第85話 勇者さんと残酷な世界
前回までのあらすじ!
キッズ捕まえた。
浮浪児どもおよそ百名をカテドラール領の新たな街の片隅に連れてきて、銀狼に集めてもらった民の前で、俺はやつらに頭を下げさせた。
当初は野盗行為を働いた浮浪児に不信感を持っていた民だったが、ルランゼがすべての事情をつまびらかに明かすと、不承不承といった感じで街の片隅への移住を認めてはくれた。フレイアのことや、ミリアスのこともだ。
だが、俺たちにできることはここまでだ。
ここから先、民の信頼を勝ち取るべきは、浮浪児自身がやらなくちゃならねえ。俺たちが横から何を言ったところで、一度でも野盗被害に遭った民は彼らを心の底からは信用しないだろう。
自分たちで仕事を見つけ、何年もかけて罪滅ぼしをする姿を見せて、徐々に信頼を取り戻していくしかないんだ。幸いにもカテドラール領は各地で復興中だ。やるべきことは山ほどある。
うちの犬ですら小さな荷車を装着させられ、瓦礫をえっさほいさと運んでいるくらいだ。ちなみに炎竜はその荷車の中でへそ天だが。
こいつ、ほんま……。
俺はラギの肩に手を置く。
「まあ、厳しい道のりだとは思うが、もうこれ以上、誰も失望させんなよ。お天道様の下を胸張って歩ける大人になれ」
「わ、わかってるよ。あっちで仕事の割り振りやってるから、いってくるぜ」
「大丈夫か? 配給されたお弁当持った? 汗ふき用の手ぬぐいは? 今日は農業? それとも建築? 忘れ物ない?」
「もう、うるせえなっ! あんた俺の親かよ!」
去り際の捨て台詞がいろんな意味で切ねえ。
ルランゼは腹抱えて笑ってるけど。
人狼族、鋭き牙の一族が浮浪児たちに仕事を割り振る中、そこから離れた銀狼が珍しく俺に声をかけてきた。
「おい。腐れ勇者」
「お手」
「殺すぞ」
「なんだよぅ」
「ちょっと話がある。ツラ貸せ。もちろん魔王さ――あ、いや、ルランゼ様も是非。館にてカテドラール領主がお待ちです」
「ん? うん。わかった」
ルランゼと目を見合わせる。うちの嫁かわいい。
野盗被害以外にも何かトラブルでもあったんだろうか。
俺たちは銀狼の後について、領主の館へと向かった。
館、と言っても拍子抜けするくらい小さな家だった。貴族の館というよりは平民の民家という感じだ。
ふと、館に近づくにつれて、覚えのある匂いが漂っていることに気づいた。チップを燻す匂いだ。燻製のな。
これまでさして興味がなかったため、領主に関してはルランゼに尋ねたことはなかったが、何となく察することができた。
その老人は館の裏手で、あの日のように燻製を作っていた。
痩せた白髪の老人が、ゆっくりと俺たちを振り返る。
「よお、ラズル爺さん」
「ふん。よくきたな。ふたりとも。ん? ゴブリンはおらんのか」
「ああ。ちょいとな。いまはクク村に戻ってる」
どうやら魔王城に突入した俺たちを心配してくれていたらしい。ラズルは軽く息を吐いてこうつぶやいた。
「そうか。壮健ならばそれでいい」
おそらく、気を揉んでいたはずだ。偽魔王フレイアの一件は、本来であればラズル自身の手で決着をつけねばならなかった出来事だ。それができなかったのは、彼の心の弱さだったのだろう。レンはそれに巻き込まれた形となる。
ラズルは嫌というほど、それを理解している。
銀狼がラズルとルランゼに一礼をして、俺にだけ舌打ちをぶちかまして下がった。こいつも相変わらずだ。今度は何かの骨を差し入れに持ってってやろう。
くっく、怒った顔が目に浮かぶようだ。
「あんたがカテドラール領の新領主だったとはなあ」
「まったくだ。儂は嫌だと言うたのに、そこの小娘に強引に引っ張られてな」
元とはいえ、魔王に対してこの言い草よ。この爺さん、全盛期はどれだけ大物だったんだ。レイガの教育係で、且つルランゼの結界魔術の師であることは知っているが。
「えへへ、ごめんね。ラズル先生。でも、正直あなたしかいないと思った。あなたはルナやライリー以外で、わたしが最も信頼する人だから」
「ふん。ならば面倒事など押しつけるでないわ」
