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まさかの勇者様

 まさかここまで変わるとは、シルヴィスを除く全員が思ってはいなかった。あらかた揃えていた髪を仕上げに取り掛かるキアラの鋏の音も、シャキシャキと軽快に聞こえる。

「すごい……キアラさんのおかげです……」

 鏡を手に持ったままいまだに信じられない思いで、中に映る自分を見つめる。


(これならこの服だって似合うはず。シルヴィスさんに会わなければ、自分の顔すら一生見ようとしなかったのね、私)


 こうやってアシュリーが自らの顔を認識するのも、シルヴィスと出会ったからこそ。今までが無頓着過ぎた故だが、たくさんの機会を与えてくれるシルヴィスに改めて感謝の気持ちが湧いてくる。

「シルヴィスさん。ありがとうございます。私、自分の顔もよく知りませんでした」

「だから見れる顔だと言ったはずだ。これからは鏡くらい見る習慣をつけろ。その格好なら堂々と町にも出れるだろう」

 当然だとでも言うようなシルヴィスの態度に、嬉しいのか恥ずかしいのかよくわからない。肩で揃えられた髪を指先で摘んだアシュリーがもじもじしていると、キアラがうふふと嬉しそうに笑った。

「うんうん、今度はもっと注目されちゃうよ! シルヴィスがやきもち焼いて大変だね」

 もう勝手に恋仲と決めつけているキアラに訂正しても無駄だと悟ったのか、シルヴィスは無視を決め込んで何の反論すらない。

 この姿なら、町の人に自分だとわからないかもしれない。思い切って買い物に出てみようかと思案したアシュリーだったが、今の暮らしをふと思い出す。

「でも、よく考えると自給自足出来てますし。あまり町に出ることは……ないかもしれません」

 その言葉にキアラが勢いよくアシュリーを覗き込んだ。不満げな顔にアシュリーは少し怯んでしまう。

「もったいない! この可愛さを沢山の人に見てほしい!」

「そ、そうですか……?」

 出来上がり! と今度は静かに鋏を置いたキアラは、近くに立て掛けてある箒を手に、足取りも軽やかにサッサと金色の髪を集めていく。

 ひと仕事終えて上機嫌なキアラの口にクロウが「お疲れ様」とシンプルなパンを小さく千切って放り込む。家に向かう途中で、昼ご飯として露天で買ったものだ。

 もぐもぐ嬉しそうに食べるキアラに、アシュリーも空腹を思い出す。さっき一緒に買ったローストチキンのサンドイッチは切り株の上においてある。

 おそるおそる口に入れれば久しぶりに食べる外の味に、少し感激すら覚える。つい夢中で食べていると、ぺろりと食べ終えたらしいキアラがアシュリーの横にある大きな石に腰を下ろした。

「アシュリーちゃん、すっごく可愛い! それにしても、自給自足ってすごいね」

「はい、肉も野菜もなんとかなっています。水は井戸がありますし、特に不足しているものはありません」

「肉も? 君が?」

 キアラに餌付けしながら、自らも結構な量のパンを食べていたクロウが、驚いたようにアシュリーを見る。その様子に少し得意げに、彼女は胸を反らした。

「はい! フッと、吹き矢で猪も一撃です!」

 母の助けも兼ねて、何とか自給自足をしたいと思ったアシュリーだったが、重い武器を振り回すことは困難だとかなり早い時期に気付き、あらゆる武器を調べ尽くして辿り着いたのが吹き矢だった。

 元々肺活量に恵まれていたアシュリーは、これまたあり余る時間を使って、毎日吹き矢の練習をした。はじは小さく動きもゆっくりとした動物から狩りを始めたが、試行錯誤の末、大きな猪にすら勝利するまで成長を遂げた。まさに継続は力なり。


 えへんと胸を張り、少し得意げなアシュリーだが、机に頬杖をついて生野菜を口にしていたシルヴィスは、その衝撃的な告白に肘のバランスを崩してしまった。

「なん……だと……?」

 ギチギチと音が鳴りそうな動きで首を回したシルヴィスはアシュリーを見るが、クロウもキアラも全く動じていない。

「へぇ……すごいな。大した肺活量だな」

「アシュリーちゃんすごいね! 格好いい!」

 なんの疑問も持たず感心するクロウと褒め称えるキアラに、シルヴィスは動揺する自分がおかしいのかと一瞬疑ってしまう。


 (いや、私はおかしくない。この、どこからどう見ても猪に吹っ飛ばされそうな娘が、吹き矢で一撃だと……?)


