第84話 勇者さんとキッズ野盗団
前回までのあらすじ!
銀狼さんだけいつも報われない。
しばらくの間は何とも言えねえ味のある表情をしていた銀狼だったが、やがてルランゼにだけあらためて一礼をすると、今度は俺を睨み上げてきた。
「で? てめえは何しにきやがったんだ? 冷やかしならさっさと帰れ」
「いや、なんか手伝えるこたぁねえかな~って思ってな」
「ねえな。帰れ」
冷たい。犬ってもっとこう、人間好きなんじゃないの。
「そんな毛嫌いしなさんなって。建材くらいは運ぶぜ。ほれ、貸してみろ」
銀狼がルランゼを意識してか少し彼女を見ながら言い淀み、首を左右に振った。
「そういうことではない。本当に無用だ。……こんな作業に意味はない」
今度は俺じゃなく、ルランゼが銀狼に尋ねる。
「意味がない? どういうこと?」
「あ、ええ……。その……」
「はっきり言って」
「魔王様の――いや、我々はルランゼ様の最後の政策でカテドラール領を再建してはいますが、現状を見ていただければわかる通り、流出した民が戻っていません。資金は潤沢にあって、復興自体も進んではいるんですが……」
ああ、と銀狼がため息をつく。
「はっきり言います。街としての体裁は整い始めていますが、戻った民は数百名あまり。我々がいくら家を建てたところで、入居する民が戻っていないのです。このような状況で作業を急ぐ意味はありません」
「そんな……」
「あ、いや、ルランゼ様が気に病むようなことでは……。ルナ様が打ち出された移住者優遇措置のおかげで少しずつ戻ってきてはいるのです……が……」
なるほど、そういうことか。
ここに見える民は。
「いま見える景色にいる民のおよそ半数は、我々のような再建のために派遣された職人や護衛の家族です。それがこの地の民の数よりも多い。再建を終えて我らが立ち去れば、ここは人気のない寂しい街になるでしょう」
ルランゼが脱力する。
「どうして……。あ、浮浪児……。森の浮浪児たちはきてるんだよね……? 使いを送ったから、知っているはずだけれど」
銀狼がさらに喉を詰まらせて、俺に救いを求めるように視線を投げかけてきた。
「悪いが、ちゃんと言ってやってくれ」
「あぁ……」
銀狼が目を閉じて空を見上げる。
しばらくして大きなため息をついて、あきらめたように口を開いた。
「ルランゼ様。誠に申し上げにくいことではあるのですが、カテドラール領の善良な民が戻ってこない理由が、そこにあるのです」
「……え?」
※
俺たちはコボルトと炎竜を銀狼に預け、森にきていた。
かつては山越え街道だったところだが、人の流れが消えたいまでは植物が蔓延り、切り拓かれて整地された地面にまで根を張っていた。
俺はルランゼと無言で歩く。ルランゼは表情を見せまいとしてか、フードを目深にかぶってうつむいていた。
「…………ルナは頑張ってくれたのにね。わたしの考えが浅はかだったのかな」
「おめえのせいじゃねえよ。伝わらねえ想いなんざ世の中にゃごまんとある」
あてはない。ただ歩いているだけだ。かつては街道だった獣道を。
俺たちは待っていたんだ。
「うん……」
「ルランゼ、気配が動いた。そろそろくるぞ」
もうすぐ日暮れだ。
カテドラール領から隣接するルマリ領へと抜ける、唯一の街道だ。
ここ以外にねえ。浮浪児どもだってわかってるはずだ。だからこんなところでバカなことをしている。
ヒュゥと風斬り音がした。
俺の足下に矢が突き刺さる。
その直後、俺たちは無数の野盗に取り囲まれていた。どいつもこいつも剣や槍、槌で武装し、中には魔術師らしきやつもいる。
数はおよそ三十名。男、とはまだ呼べねえ少年ばかりだ。まあ、魔族だから俺よりは年上のやつもいるんだろうがな。
