第61話 おっさん勇者の怒髪天
前回までのあらすじ!
畜生のおかげで小娘が命拾いをした。
パニックに陥っている犬と炎竜を一瞥して、闇から這い出た暗殺者ビーグが二刀を振りかぶりながら吐き捨てた。
「紛らわしい獣めッ!」
二振りの刃を俺をめがけて振り下ろす。俺は包丁と短刀で捌きながら、怒りにまかせてやつの腹を乱暴に蹴って離した。
「ぐ、やはり簡単には――ッ!!」
「黙れ」
俺はビーグが体勢を立て直すより早く壁に詰め寄り、ビーグの首を挟み込むように交叉した二本の刃でやつの動きを封じていた。
「なぜレンを先に狙ったッ! てめえらの狙いは俺だろうがッ!!」
「――おまえが善人だからさ」
その声は閉ざされたドアの内側から響いた。直後、とてつもなく長い金属製の刃が、木製のドアを貫いて蛇のように伸び、俺の脇腹を掠める。
とっさにビーグを解放して身を引かなければ、正確に左胸を貫かれていただろう。
「ライリー様!」
わかってるッ!
巨大な影に呑まれた。大槌がくる。
当然いるだろうと思ってたぜ。
轟音とともに廊下の床が爆散した。大質量の大槌が叩きつけられたんだ。その衝撃は凄まじく、壁や天井の一部が剥がれ落ちるほどだ。
俺は間一髪で側方へと転がり、レンを庇うように前に立った。
壊れたドアからはギャッツが、薄闇の中からはオーガ族のグックルが現れる。三バカのそろい踏みだ。
「そいつぁどういう意味だ? ああ、気をつけてこたえろよ。返答いかんによっては、てめえら全員ここで死ぬことになる」
「聞いての通りだ、勇者ライリー。おまえは自身の痛みには無頓着だが、他者の痛みには耐えられない。連れ歩く娘を殺せば平常心を欠き、怒りに駆られて暴走すると判断した。そうなれば与し易い。ただの戦術に過ぎん」
ビーグの斜め後方に立ったダークエルフ族のギャッツが、事も無げにそうつぶやいた。
手にする杖は、以前のものとは違う銀色の金属杖だ。おそらく先ほど俺の脇腹を抉った刃は、あの杖の形状を変化させたものだろう。質量が許す限り伸縮自在。動きも鞭より自由自在だろう。
厄介だ。魔族の魔術ってのはほんとに多彩だ。戦うたびに別の側面を見せつけられる。
「だが、失敗。ここから先、力押し。オレ、その方がいい。存分に、殺れる」
「いまさら正々堂々をアピールすんな、ガキしか殺せねえ小悪党どもが」
ビーグやギャッツとは反対。俺とレンを挟み込む形でグックルが大槌を構える。挟撃だ。進退窮まるね。
レンが静かに囁いた。
「……使いますか……?」
「……炎竜の熱線はミリアスまで残しておく……。……隙を見てどこでもいい、部屋に飛び込め……」
「……承知しました……」
ビーグが二刀を構えてフロアを蹴った。
「何をこそこそ話しているッ!!」
「さぁてねェ」
俺がそれを迎え撃つと同時、レンは犬の前脚と炎竜の首を引っつかみ、ギャッツが破壊したドアの部屋へと転がり込んだ。
それを目で追ったギャッツに、ビーグが叫ぶ。
「娘は追うな、ギャッツ! ライリーに背中を見せる方が危険だ!」
「……ッ、了解した!」
残念だ。レンを追っていたら、その背を短刀の投擲で貫いてやろうと思っていたのだが。
包丁だけで十分なんだ。この旅で連戦に次ぐ連戦を続けてきたからか感覚が研ぎ澄まされ、あれほど手強く感じたはずのビーグの二刀が、いまはひどく緩慢に見える。
俺は右の剣をかいくぐり、左の剣を包丁で弾く。ビーグの目が見開かれたときにはもう、牙の短刀の刃先がやつの脇腹を引っ掻いている。
真っ赤な雫が飛散した。
「うぐ……ッ」
だが、命を絶つにはちと浅い。
皮膚と肉を裂いただけだ。蛇のように足下から忍びより、俺の足首をめがけて鎌首をもたげたギャッツの杖の刃を踏みつけて止め、後方から叩き下ろされるグックルの大槌を側方へと転がって避ける。
「くそ! なんだ、この人間は! この前よりも――ッ」
「しゃがめ、ビーグ!」
炎弾。どうやらギャッツの金属杖には炎弾の魔術も刻まれているらしい。頭を下げたビーグの背後から、三発の炎の塊が飛来して俺を襲った。
だが、これも視えている――。
フェンリルの咆哮のような速度も透明性もない。ただの炎の塊だ。一発目と二発目を体捌きのみで躱し、三発目を包丁の断面で叩いて散らす。
橙色の閃光が消えやらぬうちに、俺は地を蹴ってビーグに牙の短刀を振り下ろした。
「くっ」