 そう驚いた顔で眺めているシルヴィスに気付いたアシュリーが、焦ったようにぶんぶんと手を振って恐縮だとばかりに身振りで訂正する。

「あ、もちろんしびれ薬を仕込んであります! トドメはナイフですね! そんな、針だけでは、とてもとても……」

「それでも十分驚きに値するが……。多分、私の反応が正しい。こんな能天気な反応をするのは、脳筋一家だけだと思うぞ」

 シルヴィスに指を差されたキアラが、ぷうと頬を膨らませて抗議する。彼にとってキアラも脳筋に分類されるらしい。

「酷い言い方! でも、そうだね……。吹き矢で一撃はすごいかも。うちはみんな強いから、何の疑問も浮かばなかったね」

 たしかに……と頷くクロウの腰にある剣を改めて眺めたアシュリーは、またもやなんとなく疑問が頭に浮かんだ。もしかして剣士の家系なんだろうか。それにしてはシルヴィスからは、そんな気配がないけども。

「クロウさんのご両親も剣士なんでしょうか?」

「ああ、うちは……ちょっと特殊で」

 言い淀んだクロウが少し迷っていると、キアラがクロウの腕に絡みついて、微笑んでみせる。

「アシュリーちゃんはシルヴィスの恋人なんだから、いいじゃない」

 ただの世間話のつもりだったのに、もしかして踏み込んだ事だったのだろうか。しかも別に恋人ではないのに。アシュリーが少し気まずい顔をしていると、キアラが今度はアシュリーに向かってにっこり微笑んだ。


「あのね、クロウのお父さんは勇者って呼ばれてるんだよ」

「は……?」

 勇者? 何やら聞き覚えのある単語に、アシュリーの心臓が嫌な音で大きく跳ねる。この国で勇者といえば一人しかいない。まさか、そんな偶然があるわけないと思いつつ、嫌な予感がしてならない。

「あれ? 知らない? 有名だと思ってたんだけど、恥ずかしいな……。えっと、レオって言うんだけど……もちろん私の養父で、シルヴィスのお父さんでもあるんだよ。あれ? どうしたの?」

 一気に体温が下がる。カタカタと震えるアシュリーの前で、異変を感じたキアラが手を振るが、それどころではない。


 ――勇者レオ……?


 目の前のクロウは勇者レオの息子で。そしてキアラは勇者の養女。


 そして……シルヴィスの父……?


 あまりにも衝撃すぎて、上手く処理できないアシュリーは頭を抱える。どうして、よりによって、こんな残酷な出会いがあるだろうかと、泣きたくて堪らない。

「そんな……」

「アシュリーちゃん? 大丈夫? どうかした?」

 急激に顔色が悪くなるアシュリーを心配したキアラの手を、拒否するように身をかわしてしまった。堪えようとしていた涙も溢れて、嗚咽を漏らすアシュリーにキアラが一段と眉を下げる。

「アシュリーちゃん……?」

「あ、ごめんなさいっ! 私……っ! ごめんなさい!!」

「どうしたの? ごめんね、何か気に障った?」

 頭を抱えたまま泣き出してしまったアシュリーにオロオロとキアラが手を伸ばせないでいると、シルヴィスが菜の花色の頭にポンと手を置いた。

 わしゃわしゃとかき混ぜられてすぐに解放されるがアシュリーの頭は今の髪同様、ぐちゃぐちゃにこんがらがったままだ。遮断する前髪がないおかげで、泣いている顔もよく見えてしまう。

