第80話 魔女さんは魔王さん
前回までのあらすじ!
どこでもイチャつく!
俺はスコップに魔力を通して、農業用の水路を掘り進める。
「ほいっほいっほいっほいっ」
掘り進めるといっても、もともとそこに水路は存在していて、魔王軍の侵攻の際に落ちた土砂や瓦礫をすくい出す作業をしているだけなのだから楽なもんだ。
魔力を通したスコップは素晴らしい。堅い岩だろうが瓦礫だろうがサクサク突き刺さり、凄まじい速さで掘り進めることができる。そりゃもう、まな板の上のスライムなみにサックサクよ。
プラス、俺のこの素ン晴らしい筋肉があれば、削岩した岩や瓦礫を水路の外に放り出すことだって容易いってもんよ。
むしろ俺が掘った後を整地して回る村人の作業の方が遅れ気味だ。
「うへえ、あいかわらず仕事が早いねえ、ライリーさんは。村の男衆十人分くらいの仕事をしてますよ」
鍛え上げた肉体を見せつけるように、俺は腕を折りたたむ。
「はっは、土いじりは好きでねえ!」
掘り出された瓦礫を見て、青年が笑った。
「これもう土じゃないでしょ。岩の塊なんて、昨日までは一つ上げるだけでも数人がかりだったってのに」
「このスコップのおかげだな」
つーか魔力を通すようなレアな金属は、滅多に起こらない戦争を想定して剣なんかにするより、平時から万民に使用されている農具や土木作業具にすべきだな。
これぞ平和の象徴、聖なるスコップだ。
「それを扱えるヒトが貴重なんですよ。うちの村にはいません」
「そっか」
どうやら水をカップで持ってきてくれたようだ。
俺はそいつを受け取って一息に飲み干した。口元を首からかけた布で拭い、カップを返して笑う。
「何にせよ、助かります。早く種を植えないと、乾期がくる前に備蓄が尽きちゃいますからね。あなたがきてくれてよかった。これで水路の作業は十日ほど前倒しにできます」
「こちとら昔っから腕っ節しか取り柄がねえんでなァ」
「あんな綺麗な嫁さんもらっといて、よく言えますね」
「嫉妬かい? 独身くん」
「そうですよ。余計なお世話だ」
青年のジト目が心地いいね。若えやつから見ても、やっぱルランゼは美人らしい。
「なかなか女を見る目があんじゃねえの。ところであいつ、頑張ってる?」
「ええ。女衆が助かるって言ってました。あなたに負けず劣らず、すごい怪力みたいですね。切り分ける前の大きな羊肉の塊を片手に一塊ずつ運んできて、他の女たちを驚かせたとか。あと、大道芸みたいにそれを上に放り投げて手玉にして見せてたとか」
俺は泥だらけの手で顔を覆った。
「……んもう、やり過ぎだろうよ……」
正体がバレたらどうすんだか。
ルランゼは上位魔族の魔人種だ。付与魔術なんて使わなくても、そこいらの男どもや魔物には負けねえだけの筋力がある。少なくとも素の俺よりは力が強え。魔力付与をした俺と同じくらいあるんじゃねえのかな。
夫婦喧嘩はやめとこ……。
「あれって魔術ですよね?」
「あ、あ、あたりまえだろ!? 素であんな怪力女がいてたまるかってんだっ。なんせあいつ、俺よか魔術が使えるからなっ」
厳然たる事実だ。付与が使えるのかどうかは知らんが。
「やはり魔術でしたか。それにしても魔女とは珍しいですね。さすがは勇者の嫁に選ばれる女性は多才だ」
「だろ?」
すまん。むしろあれ、魔女どころか魔王だ。
「おかげで子供はみんな炊事場にいっちゃいましたよ。あっちにおもしろい女の人がいる~って」
「なんだと、子供だろうがなんだろうが誰にもやらんぞ! あれは俺の嫁だぞぅ!」
おもしろいけど。
「ええ、私に言われましても……」
「んじゃま、ガキにルランを取られねえよう、急いで水路を繋げちまうかね」
「ははは。お願いします。私はライリーさんが掘り出した瓦礫を運ぶだけで手一杯だ。整地に至ってはまったく追いついてませんしねえ。困りました」
「へいへい、みなまで言うな。早く終わったらそっちも手伝うよ。やれやれ、ルランとイチャつくのはその後だな」
「はは、助かります~」
「最初っからそれ狙いだろ?」
「バレましたか」
少し笑って、俺はまたスコップを構える。が、魔力を通してそいつを瓦礫へと突き刺そうとした瞬間、その声が響いた。
子供の悲鳴――!
