第52話 洗脳される勇者さん
前回までのあらすじ!
コボリンガー登場!
暗闇に乗じ、時折方向を変えながらルーグデンス山脈の麓まで戻ってきた俺たちは、そこでサーベルタイガーの群れに別れを告げた。
なんせ、向かう先は魔都ルインだ。当然、物騒な魔物なんぞを連れ歩いて悪目立ちするわけにゃいかねえし、それに何より、動植物の豊富なこの山脈から離れりゃ、群れ全体の食料は賄えない。
こいつらにもこいつらの生き方がある。
そんなわけで、名残惜しそうにこっちを振り返る群れを追い立ててから、俺たちは今晩のテントを建てた。
監獄とはそれほど距離が離れていないから火は焚けねえ。ぼんやりとした明かりでも、見られてしまえばデーモンどもを引き寄せてしまうだろう。
味気のねえ冷えた夕食を摂りながら、俺はルーグデンス監獄の穴底であったことのあらましをレンに伝えた。
「そうでしたか。ルランゼ様がいらっしゃらなかったのは残念ですが、それはたしかに朗報ですね」
「ああ」
干し肉を飲み下して、レンがつぶやく。
「勇者ミリアスですか……」
フェンリルの咆哮、決して防ぐことはできず、避けることさえ困難な魔術だ。耳を塞げばいいってわけじゃねえことくらいは俺にもわかる。あれの問題は大音量ではなく、空間の振動そのものだからだ。とてつもない速さで微振動が起こり、肉体の裡側から破壊される感じだ。
「普通に考えりゃ偽魔王の背後にゃ人間族、厳王ガイザスがいて、苦肉の策として魔族王家を内部から崩壊に導くためにミリアスを侵入させたってことになる……が……。おまえさんの意見を聞きたい」
「案外頼られてる感……」
滅多に表情を見せないレンが、ほんの少しだけ口角を上げる。それを見て俺もまた少し笑った。
「頼りにしてんだよ、実際な。レンは頭が切れるから。で、意見は?」
レンが即答する。
「あり得ませんね。矛盾してます」
「だよな。同感だ」
偽魔王とミリアスは、人類領域にどうにかして魔王軍を攻め込ませようとしている。それは間違いない。穏健派の排除に評議会の無力化、誘拐事件のでっち上げによる人心掌握。そのどれもが内部崩壊とはかけ離れている。それどころかむしろ魔族の民意を一つにまとめ上げ、人間族との敵対を煽っているんだ。
ガイザスが傀儡を使ってまで自らの首を絞めることに何の意味があるんだって話だ。
「ミリアス本人も、厳王とは関係のないようなことを言っていた。どこまで鵜呑みにできるかはさておきだが、その部分は信じてもよさそうだ」
ちまちまと葡萄酒を飲む。
パンがないから仕方ねえ。つまみは猪の干し肉と、以前にあく抜きついでに塩茹でしといただけの山菜だ。火が焚けなきゃ凝ったもんも作れねえ。早めにルーグデンス監獄から離れたいところだ。
アルコールは温かい飲み物の代わりだ。臓腑が熱くなる。飲み過ぎるとレンに叱られるから、ほどほどだが。
「しかしフェンリル様の咆哮となると厄介ですね」
「そこがなぁ。正直死にかけたからな。聖女能力のあるルナが偶然穴の底にいなきゃ、俺は穴底のさらに底にある煉獄まで頭から真っ逆さまだった」
だが。あえて言うなら。
俺にとっては偶然拾った命など、失ったも同然だ。運も実力とか抜かすやつがいるが、そんなのはただの詭弁に過ぎない。戦地に立つ者にとって偶然に救われるなど、本来、絶対にあってはならないことだ。
すべては必然。力が劣るなら頭で考えて切り抜け、頭で劣るなら力で切り抜けてやってきた。生きるために卑怯な手を使ったことだって少なくない。
偶然を自ら引き寄せ、必然と成す。
忘れるな。戒めろ。でなきゃ次は死ぬ。
「音が伝わる速さで飛んでくる魔術なのだとしたら、もう始動させないこと以外には対処法が思いつきません。フェンリル様ならばあるいは何らかの対処法を知っていらっしゃるかとは思うのですが……」
ちなみに全身魔力付与でのガードはだめだった。イフリータのときと同じだ。熱を運ぶ魔力はカットできても、熱の伝導そのものまではすべてカットしきれない。曾祖母の故郷の言葉で言うなら、焼け石に水だ。
「いまからフェンリルん家まで戻ってる時間はねえなぁ。人魔決戦はもう始まっちまってんだ。王都が陥落すりゃ、人類の滅亡は止められねえ」
「ええ。せめて何か連絡手段があればよいのですが」
