させている人よりも幸福度は高いんじゃない?って思うわけ。


 乙女ゲームは人生のオアシス。


 乙女ゲームだけが、私の生き甲斐。


「はぁ……セシルくん尊い…」


 私の最推し白髪美少年のイベントはもう終わってしまい、同じことしか喋らなくなったけれども、それでも私にとって乙女ゲームの世界は現実以上に確かな実感を持って幸福を与えてくれる。


 乙女ゲームだけが、私を笑顔にしてくれるのだ。




 正直、生まれ変わりたい。


 乙女ゲームのヒロインに、生まれ変わって華やかな生活を送ってみたい。


 薬に副作用で死にそうなくらい苦しい時は、いっつも神様にお願いする。


 生まれ変わったら、乙女ゲームの主人公にしてください。


 贅沢な願いかもしれないけれど、それをお願いすれば死ぬのもまあ怖くないかなって思えるし。私にとってはそれが一番の薬でもある。


 痛いのも苦しいのも、避けられない余命宣告も、、、


 怖くて恐ろしくて仕方ないけれど、、、、


 でも、頑張れば乙女ゲームの世界に転生できるって信じれば、まあ何とかやり過ごせた。


 だから大丈夫。


 死の先には、きっと救いが待っている。



 そんな私が人生最後に出会うことになる乙女ゲーム。


 それこそが「スウィートスクールライフ」、、、、通称スウィスクだ。


 乙女ゲームメーカーとしてはマイナーだけど、結構良い作品もある会社の最新作で、私はちょっと期待していたんだけれども、結果は散々なものだった。


 発売初日にSNSではその最悪の完成度から大炎上。

 バグは頻発し詰みが続出。加えてリベラルさのかけらもない崩壊した倫理観のキャラクターたち。乙女たちの純真な心を潰しにかかっているのではないかという地雷まみれの胸糞悪いシナリオ。


 ぶっちゃけ、まあ地雷設定が一部のうるさい人たちに引っかかっただけで、そこまで酷いゲームイマドキ作られないでしょ…と思っていのだけれども。

 

 私もやり始めて一時間で理解した。


 ああ。これクソだわ。


 いろいろとクソな理由はあるけれど、真っ先に鼻についた部分があるとすれば、、、、


 まず没入感がゼロに等しい。


 ナビゲーション役の小動物が、いちいちメタ発言を絡めてくるのだ。


「開発者的には、今の笑いどころだよね」


「ここスチル用意しろよって思ったでしょ? でもごめん。納期がやばかったんだぁ」


「近年の男女平等化に一石を投じる演出だよね。今の」


 微妙に可愛くない齧歯類がイチイチ第四の壁をぶち抜いてくるものだから、もう完全に作り物の世界をなぞっているだけの気分になる。


 マウシィという名前(鼠だから?)のナビキャラクターは、ネットでは『おしゃべりクソ鼠』と呼ばれるほどに嫌われ、批判の嵐に晒されネットミームにされていた。


 正直、中盤からはこのクソ鼠が出てくるだけでイライラしたし、夢の国のアイツも嫌いになりそうなくらいの風評被害を私の中で巻き起こしそうだった。


 しかし私は、どんな乙女ゲームでも一応一つのルートくらいはクリアしてやろうという気概の持ち主だ。


 というわけで進めていくのだが、この『スウィスク』のもう一つの最大の問題点として、パラメーター管理がクソ難しいというものがある。


 どれだけイベントをこなしても、何故だか大して魅力もないどころかギリ不快な幼馴染のルートに吸い込まれるのだ。


 それで仕方なく不快な幼馴染のルートを進めていく。


 もしかしたら、ちょっとは推せる要素があるかも。


 と期待していたが現実は非情である。


 普通に不快なまま愛着も湧かずに過ぎ去っていった。


 そしてエンディングも最悪と言っていい。


 謎の共倒れバットエンドだ。


 ロミオとジュリエットのオマージュか何だか知らないが、一緒に死にたくもない男と死んでも「勝手に死ねや」とムカつくだけである。


 この幼馴染のルートをクリアするのに、一回バグで詰んでやり直したりしたので合計三十時間。


 終盤はほぼシナリオも読み飛ばしてたが、あまりに理不尽で不愉快なエンディングに、ついに私の堪忍袋は切れた。


「おい私の寿命返せよ!!!!!!!」


 我ながら悲痛な叫び。


 あと三年も持たないって医者に言われた私の命の三十時間を、何でこのクソゲーに費やさなきゃいけないんだ!


 と溜まった怒りが暴発してブチ切れた私は、発狂するかの勢いで怒髪衝天した。


「うぅぅああああああああああああああ!!!!」


 クソ乙女ゲーを最後まで興味本位でプレイしてしまった者の哀れな慟哭が病室に響き渡る。


「このクソ乙女ゲーがぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 そして私は、、、、、


 あろうことか、、、、


 




 プチっ。




 脳の血管が破裂する音を聞いた。


 そして、じんわりと痛みと痺れが全身に染み渡り、体の奥底から快楽にも似た熱が上ってくるのを感じた。



 そこから先の記憶はない。



 次に目が覚めた時に私が最初に見たのは




「やあ、はじめまして。いや、さっきぶりかな」


 おしゃべりクソ鼠とネットミームにされてる世界観ぶっ壊し齧歯類が、ぷかぷかと浮かびながら私に話しかけている姿だった。


 もちろん画面の中じゃない。


 私は「私の部屋」のベッドで起き上がり、見慣れたくもないメタ発言ダメマスコットと直に対面している。


 混乱するところだが、そいつの不快なニヤケ面を見ると何故だか落ち着いた。ああこの感情は怒りだ。まだ胸の奥底で燃えている。


「ようこそ、スウィートスクールライフの世界へ! 君は現実世界からゲームの世界へ転生してきたのさ!」


 そうして私は理解する。


 転生。


 つまり生まれ変わり。


 輪廻転生。


 その前段階としては、必ず死がある。


 ということは、、、、



 私は死んだのだ。


 享年十六歳。

 死因は、クソ乙女ゲーへの憤死。



 私がずっと夢見てきた乙女ゲームの世界への転生。


 それが叶ったという何たるハッピーエンド。




 でも、この乙女ゲームは、私を殺した乙女ゲームなのだ。


 私は、私を殺したクソゲーの世界へ、転生してしまったのだ。



 おいおい、何の冗談だってのよ。

 


 


 

 



 


 


 


 

 

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