第60話 凶刃煌めく暗殺者さん
前回までのあらすじ!
ゴッさんがおっさんにセクハラを強要した!
魔都ルインの夜を、俺たちは歩く。都市中央に聳え立つ、魔王城へと向けてだ。
深夜深くにあって、まだちらほらと魔族民の姿が見える。仕事帰りの酔っ払いや、足早に帰宅をしている人々だ。
ここじゃ誰も俺たちを警戒する者はいない。
ちなみに炎竜だが、コボルトを二足歩行にしてその頭の上に座らせている。そこにレンが予備に持ってきていたローブをかけ、フードで隠しているってわけだ。二段重ねの畜生合体だ。コボルト族の中でも犬は小型犬種ゆえか、炎竜の体長を加えてようやくレンと同じ身長になる。
薄暗さも手伝って、ぱっと見は子供を二人連れたおっさんってわけだ。
まあ、石畳を歩くときのチャッチャチャッチャ鳴る肉球の陽気な音だけは消せねえが、いちいちそこを気にする者も少ないだろう。
ちょいとばかりやつらの歩き方がぎこちないのは、犬の目がローブに覆われちまってて前が見えていないからだ。炎竜は見えてるだろうが役には立たねえ。犬は鼻が頼りだ。
レンが囁く。
「ルインに入ってしまえば拍子抜けですね。ガルグとは違って戒厳令も出されていなさそうです」
「ありがたいことじゃねえの。夜を歩いても目立たずに済む。戦わずに済むならそれが一番だ」
「同感です」
ルイン中央区、魔王城はもう目と鼻の先だ。
俺たちがいま歩いている魔族民に解放されている公園は、元々は魔王城の庭園だったらしい場所だ。そいつを今代の魔王、つまりルランゼが民に開放したのだとか。ここを抜けた先に見える、クリスタルのように輝く巨大な尖塔状の建造物。あれこそが。
「魔王城、だよな?」
「ええ」
「侵入口になりそうなところはあるかね」
「抜け道はあるかもしれませんが、それは現王族、ルランゼ様かルナ様くらいしか知らないでしょうね」
「ルナに聞いときゃよかったぜ……」
ルーグデンス監獄に侵入したのが俺じゃなくレンだったら、おそらくそこらへんのことも聞き出してきたんだろうなあって思うよ。抜け目ないから。
レンが続けた。
「あと考えられるのは下水くらいでしょうね。ただ、以前にも言いましたが賊にせよ反乱分子にせよ、誰もがまず最初にそう考えます。当然、魔王城側にも地下への備えと罠はあるものと考えた方がよいかと」
だろうなあ。
「逆に真正面から堂々と魔王城に入ろうとする輩の方が、よほど少ないのでは?」
「嫌な汗出ちゃったよ……」
「悲観することはありません。魔王城内部に魔王軍の本隊が駐屯しているわけではありませんから。軍事演習もあるため、本軍の駐屯地は、魔都を中心として監獄と対称に位置する場所にあります。なので救援がくるまで時間がかかるはず。深夜ならば魔王城の警備兵はおそらく三桁もいないかと」
三桁弱。ただの魔族兵なら少数ずつ襲ってきゃ朝までには何とかなるかもだが、曲がりなりにも中央兵なんだよな。おそらく大半が上位魔族。魔人族やダークエルフ族だ。間違ってもトロールやオーガのレベルじゃあない。
「結構きついねェ」
「都市中から警備兵をかき集められると、四桁はいっちゃいますからね」
「そうなりゃもう無理だ。炎竜の熱線でも撃たねえ限りは絶望だな。なんにせよ、スピード勝負になりそうだ」
ましてや城内勤務とくれば、その中でも一握りのエリートだ。
「びびっておしっこ漏らしそう……」
「大丈夫。私がいます」
「オムツ替えてくれるってこと?」
「それはちょっと……」
いや何、その引いた顔は。
「ルナちゃんは替えてくれたのになあ」
「ええっ!? ……え? 嘘? う、浮気しちゃったんですか?」
どんなアブノーマルプレイングを想像してんだよ。
「違う違う。ミリアスに負けたとき数日間の昏睡状態になっちゃったからだよ。フェンリルの咆哮でさ」
「ああ、そうでしたか。そうなれば仕方がないですね。私でもやりますよ。でもライリー様ですと、昏睡してるふりとかしてそうでやだな……」
おいっ、何言い出したっ!?
「レンちゃん? ルランゼには変なこと吹き込まないでね?」
「私には平気で言うくせに」
「だめ?」
「それが本命さんより特別扱いということでしたら許してあげます」
んんんん?
