第94話 ふたりの王
前回までのあらすじ!
悪党はどこまでいっても悪党。
ふと気づくと、ベッドで眠っていたはずのガイザスが目を開けていた。岩みてえな顔面してんな、こいつは。
リベルタリア国オアシスの一角。移住者のために人狼たちが建てた、まだ入居者の決まっていない木造住宅だ。
俺は聖なる包丁の先に突き刺した果物を、仰向けのままのガイザスに向けた。
「食う?」
「………………それが王に対する献上の仕方か……」
偉っそうに。
「んじゃ自分で食うわ。そのつもりで剥いたし」
「ならん。寄こせ」
舌打ちをして、俺はガイザスの口元に果実を差し出した。もちろん、包丁に突き刺したままだ。ガイザスはそれ以上文句を言わず、果実を噛み取る。
眉をしかめて咀嚼し、嚥下して。
「……まずい。甘さが足りん。水分もな」
「そら悪かったな。下々から吸い上げた金で贅沢三昧、舌が無駄に肥えすぎてんじゃねえの。おまえさんはな」
「ふん……」
ある程度は魔術で治療してやった。殺したほうがいいという意見もあったが、こんなでも王だ。いきなりいなくなりゃ、ザルトラムの国民が困る。
王位にありながら鍛え続けてきた甲斐あってか、ガイザスの回復はかなり早い方だった。もう命に別状はない。ぶん殴って曲がっちまった鼻も、気絶してるうちに摘まんで治してやった。
何を考えているのか、ガイザスは天井を眺めている。
「低い天井だ」
「王宮に比べりゃ、多少はな」
「狭い小屋などに偉大なる王を押し込めおって。まさかここが貴様の城か」
「んなわけあるかよ。なんでおめえみてえな汚えおっさんを、俺と愛しのルランゼのベッドに寝かせて介抱せにゃならんのだ。それに俺んちはもうちょっと狭えよ」
元々、うちはオアシスの別荘を目指して造っただけだ。年に一度、ルランゼと二人で過ごすためだけにな。だが、そこでこれから生きていくとなれば、そろそろ増築は必要だろう。いつかは子が増えるだろうからな。
「ふん、まるで犬小屋だな。貴様の城は」
「んだなあ。今はちょうど犬小屋と同じくらいの大きさだ。まあ、あっちの犬小屋にゃ、犬と一緒に竜も住んでるけどな」
「貴様の言うことはさっぱりわからん」
まさかご自慢の連合軍を撤退に追いやった最高戦力が伝説の竜であるなどと、こいつにゃ想像もできねえだろう。詳しく話してやる義理もないがね。
会話が途切れた。
ぶすくれてやがる。
「それで、余を捕虜にでもしたつもりか」
「いんや、動けるようになりゃ適当に解放する。歩いて帰れ」
「……情に絆され、余が変わるとでも思っておるのではあるまいな」
「変わろうが変わるまいがどうでもいい。ザルトラム十万の軍事力じゃ、たった三百程度のリベルタリアにも勝てねえ。何度挑もうが同じだ。真っ赤に染まった空を見て思い知ったろ」
もはやガイザスは俺にとっての脅威ではない。
ザルトラム王国はこれから苦境に立たされるだろう。彼の国が人類国家随一の軍事力を誇り続けられた理由は、魔族領域との緩衝地帯を挟んだ境界線に立つ国だったからだ。
魔族との戦いの矢面に立つ代わりに、その他の国家から膨大な支援を受けていた。食料から軍事にかかわる鉱石の調達に至るまで様々。
だが緩衝地帯がリベルタリアに移行したことにより、他国がザルトラムに支援を行う理由はなくなった。
もっとも、リベルタリアは魔族と事を構えるつもりはないから、その支援が丸々こっちにくるということはないがね。
いずれにせよ、ザルトラムはこれから苦境に立たされる。経済の縮小は否めない。人口は流出し、国は痩せ細る。
「……」
ガイザスが不機嫌そうに黙り込んだ。
「そう心配しなさんな。ルーグリオン地方全土には、ザルトラムに対する復讐の意志はねえよ」
「あたりまえだ。小賢しいことを抜かすな。此度の報復戦は、偽魔王が我が国の領土を侵犯したゆえの大義があったのだからな」
俺は剥いた果実を自分の口に放り込み、別の一切れをナイフの先に刺してガイザスの口元へと持っていく。
ガイザスが無言で噛み取った。
食ってんじゃねえか……。
「そーなんだよなあ。今回ばかりは、おまえさんも割を食ったな。日頃の行いが出ちまったんじゃねえの?」