「さっさと話せばいい。そうしたらお前の罪悪感も消える」

「で、出来ません! それに、シルヴィスさんだって……! わたし……っ! ごめんなさいっ!」

 立ち上がり、家の中へ駆け出そうとしたアシュリーの腕を強く掴んだシルヴィスが、呆れた顔と声で彼女の名を呼ぶ。もう彼のこの顔も見慣れたものだった。

「アシュリー。お前が思ってるほど事態は深刻ではない。レオなら鬱陶しいほど元気にしている。なんなら殺しても死なない男だ」

 どうでも良さげな口調のシルヴィスの発言に、キアラとクロウが顔を見合わせた。

「どういうこと? アシュリーちゃん、父さんと知り合いなの?」

「知り合いというか、こいつの父親は以前、レオを拉致した一味の一人らしい。ちなみに赤子だったこいつは、父親の顔すら知らないそうだ」

 どう説明すべきかと視線を外したアシュリーに代わり、シルヴィスがさらりと軽く、しかもシンプルに説明してみせる。アシュリーは慌てて彼の腕を掴んでしまったが、相変わらずシルヴィスは涼しい顔をしている。

「シルヴィスさん?!」

「え……?」

 一瞬絶句したキアラとクロウがアシュリーを眺める。どうやらこの反応だと、拉致の事実は知っているらしい。

 せっかく出来た友人がまさか、世界で一番謝罪したい人の家族だったなんて。会ったばかりなのに親切にしてくれたキアラとクロウ、それに何よりシルヴィスの家族だなんて。どうしてこんな巡り合わせが起こっているんだろう。

「ごめんなさい……。私……もう、合わせる顔が……」

「アシュリーちゃん」

 手を伸ばしたキアラに思わず泣きっぱなしのアシュリーが身をすくめるが、すぐに華奢な腕で力いっぱい抱きしめられた。ポカンとしていると困ったような顔で眺められて、アシュリーは戸惑いを覚える。

「キアラさん?」

「そんなことで悩んでたの? 大丈夫だよ! 父さんはすごく元気だから! それに、悪いのはお父さんでしょう? アシュリーちゃんは関係ないよ」

「そんな……でも……」

「ああ、あの人は化け物だから。今は元気だし……。正直複雑ではあるけれど、君が気に病むことはない」

 実の息子であるクロウにまで気遣われて、アシュリーはどうしたら良いのかわからない。今までずっと極悪人の娘として、嫌悪の対象や、腫れ物のように扱われてきた。なのに、当の関係者は気にするなと言う。

「私……」

「アシュリーちゃん、その様子じゃシルヴィスのこと知らないよね?」

「え? シルヴィスさんのこと?」

 そういえばシルヴィスのことは、ほぼ何も知らない。アシュリーは改めて思い当たる。

 毎日一緒にいれることが嬉しくて、ただそれだけで満足して、深入りすることはしてこなかった。深入りすると、諦めがつかないくらい好きになってしまうかもしれない。そう意識的に踏み込まなかったこともある。

「もう、シルヴィス。ちゃんと話さなきゃ……」

「話すとややこしくなると思っていた。それに、知り合ってそれほど経ってはいない」

「そうなの? うーん……でも、話した方がいいと思うよ。私たちは宿を探しに行くから、ゆっくり話してね」

 クロウに寄り添ったキアラがそのまま指を絡めると、無言のままのクロウが荷物を持ち上げて歩き出す。

「キアラさん、クロウさん……あの……」

「アシュリーちゃんまたね! あとは二人でゆっくり話してね」

 じゃあねと明るく手を振ったキアラと、軽く会釈したクロウが行ってしまい、アシュリーとシルヴィスは二人取り残された。

 さっきまで風はなかったというのに、森の中に少し冷たく感じる空気が吹き抜けていった。

お読みいただきありがとうございます♪



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マシュマロちゃん
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