第83話 向かうところ敵なし夫婦
前回までのあらすじ!
犬を大事にしてあげて!
木漏れ日の降り注ぐ静かな森を、俺たちは歩いていた。急ぐ必要の無い旅だ。
犬は久しぶりに四足歩行になって、ぶりぶり尻を振っている。長距離のお散歩にご機嫌の様子だ。
「ゴッス、アゴッス、アゴッスジント、オサンポッポッポ!」
炎竜は犬の背中であいからわずへそ天をしている。
起きちゃあいるが、どうやら自分で歩いたり飛んだりする気はないらしい。退屈なのか、脚を空に向けて上げて、無駄にワチャワチャ動かしている。
「犬の健気さに比べて、炎竜のこの怠惰さよ。呆れるね、ほんと」
「あはは……。火竜のときはもうちょっと活発だった気がするね。ほら、ライリーがいくら逃げても追いかけてきて、頭の上にのってたじゃない」
――ケァ~ァ……。
気持ち良さそうにアクビなんてしてらぁ。
ルーグリオン地方、カテドラール領――。
前回は人類領域の復興を手伝ったから、今回はもともと魔族領域にするつもりだった。そんな折りに、ルランゼに頼まれたんだ。
カテドラール領にいきたい、ってな。
オアシスにきてからも、ずっと気になっていたらしい。ギャッツ、ビーグ、グックルの三バカが、命を賭してまで守ろうとした浮浪児たちが、いまどのような暮らしをしているのかを。
カテドラール領はフレイアがたった一人で内乱を起こし、滅ぼしてしまった領地だ。領主は森の浮浪児たちを人買いに売り飛ばすことで私腹を肥やしてきた悪党だから、その点についてはとやかく言うつもりはない。
だがそれでも、そんな領主であっても、街の維持には必要だったのかもしれない。フレイアが領主を殺害したのち、無法地帯と化したカテドラール領では力ある魔族の犯罪が横行し、善良な一般の魔族民は他の領地へと逃げるように移っていった。
ルランゼは魔王としての最後の仕事に、新たな領主を魔王軍とともに派遣し、無法を働く輩を捕らえ、領地を平定させて街としての体裁を取り戻すことを選んだ。そしてそれは成し遂げられた。だから彼女はオアシスにやってきたんだ。
つまり、政治的には、すでにカテドラール領の復興は終えているに等しい。
けどな、政治にできることってのは、そこまでなんだ。言い換えりゃ、その程度のことしかできねえ。その先、流出した民が戻ってくるかどうかは別の話になってくる。もちろん、浮浪児たちとて、彼らの意志なくば街にはやってこないだろう。いまも他者に怯えて森に隠れ住み、獣のような暮らしを続けているかもしれないんだ。
だから、俺は次の旅先をカテドラール領に決めた。三匹の男どもの想いを見届ける義務が、俺にはあるのだから。
繋いだ手に力が込められた。
「付き合わせちゃってごめんね、ライリー」
「アホタレ。埒外みたいに言うな。三人組にとどめ刺しちまったのぁ俺だ」
やつらはいまも生きちゃあいるが、もはやまともな暮らしはどこにも望めねえだろう。魔族領域であっても、人類領域であってもだ。
あるいはミリアスやフレイアのように未知の大陸外に旅立てりゃいいんだが、やつらはミリアスほど器用なタイプにゃ見えなかった。
ミリアスは、まあ、うん。どこにいっても、あいつならうまくやっていけるだろう。けれど三バカは違う。やつらの生き方は、あまりに不器用すぎた。性根からまっすぐ過ぎたんだ。
「わたしが捕まったせいだよ。ライリーにあんなことまでさせちゃったのは、わたしのせい」
「そんなことねえって」
俺は手を放して腰を引き寄せ、歩きながらルランゼの頭を肩に抱える。ルランゼが嬉しそうに目を細めると、先を歩いていた犬が不意に振り返った。
「イチャチャル? 犬ハ? 犬モ? 犬? イチャ?」
「何言ってんだ、おめえ?」
「クゥ~! カ、カカ、カ、隔靴掻痒! クゥ~!」
意味わからんこと言いながら苦悶に満ちた渋い顔でうな垂れてらぁ。
可愛いなあ。
「よしよしして欲しいんじゃない?」
「ソレ犬ソレ! ヘイサァサァ!」
なんか頭を下げて近づいてきた。
こう、グイグイこられると逆に引いちゃうんだよな。俺って乙女系おじさんだから。
だからぼーっと眺めながら放っておくと、しばらくしてなぜか犬はルランゼの尻に頭をこすりつけ始めた。
「クゥ~……ヤムナシ……」
「犬くんは、わたしのお尻が好きだね。キミはごすじんに似てどすけべだなあ」
パァ~ッと犬の表情に花が咲いた。
「似トル? 犬、ゴスジン似トル?」
「うん。よくないところがね。わたし以外の女性にしたら通報されるからね」
「カ~ッ! 似トルカ~ッ! カ~ッ! 似テシモトルカ~ッ!」
嬉しそうだ。可愛いやつよ。
俺は犬の顔面を両手で挟んでワシャワシャしてやった。尻尾が千切れんばかりに左右に揺れて興奮した犬が立ち上がり、炎竜が転がり落ちる。