「手を挙げろ。有り金と荷を置いていけ」
若い声でそう言った。若いというより青臭え声でだ。声変わりを果たしたばかりか。
およそ百名ほどの浮浪児どもは、復興中の街にはやってこず、野盗に成り下がっていたんだ。
商業で栄えたルマリ領へと抜ける唯一の街道に野盗なんぞが出没するようじゃ、そりゃあ善良な民は戻ってこねえだろうよ。
銀狼率いる鋭き牙の一族がいながら、これを長く放置していたのは、浮浪児たちを救うための政策を打ち出した前王ルランゼに対する彼らなりの忠誠だったのだろう。
人狼族がその気になれば、本来、野盗に成り下がる程度の有象無象などに後れを取るはずがない。簡単に殲滅することだってできたはずだ。
俺はため息をついた。
つくづく嫌ンなる。泣きてえよ、まったく。
三バカが命を投げ出してまで必死扱いて作った道を、こいつらは自分でぶっ壊しやがったんだ。三バカが信じた未来を、こいつらは踏みにじったんだ。
「おめえらよぉ、何してんだよ……?」
声が上擦って震えた。
こんなことのために、あいつらは世界を敵に回したわけじゃねえだろ。そんなことを考えて。やるせない気持ちで。
「あ? なんだ、こいつ? 得物が見えないのか!? いいから黙って金と荷を置いていけ! そっちのオンナもだ! 金と荷物を置いていけば見逃してやる! あれば武器もよこせ! 早くしろ!」
錆びた剣の切っ先を、俺の胸へと突きつけて、そのガキは世界に対する憎しみをぶつけるように睨みつけてきた。
この阿呆が。
俺は迷わず、切っ先を右手で無造作につかむ。あえて魔力を纏わずにだ。
「な――っ!? おまえッ!」
掌から流れた血が刃を伝い、柄を伝って地面に落ちた。俺は呆然とするガキの腹を蹴って背中から転がし、奪い取った錆び剣を力任せに地面に叩きつける。
バギッと音がして錆び剣の刃が砕けた。
背中から転がしたガキは、地面に吐瀉して蹲っている。
「う……うぅ……」
俺は怒気をぶつけるように叫んだ。
「何やってんだッ、おめえらはッ!!」
「な、何なんだよ、こいつ……」
俺の威圧に押されるように、ガキどもが一歩後退した。けれども腹を押さえて蹲っていたやつが、怒りにまかせて号令を放つ。
「く、くそ、くそ! 囲んで殺れ!」
「え……。ラギ……ほ、ほんとに、殺るのか?」
「さっさと殺せ!」
「う、うわああああああぁぁぁぁっ!!」
剣を上段に構えて走り込んできたやつを足払いで転ばせた。だがそいつはあえて無視して、俺はラギと呼ばれた少年の腹を蹴り上げる。
「げぁ……っ」
「おまえが首魁か」
「ぐ……う、だったらどうだって――!」
首根っこをつかんで立ち上がらせ、その顔面を平手で張った。乾いた音が山間に響いて、ラギが再び地面に倒れ込む。
「立て」
「何なんだ、てめえはッ!!」
ラギが立ち上がり、手に持った石で俺に殴りかかってきた。俺はそれを体捌きのみで躱し、通り過ぎたところを背中を叩いて顔面から地面に転がす。
「さっさと立て。また蹴り上げられてえか」
「ぐ……!」
ラギは手近なところにいた浮浪児から手斧を奪い取ると、でたらめにそれを振り回してきた。俺はローブを脱いでラギに投げつけ、また前蹴りで腹を蹴って転がす。
ラギが立ち上がり、口についた土と血を拭った。
「ぶっ殺してやるッ!」
横に薙がれた手斧を後退で躱し、また腹を蹴る。数歩よろけたが、今度はラギも倒れなかった。
「てめえらの兄貴分は、もっと強かったぜ。ギャッツも、ビーグも、グックルもな」
「――ッ!?」
ラギの目が見開かれた。その表情がさらなる怒りに満ちていく。
顔を憤怒の色に染め、流れる血も拭わず。
「まあ、魔人のふりした人間に、半端者の混血エルフ、目の見えねえオーガじゃあ、俺の相手じゃあなかったが」
