第55話 帰ってきた炎竜さん(第六章 完)
前回までのあらすじ!
妄想で結婚式と初夜を味わった。
鞭の軌道は見切るに難し。だが、決闘じゃねえんだ。何もまともに付き合ってやる義理はねえ。
俺は包丁の柄を二本の指先で挟み、鞭の先端を後退して避けると同時にそいつを投げた。どでけえ的、つまりトロールの土手っ腹に向けてだ。
「な――っ!?」
トロールは慌てて鞭の根元で刃を防ぐも、魔力を通した刃はあっさりと鞭を断ち斬り、その土手っ腹へと突き刺さる。
「はっ!? あ……っ!? ぐ、いいいいぃぃぃいぎ、ぎゃあああああああああっ!!」
「うるせえなァ。その腹だ。内臓までは達してねえだろ」
トロールの手元からぽとりと落ちる鞭。
俺は両膝をついたトロールに歩み寄り、その肩を足裏で蹴って仰向けに転がした。
「イギッ!? な、何を――」
「心配すんな、武器を返してもらうだけだ」
包丁の柄をつかむと、容赦なく引く。肉が絡んでなかなかうまく引き抜けないから、ちょいと手首をひねったら、すっぽり抜けた。
「あ……っぎゃあああああああッ!? イダイイダイイダイィィッ!!」
垂れた汚え血を振って、俺は大型馬車の幌をつかむ。
「んじゃ、竜の方も返してもらうぜ~」
「じょ、冗談ではない……! 貴様などに渡してなるものか……!」
「ああ、そう。まあ頑張って」
俺がトロールを無視して獣臭え馬車に乗り込もうとしたとき、背後でガチャンと大きな音が鳴った。
振り返ると、腹の傷を手で押さえながらもトロールは、あの大型の檻の鍵を自らの手で開き、格子の扉を開け放っていたんだ。
「出てこい、我が隷! ――サーベルライガーッ!!」
サーベル……ライガー? 交配させたのか? 異種の魔物を?
てかあのトロール、魔物使いだったのかよ。
そいつは王者の風格を伴って、傷だらけの肉体で檻の扉をくぐった。さっきの巨大なサーベルタイガーモドキだ。
トロールは足下に落ちていた柄のない鞭を拾い上げ、サーベルライガーとやらの肩へとそれをぶつける。
サーベルライガーの肩が炎の鞭の効果で爆発し、ライガーが鬣を揺らして苦痛に顔を歪めた。
――……ッ!
「行けィ! あの賊を殺せッ!!」
ライガーはトロールをひと睨みすると、俺に視線を向ける。
息が苦しいと感じられるほどの威圧に、俺は初めてたじろいだ。もしもこいつがサーベルタイガー並の運動性能を兼ね備えた魔物なのだとしたら、この体躯の差では勝ち目がほとんどない。肩高がすでに俺の身長だからな。通常のサーベルタイガーの三倍だ。
舌打ちをして、俺は包丁と牙の短刀を構えた。
ライガーの鬣が夜風に揺れている。
「さっさと殺せッ!! まだ儂の鞭を味わいたいかッ!! この怪物がッ!!」
再び鞭が振り上げられて、ライガーの腰を撲った。またしても毛皮が爆発し、ライガーがそれを嫌がるように数歩よろけた。
よく見りゃ、毛皮がもう焦げだらけだ。全身傷だらけじゃねえか。普段からこうやって撲たれていたんだろう。
ライガーが追い立てられるように、俺へと襲いかかってきた。
「チィ……!」
だが、その鋭い牙が俺へと届く前に、小さな影が俺とやつの間に滑り込む。コボルトを駆るレンだ。
俺は魂から冷え込むような恐怖を味わった。
「レ――!?」
「……」
手を伸ばすが、もう遅い。俺の手が届くよりも早く、ライガーの牙がレンを貫く。
と、そう思われたのだが、ライガーは大きな鼻先を彼女の小さな掌にあてて、レンの匂いを嗅いでいた。
コボルトは尻尾を股間に巻いて、背中を丸めてガクガク震えているけれども。
「……ハワ、ヘア……オフ、シ、シ真ノ闇ヨヨヨリ、ムヤ、ムヤヤ、無闇怖シ……」
この期に及んで、まぁ~た格言みてえなことをほざいてる。
「しずかに」
「クゥ~ン……」
犬のやつ、レンに叱られてらぁ。
レンの視線とライガーの視線がぶつかり合う。
唖然としたのは俺だけじゃあない。ライガーをけしかけたトロールもだ。
「何をしているっ!! さっさと殺せッ!! 殺さんかッ!!」
その鞭がうなりを上げ、大地を爆ぜさせた。
だが、ライガーはレンを見ている。レンもまた無言でライガーを見ている。コボルトだけは口の端から泡を吹き始めたけれども。
かわいそう。犬のやつ、ビビりすぎて尻餅つきそうなくらい腰が曲がってるじゃねえの。顔とかすっげえおもしろいことになってるし。
だが、俺にはわかるのさ。レンがライガーと会話をしていることが。
だから。
ふぅと安堵の息を吐いて、俺は包丁と短刀を鞘へと収めた。
それで思い出した。
レンは初めから「今回は役に立てる」とそう言っていたな。見世物小屋だからだ。つまりレンには、見世物にされている魔物を扱うだけの自信があったってことだ。
痛みで支配することしかできない魔物使いとは、レベルが違う。
