第81話 大人げないよ勇者さん
前回までのあらすじ!
シリアス!
防護柵からルランゼがふわりと飛び降りる。
やはりというべきか、どこか気まずそうな顔をしていた。
彼女が近づくと、オルネの民の人混みが後ずさって割れた。自然、ルランゼから俺へと続く道が拓ける。
誰も言葉を発さない。
ルランゼは静かに歩き、俺の前に立ってから口を開きかけて閉ざし、うつむいた。俺はルランゼの背中に片腕を回して胸にしまい込むように抱き寄せる。
細い肩が、微かに震えていた。
「……間違ってねえ。おまえは、おまえだけは魔王だった頃から、一度も間違ってなかった。ずっと共存を模索してきたんだろ。だからそんな顔すんな」
ルランゼがうつむいたままうなずく。
無言でだ。
顔を上げずとも表情がわかる。ポタポタと、その足下に雫が落ちていたから。
「……魔王……やはり……」
「……オーガの戯言じゃないのか……?」
「……でもさっきの魔術は見たことがない……」
「……魔族の魔術だ……」
「……あの娘が……」
「……みんな騙してたの……?」
人混みがざわつく。
人質にされていた子供はもう取り返せたのに、空気はピンと張り詰めたままだ。
俺はオルネの民へと視線を上げた。
「聞きてえことがあるならはっきり聞けよ。ここで話せることはすべて、俺が嘘偽り無く応えてやる。ルランゼにやましいところなんて一つもねえからな」
感情を抑えてそう言ったつもりだったが、いつもより声は低く、怒りに震えていた。しまった、と思ったときにはもう遅い。
余計に怖じたのか、村人たちは一斉に黙り込んでしまった。
これじゃ逆効果だ。俺はバカか。くそ。
だが、一人の村人だけが人混みから出てきた。
年寄りだ。白く長い髭をしごいて、村長のゼラ爺が俺の前で立ち止まる。
「ではお尋ねしてもかまいませんかな、勇者ライリー殿」
「ああ」
俺は応じる。
ゼラ爺がうなずき、口を開いた。
「彼女は魔王ジルイールで相違ないのですかな?」
「ああ。いや、正しくは先代魔王ジルイールだ。この数ヶ月のうちに魔王は代替わりしている。今代もジルイール一族だが、真名は言えん。ただ、人類領域を侵すような輩ではないことだけは保証する。このルランゼは、二百年前に人魔戦争を起こした魔王とも別人だ」
感情を抑えているつもりが、早口になってしまう。
「落ち着きなされ、ライリー殿。二百年前の魔王が貴殿の曾祖母、勇者サクヤ様によってすでに討たれていることは、周知の事実です」
「そうか。そうだったな」
ふむ、とゼラ爺がうなずく。
「では、オルネを蹂躙し、王都ザレスまで攻め入ったのは――」
「そりゃルランゼじゃねえ。成り代わっていた偽者だ。知っての通り、俺がその偽物を討ち取って、ルランゼに王位を返還した。ルランゼはその間ずっと幽閉されていた。信じられんかもしれんが、これは厳然たる事実だ」
証拠はない。フレイアの髪束は魔王城に置いてきたし、手元にあったとしてそれが偽物のものであると証明できるものでもない。それこそ、ルナやシュトゥンの証言でもなければ。
ああ、歯がゆい。
ゼラ爺が首を左右に振った。
「いいえ、信じましょう」
やや緊張した面持ちで白髭をしごき続けるゼラ爺の意外な言葉に、俺は面食らう。だが、だからこそいまここで言える。すべての人類に言いたいことをだ。
俺は声を上げた。
オルネの民すべてに聞こえるようにだ。
「二百年前に人魔戦争が起きて以降、一度でも魔王軍が人類領域を侵したことがあったか!? このザルトラム王国のガイザス王がどれだけルーグリオン地方にちょっかいをかけようが、和平を望む使者の腕を切って帰そうが、ルランゼは一度だって人類と事を構えようとはしなかった!」
しんと静まりかえる。
