第73話 次期魔王さんは認めたくない
前回までのあらすじ!
オロオロ、オロオロ……。
火娘襲来後は順調なもんだ。
そりゃあ魔物や盗賊なんかには出くわしたが、特に問題ねえ。俺が剣でちゃっちゃと片付けて終わりだ。
おそらく人類領域にまで踏み込めば、また他の問題も出てきていただろうが、俺たちの目的地はその一歩手前。魔族領域と人類領域の狭間に位置する緩衝地帯、砂漠にある。
馬車で砂地は進めねえもんで、前線都市ガルグに馬車と御者を残し、俺とルナは砂の上を歩いていた。王族とはいえ庶生で育ったルナは、文句を言うこともなく黙々とついてきている。
もう視界の遠くには、轟々と砂を巻き上げる巨大なハリケーンの姿が見えていた。我が懐かしのオアシスだ。
「ライリー。そろそろ話してくれてもいいんじゃないか」
「何を?」
「とぼけんな。なぜわたしを誘ったのかだよ」
まだ話せるかよ。
もしあの魔力嵐がレイガのルナに対する愛情の賜物じゃなかったら、彼女を悲しませることになっちまう。俺がぶん殴られるだけで済めばそれでいいんだが、泣かれたら困る。
「そりゃあ、これから義理の妹となるルナちゃんの尻に、ちゃんと俺たちの住居がどういうところかを見せておきたかったからさ。つってもまあ、日干しレンガの小さな家だけどな」
「尻に目はない」
「そう。何を隠そう俺は尻に目がない男なのだ。もう腰から尻に流れる曲線美ったらないよね~」
「茶化すなよ」
横に並んだルナが、俺の腕に肩をぶつけてきた。
心持ち、緊張しているような表情に見える。そりゃ怖いよな。あんな大嵐の中に自分から踏み込んでいくんだから。ふつうに考えりゃ自殺行為以外の何者でもない。
「へいへい。ほら、あん中にあるんだ。俺とルランゼがこれから暮らしていくオアシスって最高の場所が」
「話には聞いてたから知ってるよ。にしても、これはすごいな」
もう魔力嵐は目と鼻の先だ。轟々と風音が鳴っている。
「ちょっとごめんよっ、ルナちゃん!」
「ん?」
俺は手ぬぐいを取り出して鼻と口を覆い、もう一枚の手ぬぐいでルナの鼻と口を覆ってフードを被せた。
「これつけてろ! 目は閉じて俺のローブをつかんでればいい! ゆっくり進むぞー!」
「わかった!」
大声じゃなきゃもう声も届かない。
それだけ凄まじいんだ。ここの大嵐は。
ルナに被せたフードも、そこから繋がるローブも、激しくはためいている。
こりゃハズレか?
いや、ルランゼの封印術も、服は対象外だったな。おかげでご子息丸出しで進まざるを得なかったし。
俺はあえて魔力を纏わない。このまま踏み込めば、俺でも飛来する礫によってズタズタに引き裂かれるだろうが、そのギリギリのラインまでこのまま進む。
「~~ッ」
やがて目が開けていられなくなる。
ここを通り抜ける際には、俺はいつも全身を装備ごと魔力で纏い、目を閉じてただひたすらまっすぐに進むことにしているんだ。
視界が真っ黄色に染まった。
ルナが俺のローブの背中をつかんでいるのはわかる。
くっ!
足が風に持って行かれて滑った。俺は砂地を転がる。ルナの手が離れた。
しまった……!
すぐに膝を立てて全身に魔力を纏う。直後、飛来してきた礫が頭部に当たったが、魔力ガードのおかげで事なきを得た。
視界はゼロ。
ここが素の俺の限界だ。魔力ガードがなきゃもう何もできねえ。だが、ルナは守らなければ。
「ライリー!」
「心配すんな! 大丈夫だ! そこを動くな! すぐに見つけてやる!」
凄まじい砂嵐の中、俺は手探りでルナを捜す。
くそ、どこだ!?
早く、早く見つけねえと! あんなにでけえ尻なのに、偶然にも触れねえってか!
