第74話 次期魔王さんと元勇者さん
前回までのあらすじ!
クリスマスイブらしい内容だった!
テーブルの向かいの席。
ルナは俺の視線から逃れるように、うつむいたままだ。しばらくそうしていたが、俺は痺れを切らして尋ねてみた。
「ルナちゃん、寝てる?」
「起きてる」
「眠い?」
「眠くない」
返事はある。
眠くないそうだ。
「あのさ、体調とか――」
「悪くない」
会話したくないのかな。
いやでもさっきもう少し俺と話してたいって言ってたよな。上げて落とされる。この落差がすげえな。
ぐわっと、唐突にルナが頭を上げる。
すごく怒っている風な顔をしていたから、俺は反射的に謝った。
「……ごめんなさいっ」
「何が?」
「わかんないけど、何となく謝っとこうかなって」
キッ!
ひぇ……!
「ああん、もおおおおおおっ!」
だが次の瞬間、ルナが突然自分の額をテーブルにものすごい勢いで叩きつけた。ゴッ、と凄まじい音と衝撃が響き、燭台がカランと倒れる。
予想を遙かに上回る出来事に、しばし呆然とした俺だったが、我に返って思わず腰を浮かせた。
「ちょっと!? ルナちゃん!? 何やってんのっ!?」
額をぱっくり割ったルナが、再び頭を持ち上げる。
割れた額からは、つぅ~と血が垂れている。鼻梁で二手に分かれた血の流れが、頬と顎を伝ってポタポタと垂れ落ちた。
「へ? なに? どうした?」
「何がって!? 頭、頭大丈夫!? 二重の意味で!」
あ、やべ。驚いてる場合じゃねえ。
包帯、包帯を探さねえと。そ、その前に消毒と止血を。
「頭? ああ。こんなの別に平気だ」
「いや、めっちゃ血ぃ出てるって!」
だが、ルナが太陽の輝きを宿す手を額にあてると、傷は嘘のように消えた。戦神ガリアの癒やしの奇跡だ。
「ほら、もう治った。痛みもないから。な? 平気だろ? そんなことより、なんか話そう? ほら、座れって。あ、ここ、ライリーの家だった。あは、あはは」
「は、ははは……」
ひぇぇ~……。
怖い。意味がわからん過ぎて、なんかもう怖い。
つか、いいの? いまの奇跡の使い方。ルランゼにしばかれたビンタ痕は治してくれなかったのに。戦神ガリアさん、適当に扱われすぎて怒らない?
そんなどうでもいいことを考えていると、ルナがおずおずと尋ねてきた。
「あ、あの、ライリー、さ……」
「う、おお?」
「姉様とは……もう?」
「ン何がっ?」
「そ、それは――その……」
カァ~っとルナの頬が染まった。泣きそうな顔をして、そして。
次の瞬間、ルナがグイと首を引く。
「う、う、うわあああぁんっ!!」
「待――っ!?」
ドゴォ!
再び額をテーブルへと叩きつけた。
ビシャっと額から散った血が、テーブル上に飛散する。倒れていた燭台が、さらに転がってテーブルからフロアに落ちた。
ひぇぇ……。俺ン家、殺人現場みたいになっちまってる……。
「ル、ルナ……?」
ルナが頭を上げて、再び自身の手で額の傷を治す。
「ん? 何?」
「何って……」
俺の台詞なんだが。
「ご、ごめん。わたし、おかしい、よな?」
「うん、だいぶ……」
「あとで血は拭いとくから! 掃除するから! き、き――」
「木?」
「嫌うなよ……? 違う! き、嫌わない……で……」
慣れない旅に疲れすぎておかしくなったのか?
たかが血。俺みたいに、シモの世話までさせたわけでもねえだろうに。
「や、そんなこと気にしなくていいから、俺のベッド空いてるから、あっちで少し休んできた方が――」
「ライリーのベッドで!? は、ぁ、ぁあああああっ!! う……もぉぉぉ、だめだめだめだって!」
ルナが三度、首をグイっと引いた。
やめてッ怖いッ!!