「魔族の国内が人類の殲滅をもくろむ強硬派と、共存を望む穏健派に割れようとも、二百年近くも強硬派を抑え込んできたんだ! 人類との共存を望んできたんだぞ! そいつをずっとないがしろにしてきたのは、厳王ガイザスのような人類王の方だ! 偽物の侵攻を招いたのも自業自得だろうがよ!」
人混みから男の声がした。
「だ、だが、魔族は人間を喰らう! 見ただろう、あのオーガどもを! あんなやつらと共存なんてできるものか!」
「人間にだってオークやハーピーを喰らうやつはいただろう!」
「それは……」
実際、一部ではあるが好事家の貴族どもの間で、二百年前の人魔戦争以降、彼らの肉は高額で取引されている。貴族の私兵がそれを狙ってルーグリオン地方に踏み込む事件もあったはずだ。もちろん、ガイザスからのおとがめはない。
魔族に人権はないと、本気で考えてやがるからだ。
「それに本当に人間の血肉を必要とする不死者はルーグリオン地方にはもういない! 唯一無二だった不死者ギリアグルスに穏やかな引導を渡したのもルランゼだ! すべて共存のため、人間族と生きるためにだ! そんな想いを無碍にしてきたのは、いつだってザルトラム王国の方じゃねえか!」
ルランゼの身が強ばるのがわかった。
傷だ。この一件はルランゼの心の傷なんだ。わかってる。でも、それでも俺は話さなきゃならない。多くの善良な魔族の想いが込められている話だからだ。
ギリアグルス子爵は俺に言った。決して癒やされることのない不死者の孤独が消えたのは、ルランゼが最期までともにあってくれたおかげであると。彼女は唯一の、己の家族だったのだと。そうして幸福を抱いたまま、ギリアグルスは息を引き取った。
このことはルランゼにも当然話した。彼女は内に秘められたギリアグルスの愛を知って涙した。
ギリアグルスは親になったんだ。だから子の望みのために死ぬことを厭わなかった。それでいいと俺は思った。なぜならそれが自然の摂理だからだ。
幸せだった。その言葉を伝えたとき、ルランゼは泣きながら微笑んだ。表情を崩しそうになっても、懸命に微笑んでいた。
その顔がいまでも印象に残っている。
「なあ、いまルランゼがどんな想いでここに立っているか、わかってくれよ……。頼むよ……」
ゼラ爺がうなずく。
「さて、すべてを引き出したところで、オルネの民に判断の是非を問う。儂個人としては、ルランゼ殿に今後もオルネの復興の手助けをしていただきたいと思うておるが――」
村人が互いに顔を見合わせた。
迷いはまだ晴れていないらしい。
そんな中、水路工事で俺と話していた青年が、人混みを掻き分けて出てきた。
「賛成です。私は最初からライリー殿を信じてますよ。ライリー殿がルランゼさんを信じてるなら、私もそれに倣うだけのこと」
「……おまえさん、だったらもうちょい早く出てきてくれよ」
俺が恨みがましく言うと、青年がゼラ爺を指さして苦笑いを浮かべた。
「はは、すみません。うちの爺ちゃん、話の腰を折ったら、あとで小言が長いんで」
「おまえさん、ゼラ爺の息子だったのか? や、爺ちゃんってことは孫か?」
青年ではなく、ゼラ爺が口を開く。
「不肖のな。イリス、そんなふうにヒトを指さすもんじゃあないぞ」
「わかってるよ……」
イリスの苦笑いが止まらない。
おかげで肩肘張ってた俺は、少し力を抜くことができた気がした。
「あ~。そういやおまえさんとは復興で何度も顔を合わせてたのに、まだ名前を聞いてなかったな」
「イリスです」
「や、もう知ってるよ」
ゼラ爺がまたしてもつぶやく。
「まったく。自ら名乗らんか、イリス。おまえがいま話しておるお方は、今後のザルトラムの歴史に長く名を刻む男だぞ」
「わかってるよ……。恥ずかしいからあまり人前で叱らないでくれよ……」