「ふん……。不味いな。ザルトラムにはもっとうまい果実がある」
いちいちうるさいね。もうあげねえよ。
「ま、フレイアの侵攻に関しちゃ、ルーグリオンの罪とも言えないがね。それに、それまで魔王ジルイールからの和平交渉を、おまえとカザーノフが無碍にしてきたことが理由の一端でもあるだろ」
「ふん……。カザーノフはどうなった?」
「衣服を全部剥ぎ取って、素っ裸で魔力嵐の外側に放り出してやった。護衛騎士とは別の日にな」
「くっく。くくく、それは……笑えるな」
「だろ」
初めて気が合った。
少し間が空いた。俺が果物を咀嚼する音だけが響く。
ずっと天井を見つめていたガイザスが、ふいに俺に視線を向けた。
「先ほど貴様はルランゼと言ったな。あれはルランゼ・ジルイールのことか? やつがこの国にいると?」
「おまえさん、元魔王の真名を知ってたのか」
「当然だ。和平交渉の文書にはサインがある。……そうか。あの先代魔王ジルイールが、リベルタリアにいるのか。手強いわけだ」
「だろう? しかもいまや、元勇者の妻なんだぜ? びっくりするよな~」
「……む? 初耳だぞ……」
「おまえなんかに言わねえよ。いちいち。遠縁のおっさんかよ」
また少し、ガイザスが笑った。
険が抜けたように見える。岩石みたいな顔面してるけど。
「…………ライリー。余の下に戻る気はないか?」
「ねえな。もう殺し合いは真っ平だ」
俺たちは戦争世界に蓋をする。力で押さえつけてでも世界から戦争を追っ払う。
おそらくやり方は間違ってるだろう。んなこたわかってる。だがガイザスのような野望を持つ者や、人類各国の王みてえな狐野郎が跋扈してる限りは仕方がねえ。
リベルタリアは、抑止力になった。
ルーグリオンの魔族とだって組んでいるわけじゃない。今は共同歩調を合わせているにすぎない。もしもルーグリオンが人類領域を侵犯するなら、リベルタリアはルナとだって戦うだろう。まーそらあり得んことだがね。
「居城を与えてもいい」
「いらね。犬小屋で十分だ」
「生涯を経て使い切れぬ富もやろう」
「いらね。明日生きる金がありゃそれでいい」
「ならば国中の美女を与えてやろう」
「いら──ほ!?」
「余には妻が二十八名いる。対して貴様は一名だ。物足りんこともあろう。貴様にも後宮をくれてやる。毎夜選び放題だ」
く、くぃぃ~……!
そ、そりゃちょっと惹かれる……が!
俺は歯がみして、血の涙を流すように言ってやったぜ!
「悪いね。俺にはルランゼがいる。何百何千の女が裸で手招きしてたって、結局俺はルランゼだけを選んじまうんだ」
「……」
そして俺は、カッコイイ台詞で締め括ってやった。
「涙を流す女は、少ねえ方がいい。だろ?」
「くくっ。貴様、一国の王を名乗るほどの男が、よもや女の尻に敷かれているのではあるまいな。いや、貴様らの場合、さすがはジルイールといったところか」
「ち、ち、ちがわっ!! おまえほんっっと話通じねえなっ!! アホォ! この戦バカ!」
剥き終えた残りの果実を皿に置いて、俺は立ち上がる。
「……ま、治ったらさっさと帰れや。ああ、滞在中におかしなことは考えるなよ、ガイザス。拾った命をわざわざ失うこたぁねえ」
「ふん、王が王に命令をするな。忠告であらば受け取ってやらんこともない」
「お? 俺を王さんって認めてくれたのかい?」
「まったく以て、おもしろくはないがな。やむを得ん事実でもある」
「素直じゃないね。ああ、武器は取り上げさせてもらったが、適当にそこらを散歩しててもかまわんぜ。監視もつけてねえ。ここのやつらは半数が戦闘民族だからな。飯はウォルウォっておっさんが運んでくる手はずだ」
「余計な世話だ」
まったく。変わらんねえ、こいつだけは。
俺はドアノブを回して振り返った。
「そうだ。退屈で釣りでもしたくなったら、うちにこい。竿と小舟くれえは貸してやる。なんなら、畑仕事を手伝わせてやってもいいぜ。出せる賃金は、だいぶ安いがね」
「……」
返事はなかった。
だが、目を閉じて鼻を鳴らしたガイザスの頬が、少しばかり緩んで見えたのは、俺の気のせいだろうか。
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