第6話 初めての共同作業
前回までのあらすじ
やっと魔王だと気づいた。
アバンチュールの始まりだ。
竜は砂を巻き上げながらまだ藻掻いている。だが先ほどまでより瞳の焦点が合い始めている。復活は近そうだ。
何せ怒りの瞳で俺を睨みながら、どうにかしてこちらに襲いかかろうとしているくらいだ。脚の力がまだ入らないから、何度も砂上に倒れているけれど。
だが、災害級生物である竜もさることながら、いま俺の目の前で照れ笑いを浮かべているこの美しい少女の正体も、同様に人類の脅威の象徴だ。
魔王て……。嘘やん……。
本来ならば、やつを討つべきは勇者である俺の役目だったのだが。
つっても、いまさら……なあ……。
「おまえさん――」
「だめ。あなたには……じゃなかった。ライリーには名前で呼んで欲しいな。ルランゼって」
ムッとした顔でそう言った。
あまり機嫌を損ねたい相手ではない。俺は素直に従うことにした。
「ル、ルランゼ」
「えへへ」
嬉しそうだ。
「ルランゼ」
「うふふ」
笑顔が恥ずかしそうにとろけた。
調子に乗った俺は、意図的に渋く低い声で優しく愛を込めて囁いてみる。
「ルランゼ……」
「やーん、も、もういいよぉ」
照れ笑いを隠すように両手で顔を覆ってやがる。
ずいぶんと可愛らしい脅威の象徴だ。
しかし、道理で嫁き遅れだなどと自称するわけだ。もしこいつが本当にあの二代目魔王ジルイールであるならば、百年間は生きていることになる。何せ先代を討伐したのは、俺の曾祖母である勇者キリサメなのだから。
「……え~っと? もしかして、キリサメの血族である俺に復讐とかしようとしてる?」
「まさか。だってライリーは魔族を殺さない、不良勇者なのでしょう?」
「基本的にはな。人類に悪事を働かない限りはだ。ただ、人を殺した魔族なら斬ったことがあるぞ」
ルランゼがうなずく。
「それはいいよ。わたしの父は、あなたの曾祖母と戦場で正々堂々一対一で戦って負けたんだ。恨むのは筋違いでしょう。それに、父と戦ったときの傷が原因で、勇者サクヤ・キリサメも帰国後すぐに亡くなったって聞いたから、お互い様だよ」
達観してやがる。なるほど。認めたくはないが、十代の見た目でも年上だ。年上。年上て。これが。
「ねえ、ライリーは曾祖母を殺したジルイール一族のわたしを恨んでる?」
「恨んでたら、もうちょいマジメに魔族を攻めてたろうな。曾祖母なんて会ったこともねえし」
噂じゃ初代キリサメは異世界から飛んできたのだとか。そんな世迷い言が公式に記録されている。
「わたしもライリーと同じ。あなたが魔族を無作為に殺す勇者だったら、わたしはライリーを殺そうとしていたと思う。でも、そうじゃなかったでしょう。そもそも、わたしもおにーさんが勇者ライリーだって気づいたのは、聖剣を見てからだからね。驚いたのもお互い様だよ」
俺はうなずく。
「それで十分だと思わない?」
「ああ。それで十分だ」
竜がついに立ち上がった。まだフラついてはいるが、目覚めを早めるかのように首を左右に振っている。
俺は少々曲がった聖剣を構え直し、再び刃に魔力を通した。もちろん会話に夢中になって竜の存在を忘れていたわけじゃない。こっちも肉体の回復を待っていただけだ。
「俺が目的じゃなかったなら、ルランゼはここへ何しにきたんだ?」
「影武者立ててバカンスだけど? 魔王のお仕事は意外としんどいの。人類殲滅論者の側近を抑えるのに毎日一苦労だよ。正直、百年前からもう辞めたいくらい」
「はっは! 在職期間の大半じゃねえかっ」
同じだ。俺と。
問題は、魔族とは違って人類側は、トップである王が魔族殲滅論者だってことだけだ。
「仲良くしたいな、ライリーとは」
「んじゃ、手始めに共闘であの災害をぶっ潰しますかね。どっちの領域に飛んでも、とんでもねえ被害になるだろうしな」
「……潰せる? わたしの魔法もライリーの聖剣も通用しなかったけど。軍規模できても正直厳しそうだよ」
竜が瞳を真っ赤に染めて、俺たちを睨みつける。
――ガアアアアァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
怒りの咆哮が轟き、俺たちはビリビリと襲い来る音波に一瞬耳を塞いだ。
「合わせ技でどうだ。ルランゼの魔法を聖剣に通す。俺のなけなしの魔力よか確実に強力だろ」
「いいね。それならちょっと自信ある」
竜が地響きを上げて走り出した。俺はルランゼに刃を差し出す。ルランゼが唇に人差し指と中指を揃えてあててから、聖剣の刃を静かに撫でた。