「はん。成人しておるのに、いつまでも未熟な己を恥じるがいい」
「ぐ……」
クスクスと人混みの中からも笑みがこぼれた。
何だか空気が弛んだ気がするね。
ふと思い出して、俺は口を開く。
「イリス、さっき剣投げてくれてありがとな。あれは助かったぜ」
「いえいえ。もうちょっと遅かったら、私がこのスコップで殴り込むつもりだったんですがね。えいや、たぁ……てな具合にです」
ゼラ爺がまたしても吐き捨てる。
「調子に乗るな、小童風情が」
「へいへい」
すげえ爺さんと孫だなぁ。仲よさそう。
ゼラ爺が再び民に向き直った。
「それで、皆の是非はどうかの。ルランゼ殿のオルネ立ち入りに問題があらば、挙手を」
妙ちくりんな爺さんと孫が空気をゆるめてくれたおかげか、もうルランゼを怯えた目で見ているものはいない。手を挙げるものもだ。
「決まりじゃな」
ゼラ爺がルランゼに白髪の頭を垂れた。
「ルランゼ殿。ライリー殿ともども、今後ともよろしくお願いできますかな?」
「…………あ、は……い……」
好々爺の笑みを浮かべ、ゼラ爺がうなずく。
その笑みで気づいた。
最初っからゼラ爺自身は、こうなると予期していたことに。村人から信を得るため、俺やルランゼからすべてをむりやり引き出したんだ。隠し事をしたまま信頼だけを得ようだなどと、俺たちこそ未熟だった。
情けねえな。ほんと。
ルランゼが慌てて付け加えた。
「あ、ありがとう、ゼラ爺さま」
「礼を言うのはこちらの方です。復興を手伝っていただけるだけに及ばず、オルネの子を守っていただき、ありがとうございます」
ゼラ爺が再び頭を下げると、負けじとルランゼが深々と頭を下げる。
その直後のことだった。人混みの足下から小さな影がいくつも飛び出してきて、ルランゼの足下に飛びついたのは。
「わっ、ちょ、ちょっと……」
戸惑うルランゼに、小さな子供たちがまとわりつく。
ひい、ふう、みい、七人だ。あ、小せえのが遅れてきたから八人になった。
「わあ、やったあ! おねーちゃん、またお肉のお手玉見せて!」
「たすけてくれて、ありがとう!」
両手を取られて、ルランゼはわたわたしている。
「あそんであそんでっ」
「さっきの魔じゅつ、かっこよかったーっ」
「ライリーにあきたら、ぜひともうちの父ちゃんのサイコンアイテになってあげてくださいっ」
おい。待て。一匹ヤバいのが混じってるぞ。
「そ、それはちょっと困るかな~。おねーさんはライリーおじさんのこと、大好きだから」
「え~、でも、わたしのほうがおじちゃんのこと、もっとだいすきだよーっ」
そこの幼女よ、あと十五年経ってからもう一度言ってくれ。ニヤニヤが止まらねえよ。
ルランゼは食い下がる。
「そんなことないよ~。おねーさんの方が好きです~」
「じゃあそれよりももっとすきかも」
「だめだめ。その倍は好きだから」
はは、真顔で対抗してら。
照れるじゃないかよ。これは今晩、村を発ってからテントで頑張らねばな。
「おねーちゃんっていい匂いするね」
「――ひゃッ!?」
正面からルランゼの下半身に顔を埋めたガキの首根っこを素早くつかみ、俺は自分の顔の高さまで持ち上げた。
そしてできるだけ優しく引き攣った笑みで懇切丁寧に教えてやった。
「おぉ~~いおいおいおいこら小僧そこは俺以外の男が触っちゃだめなとこなんだぞ匂いを嗅ぐなんて以ての外だから次同じことやったらおいたん世界を敵に回してでもキミのことおもいっきり張っ倒しちゃうからねコノヤロウフフフッフフっ!」
「…………こわっ」
オルネの民が一斉に笑った。
どすけべがはみ出ちゃった……。
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