「なぜだ! なぜ命令に従わん! 幼体の頃より味わわせてやったこの鞭の痛みを忘れたのかッ!?」
「おい、トロール。さっさと消えた方が身のためだぜ」
「ああ? 賊風情が儂に命令をするな!」
俺は親指でサーベルライガーを指さす。
「命令じゃねえ。親切な忠告だ。俺はちょいとわけありでね。軍属の魔族しか殺せんのだが、どうやらこいつはそうでもないらしい。おまえさん、よっぽど恨まれてたんだなあ」
「何を言って……い……る……?」
「散々鞭撲って、毛皮もボロボロだ。さぞや鬱憤も溜まっていたことだろうよ」
巨大なサーベルライガーの首が、ぐるりと回ってトロールへと向けられたんだ。あきらかに敵意のこもった視線とともにな。
何かがおかしい。トロールもそう思ったはずだ。
だから後ずさった。手に持った炎の鞭で、地面を撲って威嚇しながらだ。
「なんだ、ライガー……わ、儂に逆らうつもりなのか……? 役立たずの怪物をここまで育ててやった恩を忘れたのか……?」
――グルルルルルルルル……ッ。
だがもう声が震えちまっている。そいつは支配者の声じゃねえ。負け犬の声だ。野生の魔物はそれを鋭敏に嗅ぎ取る。
目の前のトロールはもう、ボスでも主人でもないってな。
こうなりゃあの腹肉はもう、ただの獲物だ。
魔物使いは舐められたら了いだ。感情をあまり表に出さねえレンは、その点においても優れている。要するに、ライガーはもう、トロールの支配下にはねえってこった。
「ライリー様、鞭を」
「あいよ」
俺はトロールに歩み寄ると、ライガーに気を取られているやつの手から炎の鞭を奪い、遠くに投げ捨ててやった。レアな武器だが、俺には鞭は扱えねえ。
「な、何をす――!?」
「せいぜい逃げ切れ。その腹じゃ無理だとは思うがね」
――ガアアアアァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
サーベルライガーが吼えた。空間を震わせ、怒りも露わに。
「ひ……っ!? た、助け……」
トロールが背中を見せて逃げ出した。サーベルライガーがその背を追って走り出す。
それっきりだ。俺はやつの顛末をレンに見せないため、コボルトのへっぴり腰を押して大型馬車に乗り込ませた。
檻は一つ。最奥に位置する場所に置かれていた小さな鉄製の鳥籠に手をかける。俺よりも先に犬の野郎がだ。
「ト、ト、鳥サァ~ン? ヘッ、ヘッ、ヘッ! 犬キタ! 鳥サァ~ン?」
――ケェ? ケェェェ!? ケッキャァ!
「ト、トト、友ノイナイ人生、味ナイ、ゴ飯?」
はっはっは。犬も鳥も鳥籠にへばりついてやがらぁ。
「よっ。久しぶりだな」
――ケッッキャァァァ!? ケッケケケッケケッ!? ココケ? ココ?
「おう、ここまで迎えにきてやったぞ。ありがたく思え」
翼を広げて喜んでやがる。どうやらまだ俺のことは忘れてなかったようだ。こんな短期間で忘れられちゃあ、目も当てられねえがな。
鳥籠を包丁で切って破壊してやると、炎竜はさっそく俺の頭の上へと跳び乗ってきた。
「はっは。元気そうで何よりだ」
馬車の外から大きな悲鳴が聞こえた。
たぶん、トロールが囓られたんだろう。俺が手を下したわけじゃねえから、フェンリルも目を瞑ってくれると思いたいね。
「レン。サーベルライガーはどうするんだ? あまり言いたかねえが、さすがに魔都のそばに放置ってわけにゃいかねえぞ。餌を求めて犠牲が出るのは明白だ」
レンとライガーはすでに従魔の絆を結んでしまった。そうさせちまったのは俺の拙さだ。さすがに始末までをレンに任せるつもりはない。
嫌な仕事ではあるが、必要なら俺が殺るべきだ。
「ルーグデンス山脈を目指すように言い含めました。群れのボスを失った魅力的なサーベルタイガーの雌たちがいっぱいいましたよって教えてあげたら、まるで誰かさんのように『ムホホッ!? カワイコちゃんたちぃ、すぅ~ぐに向かうからね~』と言っていましたよ」
「ンなんッかすっごい親近感っ!! ……ま、いいや。あの山脈なら餌も豊富だし生きてけるだろう。本人が自分の意志でそこに向かうってなら問題ねえ。さて、俺たちもずらかるか。騒動がバレたら魔族兵がきちまう」
「はい。これ以上の罪状は勘弁ですね」
「そゆこと」
で、帰り道のことだ。
ふいにレンが俺を睨み上げながら尋ねてきた。
「ところでライリー様。――その子が竜だってこと、私に隠していましたね」
「……………………あ……」
俺はひたすら平謝りをする羽目になるのだった。
ライリー組再結集!
いざ決戦の地へ!
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今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