刃を交叉してそれを受け止めたビーグの腹を膝で蹴り抜きながら駆け抜け、その背後のギャッツへと包丁の刃を振るう。
「遅えな、魔術師」
「うあッ!?」
とっさに金属杖を形態変化させたギャッツだったが、まだ俺の狙いは命じゃあない。その金属杖に削り込まれた詠唱代わりの呪文だ。そいつを包丁の切っ先で引っ掻く。火花とともにキィと耳障りな金属音が響いた。
「しま……っ」
触媒を頼りに魔術を放つ魔術師の弱点だ。ミリアスのような才能持ちにはこの弱点はないがね。
途端に刃のように薄っぺらく変化していたギャッツの金属杖が、杖の形状へと戻った。これで魔術を一つ封じた。
「まだだ!」
ギャッツが至近距離から炎弾を放つ。
俺はそれを包丁の腹で叩いて破裂させ、ギャッツの喉へと牙の短刀を――突き入れかけたとき、暴風を感じて肉体をくの字に折った。
俺の真上を大槌が通過する。
ギャッツが距離を取ると同時に、低空から迫ったビーグが二刀で俺の足を払う。そいつを最低限の跳躍で回避した俺は、ステップで距離を取った。
ギャッツが歯がみする。
「信じられん! これが人間の動きかッ!?」
「気をつけろ、ギャッツ! 以前より強くなっている……!」
ビーグが悔しげにうめいた。
俺は挑発のため、耳の穴をかっぽじりながら言ってのける。
「ぬりィなァ。そんなに弱かったか? だが、まあ、これでおまえさんたちもわかっただろう。このまま戦っても俺にゃ勝てねえ」
本来なら見逃すところだが、こいつらは二度もレンを殺そうとした。
だから。
「ここで無様に死ね」
「ふッざけるなッ!! ……わかっているな、ギャッツ、グックル。我らはジルイール様のため、差し違えてでもここでライリーを仕留めねばならん!」
「ああ!」
「当然」
いいね、都合がいい。今回は逃げる気がないらしい。挑発する必要さえなさそうだ。
ならばきっちりと、ここで殺す。
「ハッ! なんだ、てめえら。フレイアに人質でも取られてんのかあ?」
ビーグが目を見開いてつぶやく。
「なぜ貴様が我らが主の名を――」
「よせ、ビーグ!」
ギャッツの制止で、ハッと気づいたようにビーグが口を閉ざした。
この野郎ども、やっぱ知ってやがったか。
「何がジルイール様だ。偽魔王と知っててフレイアに仕えてんだよな、てめえら」
ビーグもギャッツもグックルも、同時に顔色を変えた。
「フレイアの目的を知ってんのか? それを知った上で手ぇ貸してんのか? あの女は両種族ともに殲滅しようとしてんだ」
三バカが口を閉ざす。ただ、その形相はただ事ではない。
いまにも俺を刺し貫かんばかりの怒りが浮かんでいる。肌でびりびり感じるほどのな。まあ、いまさらそんなもんに怖じ気づくようなかわいさは、俺にゃもう残ってねえが。
「さっき俺はてめえらを小悪党っつったが、あれは取り消すぜ。とんだ悪党だよ、おまえらは。さらった子を殺し、穏健派を追放して黙らせ、民意そのものである評議会を暗殺したんだろ。その上偽魔王に従って人魔戦争を引き起こし、人類を殲滅した後は魔族まで自滅させようとしている。救えねえな。稀代の悪党だ」
それでもやつらは口を開かない。
頭にくる。こいつらにも、フレイアにも、先ほどレンを守れなかった俺自身にもだ。
一度言葉に出してしまったせいか、胸の中にふつふつと沸き立つ溶岩のような怒りがさらに生まれてくるのを、俺は感じていた。
「なぁ~に黙ってんだぁ~……? 反論すらねえのか?」
だからいまが潜入中であることすら忘れ、腹の底から出す雷轟のような大声でやつらを怒鳴りつけてしまったんだ。
「――何ッッとか言えよッ!! そんなことが同族のガキを殺してまでやることかッ!! レンは人間族ですらねえんだぞッ!? おまえらと同じ魔族だッ!! おまえらがこれまで攫って手にかけてきたガキも魔族だッ!! 同胞じゃねえのかよッ!!」
それでも、沈黙は続いた。
苛立ちだけが地層のように重々しく胸の中で積み重なり、俺は再び武器を構える。
「なあ、おかしいよ、おまえら……」
ギャッツが憤怒の形相を浮かべて歯がみする。
そうして、ようやく。ようやくだ。
憎しみを絞り出すような声で、こうつぶやいた。
「……何も、我らのことなど、何も知らないくせに……ッ」
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