第53話 コボルトさんは怒り出す
前回までのあらすじ!
かわいそう。
相も変わらず街道から外れた道なき道をえっちらおっちら歩く。戦場からはかけ離れた魔都ルインの近くにまでやってきたからか、街道の人通りも多い。
レンを背中に乗せて小高い丘の獣道から遠くの街道を見下ろしていた犬が、突然その歩みを止めた。
「犬さん? どうかしましたか?」
「……」
耳をピンと立てて、今度は空を見上げて鼻をひくつかせている。
「おい、犬。ちゃっちゃと歩けよ」
「ンン? ンンンンンッ!?」
右へ数歩、左へ数歩。その後また鼻を持ち上げて、ヒクヒク。
どうやら犬の視線の先は、ただ街道を行く魔族民たちではなく、その街道脇に大人数乗りの大型馬車を停車させ、舞台装置のようなものを組み立てているやつらのようだ。
旅の一座か何かか。徐々にヒトが集まり出している。
「ゴ、ゴスゴスゴゴゴスジン」
やたらと慌ててんな。
「ンだよ? 観たいとか言うなよ? こちとらお尋ね者だぞ」
「ハ、ハ、遙カ、懐カシ! 太古ノニヨイ! ヘッ、ヘッ、ヘッ、ヘッ! 葡萄酒トオトモダチ、古イホド、良キ!」
「あん?」
前脚を上げて下げて上げて下げて。興奮しだした。怖い。何なの、このテンション。
餌の時間と俺が気まぐれで可愛がるとき以外で、こんなにテンションを上げるのは実に珍しい。
「ひゃっ」
レンが転がり落ちそうになって、慌てて犬の首にしがみついた。
「犬イマ行ク! ――わぉ~ん!」
一声鳴くや否や、犬がレンを乗せたまま唐突に茂みに潜って丘を駆け下り出した。それも人通りの多い街道へと向けてだ。
「きゃあ!」
「おま――っ!? おい待て待て待て待て! 待てっつってんでしょうがぁ!」
見っかったらどうすんだっ!? 魔都ルインに入る前から追いかけっこなんざご免だぞ! あんにゃろう、振り返りもしやがらねえ!
「だぁもう、くっそ!」
俺は大慌てで犬を追いかける。ところがやっぱ四本足の魔族だ。速ええの何のってまるで追いつけやしねえ。とにかく腰まである茂みが邪魔だ。
俺はまだ丘さえ下りきってねえのに、犬ときたらレンを乗せたまま街道へと向けて、草原をまっしぐらに走ってくんだ。
あンの駄犬め! フェンリルさん家に叩っ返すぞてめぇ!
俺は荷物の中から使い古されてぺたんこになった毛布を引っ張り出し、頭からすっぽりかぶって自分の身体に巻き付ける。
フード付きローブ代わりだ。ちょいと見窄らしくて不格好だが仕方ねえ。こちとらお尋ね者、さすがにもろに姿をさらすよりはマシだ。
そんなことをしている間に犬はレンを乗せたまま、ついに停車していた馬車の前にまで辿り着いてしまった。俺はようやっと丘の茂みを抜けて、街道まで続く草原を走る。
犬がレンを下ろして、すっくと二足歩行に変化した。ヒト混みの中でつま先立ちをし、どうにか一座を観ようとしているらしいが、さすがに小型犬タイプでは限界がある。
そうこうしているうちに何か演目が始まったらしい。人混みがざわつき始めた。何やら今度はレンが下になって、犬を肩車し始めている。
も~! 何遊んでんだ、あいつら!
犬がレンの肩に乗って必死で吠えているけれど、どうやら人混みの出す歓声に掻き消されてしまっているようだ。
人混みはますます増えていく。まるであの舞台に吸い寄せられるかのようにだ。街道を歩く人々がみんな、こぞってそっちに注目をし始めているんだ。
ようやく辿り着いた俺は、レンの肩に乗っかってる犬を背後から捕まえて引きずり下ろした。
「二人して何やってんだっ」
「ライリー様!」
なのに犬ときたらまだ興奮しっぱなしで、今度は俺の肩によじ登ろうとしてきやがった。
「おまえ、いい加減にしろっ」
「ギャウン! ギャウ!」
何なんだ、こいつ。珍しく逆らいやがる。
はは~ん。わかったぞ。こりゃあ、さぞやイヤラシい雌犬が尻でも振ってんだろう。と俺は犬を両腕で捕まえたまま舞台に視線を向けた。
へへへ。どれどれ、おぢさんにも見せてごらん?
