第89話 おっさん勇者は乱入する㊤
前回までのあらすじ!
束の間の幸せ。
オアシスでの宴の翌日、俺は王都ザレスの王城に立っていた。
本来ならば馬車で何日もかけて移動する距離なのだが、大狼に戻ったフェンリルの背に乗り、昼夜問わず直線距離で駆け抜けてきたんだ。
街道なんぞ必要ねえ。切り立つ山岳も深奥の谷もなんのその。さすがは神狼だ。そらもう、とんでもねえ速度だった。
目すら開けてらんねえんだもん。迂闊に口なんぞを開いた日にゃあ、一気に空気が入り込み、頬がリスの頬袋のように膨らみ、身体ごと後方に持って行かれそうになる。
薄目を開けただけで瞼が引きちぎられそうになるし、落ちたら死ぬ速度で走り続けるもんだからしがみつくだけで必死よ。必死。
おまけに最後には王都ザレスの外壁を垂直に跳び越え、夜の街を屋根から屋根へと音もなく飛び移り、王城の、それも最も高所に位置する塔の屋根に着地する始末だ。
嘘だろ……。なんちゅう機動力だよ……。これに比べりゃ、サーベルタイガーさえ亀みてえなもんじゃねえか……。
なるほど。魔王と評議会、魔族の権力を二分するわけだ。
これにあの厄介な咆哮が加わるのだから、その気になれば魔王をも裁くことができるほどの存在であることが、よぉ~く実感できたね。
これが魔族の評議会議長。恐ろしいやつだ。
ミリアスの野郎、よくこんなやつを相手に魔力を奪えたもんだぜ。ま、あいつは俺の真似ッ子だから、何らかの卑怯で卑猥でおかしな策を講じたとは思うが。
言ってて虚しくなってきた。
で、だ。ようやっと王都ザレスにある王城の塔に降り立ったときには、俺は生まれたての子鹿のように膝を震わせながら、四つん這いになって嘔吐していた。
オボエェェェ……。
戦力としては一流でも、乗り物としては三流だよ、おまえ。安全性皆無だもん。
一通り、胃の内容物を戻した俺は、ようやく顔を上げる。
「おいこらフェンリル! ちったあ加減しろィ! もし落っこちてたらどうするつもりだったんだっ!!」
「……」
巨大な神狼がクイっと首を傾げる。
仕草がカワエエ。ふわふわ、もこもこ。やだ、だめ。すき。
フェンリルが妖艶な女の姿へと変化する。
睫毛長い。切れ長の瞳。ボイン。あん、だめ。こっちもすき。
だがフェンリルは事も無げに長い髪を掻き上げ、冷めた瞳で言い放った。
「別に……」
「せめて拾ってくれる!?」
「あの速度だ。人間の肉体では保たん。どうせ地面で擦り切れて死んでおる。拾うだけ無駄であろうよ」
こういうとこほんと魔族だわ。
「そういうとこ嫌い! ふわふわもこもこでかわいい俺のフェンリルたんを返せ! か、え、せ! か、え、せ!」
「ふむ。この姿は好かんか」
妖艶な視線を流して、長い銀髪に手櫛を入れる。
人間離れした美しさだ。輝いてみえる。親しみづらいほどにな。まるで月や花のようだ。
「どっちの姿も好きだが?」
「お主の言うことはさっぱりわからん」
「バッカおまえ、俺がその姿のおまえに抱きついたら、全国の全ルランゼが泣いちゃうだろ!?」
「全……? むしろいまのお主を見て呆れるのではないか」
フェンリルが端正に整った顔を歪める。そうして手でシッシと俺を払いながら口を開いた。
「しかしまあ、相も変わらずよく回る口だ。好いてくれるはやぶさかではないが、妾は騒がしいのは好かん。さっさと行けい。ここで待っておるゆえ、終わったら喚ぶがいい」
「へいへい」
俺は屋根の端までいき、下を見下ろした。
う~わ、たっか……。
足が竦むわ。目眩しそう。
俺はフェンリルを振り返る。
「あの、フェンリルたん? 背負って下りてもらっていい?」
「はぁ~……」
超美人にすんごいあきれ顔された。
その生ゴミ以下の何かを見るような蔑んだ視線は、俺の中に新たなどすけべを生み出してしまいそうで怖い。俺は俺の才能が怖い。
そのときだ。
「――何者だ……ッ!? 上に誰かいるのかッ!?」
見張りの兵士が塔の窓から顔を覗かせたんだ。
「あ。やっぱいいや。さっきのなしな。いってくる」
「せいぜい気をつけるがいい」
「ああ」
俺はそうつぶやき、屋根の上から飛び降りる。魔力で全身を強化しても、地面に着地すりゃあ赤い水飛沫と肉片に変わっちまう高さだ。
が。
俺は飛び降りてすぐ、窓から覗いていた見張りの兵士の顔面に着地する。
「な――ぁがッ」
「悪いねェ」
兵士ごと落ちそうになって、見張り窓の縁をつかんだ。落ちていく兵士は足で挟み込んで止めてやる。