「……いや、見えてるよ」
だが、ルナは。自ら俺の前に現れて、俺の両腕を両手でつかんだ。
魔力を纏わなければ、俺ですら吹っ飛ばされるほどの激しい砂嵐の中で、彼女は普通に歩いてきた。
それも、見えている、と。そう言った。
ルナはこの砂嵐の中で、目を開けていたんだ。
「ライリー。大丈夫。目を開けろ。わたしが風よけになる」
「あ、ああ……」
大声でもないのに、そう聞こえた。
俺は目を開ける。
視界の中。砂も、風も、礫も、暴風の音でさえも、彼女を避けるように流れていく。フードを上げても、マスクにした手ぬぐいを解いても、長い黒髪一本、揺れることはない。
不思議そうにその状況を見ていたルナだったが、やがて。
「……そっか。そういうことだったんだ……」
俺を振り返って、目を細めた。
「ありがとう、ライリー……」
「ああ、自分で気づいちまったか」
みるみるうちに、ルナの瞳が濡れていく。
「お、父さん……がっ……、……わたしの……お父さん……が……っ?」
「ああ、そうだ。レイガだ」
そうして優しい嵐の中、彼女は力なく両膝を折って崩れ落ち、両手で目を押さえ、空を仰いで大きな声で泣いた。その慟哭はこの凄まじい嵐の中でも聞こえて……俺はルナの隣に座り、その頭部を抱えて黒髪を撫でてやった。
「よかったなあ、ルナ」
「うん……っ、うん……っ。……わ……たし……、……ちゃんと……っ……愛……されていた……っ」
「ははは。おまえさんみてえないい子を愛さねえ親はいねえよ」
レイガは双子を凶兆としてルナを捨てた。王家の旧き仕来りだ。
けれど、それでルナのことを忘れたわけじゃなかったんだ。ずっと気にしていた。ずっと愛していた。その愛はレイガの死の寸前まで、たしかに続いていた。いや、死後も続いている。この魔力嵐がある限り。
「……幸せ……だった……っ……のに……ずっと……っ、……なのにっ…………もっと……っ」
「うん。幸せもんだよ、おまえさんは」
オアシスは、レイガがルナのために遺した彼女だけのための国だった。もしも彼女に不幸が訪れたなら、もしも彼女が帰るべき場を失ったならば、もしも行き先をなくしたならば。
それでもルナには帰る場所がある。戦いや哀しいことのない楽園だ。
「……ありが……とう……っ、……ありがと……う……っ」
「おう。泣け泣け。どうせ誰も見てねえんだ。ここで全部吐き出しちまえ」
ルナが泣き止むまで俺はずっと側に座って、彼女を撫でていた。それができなくて死んでいった、レイガのためにな。
いつもは恐ろしい魔力嵐も、今日ばかりは暖かく感じられる。
※
日干しレンガの家に戻ってきた。
外はあいかわらず暑苦しい土地だが、この家の中はちょいと涼しい。まあ、しばらく留守にしていたから埃は積もってるけどな。
今日は一日ここに泊まって、明日は前線都市ガルグまでルナを送っていく。ルインまでの道のりは、人類領域から撤退中の魔王軍が護衛してくれるそうだ。
そこでルナともお別れだ。
寂しくなるね。騒がしい娘だったから。
キッチンの椅子に座ってもたれていると、ちょいと目を腫らしたルナが、浴室用のスペースから戻ってきた。
「……ライリー」
濡れた髪が色っぽい。薄着だし、湯気がまだ残ってら。美人の上気した顔ってのは、いいもんだ。何日でも見てられるね。
「風呂どうだったよ? 最高だろ?」
「あ、うん。すごく気持ちよかった。ありがと。薪割りと水汲みまでさせたのに、先に使ってごめん」
めっちゃ素直でやんの。泣いてたことバラされたくないからかね。
言わねえっての、いちいちそんなこと。
「遠慮すんな。ルランゼの家でもある。おまえにとっちゃ親戚ん家だ」
「……うん」
「それに、オアシスはルナの所有物だ」
ルナが大慌てといった具合に、濡れた髪をぶんぶん振った。
「それは、いい。あなたにあげる。う、あ、いや、あなたと姉様に。あ、でもいつか、ルーグリオン地方を任せられる新しい魔王候補ができたら、その、わたしもここに住んでいいかな……?」
「はっは。いいね。楽しそうだ。だがまあ、人間の寿命は短えから、それまで俺が生きてられるかわかんねえけどな。俺とルランゼの子には口利きしとく。予定もねーけど。ダッハッハ!」
「……そ……ッ……んなこと、言わないで」
なんかもじもじしながら突っ立っている。
「ルナちゃんさ、座ったら?」
「う、うん」
ルナがおずおずと向かいの席に腰を下ろした。
「いま食料とかほとんどないから飲み物は水しかねえけど、飲むかい?」
「あ、いや。もう、飲んできた。水。うん」
「そっか」
ルナが俺の視線から逃れるようにうつむく。
な~んか。なんか、気まずいな。馬車でも病室でも二人きりだったが、特になんも思わなかったんだが。
「いい……天気だな……っ」
「まあ、砂漠だからな。年中とは言わんが、ほっとんど太陽上がってるよ。晩飯、旅の干し肉じゃつまんねえし、釣りでもいく? 前線都市で生鮮食材買い込んでくりゃよかったなぁ」
息苦しいから、外の空気を吸いたい気分だったが。
「あ、いや……もう少し、あなたと話したい……かも……」
「ん? あ~。心配すんな。大声でキャンキャン泣いてたことは他のやつにゃ言わねえからさ」
親指をビッと立ててお茶目にウィンクをしてみたが、ルナは両手で顔を覆ってうつむいただけだった。その後、上擦った声で。
「そ、そんなこと初めから心配してないっ。もう~……なんで、こんな……」
犬と炎竜は外遊び中だ。
湖のほとりでキャッキャウフフしてる。
この雰囲気、あかん……。
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丶  ̄ _人'彡ノ
ムキムキメリークリスマッスル!
よい子のおっさんには、新たなる火種をあげような!