俺はテーブル上に身を乗り出し、慌ててルナの頭突きを両手で受け止める。ドム、と鈍い音がした。額とテーブルの隙間で潰れそうな指が哀れだ。痛え。
「さっきから何やってんの、ルナちゃん」
「う、う、だって……」
こりゃあ、このままここにいたんじゃだめだな。
ルナの額はさておき、うちのテーブルと、戦神ガリアさんの忍耐がもたない気がする。ンな~にをわけのわからんことに、我が奇跡を乱用しとるんじゃいってな。
しっかし、こりゃあ……。
ルランゼに負けず劣らず、情緒不安定だ。やはり魔王位の重圧か、それとも慣れない旅の疲労もあってのことか。
ちょいとむりやりになるが、やはり気晴らしに連れ出した方がよさそうだ。
「よっし。やっぱ湖行こう!」
「え? え?」
「ほら、立て立て」
俺はルナの手を取って、強引に椅子からでかくて重い尻を引き上げる。
「晩飯の時間まで、小舟に乗りながら釣り糸でも垂れようや。熱風と冷水の隙間を滑るように走る小舟は、すんげえ気持ちいいんだぜ」
「う、うん」
「舟は苦手かい?」
「ううん。ライリーとなら、楽しそう……かも……」
「はっは、そりゃいいや」
ルナが立ち止まった。
「あ」
「どした?」
「み、水着、持ってきたら……よかった……」
「気にすんな。どうせ俺しかいねえんだし、裸で泳いだって構わんぜ。ゲッヘヘヘ!」
「か、考えとく……」
「!?」
そのまま日干しレンガの家からルナを連れ出す。いい天気だ。ま、オアシスは雨がほとんど降らねえから、いつもいい天気なんだが。
俺とルナが釣り竿を担いで外に出ると、めざとくそれを発見したらしい犬と炎竜が湖の畔から走ってやってきた。つか炎竜は飛べよ。なんで走ってんだよ。
――ケェ! ケケッケ!
「ゴゴスジ~ン! ヘッヘッヘッヘ!」
「おう」
「犬ハ、楽シ! ココ、楽シ! ゴスジンモ? オサンポ楽シ?」
ま~だお散歩気分だったか。
だが、そのうちここが家になる。俺やルランゼや炎竜のように。あ、炎竜は違えわ。こいつの父ちゃんだった火竜には家だったが、このクソボケ炎竜は初だったわ。
「おうよ。いいとこだろ?」
「わぉん!」
――ケッケケ! ケッキャケケケケ!
ちなみにこいつらに魔力嵐を越えさせる際には、俺のナップザックん中にたこ詰めにして運んでやった。そいつぁ、ルナの試しを終えた後のことだ。
犬も炎竜も、ズタ袋ん中で大いに怯えてたっけか。まあ、あの魔力嵐じゃ無理もねえけど。
魔力嵐は健在。いまも轟々と砂礫を天まで巻き上げ続けている。
結界魔術の鍵となるルナがいれば魔力嵐そのものを消し去ることも可能だが、当分の間はこのままでいいと考えている。
なにせいまの俺は、魔族にとっては王族を取り戻し、人魔戦争を止めた英雄であり、人間族にとっても、偽魔王を討って魔王軍全軍を人類領域から撤退させた立役者でもある。
言いたかねえが、おそらくこの大陸で最も有名な個人になっちまった。
いくら脳筋のガイザス王やカザーノフ小物大司教でも、「帰ってこい」と必ず命じてくるだろう。だがもう冗談じゃねえ。政治事なんぞ糞食らえだ。
その点、魔力嵐という絶対防壁に囲まれたこのオアシスは、姿を隠すにゃ都合がいい。面倒なやつらに見つからずに済む。まともな頭をしてたら、中に生物がいるだなどと誰も考えないだろうからな。
とはいえだ。そういった面倒ごとを抜きに、いざこの魔力嵐を消し去ろうとしても、どこに結界術の核が存在しているかがわからなかったりする。
