第57話 偽魔王さんがかわいそう
前回までのあらすじ!
偽魔王の正体を知る人物を発見したけれど……。
俺はレンと顔を見合わせたあと、魔人族の爺さん、ラズルに向き直る。
「あ、いや、俺たちは……」
「もうすぐ燻製が仕上がる。先に帰って待っていなさい。夕食にしよう。もう暗くなるから、どこにも行くんじゃあないよ。さあ、そちらのお友達もご一緒に」
「……」
違う。そう言ってしまえば良いのだが、俺にはなぜかその一言が吐き出せなかった。ラズルがあまりにも嬉しそうに笑うものだから。皺くちゃの顔に、さらに皺を寄せて。
突っ立っていた俺の袖を、レンが引く。
「上がらせていただきましょう」
「あ、ああ」
俺たちがその場から去ると、ラズルは再び背中を向けて焚き火に視線を戻した。
「レン、どうするんだ?」
「せっかくなのでお話を聞かせてもらわないと」
俺とレンはともかく、炎竜を乗せたコボルトを見ても、ラズルはにこにこと微笑んだままだ。どうやらラズルには、目の前にいる炎竜が竜であるという認識はないようだ。
というか……。
「けどよ、あのヒト、認知障害が出てるだろ。俺のことを先代魔王のレイガ・ジルイールだと思ってるみてえだ」
ああ、そうか。自分の言葉で気づいた。
だからラズルは無事だったんだ。ジルイール派からもアルザール派からも狙われずに、ここにいられた理由がそれだ。あるいは追いやられてしまったか。とにかくもう、危険はないと判断された。
そうなれば元要人という肩書きだけが残る。無為に行方不明や事故に見せかけて消せば、かえって訝しむ者が出てしまう。だが、人里離れて生きる限りにおいては問題ない。
哀しいね。
「そうみたいですね」
「なんか俺、利用するみたいで気が引けるよ」
「もちろん私にも彼を傷つけるつもりはありません。ですが、偽魔王の正体を探るための最後のチャンスです」
「でもなあ」
「ライリー様は何のためにここまでやってきたのですか? ルランゼ様を救うためでしょう?」
少し悩んで、俺はため息をついた。
「俺たちの正体はきちんと話して理解してもらう。それが礼儀ってもんだ」
「そこに異議を唱えるつもりはありませんよ」
「うし。んじゃあまあ――」
木造家屋のドアを開く。
キィと蝶番の音がして、俺たちは家屋に上がった。もっと荒れているかと思いきや、そうでもない。
用途不明だが斧や剣は並べて壁に立てかけられており、床面に脱ぎ散らかされた服があるわけでもなく、きっちりと整頓されている。薄暗い部屋には、木製テーブルに置かれた魔導ランプの灯りだけが揺れていた。
「……」
「……」
いや、ほんとに認知障害?
そんなことを考えた直後、背後のドアが開かれる。
老人ラズルは突っ立っていた俺たちを見るなり、口を開けた。
「座るがよい。魔導の結界を張っておる。屋内での声は外には漏れん」
「お、おお……? ええ?」
「幸い頭はまだしっかりしておる」
「さっきのは演技?」
「ああ。家屋周辺の物音は王宮魔術師どもに盗聴されておるでな。家屋の外壁内部に結界を張ってやったのよ。庭は儂の結界術の範囲外ゆえ、すっとぼけさせてもらった。驚かせたな」
驚いたっちゅーか、なんだそりゃっちゅーか。
「えっと……? ラズル爺さんでいいんだよな?」
「いかにも」
どこが好々爺だよ、ルナのやつ。とんだ狸親父じゃねえか。無意味に同情しちゃったよ。
「結界ってのは?」
「結界魔術だ。範囲を決定し、その範囲内であらば術士に半永久的に有益な状況をもたらす魔術全般をそう呼ぶ。レイガに教えたのも儂だ」
「ふーん……ん?」
あ……! 嘘だろ……!?
