第7話 竜の脂とオンボロの腰
前回までのあらすじ
おっさんがイケボで囁いた。
俺は砂の大地で大の字になって、呼吸を整えていた。
「ぜぇ、おまえ、ぜぇ、ぜぇ……。ぐ、コノヤロウ、はぁ、ふぅ、げほ、おえぇぇ、はぁ」
「えへへ、ごめんね?」
頭の血管がぶち切れて死ぬかと思った。
ちなみに聖剣は死亡した。完全に折れ曲がってしまっており、真ん中から千切れかけている。今度ばかりは魔王様の応急処置もできそうにない。ついでに折れ曲がり千切れかけていた俺の腰は瀕死で済んだ。
とりあえず、ルランゼが圧し潰される直前で強引に引っ張り出すことには成功したが、残念ながら水着までは救えなかった。
ルランゼは助け出されるなり悲鳴を上げながら俺の頬を平手で叩くと、慌てて巨大な竜鱗を一枚拾い、それで下半身を隠しながらどこかに走り去っていった。
で、戻ってきたときには、どこから調達したのかは知らんが、上下ともに新しい水着になっていたという有様だ。
俺は恨みがましく言ってやった。
「鼻血出たぞ。もう止まったけどな」
すっとぼけた顔で魔王がつぶやく。
「それって、わたしに興奮したから? よっ、このどすけべ! エロいよっ!」
俺は顎をしゃくって吐き捨ててやった。
「助けたヒトに意味もなくぶん殴られたからですが何かっ!?」
「ごめんねってばあ……。殴ったんじゃなくて、ライリーの視線を逸らしたかっただけなの~……」
「もうちょい優しくやってくれる!? てか魔王の一撃だぞ!? 魔力込めてただろ!? 勇者じゃなきゃ死んでたよ!?」
「あ~ん、ほんとにごめんね」
「まあいいさ。俺もルランゼには助けられたしな。竜から。あと眼福だったから許す」
「結局見たんだ……」
ルランゼが安心した顔で、大の字で寝ている俺の側に寄ってきた。
「わたしも竜から救ってもらったよ。潰されそうなところも。だから差し引きで借りイチだね。ねえ、どうすれば返せる? できる範囲でなら何でもするよ?」
「ん? いま何でもって言った? いいのか、魔王様ともあろう御方が軽々にそんなこと言っちまって」
うっ、と言葉に詰まったルランゼが、苦笑いで頭を掻く。
少し恥ずかしそうに。
「ま、まあ今回は仕方ないかな。さっきは突然だったから逃げちゃったけど。……その、覚悟はできてるから言って?」
「じゃあ言うぞ」
俺を覗き込むルランゼの喉が大きく動いた。
「……飯を作ってくれ……俺はもう動けん……」
特に腰のあたりが。起き上がろうとするだけで激痛が走る。いつまでも大の字になっている理由がこれだ。しばらく休憩が必要らしい。
ルランゼが不機嫌そうに眉間に皺を寄せてつぶやいた。
「そんなこと?」
「そんなこととは何だ。死活問題だぞ」
「若いのに、おじさんみたいだね」
若く見えるのか。不思議なもんだ。嬉しいじゃないか。
「人間的にはおっさんなんだよ。おっさん年齢」
「いいよ。わかった」
「材料なら俺のテントから荷物を開け――あ?」
ルランゼが右手に炎を宿す。圧縮された線状の炎ではなく、今度はむしろ広域に広がる業火だ。熱量が容赦なく放出される。
まるで大樹の枝葉のように右手の炎を空に掲げ、ルランゼはさらにそれを膨れ上がらせる。もはや炎に隠されて太陽すら見えない。
「いやいやいや、お、俺を料理しようってんじゃないだろうなっ?」
一瞬、きょとんとしたルランゼが、うっすら頬を染めて吐き捨てる。
「…………ラ、ライリーのどすけべ……」
「いまのはあきらかにそういう意味じゃねえんですが!? あいッ……たた……た……。大声出させんなよぅ」
「へ、変なこと言うからだよ」
「変なこと考えてっからそう聞こえるんでしょうが!? 痛てて……」
いや、しかしその言動から、いまさら元勇者の俺を殺そうとしているわけじゃないことだけは理解できた。
となると、だ。
ルランゼが俺に形の良い尻を向けた。彼女の視線の先には竜の死骸がある。合わせ技でなかなかに壮観な光景だ。鼻の下が伸びちまうぜ。
「………………丸焼き? 竜の? 食えるの? 毒とかねえか?」
「知らない。だって食べたことないもの。でも焼けば大体食べられるって、母様が言ってたから大丈夫だと思う」
「ワイルドというか型破りなご家庭で生まれたんだな。納得だわ」
「あはは、まあね」
小さな声で、本当に小さな声でルランゼが「母は人間だったからね」とつぶやいた。
その一言にあまりに多くの感情が込められていたような気がするが、俺はわざと聞こえなかったふりをすることにした。
「調味料はあとから持ってくるから、先に焼いちゃうね。お腹を裂いたら、湖の主の蒸し焼きも味わえるかもよ? よかったね、ライリー!」
「丁重にお譲りしたい」
「丁重にお断りします」
ルランゼが右腕を振り下ろすと、彼女の腕にまとわりついていた巨大な大炎柱が竜の死骸へと叩きつけられた。
ずっと魔法を出力し続けるのかと思いきや、ルランゼはまるで粘土でも引きちぎるかのように、大炎柱から自らの右腕を引き抜く。
「よっと」
「それ、消えちまわないのか? 魔法の火だろ?」
ルランゼが不思議そうな顔をして、自らの人差し指をこめかみにあてた。
「大丈夫だよ。距離に制約はあるけど、発火も維持も消火も火加減もわたし次第だから。そっか。ライリーは人間だものね。人間の扱う魔法って、何だかとっても原始的に見える。火や水や風だって、鉱石みたいに加工できるのに」
「すげえな……」
百年間も一方的に魔族領域を攻め続けていたはずの数に勝る人類が、未だに彼らの領域を侵せずにいた理由が垣間見えた気がする。
人類の魔法は才能のある者だけが後天的に学べるものだが、魔族にとっての魔法は、先天的且つ直感的なものであるらしい。
ルランゼみたいな魔王が好戦的で、率先して人類領域に攻め込んできていたら、いまとはまるで違う世界になっていたかもしれない。むしろ曾祖母のサクヤ・キリサメは、よく先代魔王ジルイールに勝てたものだと、そう思った。
周囲一帯を砂漠に変えて、決して消えることのない魔力嵐をも作り出してしまうほどの激闘がどういったものだったのか、未熟な俺には想像もつかない。それはきっとルランゼも同じだろう。
「じゃ、調味料取ってくるね」
「おまえもテントがあるのか」
「そりゃあるよ。だってバカンスだもの」
歩き出そうとしたルランゼだったが、はたと立ち止まる。何事かと見ていると、少し迷ったように後ろ手を組みながら、肩越しに顔を振り返らせて。
「……ねえ、あとでライリーのテントの横に張り直していい? 何かその、せっかく逢えたんだから、もう少しお話とか……」
何かごにょごにょ言っている。
「好きにすりゃいい。別にここは俺の土地じゃねえから」
「ヤッタネ! ありがと!」
嬉しそうに走っていった。その姿を見送りながら考える。
不覚にもちょっとときめいたじゃないか。
「はぁ~……このオンボロの腰さえ無事だったならなぁ~……」
辺りには竜の脂が焦げる、とても良い匂いが漂っていた。
おいしく調理!
ドラゴォ~ン・クッキ~ン!
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