「え?」
「――!」
考えるより先に身体が動いた。俺はスコップを青年に放り投げて渡し、水路の縁に手をついて地面へと飛び出す。
緊急事態だ。
魔物避けの防護柵はすでに完成されている。悲鳴の原因が再建工事の事故じゃないのだとしたら、それでは対処できない出来事が起こったということだ。
高位の魔物か、あるいは盗賊の類。高く頑丈な柵も、怪力でぶん殴られりゃ壊されるし、知恵のある者にゃ乗り越えられる。
サクヤの剣は背中にある。穴掘りの邪魔になるから腰からは外していたが、何となく背中に括り付けておいたことが功を奏した。
もっとも、こいつを抜かずに済むならそれに越したことはねえが。
悲鳴のした方へと駆ける。
ヒトだかりができていた。俺は最後尾の男の肩に手をついて、一気にそれを跳び越える。着地と同時に視線を上げると、そこには成人男性より一回り以上は大きな有角の人型種族がいた。
それも三体だ。
「オーガ族!?」
先頭の一体が大きく反った巨大な剣をこちらに向け、左後方のやつが片腕で拘束した子供の首に斧の刃をあてがっている。右後方のやつは両手に手斧だ。
「……なんだこりゃ……?」
俺は片膝をついた体勢のまま、サクヤの剣の柄に手を置いた。途端に鋭い声が飛ぶ。
「そこの男ッ、動くなッ!!」
「なんでこんなところにオーガ族がいるんだ? おまえら帰還兵か? 魔王軍は全軍撤退したはずだが……」
「知ったことかッ!!」
オーガ族の一体が、首筋に刃をあてがった子供を盾にするかのように俺へと持ち上げて向けた。
「ぅ……こわ……い……よ……」
「待て! 事情があるなら聞く! まずその子を下ろせ!」
「てめえが武器を捨てろ!」
「わかった」
俺は背負ったサクヤの剣の紐を解き、足下に落として素早く後方の人混みへと蹴った。
「これでいいか?」
正直オーガ族三体を相手に素手は、かなり分が悪い。包丁もねえしな。だからやつらに武器を取られてしまう前に、わざと人混みに蹴り込んだんだ。
そいつが不満だったのだろう。オーガ族の一体が舌打ちをした。
よく見りゃ、その人混みも殺気立っている。スコップや鍬が武器だが、一触即発といった具合だ。ぶつかり合えば、どっちもただじゃ済みそうにねえ。
「武器は捨てたぞ。子供を放してくれ」
「ここにいる全員を下がらせろ! てめえもだ!」
どうやら俺の顔は知られちゃいねえらしい。
「……落ち着け。悪いが、そいつぁちょいと無理な相談だ」
すべての要求を呑めば逃げられる。人混みそのものが包囲網になってるんだ。
そのおかげで、ぶつかり合えばただでは済まないオーガ族も、子供を人質に取られている村人も、両者ともに動けずにいる膠着状態を保てている。
ルランゼは……人混みにいないな。
その方がいい。彼女はオーガ族に顔を知られているだろうし、村人に正体をばらすわけにもいかねえ。
「だが子供を放せば包囲網は解く。追いかけることもしねえ。そいつは約束する。村人にも約束させる。だから解放しろ」
オーガ族が顔をしかめて嫌な笑みを浮かべた。
「ハッ! それじゃ意味がねえんだなあ、これが!」
「意味? 誰かの命令で動いてるのか?」
「逆だァ! 命令から解放されたんだよォ! あのとんだ食わせモノの偽魔王からのな!」
フレイアのことか?