「そいつぁ、術士が死んでも続くのか?」
「半永久的にと言ったろう」
思い浮かべたのはオアシスの魔力嵐だ。半永久的に続き、術士の死後も残り続ける結界魔法。なるほど、レイガは両種族の争いを止めるため、ラズルの結界魔術であの魔力嵐を生み出したのか。
はぇ~……。すっげえ……。
「あ、もしかして禁術ってのも結界魔術の一種かい?」
「そうではないものもあるし、そうであるものもある」
「ルランゼの封印術のことだ。あんたの結界術か」
ラズルが眉をひそめた。
「なるほど。使いおったか。ルランゼめ。考えたな。……それはルナを守るためか?」
「そうみたいだ。そう言うってことは、あんたは少なくともジルイール派やアルザール派ではないってことだよな」
ラズルが鼻を鳴らす。
「その質問に意味はあるかね、小僧? でなければ監視などされておらんよ。ルナはいまどこだ?」
「ルーグデンス監獄に囚われているが、シュトゥンが――あ、シュトゥンはわかるか?」
「ああ。鬼の小童であろう。あれがついておるなら、しばらくは問題ないな」
いや、話が早ええなあ。
認知を煩うどころか、この爺さん、めちゃくちゃ頭の回転が早ええ。てかシュトゥンを小童扱いかよ。年齢を聞くのが怖いね。
「あんた、何者だ? 魔王軍の六千将をまとめてた大将軍様かい?」
「それほどの者ではない。ただの魔王軍近衛騎士隊長だ。ただし、先代のな。ああ、教育係も兼ねておったか」
「お、おお……」
やっべ。超大物だ。
魔王に次ぐ実力者だと言われているのが、件の大将軍と近衛騎士隊長だ。前者は攻に長け、後者は防に長ける、同格の存在だ。
「そう身構えるな。儂はレイガほど膨大な魔力を有してはおらん。術に長けておるだけだ。おまえも剣士ならばわかるだろう。剣技と筋力の関係に似ておる」
「なんで俺が剣士だってわかったんだい? 俺ぁいま剣を持ってねえのに」
「目の動きや足の運びでわかる。魔術師は点で相手を捉える癖があるが、剣士は常に線で視るからな。その程度には儂も剣を囓ってきた。おまえはなかなかの剣士だ。さぞや修羅場をくぐり抜けてきたことだろうよ」
言っていることはわかるが、一目でそれを見抜くなんてこと、俺にゃ全然できねんだけど?
いやまあ、そりゃいいや。
俺は尋ねる。
「口ぶりから察するに、いまの魔王が偽者だってことも知ってるよな」
ラズルは、ルランゼやルナの境遇を悉くあてている。さらに自らも監視対象とされているのだから、知らねえはずがねえんだ。
「それがどうかしたか?」
「あのデカパイちゃんは誰だ?」
「世の中に胸囲の広い女など掃いて捨てるほどおる。オーガ族の女の大胸筋などは――」
あ、これは絶対わかり合えねえタイプだわ。
「とぼけなさんな。偽魔王のことだよ。それを知りたくてここへきた」
「……ふむ」
ラズルが手にしていた鉄鍋を、ようやくテーブルに置いた。
「質問に対し質問を返すのも少々心苦しいが、人間。おまえはなぜ儂が、彼の魔王が偽と知りながら、ここでおとなしくしておると思うね」
人間ってことまで見抜かれてら。何なんだこいつは。すげえ爺さまだな。
「さ~てな。俺にはさっぱりわかんねえよ。レイガの愛した娘たちが追いやられているのに、それだけ大した力を持つ、それも王家を守護する近衛騎士長だったあんたが動かねえ理由なんぞな。正義でも失ったか、あるいは権力闘争に疲れたか」
「ハズレだ。あの偽物こそがジルイール家の正当な王位継承者であるからだ」
俺は絶句した。言葉を失った。
「ああ?」