「この前からちょいちょい思ってたんだけど、勘違いだったらすまん。レンさあ、もしかして俺のこと、ちょっと好きになってきてない?」
レンがかつてないほど大きなため息をつきながら、がっくりとうな垂れた。
「はぁぁぁ~~~~~……もう。そういうとこは嫌いです」
「お、おお。ごめん」
「……」
「……」
これどんな空気だよ。息が詰まるわ。
会話を切り上げるように、二人して魔王城を見上げる。
どういう素材でどういうふうに建造されたのかはさっぱりだが、月光を受けてぼんやりと夜に浮かび上がる様は、とても煌びやかで美しい。さぞや豪奢な王女様でもいるかと思いきや、魔王はあのぽんこつルランゼだもんな。
「くっくっく」
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもねえ。ルランゼん家って綺麗だなぁって思っただけだ」
「はぁ……」
「もうすぐ逢える」
「ええ」
公園を抜けるとお決まりのように堀があって橋がかかっている。もちろん魔都の外壁を流れる外堀ほどではない。だが攻めるとなれば厄介だ。入り口が絞られるからな。
魔王城正門へと続く橋。
都市の入り口とは違い、跳ね橋ではない。固定されている。その奥に位置する正門前からは、魔人族の門番が橋を見張っていた。
当然、橋を渡っている俺たちの姿はすでに目視されているだろう。
「抜け道がねえなら小細工はなしだ。止まるなよ、レン」
「はい」
歩く。歩く。歩く。
橋を渡って――けれども渡りきる直前になって、魔人族の門番が俺たちの行く手を阻んだ。
「止まりなさい。ここより先は魔王様の居城。民への解放は太陽の刻限のみと定められている。いまは月の刻限。お引き取りを」
「もしも傘下都市よりの急ぎの使者であらば、書状を見せていただく。なければ今宵は引き返し、明朝訪れるがよかろう。それまでには我らが報告を上げておく」
さすがは中央兵。
粗暴さの欠片も感じさせない。物言いも穏やかだ。教育が行き届いている。それに、ラズルの観察眼の真似をするわけじゃあないが、彼らの練度は肉体を見ればわかる。
ちなみに最初に声をかけてきた方は女魔人だ。もう片方は青年に見える。
俺が二人の子連れだと思ったか、警戒はまだされていないようだ。ちなみに畜生合体の方は、立ち止まった瞬間に首がずれかけて慌てて戻したが、幸い見咎められなかった。
「書状はねえんだが、謁見を希望する」
「許可できない。ジルイール様はすでにお休みだ。そもそも子連れとなると観光目的だろう。いまが何時だと思ってい――」
すり足で女魔人の死角へと移動し、魔力を込めた包丁の柄で頸部を撲つ。
どん、と肉を撲つ鈍い音が響いて、女魔人の両膝がかくりと曲がって全身が落ちた。そのままうつ伏せに倒れる。
「……え?」
「悪ィな」
呆然としている青年魔人が我を取り戻すより早く、俺はその鳩尾を拳で打ち抜いた。
「か……は……っ」
気絶させた二体の魔人を縛って猿ぐつわを噛ませ、物陰に押し込む。その隙にレンが小さな詰所から通用門の鍵を持って出てきた。
俺は無言でそれを受け取り、巨大な正門横にある小さな通用門の鍵穴へと差し込む。
カチャン。
鍵はあっさりと開いた。
俺は静かに扉を開けて、レンと、そしてギクシャク歩く二段重ねの畜生合体を手招きする。通用門を閉じ、鍵を内側からかけておくことも忘れない。
玄関広間は煌々とした灯りに照らされている。魔導灯だ。これじゃ昼間と変わりゃしねえ。
「――っ」
見回り兵らしき話し声が聞こえてきて、俺は慌ててレンと畜生合体を両脇に抱え、玄関広間にあった二階へと続く階段の裏へと走り込む。
ただ影の中に入っただけだから、視線を向けられりゃ一発で見つかる状況だが、幸い二人組の見回り兵は俺たちに気づくことなく通り過ぎていった。
目指すは地下だ。ルナは魔王城の地下にルランゼがいると言っていた。上には偽魔王がいるが、そいつは後回し。ルランゼを助けてからだ。
玄関広間に地下へと続く階段は見当たらない。しらみつぶしにいくしかなさそうだ。
俺は足音を殺して影から這い出る。ゴブリン族らしく裸足のレンもほとんど足音はないが、二段重ねの畜生合体は別だ。
