第54話 トロールさんはあきらめない
前回までのあらすじ!
激おこ犬。
月のない深夜に足音を殺し、闇に紛れて走る。
見世物小屋一座の大型馬車は街道脇に停車したままだ。運がいい。あの珍種コレクターの貴族との商談があるため、移動しなかったんだ。
まあ、その商談前に、炎竜は返してもらうがね。
と、その前にだ。
「レン、危険だから待ってろって言っただろ。なんでついてくるんだよ」
「申し訳ありません。いてもたってもおられず。ただ、今回は多少なりともお役に立てる気がします」
コボルトに乗ったレンがついてきているんだ。
「犬が吠えたらどうすんだ。奪還できなくなっちまうぞ」
「犬さんにも隠密行動であることはよく言い聞かせています。なので吠えることはないでしょう。ですよね」
「……」
犬がコクコクうなずく。どうやら吠える吠えないの前に、喋ることもダメだと思っているらしい。
やはり犬にしては抜群に賢い部類だ。魔族にしては相当アレな部類でもあるが。
どうしたものか。
あの大型馬車だ。座長トロール一体なわけがない。舞台設営のための裏方や、珍種どもに給餌する役割の魔族もいるはずなんだ。
どう少なく見積もっても御者を入れて四~五体ってところか。
これまで潜ってきた場所に比べりゃ、それでも危険度はかなり低い。だが、レンに万が一のことがあっては、俺がウォルウォに殺されちまう。
そうでなかったとしてもだ。
――娘を傷物しただと!? ライリー貴ッ様ァァ、責任を取れ!
――ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします。ライリー様。
――祝言じゃァ!!
――あれだけ長く旅をしていたのに今夜が初夜だなんて、ふふ、おかしいですね。
なんてことになったら、ルランゼを泣かせてしまう。
ふう、モテる男はつらいぜ。
「急いでください、ライリー様。月が隠れているうちがチャンスです」
「あはい」
なんか先導されちゃってる。
まあいいか。たかだか五体の魔族なら、ユニークでも混じってねえ限りはどうにでもなるだろう。いざとなりゃ犬に命じてレンを戦線離脱させればいいし。
ある程度まで近づくと、ふいに馬車がざわついた。
犬と俺が同時に地面に伏せる。
どうやら見世物の魔物らが俺たちの接近に気づいて反応しちまったみたいだ。うなり声を上げだしたせいで、馬車を引く馬が怯えだしている。
「ライリー様っ」
「しっ」
馬車から三体の魔族が出てくる。暗闇でよく見えないが、体型からしてあのトロールではない。
おそらく馬をなだめに向かったのが御者、舞台裏に並べられた檻に向かった二体が給餌係だろう。
俺はレンに指先で「ここにいろ」と合図をして、足音を消しながら闇を駆け、馬へと向かった御者に背後から飛びかかった。
右腕を首に回し、左腕でロックして絞め落とす。
そいつはすぐに膝から崩れ落ちた。見知らぬ容貌から察するにデーモン族のようだが、どうやら戦闘員ではなかったようだ。
一丁上がりだ。
近づいて気づいたが、馬もただの馬じゃあなかった。
バイコーンだ。真っ黒で角を持った馬だが、不浄を好む魔の一種だと言われている。
こいつもレアな魔物だ。馬車なんぞをあえて引かせているのは、宣伝の兼ねてのことだろう。どうやらあのトロールは、なかなかに商売上手らしい。
「さすがは見世物小屋ってとこか」
バイコーンどもを落ち着かせてから、今度は二体の給餌係の方へと向かう。
一体は石像ガーゴイル、もう一体はオークか。あのトロールと同じくボヨンボヨンの体型をしてはいるが全体的に小さい。トロールの半分程度の大きさだ。それでも俺よかでけえが、牙も爪もないオークなら恐れることはない。
問題はガーゴイルだ。オークは絞め落とせるが、ガーゴイルは無理だ。石だもん。そもそも呼吸していないらしいし、魔力で動く人造生物のゴーレムみたいなもんだからな。
川でもありゃあ、放り込んで沈めておくのが楽なんだが。
ま、生命ではなく人造生物なら、破壊してもさすがにフェンリルの怒りは買わねえだろう。
まずはオークだ。ガーゴイルは鳴かない。声を発する声帯をもたないからだ。
だから俺はオークの背後から近づく。だが、その首に腕が届く距離まできたとき、檻の中の魔物と目があった。魔物の目線に釣られたのか、オークが不意に振り返る。
「ぶひゃ? おっどれえたなあ! ど、どちらさんだすか?」
「あ、やべ。えっと。――オラッシャァァァ!」
魔力を乗せた拳を土手っ腹へと埋め込む。
ドボォ~ッと派手に口と鼻から液体をまき散らして、オークの身体が後方へとぶっ飛んだ。その体型で檻にのしかかり、凄まじい音を立てて破壊する。
「あ……」
やっちまった。派手な音を立てた。
まあいいか。オークはうまく気絶させられたし、他のやつが出てくる前にさっさと炎竜を奪還して逃げりゃ済む話だ。檻の数はそう多くはない。すぐに終わるさ。
「っと」
無言で襲いかかってきた石像ガーゴイルの首へと、俺は包丁を差し込む。
カツンとわずかな手応えのあと、包丁の刃はすぅっと石像に入った。こんな形でも元は聖剣だ。魔力さえ通せば岩石くらいは斬れる。
そのまま刃を振るうと、ガーゴイルの首がゴトリと地面に落ちた。それっきり、石像は動かなくなる。
オークの尻に圧し潰され、壊れてしまった檻に囚われていた羽根つきの三頭身の小人が、ひらひらと飛び去っていく。
どうやら見世物にされていたフェアリーらしい。
「ひゃっは~。ぼぉくは~、じゆうだあ~、ふり~ぃだ~む?」
楽しそう。よかったね。てか可愛いな、おまえ。
俺は十個ほど並べられた檻を覗き込んで回る。だが、どの檻にも炎竜の姿がない。
鶏と蛇を足したようなバシリスク、小型の鬼と呼ばれるインプ、ボロ布をまとって嘆くレイス、泥を喰って濁ったスライム、その他も小物ばかりだ。
だが、最後の一番大きな檻にさしかかったとき、俺は本能で大きく飛び退いていた。
「~~ッ!?」
そいつは見たこともねえやつだった。
あえて言うなら獅子の鬣を持つ、あまりにも巨大なサーベルタイガーだ。あの恐ろしい牙も健在。加えて通常のサーベルタイガーの倍はあろうかという巨躯。筋肉のつきがまるで別種だ。
そいつは王者のように悠然と立ち上がり、俺を睨んだ。
――ゴアアアアァァァァァーーーーーーーーーーーーッ!!