俺とレンが同時に同じ場所に視線をやった。
犬だ。
「……」
「……」
犬は鼻提灯を作ってグースカ眠っている。呆れたことに、あぐらを掻いた俺の股ぐらに後頭部を乗せて、腹を見せたまま寝てやがんだ。野生を思い出せ、犬よ。
数日ぶりに俺が戻ってきたのが相当嬉しかったらしく、散々はしゃいだ末にいきなりパッタリ眠っちまったのさ。
「これ?」
「無理ですね」
「だなぁ。お世辞にも賢いとは言えねえからなあ。犬って動物のくくりの中では天才だが、魔族にしては相当アレだし」
あとは空を飛べる鳥か。
だがあいかわらず炎竜は戻ってこねえ。それに、いたとしてもあいつは言葉を喋れねえから論外だ。犬に負けず劣らず頭も悪いしな。
レンが不思議と、クスクス笑いながらつぶやく。
「だとすると、やはり私たちで考えるしかありませんね」
「んだね」
「魔術というのはモーションか、呪文の詠唱、あるいは術式をどこかに直接書き記す、もしくは術式がすでに記されているアイテムを使用する、の四種の方法で発動されるのですよね」
「ああ。やつはモーションだったな。発動までの時間が短くて、一番厄介だ」
ちなみに三バカのエルフ、ギャッツは四つ目だった。
術式がすでに記されているアイテムで使用するタイプだ。つまりはやつが魔術を発動させる際に振っていた杖だ。それによって疑似モーションタイプになれる。もちろんそれには弊害もあって、杖に記された術式の魔術以外は使えない。それ以外を使う場合は、結局のところ呪文詠唱か術式を書き記す必要が出てくる。
モーションだけで爆破魔法とフェンリルの咆哮の両方を出せるミリアスは、少なくとも産まれながらにして魔力に優れたエルフ族のギャッツよりも、才能に恵まれているということだ。恐ろしい。
「言わんとするところはわかるぜ。モーションさせないようにしろって言うんだろ?」
「ええ」
つまりは俺が偽魔王の両腕をつかみ、ベッドに押し倒したのと同じ方法を採れということだ。とにかく魔法を封じなければ何もできない。だが、偽魔王はおそらく生粋の魔術師だが、ミリアスは天才剣士でもある。そう簡単に腕を取らせてもらえるとも思えない。自分の弱点くらいはわかってるだろうしな。
夕食を食べ終えた俺は、自分の両手を枕にして仰向けにひっくり返った。テントの天井ももう見慣れたもんだ。
「それが一番難しいんだよなぁ~……」
やつの曲剣の刃が、一般のそれに比べて細い理由がいまわかった。片手でも振れるように、軽量化してるんだ。
剣を持った手で敵の攻撃を受け流しながら、もう片方の手を持ち上げて「ハイ、ドーン!」てな。
それでもやつの剣術が並の剣士程度ならどうとでもできるんだが、かなり強いんだよなあ。あいつ。若いから体力もあって、文武両道どころか魔力まで兼ね備えたイケメン野郎だし、着てる服は上等なもんだから家柄もよさそうだし、俺とは違って子供人気も高かったらしいし、勇者位を得るまでもなく大隊の副隊長だったようだし、酒場に顔出しゃ女にゃさぞやモテモテだろうし。
もうなんか自分の魔法の発動で失敗して爆発すればいいのに! 朝起きたら枕に髪の毛全部引っこ抜かれてて絶望しろ! うらやましいんじゃボケ! 死ね!
「でもまあ、頑張るしかないかぁ」
「できますよ」
「どうやって?」
何かよいアイデアでもあるのかと、俺は首を持ち上げてレンに視線を向けた。
「ライリー様ならできます」
「だからどうやって?」
真顔だ。レンはいつもの真顔で俺を見ている。
「できますよ。だって、できるでしょ?」
「……まあ、やるけど」
挑戦くらいはね。というか避けては通れないだろう。おそらく。
だから試みるくらいはするさ。
「できます」
「できる? ほんとに?」
「はい、できますね。あなたならやってのけるかと」
「そっか~……」
レンがコクコクとうなずく。
頭の良いレンが当然のようにそう言ってのけるのであれば、実際に俺にもそれなりにチャンスはあるのだろう。なんか知らんけど、そんな気がする。
「さすが俺だな?」
「ええ。さすがです、ライリー様」
やればできるおっさん! 俺!
おっしゃ、次はボコる!
レン(……単純……)
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