置かれたテーブルには、大量の燻製ののった皿が山のように積まれている。肉や魚の他に、チーズや野菜までだ。
俺の視線に気づいたのか、ラズルがぽつりとつぶやいた。
「配給は味気がない。こんなものでも復興に注力する輩には、ちょっとした楽しみや活力になる。安いものだ」
「うん。わかる。ほんの一つでもあるとないとじゃ嬉しさが違うよね」
しばらくラズルの背中を眺めているうち、俺はふとした違いに気がついた。以前のラズルとの違いだ。
かつて山奥に隠遁していたラズルは、世界と隔絶するための結界を張り巡らせ、いまと同じように燻製を作っていた。
その背中は小さく、そして悲壮感に溢れていると感じたのをいまでもおぼえている。まるで自身に結界を張ったかのようにだ。
けれどいまは。
「……まあ、こんな老体でもまだ役立てるのであればな」
口調こそ変わらないが、背負っていた悲壮感が消えているように思えた。表情も少しだけ弛んでいるように見える。
「よかったなあ、爺さん」
「……ふん。ところでライリー。おまえがきたということは、野盗の一件は片付いたと見なしてよいのだな」
ルランゼがクスクス笑った。
「ライリー、信頼されてるね。ラズル先生って全然他人のことを信用しないのに」
だろうなあ。この頑固さに加えて、強力すぎる結界魔術師だ。なまじ有能過ぎるゆえ、自身と対等に話せる相手もろくにいなかったことだろう。
おそらくそれは、シュトゥンやウォルウォであってもだ。この老人は魔族の中でも頭抜けている。それこそ魔王級だ。
「勝手して悪ィが、浮浪児百名ほどを街の片隅に住まわせた。頭はラギっつう獣人だ。あとのことはよろしく頼むぜ。取り急ぎ必要なのは仕事だな」
「わかった」
二つ返事だ。たしかに俺は信頼されているらしい。
ルランゼが尋ねる。
「それでラズル先生、今日は挨拶だけってわけじゃないんでしょ」
「うむ」
ラズルがテーブルに積まれた大量の皿から一皿だけ手に取ると、小さな領主の館の扉を開けた。
「中で話そう。あまり他の者に聞かれたくはない」
俺はルランゼと顔を見合わせる。かわいい。俺の嫁だぞ。
ラズルに続いて館に入り、案内されたテーブルについた。あの山小屋の家を再現したかのような狭さと、そして暖かさだ。
「座れ」
「うん。失礼しま~す」
テーブルの中央に燻製ののった皿を置いて、あらかじめ用意していたらしい果実酒を、これまた用意していたらしい三つのグラスに注ぐ。
そうしてラズルは並んで座る俺とルランゼの向かいの席に腰を下ろした。
「まあ、食いながら呑みながらでかまわん。まだ確定事項ではない」
俺は肉の燻製をつまみ、口に放り込む。
うんめぇ。あいかわらずうんめぇ。同じ味や同じ香りはルランゼにも出せるけれど、この種類の多さは真似できねえようだ。
見たことねえ野菜や、オアシスじゃ貴重な海水魚なんかもたまらねえうまさだ。
果実酒を喉に流す。
「で、何かあったのか、爺さん? 手伝えることは手伝うぜ」
「ああ。いまのところは手伝えることはない。ライリー、ルランゼ。おまえたち、最近人類領域にいくことはあるか?」
俺はチーズの塊を囓りながら応える。
「たまにな。つっても王都近くにゃ寄らねえな。俺を勇者に戻そうとする軍の動きがうぜえから、もっぱら地方の村や町の復興の手伝いだ」
「先生、それがどうかしたの?」
「なるほど。ルナからも何も聞いておらんようだな。あれも優しい娘だ。おまえたちを巻き込みたくはないと考えているのだろう」
ラズルが顎に手を当てて何かを考えている。
「実はな、昨今ルーグリオン地方で人間集団の目撃例が頻発しておる」
「……あ?」
「捕らえようにも神出鬼没。練度の高い集団だ。つまりは軍部である可能性が高い」
「なんのために……いや……」
考えられるとすれば報復だ。
偽魔王はあくまでも魔族側の問題であって、魔王軍が人類領域に攻め込んだ事実に変わりはない。
「妙だぜ、爺さん。ガイザスは脳筋だが、ザルトラム王国の戦力では魔王軍にゃ歯が立たねえことくらいは理解できたはずだ。フレイアの侵攻でな」