「お……まえ……が……ッ、あんちゃんたちを殺したのかああああぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーッ!!」
動きが変わった。
手斧を捨てて目を赤く染め、筋肉を盛り上がらせ、両手から十本の爪を剣のように伸ばして斬りかかってきた。
速い。
何が混ざっているのかは俺にはわからんが、獣人族だ。
「あんちゃんたちが俺たちとの約束の日を過ぎて帰ってこなかったことなんて、これまで一度もなかったッ!!」
斧を振る数倍の速度で十本の爪を振るい、俺を斬り裂かんとしてくる。おそらく、たったいまラギは羽化した。成体になったんだ。怒りのあまりな。
ステップで回避し、距離を取る。だが、ラギはすぐに詰めてきた。
「なのにある日、世界を変えると言って旅立って、それきり帰ってこなかったッ!! おまえがッ、おまえが殺したんだッ!! あの優しかった人たちをッ!! 世界から見捨てられた俺たちを、唯一愛してくれた人たちをッ!!」
俺は腰の鞘から包丁を抜いて、一閃する。
ラギの爪が数本、宙を舞って地面に突き刺さった。怯んだ隙に踏み込み、腕をつかんで他の爪も斬り飛ばす。
なおもラギは俺を食い千切らんとして牙を剥くが、俺はまたその頬を張って地面に叩き伏せた。
「ぐ……ぅ、なんでだ……。なんで、あんちゃん……ッ」
地面に這い蹲って、ラギが嗚咽した。
俺は包丁を鞘へと収める。
「阿呆が。なぜ帰ってこないって? そんなもん、世界がもう変わったからに決まってンだろうが」
「……?」
「達成されたんだよ。ギャッツ、ビーグ、グックルは、おまえたちのためだけに世界のあり方を変えちまった。もう元の世界には戻らねえ」
「何を……言って……?」
「あいつらは目標を達成した。だから帰ってこなかった」
「あんたの言うことは全ッ然、わッかんねェよッ!!」
「だったら黙って聞け!」
浮浪児たちが互いの顔を見合い、俺に視線を戻した。
「俺はたしかにやつらに勝った。剣ではな。だが、その想いには敗北した。当時の魔王も同じだ」
ルランゼがフードを取る。
おそらく、ほとんどの浮浪児は魔王の顔を知らない。魔都になどいったこともないのだから。けれども、ラギは。この少年だけは。
「ま、魔王……ル、ルラン……ゼ……。な、なぜ、こんなところに……」
ルランゼがラギに頭を下げる。ラギはただ目を見開いて戸惑っていた。
先代とはいえ、魔王が浮浪児に頭を下げるなど、常識では考えられない。けれどもルランゼならばやると、俺は知っている。心のままにだ。
だからたまんねえんだ、こいつは。
ルランゼが口を開いた。
「あなたたちカテドラール領の森の浮浪児にまで目が行き届かなかったこと、申し訳なく思います。たぶん、あなたたちはわたしなんかには言われたくはないだろうけれど。でも――」
ルランゼが息を吸う。そうしてゆっくりと吐き出し、頭を上げた。
「どうか、あなたたちが兄と慕う彼らの想いを無駄にはしないでください。これ以上、もう彼らを踏みにじらないであげてください。お願いします。……だからどうか、わたしの手をつかんで……」
手をつかむ。物理的な意味ではない。
カテドラール領に再建された街にきてくれ、という願いだ。そこでふつうの仕事を探し、ちゃんとあたりまえの暮らしを送って欲しい、という願いだ。
そいつは本来ルランゼのものではなく、ギャッツと、ビーグと、グックルという彼らの兄らの願いだった。こいつらだってそんなことはわかっているはずだ。
俺は静かに告げる。