「何だ、いまの? 剣を舐める趣味とかあんのか?」
「ヤバいやつ扱いしないでよ。キスはただのおまじない。間接だし」
ぼうと、刃に炎が灯る。
「ああっ!? こ、これ、刃が溶けねえ?」
「大丈夫。炎の下は魔力でコーティングしてるから。――ほら、きたよ!」
「それ凄すぎねえ?」
ルランゼが揃えた二本指から次々と光線状の魔法を放ちながら、その場から飛び退く。怒れる竜はすべての魔法を喰らいながらも、その足を止めない。それどころか大地を蹴り、翼を広げて低空飛行でさらに速度を上げた。
「ライリー!」
「――ッ」
俺は恐ろしい噛みつき攻撃を真っ赤に染まった刃で去なし、その反動を利用して竜の脇腹をすり抜けた。
「ッぶねえ!」
暴風にさらわれそうになるのを堪え、足下で砂を掻いて止まる。だが竜は俺からルランゼへと狙いを変えたのか、方向転換をしようとはしない。
そのままの勢いで、後退するルランゼに鼻先を向けた。
「ルランゼ!」
「ちょっとの間だけなら平気! 寄せとくから隙を見つけて!」
ルランゼは竜の囮になるように、その鼻先でつかず離れず、圧縮された強力な光線魔法を指先から次々と放つ。
着弾するたびに竜は嫌そうな表情を見せるものの、あまり効いた様子はない。何度も何度もルランゼへと噛みつき攻撃を繰り出しているが、ルランゼは水着姿のまま、その肌に触れさせることなく後退しながら躱し続ける。
「やるねえ。さすがは魔王様だ」
どういう原理かはさっぱりわからないが、光線状の圧縮魔法を剣のように固定し、ルランゼは何度も回避しながら竜を斬りつける。
「やあっ! はっ!」
袈裟懸けに、横薙ぎに、時には振り上げて。
まるで重量や射程、物質の存在しない剣だ。あれをあんな速度で振り回す魔法を完全に回避するなど、王国最強の剣士と謳われた俺だって無理だ。
竜の鱗が次々と焦げ付いていく――が、それでもだ。致命に至るどころか鱗を割ることもできない。
ルランゼが弱いわけじゃない。災害級生物である竜が異常なんだ。
「やっぱだめかもー! あ~ん、助けてライリー! わ、わわっ!」
ルランゼが焦った声でそう叫んだときには、俺はすでに竜の尾を駆け上がり、その背中を蹴って竜頭の上方を飛んでいた。
「あいよ」
そうして落下の勢いを利用し、逆手で握りしめた炎の聖剣を渾身の力で突き下ろす。それは正確に、先ほど叩き壊した眉間の鱗を突き破り、竜の脳天を貫いていた。
瞬間、竜の全身からすべての力が抜けた。突進の勢いのままに前のめりに胸部から倒れ込み、長い首を地面に勢いよく叩きつけて、ぐったりと伸びたんだ。
「やったか?」
断末魔の悲鳴すらなかった。
そりゃそうだ。脳みそを炎の聖剣で直焼きしてやったのだから。
俺は竜の頭部に乗ったまま、力任せに聖剣を引き抜く。ルランゼが宿してくれた刃の炎は、すでに消えていた。
「はぁ~、どうにかなるもんだ。終わったぞ、ルランゼ」
竜頭から周囲を見回すが、少女魔王の姿はない。眉をひそめた瞬間、足下からルランゼの声がした。
「ラ、ライリー、重い~、たすけてぇ~」
彼女は竜頭の下敷きになっていた。
俺は慌てて竜頭から飛び降りてしゃがみ込む。下敷きになったルランゼが、わちゃわちゃと腕と頭を動かしていた。
「よかった。平気そうだな」
「平気に見えるの!?」
「ああ。平気そうだ。だろ?」
「え~、さっきの意趣返し?」
「くかか」
二人して苦い笑みを浮かべたあと、俺は竜頭と地面の間に聖剣を差し込み、肩で押して重い首をわずかに上げた。
「ぐ、ぬっ! い、いまのうちに出ろ!」
「うん。ありがと」
そう言って地面の砂を掻いたルランゼだったが、胸まで這い出したあたりでその動きを止める。ピタリとだ。
まさか、足でも折れたのか!? 実は大怪我を負っていたとかじゃないよな!?
「どうした、ルランゼ! 早く、してくれ! お、重くて腰が! 腰がもたん! ギックリしそうだ! あ、ああぁ、く、くる!」
聖剣の刃が徐々に折れ曲がり始めた。俺の腰もさることながら、聖剣のほうが先に泣きを入れそうだ。そう思ったのだが。
ルランゼがくるりと首だけで振り返って、聖剣よりも先に泣きを入れてきた。それも、炎の剣よりも真っ赤に染まった顔でだ。
「……うう、み、水着の下が竜鱗に引っかかって脱げちゃった……」
おい~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!?
引っ張り出せ。
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