いや、さすがに期待はしてねえよ。犬だもん。よくて人狼でしょ。毛だらけじゃん。
ただ、ただね、稀にケット・シーくらい人間族に近づいた犬さんもいるかなぁ~ってちょっとしたどすけべ心が俺を突き動かし……た……だけ……?
「ぶーーーーーーーーーーーーーーッ!? げっは! ガハッ! ああっ!?」
鼻水とヨダレを噴出しちまったよ。
俺の前に立っていた魔族が迷惑そうに振り返り、俺は慌てて謝った。幸い事なきを得たが、んなこたぁもうどうでもいい。
そこにあったのは、檻に閉じ込められて並べられた珍妙な生き物たちだったんだ。見世物小屋ってところか。
いや、だが、そこでもない。そこじゃあなかったんだ。
「嘘だろ……」
鞭を腰に装着し、ぴっちぴちの礼装に身を包んだ丸っこいデブのトロールの手がガッチリつかんでいたのは、赤い首長の“鳥”だったんだよ。羽毛ではなく鱗の生えたな。
どう見ても炎竜だ。うちのボンクラだ。あんにゃろう、帰ってこねえと思ってたら、見世物小屋なんぞに捕まってやがったのかよ。
炎竜は首をガッチリと握られて、足と翼をワチャワチャさせている。
――ケ……ケケ、ケェ……ッ!
開いた口が塞がらねえとはこのことだ。
炎竜はどうにかトロールから逃れようとしているようだが、いまのあいつは非力も非力。頼みの炎を吹こうにも、首をつかまれた状態じゃ体内に逆流する。
デブの魔族が炎竜を高く掲げて大口を開けた。
「さあ、本日のメインはこいつだ! なんとなんと、あの災害級の現象生物と呼ばれる、竜の子だっ!!」
どっと観衆が笑った。
集まった観客の大半は、その言葉を信じてなどいない。だがその中で、身なりのよい貴族らしき魔族だけが目を見張った。もちろん、俺たちもだ。あいつが本物の現象生物であると知っているのだから。
「本物かよ~っ!? 座長さんよぉ、そいつやけに鳥っぽくねえかい!」
「もちろんですとも! 本物も本物! 油断をすればこれこの通り!」
ほんの一瞬、トロールの座長が手をゆるめた。瞬間、炎竜は逃げだそうとして首を曲げ、座長をめがけて炎を吐く。けれど座長は炎が炎竜の口から漏れた瞬間、ギュっと拳に力を入れて再び首を絞めた。
――ケァ……キュ……ッ。
ぼふん、と炎竜の鼻と口から黒煙が漏れた。直後、グッタリと、炎竜の首が垂れる。
さすがに自分の炎だから死ぬことはないだろうが、内臓を灼かれる痛みはきついだろう。
おおおおお、と観衆から声が上がる。
「グルルルルルッ!!」
犬が口から威嚇のうなりを漏らした。俺は犬の口吻を掌でむりやり閉ざし、うなり声が止めさせた。
毛布のローブの裾を、レンが引く。
「ライリー様。いまは……」
俺はうなずいて見せた。いまはダメだ。人目が多すぎる。
観客らの興奮が覚めやらぬ中、先ほど目を見開いて驚いていた身なりのよい貴族だけが、訝しげに尋ねた。
「座長。同じ現象生物ではあるが、フェニックスの亜種ではないのかね? もちろんキミはそいつが竜であるという証拠を持っているのだろうね?」
ああ、この手の輩か。
こいつはあの鳥が竜であることをすでに見抜いている。その上で難癖をつけて、安く買い叩こうとしているんだ。
トロールの座長が腹を揺らしてにっこり笑った。
「もちろんですとも! 何を隠そう、竜の巣より卵を持ち帰り、こやつを孵したのはワタクシですからな! 証拠はこの両の眼でございますよ!」
いや、竜は卵生じゃねえし。そいつ灰から這い出たバケモンだぞ。
「それを証拠と呼ぶのはいかがなものか。やはり物証でなくばね。そうであろう?」
「たしかに。ですが魔都ルインでこの舞台を開催しようと思い、ワタクシどもは遙々前線都市からやってきたのですが、ルインの門衛はこの竜を見るや否やたちまちその顔色を青ざめさせ、即座に上官に報告、上官はさらにまたその上官に、果ては六千将様までやって参りまして、結局のところ都入りを拒否されてしまったのです! 本物でなければこのような事態にはなりますまい! これはルインのお偉方がこの生物を竜と認めたということにはなりますまいか!」
