第8話 夏の火遊び
前回までのあらすじ
おっさんが絶好の機会を泣く泣く見送って食欲で妥協した。
「火加減、間違えたかも」
調味料を両腕で山ほど抱えたルランゼが、開口一番ぽつりとつぶやいた。
俺たちの前にあるものは、炭と灰だ。間違っても竜じゃない。骨や鱗ですら、欠片も残っていない。
炭と! 灰だ! 炭! 灰! 炭、灰、炭灰炭灰炭灰炭灰炭ハイィィ!
「ルランゼ。これは調理じゃねえ。火葬っていうんだ」
「え~、ちょ、ちょっと待ってよ。こんなはずじゃないんだけどな……」
俺は憐憫の視線で彼女を見る。
「飯まず女子か」
「ち、違うよ! ほんとにこんなはずじゃないの! じっくり火を通さないと中まで焼けないと思ったから、ちゃんと弱火でコトコトやったもの! わたし、お料理好きだし! 何だったら得意分野だし! 魔王城でだって自炊してるんだよ!? だからこれはきっと竜が勝手に発火したんだよ! ほらよく思い出して! あの子いまにも発火したいよ~って顔してたでしょ!?」
知らんし。
「いやすげえ喋るな。いるよなぁ、立場がヤバくなると突然口数が増えるやつ」
「ち、ちち違うし!」
ルランゼが調味料を取りに走り去ったあと、唐突に竜を焼く炎の威力が増した。
それは天まで焦がすほどの勢いで噴き上がり、腰に深刻なダメージを負ってヘバっていた俺ですら、掘り出された芋のように転がってでも遠ざからなくてはならないほどの熱量だった。
ルランゼが調味料を持って戻ってくる頃には、もう炭と灰になっていたってわけだ。こうなっちまったら巨大な竜だろうが、可食部などあったもんじゃねえ。
あたりはもう暗くなり始めている。さすがにいまから食料調達はできそうにない。
「しゃあねえ。今日は互いに持ってきた食い物を出し合って食うか」
「……ぅぅ、ご相伴にあずかりますぅ」
「持ってきてないのっ!? 何もっ!?」
ふるふると、ルランゼが首を左右に振った。
「えへへ、昨日全部食べちゃった。それでダイエットのために泳いでた」
「おま、計画性ゼロか!」
「だ、だからライリーに協力してお魚半分もらう計画だったの。そりゃわたしだって計画性イチくらいはあるよ」
ウケる。この魔王。やべえやつだ。
俺は笑いを堪えながらテントに向か――おうとしたとき、ルランゼの背後で何かの鳴き声がした。
――ケェ~。
俺とルランゼが同時に振り返る。
視線の先にあるものは、竜を焼いたときに出た炭と灰だけだ。
「何か言ったか?」
ルランゼが唇を尖らせて声を出す。
「ケェ~」
「何だよ、ルランゼかよ。変な声出すなよ」
「違うよ。そう聞こえたってこと」
「……だよな?」
そのときだ。
背骨らしき竜炭がパキリと折れて、灰被りの小さな何かが長い首をピョコンと出した。そいつは首を左右に振って頭に付着した灰を払うと、黒一色の瞳を俺たちへと向ける。
――ケェ。
「何かいるね」
「ああ」
大きさは両手で抱えられる程度だ。もぞもぞと動き、ようやく全身が見えた。トカゲのようなカラダつきに、短い手。翼だけが不釣り合いに大きい。
バタバタと翼を動かして立ち上がり、いまにも転びそうな足運びで俺とルランゼの足下にやってきた。首を懸命に上げて俺を見上げている。
「竜の子か? あの炎の中で生きてたのか?」
「あー。思い出した。ほんとかどうかわからないのだけれど、魔族の伝承の中での竜は不滅の存在なんだよ。子を成さない代わりに、死ぬこともない。肉体が滅びると灰から蘇るんだってさ」
「なるほど。生物の枠に収まらねえ自然現象そのものだな」
となると、こいつは竜の子というよりはさっきの竜の転生体ってところか。ならば転生を早めるため、自ら発火したとも考えられる。
ルランゼは飯まずじゃなかったってことだ。いまとなっちゃ、どうでもいいことだが。
――ケェ?
今度はルランゼを見上げて、首を傾げながら鳴いた。
敵意はなさそうだ。転生の際に記憶は消去されるらしい。ざまぁみろだ。
ルランゼが口元を両手で覆ってつぶやく。
「か、か、可愛い」
「……こいつ、食えるかね?」
「ちょっと!?」
「冗談だ。焼いてもどうせ復活すんだろ。生物ってより現象っぽいからな。なら放っときゃいい。そのうちどっかに消えんだろ。飯にしようぜ」
無視して歩き出そうと背中を向けた瞬間、竜の子は翼を広げて飛び、ズシンと俺の頭に乗っかった。
首を斜めに曲げられた俺は、不機嫌に吐き捨てる。
「……下りろ、クソトカゲ」
しかし竜の子は、そのまま翼をたたんで後ろ足を曲げた。
下りるどころかむしろ座ったんだ。
――ケェ?
「ヒトの頭の上に落ち着くんじゃないよ。重くて首が曲がるだろ。最近じゃもう寝違えや肩こりがひどいんだぞ」
「あっはははははは! 懐かれてる! 懐かれてるよ、ライリー! 親と勘違いしてるんじゃないかなっ!?」
「……んだよ、もう。おまえ、親なんていねえだろ。現象生物の分際で」
後ろ足をつかんで地面に下ろしても、すぐに翼を広げて飛び乗ってきやがる。三度繰り返したところで、俺はあきらめた。
「あっはははははは!」
「そんなに頭の上が好きならこっちだ。ほれ、今日からこいつがおまえの母ちゃんだ」
俺は竜の子を持って、ルランゼの頭にのせてやった。
――ケェ!
「わっ、案外重ぉ! 肩凝りそうだよ!」
「だろ?」
「ふふ。でもわたしが母親なら、ライリーとわたしは夫婦だね」
……。
「…………へっ、バカ言ってんじゃねえよ」
「え~、いまの間は何? ねえねえ?」
だが、どうやら竜の子もルランゼもまんざらではなさそうだ。楽しげに戯れるひとりと一体を眺めながら、俺は鼻歌交じりに夕飯の準備を始めた。
……どうやら俺自身もまた、まんざらではなかったらしい。
上手に焦げました。
……火葬やん。
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価やご感想、ご意見などをいただけると幸いです。
今後の糧や参考にしたいと思っております。