もしもルランゼがいた封印の間と同じく結界の頂点に核があるのだとしたら、炎竜が成長してルナを乗せられるようになるまでは魔力嵐を消すことは不可能だ。
消そうたって、簡単に消せる代物じゃあねえのさ。
手を繋いだまま歩く俺とルナの周囲を、犬と炎竜が忙しなく走り回る。まるで夫婦と子供じゃねえか。と、そこまで考えてから、ルランゼと同じようなことを話していたのを思い出した。
「いけね」
俺はルナの手を放す。ルナが微かに声を上げた。
「ぁ……」
「悪ィ悪ィ。別にやましい気持ちで繋いだわけじゃねえんだ」
「……別に……いい……」
「や、ルナちゃんに魅力がないっつってるわけじゃないぜ。と~っても可愛いと思うし。尻とかなっ。でも俺にはもうルランゼがいるからな。だからさっきのは、ルランゼには秘密な?」
「……」
ルナがうつむく。表情は見えなかったが、すぐにコクリとうなずいた。
やっぱちょいとおかしいな。ホームシックってわけでもねえだろうに。
ま、この天気だ。気晴らしに小舟にでも乗って揺られてりゃ、気分も晴れるだろうさ。
オアシスは太陽を反射して、あいかわらずキラキラ輝いている。俺がたまらなく好きな景色だ。かつてはこの光景を見るためだけに、休暇のたびにここを訪れていたくらいだ。
「わっ、綺麗……っ」
「だろ。それに大きくて広いんだ。魚もいっぱいいる。だが、ルランゼはもっと綺麗だ。俺はあいつと出逢って、世界の見え方が変わった気がした」
俺がその日まで生きてきた世界には、色がついていなかったのだと、彼女と出逢って初めて知った。もう白黒世界にゃ戻れねえ。そう思ったから、俺はルランゼを取り戻す旅に出たんだ。
ほんの少し前のことなのに、不思議と懐かしく感じられる。
だから今日のオアシスは、特に綺麗に見えた。
「……あ、あのさ、浸ってるとこ悪いんだけど、ここにも同じ顔が、いる……ぞ……?」
「おお。そうだった。双子だもんな。でもなんか不思議だなァ。顔は同じはずなのに、ルランゼは綺麗に見えて、ルナちゃんは可愛く見える」
「ひ……」
気温の割りに水温が低いのは、地下水の流入によるものだ。だがそれだけに透き通っていて、深い場所でも水面から魚影が見える。
俺は湖畔に停めておいた小舟を点検する。
ルランゼを捜す旅に出る前に造っておいたもんだが、ヒビも入ってねえし船底に隙間もねえ。問題なさそうだ。
俺が小舟を湖へと向けて押していると、ルナがすぐ横について手伝ってくれた。視線が合うと、少し照れたように笑って。
「手伝う」
「こんなことを次期魔王様に手伝わせるのは、ちょいと申し訳ねえなァ」
「いいんだ。楽しそうだし。それに、あなたにはもうそんなふうには言われたくないな。や、へ、変な意味じゃなくだぞ?」
そらそうか。義理の兄妹になるんだからな。
「んじゃもうそういうのはやめだ。おまえはここに遊びにきただけの、ただのルナちゃんな」
「へへ。いいね、それ!」
ルナに笑顔が戻った。
少し笑って、声をかける。
「んじゃ、いくぜ~。せ~のォ~!」
同時に小舟に寄りかかり、押す。
「えっこらせィ!」
「ん~……っ!」
その足下では犬と炎竜も押してくれているが、おめえらは戦力外だぞぅ。
やがて俺の小舟は、ざぶりと湖に浮かんだ。
着々と確実に取り返しのつかないことになっていくおっさん!
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