「あいつらと同じ道を辿るな。矜持よりも大切なことなんていくらでもある。ラギ、おめえはそれがわかってるから、三バカと戦った俺に怒りをぶつけたんだろう。そいつぁ矜持のためか? 違うだろ。おまえらのことを愛してくれた、兄貴たちのためだろうが。その想いをこれ以上踏みにじるな。ルランゼが差し出した手は、おまえらの兄貴が用意したもんだ」
浮浪児たちはまた顔を見合わせている。そうして最後にラギに決断を委ねるように視線を向けた。
ざぁと風が流れて、夕闇の街道に葉擦れの音が響く。
しばらくして、ラギがぐちゃぐちゃの顔で声を絞り出し始めた。
「お、れ……たち……は……、……まだ……やり直して……いいのかな…………。……幸せになることは……あんちゃんたちを……裏切ったことに……ならねえのかな…………ッ?」
「なるわけねえだろ、バァ~カ。あいつらはそのためだけに戦ってきたんだ。おめえらに笑って暮らして欲しくて、そのために泥かぶって戦ったんだ」
ルランゼがラギの手をつかみ、ゆっくり引き起こす。
「やり直さなきゃだめなんだよ。あなたたちのお兄さんはそのために世界を敵に回して戦ったんだから。思うことはいっぱいあるだろうけれど、それだけは無駄にしちゃだめなことなんだよ」
「けど……あんちゃんたち……は……、……そのために……」
「生きてるぜ。ギャッツも、ビーグも、グックルもな」
ラギが凄まじい勢いで俺を振り返った。
「え……」
「殺してねえ。張っ倒してやったあと、魔王城から姿を眩ませやがった。まんまとな」
俺は後頭部を掻きながらつぶやく。
「ありゃあど~にも、してやられたぜ。最初から最後まで掌の上で踊らされて、剣で勝っても逃げられるってな。恥だ。完璧だった俺の人生の唯一の汚点だ。ったく」
「ほんとに……?」
「ああ。その気があんなら、落ち着いてから捜す旅にでも出りゃあいい。だが、まずはおまえさんたち全員分の生活基盤を固めろ。んで、どこかでやつらを見っけたら胸を張って自慢してやんな。おかげさまで、こんなに幸せになれたぜってな」
浮浪児たちは飛び上がって喜んでいた。街にいけるからじゃない。三バカが生きていると知ったからだ。どいつもこいつも抱き合って、泣いて。ああ、そうだな、年相応のガキらしい顔で喜んでた。
それを見ていて、つくづく思うね。
間に合ってよかったってな。
最初のやりとりから察するに、こいつら、ヒトはまだ殺めちゃいねえようだ。奪っちまった金品は事情を話してルナに押しつけるしかねえが、罪には目を閉じてもらうさ。なぁに、こっちは野盗団を解体してやったんだ。取引としちゃ悪くねえはずだ。
そうだな。さしずめシナリオは、野盗団を潰したらアジトにガキがいっぱい捕まってたから助けといた、てなところか。
なんにせよ、これでカテドラール領も落ち着くだろう。俺もルランゼも、ようやっと重い肩の荷を下ろせた気分だ。
ガキどもを眺めながらそんなことを考えていると、ふいにルランゼが俺に身を寄せてきた。
「どうした?」
「ん~ん。ライリーに惚れ直しただけだよ。ずっと惚れてますけどー」
んなんっっっつぅ可愛いやつだ。こちとらもうこの笑顔に蕩けそうだ。
俺は腰を引き寄せて唇を尖らせる――が、頬を掌で押されてあさっての方向に首を曲げられた。
「ちょ、ちょっと、子供たちが見てるってば」
「俺は気にしねえよ。むしろその方が興奮するねっ。どすけべだからっ。ルランゼだってそうだろ?」
「ないからっ。あとでね」
ぐぐぐっと強引に顔を近づけていく。
「んふっふふ。いまがいいんだ。ムッチュチュ」
「あ~と~でっ!」
首の力でどうにか唇を吸いにいってやろうとするが、さすがは魔人。力が強え。哀れ、俺の首は曲がらない方向に曲がってしまったのだった。
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※更新速度低下中です。




