第59話 魔都の夜のゴブリンさん
前回までのあらすじ!
犬が炎竜さんに食われかけたぞ。
ラズルは徘徊でもしているかのように、深夜の魔都を目指してゆらり、ゆらりと歩く。ローブもなく、着の身着のままの姿であることが、さらにそれに拍車をかけている。
俺たちは言われた通りにその十歩ほど後ろをついていくが、わけがわからない。だがラズルはまっすぐに魔都ルインの唯一の入り口である巨大跳ね橋に向けて、街道を歩いていく。
もちろん、深夜であっても門衛は常にいる。それも、前線都市ガルグの比ではない人数だ。
深夜であっても門衛から目視される距離まできてから、俺はさすがに口を開けた。
「お、おい、爺さん」
「……黙れ。話しかけるなと言ったはずだぞ。宮廷魔術師に会話を聞かれる。おまえたちはその距離を維持することだけを考えていろ」
だがもう門衛からも俺たちは丸見えだ。現に俺たちを発見した門衛は詰所に駆け寄り、他の門衛に報告している。
近づいてわかったことがある。門衛は全員が魔人族だ。つまり、相当な戦闘能力を秘めている。中央兵と呼ばれるやつらだろう。オーガ族の門衛だった前線都市ガルグに比べ、魔都ルインの防衛能力の高さが伺い知れる。
このジジイ、俺たちを売るつもりじゃねえだろうな。
そんな考えすら浮かぶほどだ。
ラズルの足が跳ね橋の端を踏んだ。途端、詰所から現れた十名あまりの門衛が、あっという間にラズルを取り囲んだ。それも、その背後に立っている俺やレン、犬や炎竜を完全に無視してだ。
「――?」
「……」
俺とレンが目を見合わせた。口はつぐんだままだ。
門衛の誰一人として、俺たちに注意を払う者はいない。まるで門衛には、俺たちの姿が見えていないかのようだ。
いや、これは実際に見えていないのか――?
俺は恐る恐る、自身をアピールすべく門衛らに手を振った。反応はない。誰一人としてだ。視線すら向ける者はいなかった。
確信した。ラズルの結界魔術だ。
つか、なんだこの魔術は。人類に比べて魔族が魔術全般において先んじていることは知っていたが、姿隠しまでできるとは。
これなら要人暗殺など容易に達成されるだろう。この魔術がラズルの凄技オリジナルで、他の魔族には広まっていないことを祈るばかりだ。
「……ラズル様であらせられますか?」
「このような夜中にいかがなさいました」
ラズルはぼんやりとした白痴の瞳で、自身を取り囲んだ門衛らを見回している。やがて乾いた唇を動かして、胡乱に応えた。
「お……お……? あぁ。ふむ……レイガ様に呼ばれておってな……」
「何を仰っておられるのです、ラズル様。先代様はもうとうの昔に崩御――」
説明しかけた若い門衛を、中年の門衛が手で制した。
「お約束の時刻は深夜でございましたか?」
「ああ……。……はて……どうだったかの……」
ラズルが後頭部をぽりぽりと掻く。表情は不安げだ。門衛だけではなく、夜空を眺めたり堀を覗こうとしている。
すげえ演技だな。あの狸ジジイ。
「失礼ながら、レイガ様は王宮にてすでにお休みになられておられる刻限かと思われますが」
「……ああ……いや……、……レイガ様に……頼まれごとを……ふむ……?」
「なるほど。市中にご用事でしたか」
中年の門衛はあくまでも丁寧に、にこやかに対処をしている。
ラズルの現役時代を知っているのだろう。それに比べて新人らしき若い門衛は、少々不満げだ。
「でしたら私の隊の者を代わりに走らせますゆえ、朝まで詰所の方でお休みになられてはいかがでしょう。男所帯で少々むさ苦しいところではございますが、手足を伸ばして休まれるには十分かと。酒やつまみもございますゆえ」
「お、おお……そう……か……。……そうさせて……もらおうかのう……」
話の辻褄が合っていない。だからこそ通った。
ラズルは門衛に囲まれたまま広大な跳ね橋を渡っていく。詰所は跳ね橋を渡ってすぐのところにある。門の外側ではあるが、当然、堀よりは内側だ。
俺たちは足音を殺し、その十歩後ろをついていく。
ちょうど橋を渡りきったとき、ラズルが組んでいた後ろ手の人差し指を、クイッと動かした。
合図だ。
門衛はいま全員、ラズルに注目している。
橋を渡りきった俺は一瞬でレンを小脇に抱え、門衛らの死角と影に潜るようにして一気に魔都ルインの正面門をくぐり抜け、都市の内部へと駆け込んだ。
少し遅れて、炎竜を乗せた犬がついてくる。
チャチャチャチャチャ!