――ケベ……。ケァ~……。
どしゃあ、と落ちた炎竜だったが、もそもそと起き上がると再び犬の背中によじ登った。ようやく満足したらしい犬が、また先に立って歩き始める。
森林地帯を抜けると、廃墟の街が広がっていた。周囲に魔物避けの堀と、決して高くはない外壁はあるが、肝心の街がこれでは。
外壁の内部では、建物の大半に荒らされた痕跡が残っている。領主を失ったことが原因で、略奪が起きたようだ。
「ヒトは戻ってきてねえんだな」
「そうみたいだね。でも――」
廃墟の先、ルランゼが指さした先にだけ、体裁を保っている一角があった。
建物は新品で洗濯物が風に揺れていて、少ないながらも大型の商店が見える。いや、大型と思えたけれど、どうやら何店かが集まって一つのマーケット地帯を作り出しているようだ。
俺にゃわからねえが、良キ匂いがしているらしく、犬が鼻を動かしながら涎を垂らしている。
そこには客の姿もそこそこあって、魔族の子供らが走り回っていた。
俺もルランゼも、ようやく安堵の息を吐く。
マーケットを越えると、今度は領主の館を中心とした住宅街だ。建物を直している五十名ほどの一団がある。軍部の者と、民間の職人が一緒になって動いているようだ。
そのなかの一体がめざとく俺を見つけ、どでけえ鋼鉄製のハンマーを置いて近づいてきた。
「ちっ、まだ生きていたか。本当にしぶといな、人間の分際で」
「よお、久しぶりィ」
あからさまな舌打ち。顔までしかめてな。
風に揺れる銀色の体毛。フェンリルさん家の銀狼だ。よく見りゃ、家屋の修繕や建築をしている魔族の中に、二足歩行の灰色狼が十体ほど混ざっている。
「おまえさん、魔王軍に所属してたのか」
「そんなわけがなかろう。我ら鋭き牙の一族は評議会の私兵だ。フェンリル様の手足となり、民間のためにのみ動く。それが誇り高き人狼隊だ」
「ジ、ジ、人狼アニキサァ~ン! ヘッ、ヘッ、ヘッ! カ、カッケェ人狼アニキサァ~ン!」
コボルトが興奮して尻尾振ってらあ。
ガン無視されてるけど。やっぱ犬から見て犬って可愛いもクソもねえんだなあ。この小憎らしい銀狼だって体長が半分以下の子犬だったら、そこそこ可愛く見えただろうしな。
「それで、何をしにきた」
あいっかわらず、ガワだけツンツンしてんなあ。
バレバレだぜ、銀狼よ。
「そんな言い方ってないでしょうよ。俺たち親友だろ?」
「誰が貴様のような人間なんぞと友の契りを交わすか。気色の悪いことを言うな」
「そんなこと言って尻尾揺れてんぞぉ~?」
ゆら~り、ゆら~り。
「おまえさては、俺のこと好きだろ? いいぜ、ごすじんになってやってもなァ? ほれ、言ってみろ、ごすじ~んってな」
「こ、これは風のせいだ!」
「じゃあ止めたら?」
「風を止められるわけがなかろう! そもそもの話、誰が貴様に会えたからと言って喜ぶものか!」
無風だけどな。
う~ん。しゃあねえ。俺が止めてやるか。
「お手」
「殺すぞ」
尻尾が止まった。
「でもよぉ、銀狼。おまえさん、俺にそんな口利いていいと思ってんのぉ~?」
「ああ!?」
「いまやこの俺、ライリー・キリサメは、ジルイール一族の親戚なんだけどぉ?」
「はぁ?」
「王族。華麗なる魔王の一族。な?」
そこまで言ってからようやく、銀狼は俺の隣に立つルランゼに視線を向けた。向けてから目をひん剥いて、次の瞬間には激しく泳がせ、長く立派な尾でスパァンと股間を覆う。うちの犬みてえに。
ルランゼが愛想笑いとともに変なポーズを取って言い放つ。
「うちの主人がお世話になってま~す」
「お、あ、……ま、まま、ま、魔王様……ッ!?」
俺は密かに期待する。
出るか、出るか、こい、「ギャッフンダ」!
しかし。
「こ、こ、これは、ご、ご機嫌麗しゅうございます!」
こなかったぁ~。
こいつはいつも俺の期待を裏切ってくれるぜ。あれってやっぱうちの犬だけの口癖だったのかあ。
「あはは、やだな。もう魔王じゃないよ。ほら、よく見て。ルランゼ。わたし、ルランゼの方だから」
「そ――!? ど……?」
「いまの魔王はルナでしょ。わたしは寿退位したからね」
銀狼が俺にすがりつくような視線を向けてきた。助けてぇ、助けてぇ、そんな心の声が聞こえた気がした。
だから俺はビッと親指で自分を指さして告げる。とどめを刺すために。
「そして俺がルランゼの夫のライリーだ! 一歩間違えりゃあ? もしかしたら俺が? 魔王だったかも? しんねえってことでぇ?」
「はぅあッ!? アガ、ガガガ……グッ!?」
かわいそう!
顎が外れちまいそうなくらい狼狽してる。狼だけにな。
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