「ぬぐぐぐぐ……っ」
そのまま力任せに身体を持ち上げて、俺はまんまと塔へと侵入した。兵士を引き上げると、気絶している。
そいつを適当に転がして、俺は塔の螺旋階段を駆け下りていく。
もう少しで中庭というところで下から上がってくる足音と炎の灯りを発見し、慌てて中腹の窓に足を掛けた。
戦って倒してもかまわねえが、今日は暗殺でも斥候でも宣戦布告でもなく、ただの使者としてきたつもりだ。ま、少々常軌を逸した登場をするつもりではあるが。
「……」
眼下は王城中庭と、そして居館の屋根が見える。中庭では魔術灯を持った騎士や兵士が見回りをしている。
俺は迷わず居館の屋根へと飛び降りた。少し音が響いたが、幸い見回り騎士たちは周囲を見回した後、俺には気づかずに再び歩き出した。
そいつを見届けてから、俺は闇に紛れるように居館の屋根を進む。
にしても。
周囲を見回す。
「やけに見回りが多いな……」
塔には兵士がひとりだったが、中庭にはいくつもの光が揺れている。よく見れば、城下町も深夜帯のわりにやけに明るい。
俺がまだ勇者としてこの都市に住んでいた頃からは考えられないことだ。
「……?」
俺は目を凝らす。
中庭に揺れる炎。そこに浮かび上がったのは、俺が未だ見たことのない鎧に身を包んだ異国の兵士らの姿だった。
「と? んん~?」
他にも色々いる。軽装の兵士も見たことがない。
戦士あがりのガイザスは、騎士も兵士も例外なく鎧を着込ませる。騎士には鋼鉄製の鎧を、兵士には革製であることが多い。
だが、俺が見かけた兵士の一団は鎧じゃあない。どちらかといえば暗殺者が好むような身軽な装備だ。
別の一団は胸鎧だ。全身鎧じゃあない。関節や心臓など、要所のみに金属製の装備をあてている。
ザルトラム王国の装備以外で確認できたのは五種類。おそらくもっとあるだろう。
「はっは。こいつぁ運がいい」
俺は今夜、ザルトラム王国の厳王ガイザスにオアシス建国の一報を入れるためだけにやってきた。事を構えるにせよ、共存を目指すにせよ、筋を通すためだ。むろん、ザルトラム以外の国にも同様にする必要があった。すべての国のすべての王に。
だが、この分ならば使者や書簡すら送る必要はなさそうだ。
なぜならば今夜この場所では、おそらく人類連合軍の軍議が行われているからだ。
得体の知れん装備をした数々の騎士兵士らは、他国の王や、もしくは王から軍議を任された将軍の護衛だ。つまり、いままさに、連合軍の軍議が行われてるってことだ。
謁見の間を目指すつもりだったが、こうなってくると議事堂を目指した方が手っ取り早い。そいつは居館横、つまり俺の目と鼻の先にある。迎賓館だ。門衛棟で行われている可能性も高いが、集う面子の身分を考えりゃ迎賓館の方だろう。
むろん、館の前には数カ国分の護衛が詰めているだろう、が。
「あらよっと」
俺は屋根を走り、迎賓館の雨樋にしがみつく。そのままよじ登り、最上階、といっても中庭に建つ迎賓館は三階建てだが、灯りが漏れている部屋の外で聞き耳を立てた。
ここだ。
声が漏れている。
――では、貴国との共闘、楽しみにしておりますぞ。
――ともに魔族を滅ぼし、全土を人類のものに。
――武器と糧食は我が国にお任せあれ。
――ルーグリオンと連合軍、彼我の戦力差は二十倍ですからなあ。
――これは戦略よりも、ルーグリオンの各国の領地配分を先に協議すべきでしたな。
――はっはっは! それは勝利の美酒を酌み交わしながらの楽しみと致しましょうぞ。
二十倍。何十万の軍で攻めてくるつもりなんだか。あるいは百万か。
笑い声から察するに、来賓の数はおよそ二十名。二十カ国協議のようだ。
ちょうどいい。
俺は外から窓を叩く。
ノックは四回。恐れ多くも各国の国王様や将軍殿の御前だ。礼くらいは尽くすさ。
笑い声が止んだ。瞬間。
「邪魔するぜ~。――オラッシャァァァァ!」
俺はけたたましい音を立てながら迎賓館の窓を蹴破って、首脳会議の場へと乱入していた。
外道を相手にした際の礼儀ってやつだ。
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今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。
※本日中には㊦を投稿予定です。
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