出会ったからには仕方ない
少し肌寒い、清涼な森の空気に濃厚な肉の香りが漂う中。眉間に皺を寄せ、目を細めた青年シルヴィスは呆れたように目の前の楽天的な女を眺めている。
そんな彼の視線を物ともせず、というより彼女はそもそも気付いていない。長い前髪のおかげで目元はわからないけども、嬉しそうに口元を緩めた女。その名はアシュリー。
彼女はテーブル代わりの大きな切り株の上に、大量の焼いた肉が乗った大皿をドンと豪快に置いた。
「シルヴィスさん。さあ、どうぞ! こちらが昨日捌いたばかりの新鮮な猪肉です!」
「いらん」
「どうしてですか? 遠慮しないで下さい!」
「肉は嫌いだ」
「そ、そんな……元気の源といえば肉ですよ? あ、なるほど! だからそんなに細いんですね。たくさん食べましょう! はい!」
シルヴィスの口を目掛けて不揃いな大きさの肉を突っ込もうとするアシュリーの手を掴んで、彼女の口へと突っ込み返してやる。
「おいひいれす」
何の躊躇もなく小動物のように頬を膨らませ、アシュリーは無造作に突っ込まれた大ぶりな肉を嬉しそうに咀嚼している。その様子にシルヴィスはうんざりした溜め息をついた。
「私の周りには脳筋しかいないのか……」
遡ることほんの数時間前。
彼がこのボサボサ髪のアシュリーと出会ったのは、つい先程のことだった。
◆◇
木々が色付き、高い空に少し冷たい風が混じるようになったこの頃。
シルヴィスは流れるような銀の髪が零れるフードを目深に被り直す。緩やかな日差しに目を細めた彼は、今やってきたばかりの町を見渡した。
これといって目立つ町でもないが、それなりに人は多いようだ。特にあてもない旅だ。何とはなくぶらりと町を散策していると、傾斜がある坂道の途中から食欲をそそる香りがやさしく漂ってきた。
そういえば、ちょうど昼時だったと思い出す。匂いに誘われるように坂を登り、シルヴィスは食堂へ立ち寄ることにした。
手にぬくもりを感じる木の扉を開ける。目深に白いフードを被り顔を隠すシルヴィスに、店の者が警戒心を露わにした。仕方ないとフードを外せば、先程とはまた違う意味で注目を集めてしまう。
絹糸のような細く美しい銀の髪に、赤く輝くルビーのような瞳。彼の色彩はまるでこの世のものとはかけ離れていて、誰も彼も振り向かずにはいられない。
そんな周りの状況に瞳を不機嫌に細めたシルヴィスは案内された席に着く。軽くメニューに目を通して、野菜のスープとシンプルなプレーンオムレツを注文した。
頬杖をついて食事が運ばれるのを待っている間、チラチラと彼を盗み見る店員や女性客の好奇の視線を感じる。目立つことに価値を見出せない彼は鬱陶しさのあまり、つい舌打ちをしてしまう。
――だからこの顔は嫌いなんだ。
ただでさえ目立つ銀髪と瞳の色に加え、二重のぱっちりした瞳に、すっと通った鼻梁。どこか儚げな輪郭に、すらりと細い体。男らしさにはいまいち欠けるが、中性的な魅力がある。
その珍しい色も相まって、思わず誰もが振り返ってしまう容姿を彼はとても気に入らない。本来なら親しみあるだろう、その丸い瞳の形はいつも細められていて、端的に言うと目付きが悪い。
しばらく待ちぼうけていると店に入った時とは打って変わって愛想の良くなった店員が、少し大きく刻んだ野菜のスープと、ふわふわのオムレツを運んできた。
一口食べればそれなりに味は良く、シルヴィスは周囲の視線を意識から切り離して食事に集中することにした。
(まぁまぁだな)
自らが作るスープに自信のあるシルヴィスは正直どこの店より自作の味が好きだが、旅路で自炊するほどマメではない。最後に作ったのはもう二年も前になる。
(せっかく覚えた料理だが、もう作れないかもしれないな)
そんなことを思いながら、会話する相手もいないので早々と食べ終わり、颯爽と店の外に出る。
昼時のためか、あまり人通りは多くない。それでも幾人かの好奇の視線を遮る為にフードを被り直そうとしたその時、坂の上からけたたましい足音が聞こえてきた。
「きゃあっ! よ、避けてくださぁーい!」
若い女の声。周りを歩いていた幾人かの人々と同時に振り向いたけれども、時すでに遅し。
坂道を駆け降りてきた人物はシルヴィスを巻き込んで、まるで飛び込むかのように派手にすっ転げた。
「いっ……、なんだお前は……」
「ご、ごめんなさい。あの、久しぶりの町で焦ってしまって……。勢いがつき過ぎちゃって。ほ、本当に申し訳ありません……」
とっさに身を捻り、頭を強打することを免れたシルヴィスは痛む体を持ち上げようとする。けれども上に乗っかっかた直謝る女のおかげで立ち上がる事ができない。
「邪魔だ。退け」
「あ、ごめんなさ……」
半身を起こしたシルヴィスの上に覆い被さるようにしていた女が顔を上げると、両者は同時に息を飲んだ。
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