「それでも臣民を謀る理由にはならんが、まあ、あれもまたレイガの娘ということよ。それもルランゼやルナより先に生を受けたな」
「嘘だろ……」
「正義を失ったか、権力闘争に疲れたかと抜かしたな。違う。儂は王族を守る近衛騎士長ゆえに動けんのだ。己が動く理由など、ルランゼやルナといった私事以外には見つからん」
レンに視線を向けると、レンが「知らない」とばかりに首を左右に振る。
「レイガとリィナの間に、他に娘がいたのか!?」
「母君はリィナ様ではない。リィナ様がお生まれになるより遙か以前のことだ。魔王位につく前のレイガ様の子を身籠もった庶生の女がいた。それだけのことよ」
「その女はいまどこにいる?」
「死んだ。死因は他者による殺害、犯人は知らん……が、大方の予想はつく。魔族がまだ魔王によって統一されるより以前、戦乱時代の話だ。ただの領主に過ぎなかった先々代は、厳しいお方だった。己の息子、レイガ様には有望な領主の娘を娶らせたかったのだろう。政略結婚というやつだ。少なくとも庶生の女は邪魔だった」
先々代による暗殺か。
「レイガは知っていたのか?」
「知らぬ。女が自身の子を宿したこともな。レイガ様は、ただ彼女が姿を消されたと思い込んだ。思い込まされた」
レイガの認識はフラれちまったってところか。
「実際には暗殺を予感した女は自ら逃げたのだ。身重ゆえ、そう遠くまでは行けなかっただろうがな。レイガ様の教育係だった儂は、当時よりすべての事情を知っておった。レイガ様からは庶生の女の素晴らしさを聞かされ、先々代からは存在の不都合を聞かされておった」
そうしてラズルは静かに付け加えた。
「迷った。女が姿を消したあと、儂は先々代の放つ追っ手とは別に女を捜した。捜して、どうするかは儂自身にもわからなかったが、捜した」
「暗殺か、保護か?」
「ああ。決めかねていた。そしてようやく見つけたとき、女はもう追っ手の手にかかったあとだったのだろう、息も絶え絶えになっていた。腹はすでに萎んでおったが赤子の姿はそこにはなかった」
口を挟むこともできねえ。こいつは何もしなかった老人の懺悔だ。
「女は儂に、ジルイール一族への呪詛と娘の名だけを告げて、息絶えた。その娘がいま、魔族を統一する魔王家となったジルイール一族への復讐に舞い戻ってきたのだろう」
「復讐すべき先々代はもういねえだろ」
「そうだな。もうおらぬ。母のその後の人生を何も知らず、のうのうと生きて人間の妻を娶った実父であるレイガ様もな。だがそれで怒りが消えるわけもない」
レンはもちろん、犬や炎竜でさえも、神妙な面持ちをしていた。
言葉がわからずとも、空気を肌で察しているのかもしれねえ。
「母の生涯を知った娘は、世界を憎んだ。魔族も人間族も憎んだ。冷戦を利用して魔族を強硬派と穏健派に分断した。そして第二次人魔戦争を引き起こそうとしている。人類を滅ぼしたあとは、各地に散った穏健派と、戦後で弱体化している強硬派をぶつける。かくして世界は滅亡する。まあ、シナリオはこんなところだろう」
それでもラズルは動かない。
動けないんだ。王家を守護する近衛騎士として、仮にも王の一族であるデカパイに切っ先を向けることはできないから。
いや、あるいはこの老人は、ルランゼやルナに対する感情と同じものを、あの偽物にも持ってしまっているのか。
俺は声を喉の奥から絞り出す。
「娘の名は?」
「フレイアだ。フレイア・ジルイール。亡くなった女は庶生ゆえ、姓を持たなんだ」
ライリー以外はみんなハードボイルド!
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