第56話 魔都ルインの郊外にて
前回までのあらすじ!
本気出せば自力で脱出できたのでは?
犬の上にレンが乗り、レンの頭に炎竜が乗る。犬はあいかわらず機嫌良さそうにぶりぶりと尻を振りながら歩くから、レンと炎竜の尻も左右に揺れている。
ついにコボリン竜の復活だ。連発はできないようだが、単発火力で言えばフェンリルの咆哮にも匹敵する威力のブレスが吐ける。
仮にだ。炎竜を俺の左腕にくっつけておくとしよう。ミリアスとの剣戟の隙間に左腕を上げて「はい、どーん!」はできないだろうか……などと思ったのだが、自分の意志でいつでもフェンリルの咆哮を出せるミリアスと、ボンクラの炎竜次第で出るや出ないのブレスとでは分が悪すぎる。
こっちが不発してる間に、あっちの咆哮を喰らって了いだ。
「なあ、レン」
「はい?」
レンが振り返ると、その頭上にいる炎竜の視線も自然に俺へと向けられた。
「炎竜にブレスを吐かせるタイミングって、どうやってんの? ほら、前線都市で脱出時に助けてくれたときの」
例えばだ。炎竜の足や尾をちょいと引っ張ればブレスが自然に飛び出るのだとしたら、ミリアスほどではないが早撃ちも可能だ。
「それでしたら、心で語りかけてのことです。そろそろ炎をチャージしといてください。いまです、撃って、みたいに。あ、でも。えっと、説明が難しいのですが、心の中で言葉を使うのではなく、実際にイメージをするのです。こんなふうに――」
ヒュィィィ……。
炎竜の口内に空中から生み出された火花のようなものが吸い込まれていく。しばらくすると、口内に炎が渦巻いた。直後、レンの号令がなくとも炎竜は真上を向き。
――オボェェェ……ッ!!
渦巻く炎を伴う熱線を青空へと向けて吐き出した。炎は竜巻のように登り、流れる真っ白な雲を蹴散らして空に消えた。
いや、どんだけだよっ!?
「おいっ、なんか前より強くなってねえ!? こんなもん、威嚇どころか都市の一角が消し飛ぶ威力じゃねえのよ!」
「いまは威力を絞らずに撃ってみました。どこまでやれるか、一度試しておきたかったので」
「え、前んときは加減してたんだ……。マジかよ……」
現時点でもう都市を滅亡に追いやれそうだ。手遅れになる前に取り戻せてよかったぜ、ほんと。てかさ、檻くらい自力で出られたんじゃねえの。そのブレスがあればさあ。発射音は汚えが、とんでもねえ威力だよ。
こいつ、もしかして他の魔物を巻き込まねえように気を遣ってた?
あるいは、なるべくヒトを殺さねえようにしようとしてる?
いずれにせよ、二世代を経て俺やルランゼやレンとかかわるうちに、炎竜の中で何か変化のようなものが生じたのかもしれねえ。だとするなら、もうそれほど危険はないのかもな。
炎竜は割った空など眺めず、もうキョロキョロしている。
ま、それはさておき。
やり方を聞く限り、やはり俺には炎竜のブレスは使えそうにない。
「そっか。ありがと」
「いいえ。勇者ミリアスへの対策ですか?」
「うん。そのつもりだったんだが、やり方がわかっても俺には難しそうだ。そもそもそれができるなら、俺だって魔物使いの才能があるってことだろ?」
「そうですね。横から見ていて私が竜さんに命じるという方法もありますが――」
「やめろやめろ。戦いに巻き込まれちまう」
「はい」
せめてルランゼと共闘できりゃなあ。いまのミリアスは俺の剣技とルランゼの魔法を同時に操ってるようなもんだ。
そこに加えて偽魔王やイフリータみてえなのが一緒に現れてみろ。もう逃げの一手以外に打てる手がねえ。
ま、考えたって仕方ねえや。
いまはミリアスが復活する前に、ルランゼを起こすことが重要だ。
ルーグデンス監獄や山脈から徒歩で丸一日。街道を通れないから道なき道を行き、魔物に襲われながらも進み、さらに半日を加えたあたりで俺たちはようやく辿り着いた。
夕暮れ時だ。
「は~。壮観壮観」
街道から大きく外れた雑木林の片隅から、魔都ルインの外壁を覗き見る。
とてつもねえ高さだ。前線都市も相当堅固な造りをしていたが、こりゃ比較にならねえ。外周は堀に囲まれ、やはり入り口は跳ね橋の一つのみ。しかもかなり巨大だ。大型馬車が並行して五台は通れる造りになっている。
門衛の数もガルグとは比較にならねえ。ざっと見て五十ってとこか。
さて、どうしたものか。
前線都市のときは、迷子のゴブリンちゃんと、それを保護した得体の知れないダンディでイケてるステキなオジサマという演技でマヌケなオーガ族の門衛を騙して入ったが。
当然もう無理だな。
「さすがにもう正面からは無理だよなあ」