「おそらくザルトラム王国だけではなくなっているのではないか」
「あ?」
「人間集団の目撃例だが、ザルトラム兵ならば隠密であろうと見分けがつく。鎧にせよ服にせよ武具にせよ、堀り込まれた王国紋があるからな。だが――」
ラズルが席を立ち、壁際の棚に置かれていた短剣を手に戻ってきた。俺は差し出された短剣を受け取り、鞘から抜く。
「こいつぁジギル帝国の紋章だ。ザルトラムじゃねえな」
ザルトラムの南。海産と貿易で栄える帝国だ。ザルトラム王国ほどの規模ではないが、うなるほど金を持っている。
「他にも紋章は数種類確認されている。ザルトラム王国の紋章も含めてだ。捕らえて吐かせれば済むのだが、ようやっと捕らえても毒を含み自害しおる」
「……」
自害する。そりゃ大事だ。
なぜなら、絶対に吐いてはならない秘密を知っているということに等しいのだから。つまり。斥候の可能性が高い。
「魔族がルーグリオン地方でひとまとまりになっているように、人類領域全土が手を組んでルーグリオンに報復活動をしようとしてる?」
「かもしれんな。ザルトラム王国のガイザス王ならばやりかねん」
ルランゼが両手で口を押さえた。
「そんな……」
おい、おい……。
冗談じゃねえぞ。これまでの人魔戦争を遙かに凌ぐ規模の戦じゃねえかよ。
「それでおまえたちが人類領域に出かけているのであれば、何らかの情報をと思ったのだが」
「すまねえ、何も知らねえ」
「わたしも……。というか、たぶんわたしたちがいく村や町の民も知らないよね」
「ああ。おそらくな」
ラズルが鋭い目つきで窓を眺めた。
「軍部のみか……。秘密の漏洩を恐れてのことか、あるいは徴兵の必要がないくらいの戦力がすでに見込めておるのか」
「後者だったら、領域同士の全面戦争の可能性が高いね」
嫌になるね。とことん嫌になる。
ヒトが必死扱いて作ってきた平和を、一部のクソが平気な顔で踏みにじっていく。いつの時代もそうだ。そいつが己と同じ人間であるというだけで吐き気がする。
…………もう、殺すか……。
――勇者に戻る。
俺がそう言うだけで、ガイザスとの謁見は可能だ。そのときに殺せば、もしかしたら全面戦争だけは避けられるかもしれねえ。
そこからの脱出はちょいと難しそうだが。
「馬鹿なことを考えるなよ、ライリー。おまえ一人が泥を被る必要はないぞ」
「そうだよ。あなたは魔族の側に立ってくれていても、人間なのだから。だから王都ザレスに表立って牙を剥かないで。ガイザスの暗殺なんて考えちゃだめ。そのためにどれだけの善良な人間をあなたの手で殺さなきゃならなくなるか」
「……」
「その通りだ。人間にも、魔族にも、戻れなくなるぞ。やめておけ。亡霊になぞなるものではない」
ツラに出ちまってたか。
俺はがっくりとうな垂れた。
「一緒に何か方法を考えよう? ラズル先生やルナだって味方だよ。オルネの民だって、きっとあなたの味方をしてくれる。だからそんなことに命を懸けないで。あなたの最期はわたしが看取るって、決めてるんだから」
泣きてえ気分だ。
「……わたしを置いていかないで。わたしのいないところで勝手に死なないで。お願いだよ……」
情けなさと同時に、こんなにも自分を想ってくれる仲間ができたことが嬉しかった。ラズルの前だというのに、俺はルランゼを掻き抱いていた。
強く、強く。
いつもなら人前では嫌がるルランゼだが、この日は俺の首に両腕を回して抱きしめていてくれた。
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今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。
※更新速度低下中です。
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『少女勇者さんと、魔族のお医者さま』
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