陽気に響く肉球の音に数名の門衛が振り返ったが、どうやらラズルが気を利かせてくれたようだ。姿隠しの結界魔術を俺たちに合わせて移動させてくれたらしく、門衛は少し周囲を見回したあと、何事もなかったかのように視線を戻した。
魔都ルインに踏み込み、門から離れて建物の影に身を潜めてから、俺はようやく安堵の息を吐いた。犬と炎竜もそこに駆け込んでくる。
「まずは侵入成功だな」
「ですね。ところで、担いでもらってなんですが、いい加減放してくれませんか。先ほどから私の胸にライリー様の手が当たっています」
「ああ、すまん」
俺がレンの身体を放すと、レンがいつもの真顔でつぶやいた。
「慌てませんね」
「何が?」
「……私、これでも成人してるんですが」
「うん? ええっ? そうなんだ……。魔族の年齢はわかりにくいけど、でもまあ、そっか。ちっこくてもレンは頭いいもんなあ。なんかちょっとわかる気がするよ」
レンががっくりとうな垂れる。
「はぁ~……。わかってない……」
んんんん?
…………あ……! しまった、そういうことか……!
どすけべな俺としたことがこんな初歩的ミスを……!
「い、いやあ! レンちゃんのお胸を触っちゃったぁ! 役得役得っ! ムホホ!」
至って冷静にレンがつぶいた。
「もう遅いです」
「すみません……」
「父に言おうかな」
「乳だけに~?」
ギョロリ。
黒目がちな大きな瞳が動いた。
「ごめんなさいっ!!」
いつも通りの真顔で、声すら荒げてないのに、不思議と恐ろしいほどの威圧を感じる。
へへ、だんだん頭が上がらなくなってくるぜ。
俺は話の流れを変えるため、苦し紛れに提案する。
「さ、さ~て。とりあえず宿を探すかっ」
「いえ、このまま魔王城に向かいましょう」
「宿で待ってないの? たぶん敵さんも俺たちがルイン入りしてるとは考えないはずだから、宿ん中なら前線都市のときよりも安全だぞ」
レンが居住まいを正して、俺に視線を向けた。
「今回は同行しようかと」
「だめだ、危険だって」
「承知の上です。ただ、今回は炎竜さんの力が必要になってくる気がするのです。勇者ミリアスや魔術師ギャッツ、剣士ビーグ、戦士グックルもおられるでしょう。イフリータさんはアルザール公の猟兵なので所在はわかりませんが……」
レンの言い分はこうだ。
俺が監獄の穴底でミリアスに敗北したのは、ミリアスが隠し持っていたフェンリルの咆哮による不意打ちがやはり大きい、と。不意打ちや奇襲ってのは、それだけ有効な戦術なんだ。
だが俺は不意打ちでなくとも、あの魔法への対処法を持っていない。あれを放たれた瞬間に敗北は確定する。
「だからこそです。ずっと考えていました。意趣返しするのです」
「意趣返し?」
「ミリアスは少なくとも私を見て警戒することはないでしょう。ゴブリン族ですから。ライリー様がミリアス様の魔術を警戒しなかったように」
「隙を衝いてレンがミリアスに炎竜の熱線を放つってことか」
あれの威力は、あきらかにフェンリルの咆哮をも軽く凌駕している。
というか現時点ですでに、人魔戦争ですら一瞬で終わりにできるだけの力がある。やり方は簡単だ。ルランゼを救ったあとに魔王城にぶっ放てばそれで済む。
偽魔王一派は蒸発、魔族の敗北で戦争は終了だ。
だが、ラズルとの約束がある。俺自身もフレイアを見捨てたくはない。ましてやあんな恐ろしい魔法で皆殺しにするのは死んでもご免だ。そもそもそんなことをしちまったら、俺は以降どんな顔で魔族のルランゼと向き合えるってんだ。
だが、レンならば放つタイミングも威力を絞ることも自在にできる。たしかに対ミリアス戦においては、大きな切り札になるだろう。
「それでもやっぱだめだ。レンを危険にさらすつもりはねえ」
「優しい人。私のこの命は、あなたに救われたものです。あなたのために使わせてください。大丈夫、無駄に散らすつもりはありません。でも、ううん、だから――」
レンが微かに目を細める。
「あなたがルランゼ様のために戦うように、私もライリー様のために戦わせてください」
俺はぽかんと口を開けた。ほんの一瞬だけ呆けちまった。
そうつぶやいたときのレンの顔が、あまりにも大人びた優しい微笑みだったからだ。まるで慈愛に満ちた女神のような、そんな表情だ。
「お願いします」
「~~っ」
だから、俺は。
照れを隠すように頭をガシガシを掻きながら、何となく視線を逸らして。
「わ~ったよ。勝手についてこられて死なれるのが正直一番きつい。だが約束だ。望みがねえと判断したら、俺を見捨てて逃げてくれ。これだけは譲んねえかんな」
「承知いたしました。ありがとうございます」
そりゃこっちの台詞なんだがねえ。
それもう告白では?
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