「……難しいでしょうね。前線都市ガルグでの話も伝わっているでしょうから」
「となると、街に入るのは後回しだな」
「ええ。魔人ラズルさんを捜しましょう」
ルナの言っていた、王宮勤めの最古参だ。
もしも偽魔王の正体に心当たりがある人物がいるとするならば、魔人族のラズルをおいて他にはいないのだとか。
「たしかルインの外れだか近郊だかに居を構えているというお話でしたよね」
「ああ。ただ、いまもそこにいるとは限らねえ。秘密を知っているやつを、いまもジルイール派とアルザール派が見逃しているとは思えねえからな」
「ですが他に手がかりはありません。まずは居住地を見つけましょう。ご本人が消されていたとしても、何かしらが残されているかもしれませんので」
「……怖いこと言うね」
つってもなあ。正確な場所がわからんのよな。
魔都ルイン近郊としか聞いてねえし、この巨大都市の外周をぐるっと歩いてみるしかなさそうだ。
しかしこの広さだ。監視の目をくぐりながらだと三日はかかりそうだ。
……と思っていたのだが。
雑木林に引き返そうとしたとき、犬があらぬ方向を向いていることに気づいた。
「どしたー?」
「ゴ、ゴスジン。オ、オ、オイ、オイオリ? オ祈リ、短ク? ……スンスン……」
何か嗅いでる。犬の背中で炎竜のやつも嗅いでる。そして我が意を得たりとばかりにキリっとした顔で俺を振り返った。
「ソソ、ソーセージ長シッ!! ワカル?」
「怖っ。何が言いたいのかわかんねえよ。腹減ったの? ちょいと早いが先に飯食う?」
「コッチダ、ゴスジーン!」
犬が炎竜を乗せていきなり走り出した。
俺はレンと顔を見合わせてから、渋々やつらを追いかける。俺やレンに比べて移動速度だけは異様に速い犬だが、どうやら振り切るつもりではないようで、時々立ち止まって俺たちを待った。だが、追いつけばすぐにまた走り出す。
「レン、平気か?」
「はい。これくらいであれば」
雑木林だ。平地や草原に比べて障害物の多い森や林では、ゴブリン族は他種族に比べて相対的に速くなる。
遠くで犬が立ち止まり、俺たちを振り返って叫んだ。
「ゴッスジ~ン! ゴ、ゴゴ、ゴッサァ~ン!」
「わーった、わーったから、もうちょいゆっくり走れって」
「いま私、ゴッさんて呼ばれました?」
「言ってたなぁ……。ゴブリン族だからだろうねえ……」
レンが珍しく苦虫をかみつぶしたような複雑な顔をしている。俺はレンの肩を軽く叩いて歩を促す。
「ま、とりあえず行こうや、ゴッさん」
「……クク村に帰らせていただきます」
ひょっ!?
レンが踵を返した。
「ちょっと待ってっ!? いまのは冗談だからっ!! レンちゃん? レンちゃぁ~ん!」
レンが立ち止まって振り返る。
「二度と私をゴッさんと呼ばないように」
おっさん、ゴッさんのコンビでいいじゃない、とは言い出せず。
「あはい」
「後ほど、犬さんにも注意を」
「え? 俺が?」
レンが「はぁ~」っとため息をつき、踵を返した。
「やります! やるから捨てないで!」
俺たちは走って犬を追いかける。けれども追いついた途端に犬がまた走り出した。だが、ここまでくるとさすがに、犬が何を目指していたのかがわかった。
あったんだ。雑木林の中に、材木を組んで造られた、小さな一軒の家が。
夜の帷が下り始める夕暮れ時だ。
煙突からは煙も出ていないのに、燻製を作る良い香りが漂っている。犬の言ってたソーセージ云々ってのは、これのことだ。
「まさかな。ラズルの家か?」
「とりあえず犬さんを捜しましょう」
俺はレンを連れて、匂いを辿るように家の裏側へと回る。家屋の横には薪割り用の斧が切り株に刺さっており、庇の下には薪の束が積み上げられていた。
俺たちが裏まで回り込むと、痩せた白髪の男が背中を丸めて切り株の椅子に腰掛け、焚き火をしていた。いや、燻製を作っているのか。鉄鍋から良い香りの煙があがっている。
犬と炎竜はすでに老人の横にお座りをして、彼を見上げていた。口の端からヨダレを垂らしてな。犬のヨダレはさておき、炎竜のヨダレは犬の頭にボタボタ落ちてるのが気になる。
もらう気満々だな、あいつら……。
俺たちが声をかけるよりも先に、老人はゆっくりと振り返った。
そして視線を揺らし、俺とレンを行き来して。最終的に俺で止める。
少しの思案ののち、目尻を垂らした好々爺の笑みを浮かべてこうつぶやいた。
「おかえり、レイガや」
そいつは先代魔王ジルイールの名だった。
突撃魔人の晩ご飯!
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