すげえ早口だ。考える隙を与えねえのは詐欺師の常套手段だぞ。
「ふぅむ? それでも証拠というには少々弱い。そも現象生物であれば、災害級とは言わぬまでもフェニックスであっても、その危険さゆえに同じ対処が取られたのではないかね?」
「それは……」
「それに私のような貴族に多い珍種コレクターならば、あえて都入りを許し、自ら欲っするはず。そこらへんはどうなのかね?」
「む……」
トロールが言葉に詰まった。
どうやら自称貴族の方が一枚上手なようだ。まあ、物証はないからな。本物だけど。
貴族は続ける。
「ちなみに、ちょうどいま私はフェニックスを欲していたところだ。竜ならば金貨二千枚は出すつもりであったが、フェニックスでも相場価格の倍近い二百枚は出せる。ただし、いますぐにならばだ。ちょうど二百枚の持ち合わせがあるのだ。明日には別の商談で消える予定ではあるのだがね」
二千枚っつったら、王都の貴族街に貴族の大豪邸が建つ価格だ。二百枚でも平民街にならば、十分な館を建てられるだろう。
ちなみに俺の金貨袋には、三十枚分の金が入っている。そこそこの大金ではあるが、競り合うにはまるで足りてねえ。
トロールの座長は迷っているようだ。
それはつまり、座長自身もまた、あいつが炎竜であるという確証を得ていないということだ。貴族はそれをわかっていて揺さぶりをかけている。
いずれにせよ、奪還する予定の俺たちにとっては、ルインに館を構える貴族様よか見世物小屋一座の方が相手取りやすいのは間違いねえ。
頑張れ、トロール! その腹の肉は伊達じゃねえだろ!
「明日……でございますか」
「ああ。明日だな。それ以降となれば相場通り金貨百枚を出すのが関の山だ。稀少な現象生物とはいえ、所詮はフェニックスだからねえ」
貴族はちょび髭を指先でしごきながら、冷たくそう言い放った。
トロールは食い下がる。
「でしたらこう致しましょう。ワタクシは明日までに、この竜を二百枚を超える価格で売る努力を致します。しかし残念ながらお客様が現れなかった場合には、明日のリミットに貴方様にお譲りするというのはいかがでしょうか」
この期に及んでまだ竜と言い切っている。腹肉が示す通りの図々しいやつだ。ま、ほんとに竜なんだけどな。
今度は貴族の頬が微かに引き攣る。髭をしごく指先が止まった。
だが、突っぱねれば今度足下を見られるのは貴族の方になる。貴族はわざとらしい笑みを貼り付けると、朗々と声を上げた。
「よかろう。明日、太陽が直上に昇るまでだ。せいぜいそのフェニックスを竜と偽り、売ってみることだな」
「ははは、これは手厳しい。それでは、そのように」
貴族は最後っ屁を残した。
これで少なくともここに集った観客らは、炎竜をフェニックスだと思い込んだだろう。この観客たちがルイン入りをしてその話を広めれば、炎竜の価格はこれ以上上がらない。さらにフェニックスの本来の価格は金貨百枚なのだから、二百枚でフェニックスを買っていく物好きもいないだろう。
あれを竜と見抜ける鑑定眼を持つ者が現れなければ、炎竜は貴族のものになる。
てことはだ、俺にとっても勝負は今晩中につけるしかねえってこった。むろん、買うの買わねえのって話じゃあない。
当然、盗む。いや、奪還だ。
「……もうちょい待ってろ……」
まったく、あいつはいつも想定外の手間をかけさせてくれる。
だがまあ、あんなでも旅の仲間だ。今晩には助けてやるからな。
「……行くぞ、レン……」
「……はい……」
俺は嫌がる犬の口吻を握ったまま、両腕で抱えてその場から退散した。
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