あまり慣れてねえ二足歩行に加えて頭に炎竜という重しをのせている犬は、チャッチャカチャッチャカ、陽気な肉球の音を鳴らしながらフラフラとついてくる。時々炎竜が落っこちそうになっているのがウケる。
正直この二匹は置いてきたかったが、そうなるとレンの身を守る術がなくなっちまう。
玄関広間を抜けて、左手の廊下をいく。
「なんかレンには、えらいとこまで付き合わせちまったなあ。さすがにここまでの冒険はウォルウォの野郎も予想してなかったろうな」
「そうですね。知っていたら、きっと行かせてはもらえなかったと思います。父はとても過保護な方ですから」
ローブに包まれた小さな影が、俺の斜め後方をついてきている。
「はは。だが、それも今日で終わる」
「ええ。そうですね」
「……帰ったらよ、一度遊びにこねえか」
小さな影が顔を上げた。
「人類領域にですか?」
「いや。どっちでもねえ。俺は種族領域間に広がる砂漠のオアシスに家を建てたんだ。ちっせえ家だけど」
このときの俺は、思い描いていた。
俺と、ルランゼと、レン、犬や炎竜が一緒にオアシスで笑っているところをさ。
だから、油断をしていた。
「オアシス? だってあの砂漠は魔力嵐があって、とても生物の生きられるような環境ではないと聞きましたが……」
「その魔力嵐の内側にあるんだ。透き通ったすっげえ綺麗な湖と、豊かな自然がな。でっけえ魚とか動物なんかもいるんだぜ。信じらんねえかもだけどさ、最高にいい場所なんだ」
「あ、もしかしてルランゼ様と出逢ったバカンスって……」
俺はにんまりと笑って、隣を走る影に視線を向ける。
「ああ。そのオアシスだ」
「ふふ。納得しました。あの魔力嵐を抜けられるヒトなんて、勇者様や魔王様くらいですから。お二人の出逢いは偶然ではなく、必然だったのかもしれませんね」
あの魔力嵐は、一時でも人との未来を夢見た先代魔王レイガ・ジルイールの結界魔術が作り出したものだ。
人魔の未来という意味では、たしかに偶然ではなく必然だったのかもしれない。
俺と、ルランゼの、あの出逢いは。
レンがそれを教えてくれた。嬉しくなっちまう。
「だからルランゼを取り戻してこの人魔戦争を止めることができたら、レンにも一度その景色を見て欲し――」
白刃、煌めく。
そいつは物陰から音もなく空間を滑るように走り、小さなローブのフードを、その中身ごと斬り飛ばしていた。
……。
フードが中身ごとゴトリと床に落ちて転がり、ローブは数歩走ったところで力なく倒れる。
俺は、なんてバカなんだ。ここがどこだかわかっていたはずなのに。
そいつは魂から冷え込むような感覚だった。強ばる肉体が。怒りに支配される。己への。
「反撃して!」
レンの声に弾かれて、包丁を抜いた。白刃が俺の頭部へと振り下ろされる。俺はそいつを包丁の刃で力任せに弾き上げ、別の白刃を短刀で受け流して数歩後退した。
小さなローブの娘を引っつかむと、己の背中へと回す。
「油断した」
「大丈夫です」
真っ二つに分断されて転がったローブの中からは犬が、そしてフードの中からは炎竜が慌てて這い出してくる。
「ワギャゥ! ギャインッ!? ギャッフンダァ!」
――ケッキャアァァァッ!? キャアァァァ!?
どうやら怪我はねえようだが、パニクって走り回ってやがる。
ああ、俺は大馬鹿野郎だ。
二度目だ。偶然に救われるだなどと、あってはならないことが起こるのは。
もしもいま首を刎ねられていたのが畜生合体ではなくレンだったら、俺は自分自身を生涯許せなかっただろう。怒りに身を燃やし、ルランゼのことさえ忘れて己の命が燃え尽きるまでこの城内で殺戮を繰り返していたはずだ。その結末が、誰も救われないものになったとしても。
無意識に奥歯を噛みしめる。
だが、幸いにもそうはならなかった。
偶然……ただの偶然でだ……。
だから、もう。
こいつだけは。レンを二度も殺しかけたこいつだけは。
仄暗い感情に支配されるままに、俺は叫ぶ。
「ビィィーーーーーーーグウウッ!!」
そうして煮えたぎる怒りに駆られ、双剣の暗殺者へと殺意を叩きつけていた。
愛され系ヒーロー、畜生合体身代わりマン参上!
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