耳を塞いだ。空間がびりびりと震えるのがわかった。
くっそ、嫌なこと思い出させやがって。一瞬、肉体が強ばっちまった。フェンリルの咆哮を思い出してな。
「ライリー様ッ!!」
「――ッ!?」
レンの鋭い声に、俺は側方へと跳ぶ。直後、俺の立っていたあたりの地面が小さく爆発した。
トロールだ。炎色の鞭を構えてやがる。魔法の武器ってやつか。珍種なんぞよりよっぽどレアなもん持ってるじゃねえか。
「何者ですかな?」
「尋ねる前に攻撃すんのぁどうかと思うがねえ」
「これは失礼。ですが、うちの従業員と商品に手を出されていたようですので、尋ねるまでもないかと思いましてな。ほっほっほ」
腹肉を揺らしてトロールが笑った。
せっかくの礼装が、はち切れんばかりだ。
「これはサラマンダーの尾で作った鞭です。叩いたものすべてを爆破します。用件次第では痛みだけでは済みませんよ、こそ泥さん」
「じゃあ言うわ。あの翼が生えてるクソ蜥蜴を返せ」
「は?」
トロールが訝しげに俺を睨む。
「あれは俺のペットでね。わけあってはぐれちまってたんだ」
「何をバカな。そんなはず――」
「昼間におまえさん、あいつを卵から孵したっつってたよな。卵生じゃねえぜ、そもそもな」
しばらく考えるような素振りを見せたあと、トロールが食い入るような視線で尋ねた。
「……では、あれは本物の竜だと?」
「そういやフェニックは卵生だったなァ。こりゃ失言だったか」
唐突に。あまりにも唐突に、トロールが炎の鞭を振った。飛び退いてそいつを躱すと、鞭の先端に当たった地面が爆ぜる。焦げ臭さが鼻についた。
「ハ、ハッハッハ! まさか、まさかまさか本物の竜だったとは! こうしてはいられない! あの貧乏貴族がやってくる前に早く逃げねば! 金貨二百枚などで売ってたまるものか! 一攫千金、いや、あれを育て上げれば、儂が魔族の王になることとて可能!」
「はっはっは、いやあ、無理だろ。どう見ても器じゃねえぜ、あんた」
トロールは自身を守るように、無軌道に鞭を振り始めた。それでも炎色の軌跡は、時折俺へと襲いかかってきやがる。
鞭の軌道ってのは、なかなかに厄介なんだ。先端にだけ気をつけてりゃ途中の部分があたり、全体に気をつけてても先端はうねる。そして受けることも流すこともできねえ。避けるしかねえときたもんだ。
そいつがよぉ~くわかっているやつの使い方だ。鞭使いとしては及第点か。
「是が非でも欲しくなりました。残念ですがあの竜は返せませんねえ。そもそも拾ったのは儂だ。所有権は儂にある」
「んなわけあるかよ。散歩中のガキを連れ去ったら、そりゃ誘拐っつーんだぜ? ましてや売り飛ばすことは人身売買。おまえさん、どう見ても真っ黒だ。最初っから返す気なんぞなかっただろうに、みっともなく取り繕うんじゃあないよ。せいぜい小悪党らしく開き直ってな」
トロールが舌打ちをして、鞭の先端を俺へと放った。
「おっと」
俺はまたしても後退してそれを躱した。
鞭の対処法なんぞ、間合いに入らねえのが一番だ。
「どうあっても返す気はねえってことで理解したが、合ってるか?」
「あたりまえだ。貴様がここで死ねば、真実は闇に葬れるのだからな。こんな一攫千金をくだらぬ正義感などでふいにするようでは、商売人などやってられんよ」
俺は盛大にため息をついた。
結局こうなる。
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