「ああ?」
「あの偽物は俺たち軍属に言いやがった! 兵は討て。ただし、民からの略奪と殺戮は禁止するってな!」
フレイアが下した、魔王軍侵攻時の命令だ。
彼女の目的は体制の崩壊のみだったから。つまり、王や軍族、貴族を討つことのみだ。そこに善良なる民は含まれない。
「窮屈だったぜぇ~! 侵攻が決定されたときにゃ、ようやくヒトの肉をたらふく喰えるようになると思ってたのによォ!」
……ああ。
「おまけにあの偽物ァ、よりによって人間族の勇者なんぞに負けてくたばりやがった! だったら命令なんざもう無効だろうがよォ? なあ、おい!」
「おうよ! 本物の魔王様だったら、人間なんぞ民も地もすべて蹂躙して王族どもをぶっ殺せていただろうになあ! あいつは所詮は偽物の敗北者だ!」
オーガ族三体がわざとらしく下卑た大声で笑った。
「わかったら消えな。今日のところはガキ一匹で勘弁してやる。それとも、そのちっぽけな農具で俺たち魔族兵と戦うかぁ? 今日この場で皆殺しにしてやっても構わんのだぞ! 新鮮なうちに何体喰えるかはわからんがなァ」
後方の気配が怖じるのがわかった。
そら怖かろうよ。彼らは農民だ。農具を持ったって、数十人束になったって、本来ならオーガ族の魔族兵三体を討つのは難しい。よくて一体、あるいは怪我を負わせる程度に終わるだろう。
それほどの戦力差なんだ。
おまけに人喰いときたもんだ。すべてのオーガ族の祖にあたるシュトゥンの話では、大半のオーガ族は人喰いの習性を忘れて久しいらしいが、中にはこういう輩もいるということか。
俺は言葉を投げかける。
「オーガ族は不死種とは違い、人間を食わずとも生きられるはずだ」
「だがもう我慢をする必要はなかろう? くっく、はーっはっは! 最高だ! おめえら人間族の勇者様が偽者をぶっ殺してくれたおかげで、俺たちにとっちゃ最高の世の中になった! 敗戦したから尻尾巻いて帰還だと? バカか、喰えるだけ喰ってくたばった方がマシだ!」
「……」
王都がさっさと騎士団を派遣し、オルネの復興に勤しんでいたらこうはならなかっただろうに。騎士ならば数名もいれば、一体のオーガ族くらいは倒せるだろうし、村に守護者がいるとなればオーガたちもこんな凶行には走らなかっただろう。
ああ、気分が悪ィ。何もかもが不快に感じる。
俺はため息をついてから、暗鬱とした気分で独り言ちた。
「……救えねえんだな、もう……」
「ライリ――ッ」
俺は後方からの声を手のみで制する。
オーガ族が得意げに言い放った。
「そうさ! このガキだけはどう足掻いてももう救えねえ! だが逆に考えろ! こいつを差し出すだけで、他のやつらは今日を生きられる! もっとも、明日は知らんがな!」
「俺たちは毎日くる」
「ガキか女を必ず一人は用意しておけ。男は肉が堅いからな。できなければ殺して喰う。それだけだ」
阿呆が。
俺は腕を上げ、人差し指を立てて、ゆっくりとそのオーガを指さす。
「違うねェ。何もかんもが違う。救えねえのは、てめえらの方だ」
「あ?」
瞬間、斜め上空から飛来した炎色の閃光が、子供を抱えていたオーガの頭部を消し飛ばして地面を高熱で穿った。完全に消し飛んだ。命さえもだ。何も残らない。首から上を失ったオーガは、自身が死んだことにすら気づいていないだろう。
胴体だけがゆっくりと背後に倒れて、捕まっていた子供が地面に背中から落ちた。傷口は焦げ付いていて、血液さえ流れ出ない。
「ライリーさん!」
「――」
先ほどの青年の声に反応して、俺は片手を持ち上げる。
後方から投げられたサクヤの剣を受け止めて鞘から抜き放ち、呆然と立っていたオーガへと最速で距離を詰め、心臓を貫く。
そいつは血走った目で、信じられないというふうにつぶやいた。
「ライ、リー……? お、おまえが、あの勇者……ライリー……か……ッ!」
「ああ」
剣を抜くと、オーガは膝から崩れ落ちて倒れた。しばらく痙攣していたが、すぐに止まる。死んだ。どろりと、やつの肉体の下から赤黒い血だまりが広がった。
残りは一体。
「く、くそ!」
苦し紛れの道連れのつもりだったのか、あるいはもう一度人質に取ろうとしたのかはわからない。残ったオーガは両手の手斧をガキに振り下ろす。俺はその手斧を逆袈裟に斬り上げて阻止すると、体勢を崩したオーガが尻餅をついた。
そのとき、オーガの視線が一点で固定される。
「……っ!?」
見開かれた瞳に映るのは、彼らが本物であると称した魔王ルランゼ・ジルイールの姿だ。
ルランゼは防護柵の上に立ち、すでにオーガの頭部に指先の狙いを定めていた。射角で人混みを貫かないために、高所から狙ったのだとすぐにわかった。
「そ……んな……っ、なぜこんなところに魔王様が……っ!? だ、だがこれで助か――っ」
直後、ルランゼから放たれた一条の閃光が、三体目のオーガの頭部を射貫く。
俺は剣の刃に付着した血を払ってから刃を鞘へと収めると、泣くことさえ忘れて地面で震えていた子供を片腕で抱え上げた。
「よーしよし、怖かったな。もう大丈夫だぞ~。ほれ、父ちゃん母ちゃんとこにいけ」
「~~ッ!!」
直後、堰を切ったように大声で泣き始める。
人混みから飛び出してきた両親らしき二人に子供を返すと、俺はまたため息をついてうな垂れた。
聞かれちまったんだ。ルランの正体を。
オルネの村人全員にだ。
だから彼らのほとんどが、防護柵の上に立つ恐るべき力を持った魔女を見上げていた。怯えるような視線でだ。
ああ、なかなかうまくはいかねえもんだな……。
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